VOL.43

誰もが知っている大病院で技術を研き、
国の乳がん治療の方向性にも関与する。

公益財団法人がん研究会 がん研有明病院 乳腺外科 
坂井 威彦
氏(40歳)

岩手県出身

1998年
信州大学医学部卒業
同大学附属病院等で外科医として研修
2002年
信州大学医学部大学院入学
2003年
癌研究会癌研究所乳腺病理部研究生
2005年
癌研究会有明病院乳腺外科シニアレジデント
信州大学附属病院乳腺内分泌外科スタッフ
2006年
市立甲府病院乳腺内分泌外科医長
2009年
癌研究会有明病院乳腺センター外科スタッフ

日本のがん治療をけん引する、がん研有明病院。同院乳腺センターは、乳がんの診断から治療、再建までを一挙に担っている。年間の手術件数は1,100件超。まじめに医療に取り組む医師であれば、自然と実力が身につき、トップレベルの医師との人脈も得られる。卒後11年目で同センターに転職した坂井威彦氏は、手術に論文にと、充実した日々を送っている。

リクルートドクターズキャリア11月号掲載

BEFORE 転職前

乳腺外科専門医としての10年を
どこで過ごすかを自問し日本のトップの病院を選んだ

外科で“何でもできる”は“何もできない”と一緒

スペシャリストを目指す医師にとっては、何を極めるかだけでなく、「どこで」学ぶかも後々のキャリアに大きく響く。

信州大学医学部を卒業した坂井威彦氏は、4年間、関連病院で一般外科の臨床経験を積み、同大大学院に進学した。

「関連病院でお会いした先生から、『外科で“何でもできる”というのは、何もできないのと一緒だ。誰にも負けない専門分野を必ずつくりなさい』と教わったことがきっかけでした。少し臨床の手を休めて、大学院で分子生物学と乳腺病理を専門的に学ぶ期間をつくりました」

在学中の2003年10月から、癌研究会(以下、がん研)癌研究所乳腺病理部に研究生として所属した。乳がんの診療を行う上で、病理は避けて通れないからだ。

「乳腺は比較的、検体を採取しやすい体表臓器です。しかし、女性の月経周期によって変化が生じるため、診断は非常に難しい。自分で顕微鏡を見ることができれば、もっと診断の精度を上げることができます」

また、術後治療においても、病理の知識が求められる。

「乳がんの術後治療は顕微鏡検査の結果をもとに決定されます。同じように見えるがんに、同じような手術をしても、成績がまったく異なる場合があります。何の違いによるものなのか。答えを出すには、やはり顕微鏡をのぞく必要があると考えたからです」

乳腺病理の第一人者から2年間にわたり教えを受けた

当初、乳腺病理を学んでいた長野県のがん検診センターの病理の土屋眞一部長からの紹介で、がん研で学ぶことになった。ここでは、乳腺病理の第一人者、坂元吾偉氏から教えを受けた。2年間にわたる研究で力を付けた坂井氏は、知識を還元するために大学へ戻る。その後、いわゆる“1人医長”の形で、山梨県内の関連病院に赴任した。

「誰も頼れる上司がいない中、がん研で学んだことを1つ1つ実践していきました。自分で考え、自分で責任を持って治療することに、やりがいを感じていました」

赴任当初、乳がんの症例数はそれほど多くなかった。同じ市内に乳がんの治療を行う医療機関が複数あったためだ。そこで坂井氏は臨床検査技師らとチームを組み、検診体制を充実させた。また、患者会で講話を行うなどして、徐々に患者を集めていった。

「周囲のサポートを受けながら、自分の専門性を発揮できたことは非常にありがたく、貴重な経験でした」

長く同じ病院に勤務し、患者から治療を学ぶ

ただ、1人医長である以上、少なからず不安や迷いがつきまとう。専門的な知識を要する症例に遭遇しても、そばに相談できる相手がいない。坂井氏が頼りにしたのは、がん研だった。

「研究で知り合った先生にアドバイスを受けたり、週末のたびにがん研で開催される勉強会に出掛けたりしていました」

そうした日々が3年ほど続いた2009年、がん研有明病院乳腺センター長の岩瀬拓士氏から、入職を打診された。ちょうど欠員が出て、新たなスタッフを探していたのだ。誰もが知っている大病院である。坂井氏は「ある意味、私は憧れを持っていました」と当時の心境を振り返る。

