若手女性医師が半数以上を占める診療科もこれからはキャリアサポートが不可欠に

日本医師会がまとめた資料によると全医師における女性医師の割合は年々増加しており、平成24年の時点で女性医師は5万9641人と全医師(30万3268人)の19.7%を占める(図表1)。なかでも産婦人科や小児科では20代の女性医師の割合が半数以上を占め、この分野の医療が安定的に継続・発展するためには、若手女性医師へのキャリアサポートが待ったなしの状況となっている。

しかし、女性医師の就業率は一般女性と同じように年齢に合わせてMカーブをたどる。結婚や出産・育児などのライフイベントのために多くの女性医師が働くことをあきらめ、キャリアの中断を余儀なくされているのだ。一方、女性医師に対するキャリアサポートがほぼないに等しい中、結婚や出産・育児を経ても働き続ける女性医師がいる。

今回は、こうした女性医師のケーススタディを紹介することで女性医師が置かれた厳しい現状を知り、男性医師と同様にキャリアを積み重ね、働き続けるためのヒントを探ってみたい。

  • ケース 1

山下 朋子氏(38歳)

常勤にこだわらず医師であり続けることを優先

山下朋子氏のキャリア・ヒストリー

山下 朋子氏(38歳)

2003年 東邦大学医学部卒業。同年、皮膚科に入局。会社員の男性と結婚。
2005年 都立墨東病院皮膚科で研修。
2006年 第1子出産。都立墨東病院を退職。
2007年 子どもが8か月のときに千葉県の急性期病院に常勤医として復帰するも両立ができず10か月で非常勤医に変更。午前中勤務を続ける。
2013年 子どもの小学校入学を機に千葉市のクリニックに転職。
2014年 皮膚科の閉鎖に伴い、現在の職場に転職。

山下朋子氏は研修医1年目で会社員の男性と結婚。しかし、友人の医師が研修医のときに妊娠した際、周りの反応に悩んだという話を聞いていたので「出産はキャリアを積んでから」と心に誓った。大学病院で研修を終えると、念願の皮膚科救急を学ぶために公立病院で研修を開始。「当直や呼び出しもあるハードな勤務でしたが、主人は文句も言わず応援してくれました。私の場合、結婚はキャリア構築の障害になりませんでした」と山下氏は振り返る。

ところが29歳のときに思いがけず妊娠。育児支援を受けられる家庭環境ではなく救急医療の現場で働き続けることはできなかった。ただ、先輩の男性医師が「どこでもいいから臨床に戻れ」と助言してくれたことが頭の片隅に残っていたので、長男が生後8か月のとき、新設の民間病院の皮膚科外来に常勤医として復帰した。「院内保育園が完備されていて理想の職場」と感激したのもつかの間、1歳に満たない我が子は保育園で次々に病気に感染し、呼び出しがかかる日々が始まった。

皮膚科の常勤医は一人だったので、1日100人以上の患者が押し寄せる外来診療にも差し障り、やがて自身の健康も損ねてしまう。「キャリアを中断したくないと常勤にこだわって復帰しましたが、限界を感じ、10か月で非常勤に変わりました」。

そして、それ以後は医師であり続けること、つまり育児や家庭生活との両立を優先して職場を選び、働く時間を制限してきた。「長く働き続けるには自分が置かれた状況に対して周りの理解を得ることが必要です。そのためには勤務時間など譲れない部分は最初にアピールしつつ、勤務先の条件に最大限近づけるよう寄り添う気持ちを持つことも大事です」。

子どもの成長とともに勤務時間の延長も可能になってきた山下氏は、第一線への復帰を目指し、できる範囲での研鑽を続けている。

山下朋子氏の1日のスケジュール

非常勤:月・火・金(9時~13時)、水(9時~17時)
家族構成:夫(会社員)、長男(小学2年生)

4:30 起床。朝食の準備・子どものお弁当づくり。
6:50 子どもをスクールバスのバス停に送る。
8:10 クリニックに出勤。
9:00 診療開始。
13:00 診療終了。クリニックを退社。
14:00 子どもをスクールバスのバス停に迎えに行き、一緒に帰宅。子どもの宿題をみたり、家事をしたりする。
22:00 就寝。
  • ケース 2

