医学部卒業後、ほぼ全員が医局に属し、組織の一員として流れに身を任せていれば“何とかなった”時代はとうに終わった。よく引き合いに出されるのは順天堂大学の天野篤教授のキャリアの軌跡だ。彼に代表されるように、最初から大学医局に入局せず、卒後のキャリアを100%、「自己決定」で切り開く例は、かつて少数派だった。しかし、いまや大学医局に一度も入らないキャリアは珍しいことではない。ますます「自己決定」の力量が求められる時代、それにはキャリアを俯瞰した客観的な情報収集が不可欠だ。
上図は医師のキャリアを年齢と卒後年数で概観したものだ。キャリアチェンジが起こりやすい節目を考慮し、大まかにAからFの6つのステージに分けた。
ステージAは卒後3~6年目の後期研修前後、ステージBは卒後10年前後(7~14年目くらい)、専門医取得から30代末ころまでを想定した。ステージCは40歳前後から40代前半。開業する医師の平均年齢が41歳というから開業適齢期でもあり、大学医局を離れる医師が多い世代でもある。ステージDは40代後半から50代前半、ステージEはそれ以降で、生涯現役を目指す場合の区分である。
A~Eは性別を問わないが、出産・育児期の女性には特有の事情があるので、別途ステージFを設けた。
本編ではこの区分ごとの課題やキャリアチェンジのポイント、行動を起こす際の留意点などをまとめた。
そのときどきの課題と優先順序を明確にして、タイミングよくアクションを起こせば、条件にかなうポジションや働き方を手に入れられる可能性は格段に高まる。自分の状況を冷静に客観視し、“売り時”を見極め、希望のキャリアを実現したい。
今回の企画は転職経験のある医師の方々のご協力に加え、大学医局、医療機関の人事部・採用担当者、医師転職会社のキャリアアドバイザー(以下CA)、官公庁の採用担当者、臨床以外のキャリアで活躍する方々など、多方面の方々へのインタビューを基に構成した。
ステージA 卒後3~6年(27~30歳)
存分に吸収する時期。“想定外”の進路変更は慎重に、迅速に
ステージB 卒後7~14年(31~38歳)
専門医取得後は圧倒的な売り手市場。有利に動きやすい時期
ステージC 卒後15~21年(39~45歳)
医師として脂がのる時期。外科系の転身には年齢が大きく影響。
ステージD 卒後22~31年(46~55歳)
医師として円熟期を迎え責任あるポジションに。定年までを視野に入れる。
ステージE 卒後32年以降(56歳以上)
定年後を「早め」に模索。キャリアチェンジ最後の大きな分岐点
ステージF 27歳~39歳 女性(卒後3~15年)
出産・育児期の女性に特有の事情で「キャリアを無駄にしない」「あきらめない」道を。
卒後3~5年の後期研修期間にあたるこの時期は、大別すると①大学医局に籍を置きながら大学病院や関連病院で後期研修を行う②博士号取得を目指し大学院に通いながら研修を行う ③医局には属さずに市中病院等で後期研修を行う④臨床以外に進む、等がある。
近頃は後期研修途中の“キャリアチェンジ”が増えているという(転職会社CA)。その理由は「考えていたのと違った」「合わない」「実は自分は何をやりたいのかわからない」等々。かつては医局制度に守られ、表面化することがなかったものが目立つようになってきたともいえる。
一方、環境が原因で挫折する例もある。限度を超える忙しさや人間関係のつまずきで、嫌気がさすケースだ。施設側に一因がある場合も散見する。
ともに、相応の理由があれば方向転換を受け入れる施設は多い。安易な方向転換はするべきではないが、熟慮の末、決意が固いのなら、行動は早いほうがいい。
なかには「指導医が不在になった」ために転職を余儀なくされるケースもある。医師層が厚いとはいえない市中病院では起こりうることだ。新研修制度導入後、若手の臨床志向の高まりもあって市中病院での研修が人気だが、研修先を選ぶ際には、指導体制は入念に確認しておきたい。