とはいえ、長年、育ててもらった大学医局への感謝と、医師不足の状況を考えると、即答はためらわれた。また、信州から東京に移ることで、まだ幼い子どもたちに影響がないかも懸念した。

それでもキャリアチェンジを決断したのは、乳腺外科医としての将来を真剣に考えた結果だ。

「乳がんは治療後の生存率が高く、10年先まで診なければ、自分の治療成績が判断できません。乳腺病理部長の坂元先生からは『長く同じ病院に勤務し、患者から学びなさい』と教わりました。その10年をどこで過ごすか? と自問した時、日本のトップの病院で学ばせてもらおうと思いました」

当時、卒後11年目の35歳。期待に胸を膨らませて、がん研有明病院乳腺センターへ転職した。

AFTER 転職後

外科、腫瘍内科、放射線科――。
各スペシャリストが分業して年間1100件の手術を行う

外科医は診断から手術と術後治療に専念できる

がん研有明病院乳腺センターといえば、症例数の多さで知られる。センター全体で年間1100件超。坂井氏は毎週4~5件を担当する。それほどの数を実現できている背景には、独自のチーム医療体制がある。国内でも珍しく、外科、腫瘍内科、放射線科、病理、形成外科、緩和ケアなど各科のスペシャリストが分業体制をとっているのだ。坂井氏は、診断から手術、術後治療までに専念できている。

「日本では乳腺外科医が、診断から手術、術後治療、そして再発後の治療から緩和ケアまでを担っているのが一般的です。しかし医学の進歩は日々著しく、すべての分野において最先端の技術、知識を持ち続けることは不可能です。乳がん患者は40~50代という、家庭でも社会でも重要な役割を果たしている年代に多く発生します。彼女たちの気持ちに寄り添い、その要求に最善の答えを出し続けるために、当院ではこの分業体制をとり、各分野のスペシャリストが常に知識や技術をアップデートしながら、最高水準の医療を提供できるように心がけています。

多くの症例を経験する中から出てくる疑問に対して、各分野のスペシャリストたちがどのように対処していくのかを学ぶことができるのも当院の魅力です」

チーム内で多様な意見を聞けることも、分業体制のメリットだ。「判断に迷う症例に対しても20~30人でディスカッションを行い、よりよい方法を検討しています。以前は1人医長だったことを思うと、大きく環境が変化しました」

乳がん治療の方向性を決める場に参画することも

一般の病院とは異なり、がん研は臨床だけを行っている病院ではない。先進的ながん医療を確立させる役割も担っているため、臨床と研究を両立させることが求められる。坂井氏も、日々、手術を行いながら研究にも余念がない。

「乳腺病理を専門とする秋山太先生、堀井理絵先生が、すべての乳腺疾患の診断を行っています。たくさんの症例が、正確な病理診断のもとに均一な治療が行われているため、臨床上に生じた疑問に答えを出すための臨床研究に適したデータがそろっています。それらをまとめた、乳がんについての研究成果を発信していくことが現在の目標です」

これからの乳がん治療の方向性を決める院外の会議にも、がん研の代表として参加している。

「日本乳癌学会では、診療ガイドライン小委員会のメンバーに含めていただきました。また、多施設共同研究の会議にも参加しています。今年12月には、海外で学会発表をする機会をいただきました。豊富な症例数をまとめて発表ができていることは、非常にやりがいを感じます」

2016年には、岩瀬氏が会長を務める日本乳癌学会学術総会が東京ビッグサイトで開催される。

「学会を成功させるために、当院としてどんな研究をし、どのようにデータを示すべきか、スタッフみんなが一致団結して検討を重ねています。それが目下の課題であり、楽しみでもあります」

バックグラウンドが違っても足並みのそろった診療体制

一般に、バックグラウンドの異なる医師が集まる病院は、なかなか足並みがそろわないと言われる。病院によっては、それぞれが自分の流儀にのっとった治療を展開する場合があるが、現在のがん研にそうした懸念はない。

「乳腺センターには、出身医局が異なる多くの医師が集まっていますが、みんなが岩瀬部長を中心に均一な外科治療を心がけています。岩瀬先生の人柄のおかげであり、チームを大事にするスタッフの意識が強いからでもあります」