少なくともこうした面において、「大学医局は研修医に効率よく一人前になってもらうための教育システム」と胸を張るのは横浜市立大学医学部整形外科講師で医局長を務める小林直実氏。「(このステージは)さまざまなことに関心を抱き、吸収しうる感受性豊かな時期。日常業務に忙殺され余裕を失えば、ますます研究・学位取得・海外留学などへの興味は遠のく懸念がある。医師としての一生を長い目で見れば、研究や過疎地医療から得るものは多い」と話す。最近は環境を変えることに神経質な若者が多いというが、少なくとも専門医取得までは大学病院や関連病院で多様な指導医のもと幅広い研修を行うことにプラスの要素は多い。自分で進路を切り開く行動力が問われずとも、医局は居心地よく効率よく学べる場ともいえる。
ところで、社会人入学組にありがちな盲点がある。それは「10年後を見据えた最適なキャリア選択」が必ずしもできないこと。周囲(同級生)の若さにつられて「やりたいこと」と「できること」のズレが認識できぬまま選択を誤ってしまう。たとえば心臓血管外科を志したものの後期研修中に立ち止まってしまった35歳の医師の例がある。病院からみれば、若くて報酬も抑えられ、戦力として一人前とカウントできる人材ゆえ受け入れには積極的なこともあり、気づきが遅れるという。スタートが遅いため活躍できる期間も短い。特に外科系は年齢が重要だ。「一人前になるのに時間のかかる専門に進んだ社会人入学組の方から、後期研修途中でご相談いただき、新たな領域の研修施設をご紹介することもあります」と転職会社のCA。方向転換後の本人の満足度は高いという。
卒後7~14年ともなれば、1~2種類の認定医や専門医を取得し、さらに経験を積む時期。当直や残業も厭わない体力があり、年齢的にも破格な報酬を求められることもないため、このステージは多くの施設が最も欲しがる人材だ。医局を出るタイミングとしても好機といえる。
圧倒的な売り手市場ゆえ選択肢も多い。一般的な条件に加えて「その施設で学べること」「忙しさ」「職場の雰囲気」なども確かめておきたい。
この時期、選択肢の多さから「もし合わなければ、また転職すればいい」と安易に転職に踏み切る例もあるが、短期間で転職を繰り返すと、施設側から「人物的に問題があるのではないか」と勘繰られかねない。最低でもひとつの施設に2年(以上)は在籍することが望ましい。
この年代で医局を離れる理由としてよく聞かれるのが、「臨床と研究の二足のわらじを脱ぎ、臨床医としてスキルアップを図りたい」というもの。外科系はもちろん内科系でもカテーテルや内視鏡で勝負するなら、「専門医の有無の次に見られるのは、症例数とその内容」だ。研究や論文執筆に割く時間をすべて臨床に充てたいなら、決断は早い方がいい。
ほかにキャリアチェンジの理由で多いのは「(専門性を維持しながら)報酬アップ」「専門性を高めるために多くの症例が経験できる施設」「後期研修で生じた症例の偏りを是正できる施設」など。まだまだ成長できるこの時期に“やりたい医療”に近づきたいという願いをかなえられる職場に出会うことは「医師として最高に幸せなこと」(消化器外科・37歳)との本音も聞かれた。
多くの先輩医師が、臨床医として一人前になりたいのなら、卒後10~15年は急性期病院で研鑽を積むことをすすめる。実際、大学医局を出る場合も急性期病院に勤務するのが一般的だが、中には「これまで猛烈に働いた。今後は少し余裕のある勤務を」という要望もある。こういった場合は、受け持ち患者数の少ない急性期施設や療養型施設、外来クリニックなどの選択肢がある。医師としてはまだ伸びしろのある時期なので「しばらく休みたい」のか、「急性期はやり尽くした(=戻らなくてよい)」のかによっても、選択肢が異なる。“その次にどうしたいのか”まで考えて動きたい。安易な道を選ぶと、急性期に戻りにくくなることもあるという。
いずれ開業を視野に入れるなら、①開業予定地域の診療連携拠点病院に勤務し、ネットワークの土台を作る ②クリニックに勤務し、院長の仕事を経験 ③一般内科を学べる施設に勤務、等の選択肢がある。
一方、「今の専門は本当に自分に合っているのだろうか」との疑念が生じるのもこの時期に多い。転科やジェネラリストへの方向転換をはかるなら、まだ若手と呼ばれ、柔軟性の残るうちが好タイミングといえる。
「医局」に難色を示す人がその理由としてまず挙げるのが医局人事の理不尽さだ。大学の医局はかつて(一部では現在も)、関連病院である地域中核病院の医師供給を担ってきた。「医局人事がへき地医療を支えている」と言われ、その重要性は理解しつつも、派遣される当人としては、ときには転居を伴うような異動が数年ごとに繰り返されたり、将来の見通しが立たないことは、デメリットだ。関連病院による指導体制の差、経験できる症例の差、さらに報酬の上でも格差は否定できない。
「へき地医療も良い経験だと思えるか否か」「それぞれの施設の地域における重要性を理解し、専門性の高い医療に携われることをステータスに感じるか否か」。これは個人の感受性の問題でもある。前出の小林氏いわく「人事や報酬に極端な不公平感が出ないよう、長期的には辻褄があうよう采配を振るうのが、医局長の務め」と心得る。
若手医師に関して、医局のメリットを小林氏はこう語る。「チームを組む必要のある診療科の場合、各施設に部長・中堅・若手が揃うのが理想。相性も重要で、個別に雇用しようとするとなかなかうまくいかない。百十数人もの医師それぞれの経験・実力・専門性や性格、希望を十分に把握している医局だからこそ、バランスよく、安定的に病院に人材を供給できる。仮に何か不都合が生じれば、医局内でメンバー交代もできるし、問題のある医師の再教育も可能。適材適所、どんな医師にも、必ずうまくいく場所を見つけることができる。こうしたことも医局の大事な役割の一つです」。
そして、医局所属の大きなメリットは、国内外を問わずさまざまな分野の第一線で活躍する医師、開業医のOB、学会や研究会関係の人とのつながり=人脈が構築できることだ。「医局にいなくても、人脈を広げることはできますが、積極的に動く人は少ないでしょう。とくに、専門や目指す先が決まっていない若い時期に、組織としていろいろな人に出会えることは、医局にいることの特権です」(小林氏)。
さらに同氏は「医局は生涯を通じての互助組織」とも表現する。「関連病院に派遣中の医師や開業医のOBが体調を崩したり、代替要員を必要としたときに助っ人を派遣できるのも、余力のある医局ならでは。医局は生涯にわたって助け合える関係を提供しているのです」
臨床医として最盛期を迎える時期。この時期は、キャリアチェンジの多いステージでもある。
大学内でのポジションでいうと、早い人では40代半ばから教授選に名乗りをあげる。今後の大学医局の体制が想像できるようになるこの時期になると、医局を離れる医師も多い。「この先、大学にいても、自分がやりたい医療ができない」「主要なポジションが望めそうにない」など、理由は様々だ。
転職会社のCAによると、講師など、大学でポジションを得た人ほど、医局を出ることを「心機一転」と前向きに捉える傾向が強く、転職の際もポジションへのこだわりが薄く、新しい業務にも積極的・意欲的な傾向がみられるという。
ところで、このステージで外科医が転職を考えるのであれば決断は早いに越したことはない。なぜならチーム単位で人事を考えねばならない外科で新たに人を採用する場合、すでにいる人材との間で、年齢やスキルの調整が必須となるからだ。
民間病院の人事担当者らによると、「37、38歳くらいまでは〈若手医師〉のカテゴリーで採用できるが、それ以上の年齢になると、受け入れるチーム内での序列が問題となりはじめる。民間病院では部長が45歳前後のことも多く、年齢が上がれば上がるほど、外科系、とくに専門性を求める人にとって採用の間口は狭くなるのが一般的」という。外科系なら、よりジェネラルな方向に希望を拡げることで、選択肢は大きく増える。なお、内科系は、外科系ほど年齢が問題になることはない。平たい言い方をすれば、転職に際してもつぶしがきく、といえる。
医局派遣で大学の関連病院に在籍している医師の多くは、40代以上になると異動は減る。部長クラスともなれば異動はほとんどなくなるので、慣れ親しんだ施設に長くいることも可能になってくる。「バリバリやりたい」「少し余裕のある勤務がしたい」などの希望を出すこともできる。ただし、希望が通るかどうかは医局がもつ関連病院の数・種類による。
前述したように、一般には転職先の既存チーム内での年齢調整が難しくなる年代だが、逆説的ではあるが、大学の関連病院に長く在籍し、熱心に臨床に携わってきた経歴の持ち主は、民間病院からの評価は総じて非常に高い。領域にもよるが、民間病院の中には新ポストを作って、こういった医師を別枠で招き入れるところもある。交渉次第で、柔軟な対応が可能だ。