こう語る坂井氏の表情からは、日々の充実感がにじみ出ている。がん研有明病院乳腺センターでは、これから手術室を拡張し、医師数を増員する予定だが、転職を検討している医師に向けて、次のようにアドバイスする。

「各分野のスペシャリストと診療を共にすることで、多くの技術、知識を得ることができます。これからキャリアを伸ばしていきたい医師であれば、きっと大きなやりがいを得られることでしょう」

WELCOME

転職先の病院からのメッセージ
トップクラスの医師と出会える環境

これから乳腺外科を専門に学ぶ医師を歓迎

がん研有明病院乳腺センター長の岩瀬氏は、坂井氏が乳腺病理部の研究生だった頃を回想する。

「非常にまじめで、ものごとを慎重に捉え、正確な仕事をする医師という印象でした。一度がん研を離れた後も、いつか戻ってきてほしいと思っていましたね」

大病院で生き残るには、自分の能力を派手にアピールすべきだという意見がある。だが、それ以上に大切なのは「仕事の正確さ」だと、岩瀬氏は考えている。

「何かお願いごとをした時、期日までにちゃんとできる人と、そうではない人がいます。派手ではなくても、みんなが頼りにするのは前者の医師です。当院は症例数が多いため、正確に仕事ができる力があれば、必ず実力がつきます」

同院では、これから大幅に人員を増やし、医師が余裕を持って診療を行える環境を整えていく。日本のがん治療のトップに位置する病院だけに、敷居が高いように感じるかもしれないが、岩瀬氏は「乳腺外科医としてのスキルや知識は入職後に身につけてもらえば構いません」と穏やかに語る。これまでの経験よりも、意欲とまじめさを重視するのだ。

「30代半ばくらいで体力があり、外科の専門医を取得して次に乳腺の専門医を取ろうという医師。臨床だけでなく研究や教育にも感心のある医師に来てほしいですね」

医師として上り詰めるには能力のほかに、環境も重要

岩瀬氏によると、医師として上り詰めるには、能力だけでなく身を置く環境も重要である。

「がん研でつながりのある医師は、がん治療のトップクラスばかりです。そうした出会いを得られる環境か否かは、その後を大きく左右します。がん研で経験を積んでから外の病院に入職する場合は、ある程度のポジションを得られることが多いのです」

専門医として確実に力を付け、その後も大いに活躍したい医師にとって、一歩踏み出すチャンスと言えるだろう。

岩瀬 拓士氏

岩瀬 拓士
公益財団法人がん研究会 がん研有明病院 乳腺センター長
愛知県出身。1981年岐阜大学医学部卒業後、名古屋大学医学部、名古屋第一赤十字病院を経て、87年に癌研究会附属病院に入職。96年愛知県がんセンター乳腺外科医長、2003年癌研究会附属病院乳腺外科副部長、05年癌研有明病院・レディースセンター乳腺科部長を経て、現在に至る。

公益財団法人がん研究会 がん研有明病院

がん研有明病院乳腺センターは、乳がんの診断・治療に特化した施設。従来の乳腺外科と化学療法科を統合し、あらゆる乳がん治療に対応できる環境になった。外科、内科、放射線科、病理、形成外科、緩和ケアなど、各科のスペシャリストがそろい、互いに協力しながら総合的な診療を行っている。運営母体のがん研究会は、明治41年、がんの国際研究のために設立された。「がんの克服をもって人類の福祉に貢献する」を理念とし、臨床、研究、教育のすべてにおいて先駆的な取り組みを行う。

公益財団法人がん研究会 がん研有明病院

正式名称 公益財団法人がん研究会 がん研有明病院
所在地 東京都江東区有明3-8-31
設立年月日 開設年1863年/移転開院1990年
診療科目 呼吸器センター、消化器センター、乳腺センター、婦人科、
頭頸科、整形外科、泌尿器科、血液腫瘍科、
総合腫瘍科、サルコーマセンター、免疫・遺伝子診療科、総合内科、
麻酔科(ペインクリニック)、形成外科、眼科、感染症科、
皮膚科、漢方サポート科、歯科
病床数 700床
常勤医師数 287名
非常勤医師数 140名
外来患者数 34,879人(月延べ患者数)
入院患者数 18,047人(月延べ患者数)(2014年8月分)

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