働き方についての要望も通りやすい時期だ。相場から極端に逸脱しない限り、「当直なし」「残業少なめ」「待遇アップ」などの希望も通りやすい時期なので、キャリアチェンジの際には事前に自分の条件を固めて交渉にのぞみたい。
なお、開業するなら、このステージが決断のとき。「適切なタイミングで自己決定する力量が求められる時代に」のページの図にもあるが、日本医師会の資料によると、開業時の平均年齢は41歳。年齢が上がるほど、金融機関からの融資のハードルは高くなる。
40代後半から50代前半は臨床医として円熟の域に達するステージといえる。管理者・指導者的な立場としても責任が重くなる時期でもある。
この時期、慣れ親しんだ場所で、納得のいく役職・待遇を手にして、定年まで勤め上げるのも一つ。一方で、慰留され医局を出るタイミングを逸した人の初の転職、さまざまな事情を抱え、環境を変えざるを得ない人の転職、もう一花咲かせたい人の転職も一つの選択だ。
ステージCで述べたように、外科系は年齢が高くなるほど既存チームへの割り込みが困難になる。しかし、たとえば200~300床以下の規模の施設で、少人数、または常勤医一人で賄える診療科(泌尿器科、耳鼻科、眼科、婦人科など)や整形外科であれば、年齢が問題になることは少ない。
指導医枠での入職も考えられる。市中病院にとって若手を集めることのできる臨床研修指定病院の認定要件を満たすことは重要であり、指導医の資格は強みとなる。
待遇が相対的に高いのは在宅クリニックや(外来)クリニック院長職など。いずれも比較的求人は多い。中には「(相性がよければ)いずれ経営も含めてクリニックを任せたい」という施設もある。
また、診療科・領域によってもキャリアによる差が出てくる。たとえば脳外科。高齢社会にあってニーズは高いが、地域の小・中規模施設では、脳外科を標榜していても手術を必要としないところも多い。手術にこだわれば年齢的な制約に阻まれるが、脳外科はそのままの「ラベル」で内科的なポジションへの移行が可能だ。求人も多く、つぶしがきく。
一方、内科系ではカテーテル治療や内視鏡の手技にこだわると、外科医と同様の制約を受けることになる。仮に「65歳まで現役でいたい」という希望があるなら、手技が問われる診療内容に固執せずに、この時期に一般内科や糖尿病などニーズの高い領域に診療の軸を移すのも一つの手だ。
この時期、役職や肩書きを得ることを希望する人も増える。役職の権限は医療施設によって差があるが、院長の判断で柔軟に対応してくれる施設は多い。
また、このステージで大学に戻るというキャリアもある。たとえば腫瘍内科学のように新講座の開設時や、指導者不足に悩む教室では、外部から教授を招いたり、公募制を敷く大学もある。学会や研究会での実績が認められ、このタイミングで准教授や教授のポストで大学に入りなおすケースもみられる。間口は狭く、運の要素も少なくないが、日ごろの人脈や地道な実績がモノをいう、このようなキャリアチェンジもある。
このステージになると、勤務先の定年の有無に関わらず、第二、第三のキャリアに関心が向けられる。「健康なうちは、何歳まででも働きたい」なら、現在の勤務先で引き続き働くか、定年後を見据えて一足先にセカンドキャリアに踏み出すか、キャリアプラン最後の大きな分岐点となる。
外科医の場合、当然、オペ中心の転職は激減する。もともと内科と外科の境界があいまいな領域であれば、長く続けられる診療形態(たとえば消化器なら手術から内科的治療中心の診療)へのシフトも検討に値する。
「専門としていた診療科が同じ病院内にあると手術への未練が断ち切りづらい」と施設を移ることも多い。
第一線は退いても収入は確保したいなら透析クリニックや訪問診療、(収入より)自分の時間を大切にしたいならリハ施設や老健、療養型施設などがマッチしやすい入職先だ。訪問診療や在宅と聞くと「時間体制で大変そう」と敬遠しがちだが、夜間の一次対応はナースや非常勤医師が担当するなどして常勤医の負担に配慮する施設も多い。施設選びが肝要だ。
産業医や老健施設長はこのステージの医師に人気が高いが、常時、多くの求人があるというわけではない。ツテがあれば日ごろから声をかけておく、医師転職会社に要望を伝えて「待つ」、など長期戦覚悟で手を打っておくのが近道だ。
この時期に新しい領域にシフトして順風満帆な医師は、おおむね50代のうちに行動を開始している。取材では「新しい領域を一から始めるのは少しでも早いほうがいい」「60歳を超えるときついと思い、59歳で転身した」などの声が多く聞かれた。
多くの女性医師のキャリアの最大のポイントは出産・育児。いつ産むのか、育児に専念するのか預けて働くのか、いずれ子どもが大きくなったら復帰したいのか、出産を機にペースダウンするのか・・。
少なくとも、誰かに教えを乞わねばならない時期、特に外科系を志すなら、専門医を取得し一人前になるまでは男性医師と同様のキャリアステップを踏むのが理想だが、こればかりは思惑通りには運ばない。
研修の途中に出産・育児で現場を離れなければならなくなったら、その後のキャリアはあきらめざるを得ないのか。CAによれば「後期研修中のドロップアウトも、女性医師なら救済可能」という。実際、民間の病院では、女性医師が家庭や育児と両立しながら長く働き続けられるよう、キャリアの躓きをリカバリーできるよう、さまざまな制度を設けるところが増えてきている。
大学でも、育児中の女性医師支援を制度化し導入しているところは多い。育児期間中は非常勤での大学在籍を認め、曜日や時間を限定して外来や手術の修練を積む短時間勤務を認めているところもある。医局員を確保したい大学側と、働き方を調整したい女性医師とのニーズは合致する。
専門医取得後は、復帰後の勤務先を確保しておくことが最重要。働き方の希望を伝え、了解を得ておけば、復帰は比較的スムーズだ。
しかし、どんなに優れた制度や準備をしようとも、育児期間中の想定外の制約は避けられない。こうした時期はほんの数年に過ぎないが、このときペースダウンのために不本意な領域に転じると、今後、専門領域の急性期医療には戻りにくくなる可能性がある。また、勤務時間だけを考えて単発のアルバイトにかたよっては、これまでのキャリアが無駄になってしまうこともある。
女性医師のキャリア相談を数多く手掛けてきた転職会社のCAは「今の仕事にやりがいを感じ、育児がひと段落したら復帰したい気持ちが少しでもあるのなら、できるだけキャリアが途絶えない方法を模索して」と提案する。たとえば、大学病院の頭頸部外科で専門性の高い手術に携わってきたなら外来中心の耳鼻科診療に、救急科専門医として3次救急に従事していた人なら、週1日の勤務であっても縁を切らずにおき、残りの曜日を時間外のない、救命救急に来た患者の経過が辿れるようなリハビリテーション病院の勤務に変える、など。まずは、それまでの経験を活かす、これを機に診療の幅を広げる、返り咲きの道すじを残す方法などをあれこれ探ってみたい。
ほかにも、基幹病院の形成外科から皮膚科クリニックへ転科、転職した例もある。子育てをしながら新しいことを学び、将来につなげようとするのも、ネガティブにとらえがちな「子育て期」を柔軟に、前向きに生かす方法の一つといえる。
なお、最近では婚活や妊活を目的とした転職の相談も増えているという。「出産にタイムリミットがある以上、“適齢期”にこのまま激務をこなしていては人生設計が狂う、ゆったり働きたい、と願うのはもっともなことです。子育て中の女性医師に配慮のある施設も増えてきました。どのような希望条件でも、施設に交渉する余地は必ずあります」(CA)。
臨床以外にも、医師が求められ、活躍できる道は多い。卒後7年目の医師で、現在、投資ファンド会社に籍を置く木畑宏一氏も臨床以外のキャリアを選んだ一人だ。
「学生のころから医療政策や病院経営に関心があり、さまざまな出会いを通じ、一臨床医としてではなく、別のアプローチでより良い医療の実現に貢献したいと考えるようになりました」という木畑氏は、一人当たりの担当患者が多いことで有名な民間病院で初期研修を終了後、ビジネス界に転身した。
日本の医療の在り方への疑問が、今のキャリアの原動力だという木畑氏は「自分の経験を必ずや医療の世界に還元したい」と意気込む。ここ数年、医学生からの相談も数多く寄せられるといい、「10年前には想像もつかないほど多くの医師が、臨床以外のキャリアに興味を示しているのを肌で感じる」と話す。
臨床以外のキャリアの主なものを下表にまとめた。求人が多いのは産業医、検診医、研究者など。本編でも触れたように、ワークライフバランスが保て、福利厚生や労働環境の整う産業医は人気も高いが、一般に企業側は経験者やメンタルヘルスへの対応力を求める傾向にある。産業医が複数名いて人を育てる余裕のある企業は、経験以上に人柄を重視する傾向もある。業種によって簡単な外科的処置を求められることもある。経験者が有利だが、転職会社のCAが熱意や人柄をアピールした結果、未経験で入職する例もある。
臨床の経験を通じて医療制度、社会保障全般に関心を寄せる人には厚生労働省の医系技官という道もある。医系技官は現在250人ほど。採用試験は年1回、倍率は2~3倍程度だ。おおむね卒後10年以内の医師が対象だが、多くは初期研修終了後の入省だという。各省庁からの出向の要請も多く“ひっぱりだこ”の職種である。
医系技官の最大のメリットは、一般の勤務医では築きにくい人脈が広げられることだ。入省してからは制度の仕組みを学ぶのに1年、全体を把握し理解を深めるのに2~3年かかり、5~6年目になると経験と人脈を生かしてさまざまな提案ができるようになるという。報酬は国家公務員に準じる。公務員なのでアルバイトはできない。ちなみに、子育て支援推進の中枢省庁なだけに「育児中の女性には圧倒的に働きやすい。霞ヶ関NO.1」ともっぱらの評判だ。
公務員というくくりでは、地方行政の公務員、保健所なども、比較的ゆったりしたペースで働ける。
カテゴリ | 特徴 | |
---|---|---|
医師 | 産業医 | 産業医研修を受講し、所定の単位を取得すれば「認定産業医」の資格が得られる。待遇だけをみると臨床医より低めだが、定時勤務が可能で、福利厚生も完備、負担は少ない。 |
検診医 | フレキシブルな勤務体系が可能。健康な人が相手なので、精神的にも楽、との声も。 | |
行政 | 厚生労働省 | 卒後10年までの入職がほとんど。医療政策から社会に貢献できる。正義感の強い人材が多いとの説も。全般的に激務だが、子育て支援のおひざ元の省庁だけあって、女性やダイバーシティへの配慮は手厚い。報酬は国家公務員規定に基づく。 |
PMDA (医薬品医療機器総合機構) |
2~3年の期限付きでの出向者も多くみられる。製薬会社への転職時に有利。 | |
global health系 | WHOなど世界で活躍。「途上国の医療に携わりたい人の初志貫徹キャリア」(木畑氏)。医師は採用時に有利。国際的な視点を得られ、人脈構築にも。 | |
政治 | 議員 | 国会議員から地方自治体の県議、市議まで、医師の議員は多い。「結果が出やすく、面白みがあるのは、国会議員よりもむしろ県議会議員など地方自治体が対象のほうでは」(木畑氏)。県議は兼務可能なので、収入面でも悪くはない。 |
ビジネス | 起業 | 医療コンサルや病院コーチング、医療データや医療画像を扱う会社など、臨床や医学をビジネスと結びつけて新たな価値を生み出す。失敗のリスクも背負うが、成功すれば社会に大きなインパクトを与えることができる。 |
製薬会社 | 医師を対象とした求人で多いのは「研究開発」「薬事系」。企業・業務内容にもよるが、一般的に報酬は高水準。 | |
医療機器メーカー | ||
保険会社 | 生命保険会社の加入審査業務での求人が主。定時勤務・完全週休2日、福利厚生は手厚い。待遇も、負担のわりには悪くないという声が多い。 | |
コンサルタント会社 | さまざまな業界の第一線で活躍する人々と交流し、切磋琢磨できる。外資系の著名な企業を筆頭に、採用のハードルは高く、激務。外資系の某企業の場合、報酬はjuniorで臨床医より低く、middleで同等程度、seniorではかなり高くなる。 | |
法律 | 弁護士 | 医療過誤訴訟などで医師の訴訟への問題意識の高まりに加え、ロースクールの相次ぐ開設が後押しし、弁護士資格を取得して医療訴訟で活躍する医師弁護士も登場してきた。現状ではまだ、数は少ない。報酬は千差万別。週に1日は臨床に携わる弁護士も少なくない。 |
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