井上 美秀氏(48歳)

夫が勤務する急性期病院にレジデントとして就職

井上美秀氏のキャリア・ヒストリー

井上 美秀氏(48歳)
赤坂おだやかクリニック
南砂町おだやかクリニック勤務

1989年 慶應義塾大学文学部英米文学卒業。
2002年 大分大学医学部を卒業。同年、東京医科歯科大学麻酔科に入局。
2003年 研修医2年目に医師の男性と結婚。
2004年 夫の転勤に伴い、退職。
2006年 第1子出産。
2008年 ケアミックス型病院の常勤医に復帰。
2009年 循環器内科のレジデントになる。
2010年 第2子の妊娠で退職。翌年、出産。
2012年 現在の職場に常勤医として復帰。
2014年 子育てを優先し、午前勤務に変更。

社会人経験のある井上美秀氏が医師免許を取得したのは36歳のとき。翌年、大学病院の麻酔科で研修中に医学部の同窓生の医師と結婚。ほどなく夫が地方の病院に転勤となり、やむなく大学病院を退職した。「高齢出産の年齢を超えており、自分のキャリアより家庭生活を優先したのです」と井上氏は振り返る。専業主婦になっても時間があるときは透析クリニックの単発アルバイトをして過ごし、40歳で念願の長男を出産した。

夫の転勤で東京に戻ることができたので、本格的に仕事に復帰することを決め、ケアミックス型病院の内科にフルタイムで勤務した。中断したキャリアを再構築するために当初は研修を兼ねて急性期病院に就職したいと考えたが、面接で月1~2回の当直を打診されてあきらめたという。無認可の託児所に長男を預け、仕事を再開したものの、大学病院に勤務する夫の転勤に伴い、再び退職。

しかし、今度は働き続けることを希望し、夫が勤務する急性期病院の循環器内科のレジデントに応募し採用された。「上司の男性医師が育児との両立に理解があり、当直を免除してもらえたのです。この配慮がなければ研修を行うことはできませんでした」と井上氏は感謝する。その後、井上氏は第2子となる次男を出産し、活動の場をクリニックに移したが、短期間ながら循環器内科でトレーニングを受けられたことが今のキャリアにつながっている。

「主人もできるかぎり協力してくれましたし、ベビーシッターも利用しましたが、両親など親しい人の育児支援がなければ病院で働くのは難しいことを痛感します」と井上氏は自身の経験から語る。また、これから認定医などの資格を取得するのは年齢的にも厳しいと覚悟する。しかし、「患者さんに接するのは大好きなので、ずっと臨床を続けたい」と井上氏。将来は医師の夫とともに開業し、生涯現役で働くことを考えている。

井上美秀氏の1日のスケジュール

常勤:火・水(10時~14時)、木(10時~13時)
家族構成:夫(呼吸器外科医)、長男(小学2年生)、次男(3歳)

6:30 起床。朝食の準備など。
9:00~9:20 次男を保育園に送る。
9:30~9:50 クリニックに出勤。
10:00 診療開始。
13:00~14:00 診療終了。クリニックを退社。
16:00 次男を保育園に迎えに行き、一緒に帰宅。
17:00 長男が帰宅。子どもの宿題をみたり、家事をしたりする。
0:30 就寝。
  • ケース 3

崎村 千香氏(37歳)

出産後に大学院に入学しキャリアと育児の両立を図る

崎村千香氏のキャリア・ヒストリー

崎村 千香氏(37歳)
長崎大学病院 移植・消化器外科勤務

2004年 鳥取大学医学部卒業。初期臨床研修開始。
2006年 鳥取大学第一外科に入局。
2007年 医師の男性と結婚。結婚後も別居。
2008年 長崎大学移植・消化器外科に入局。
2009年 第1子出産。同年秋、大学院に入学し、リサーチャーとして復帰。
2010年 マンモグラフィー読影認定医取得。
2011年 臨床に復帰。
2012年 夫が単身赴任となり、夫の両親の助けを借りながら育児を行う。
2014年 常勤医に昇格(乳腺内分泌グループ)。

崎村千香氏は出身大学で外科のトレーニング中に長崎県の大学病院に勤務する医師と結婚。1年ほど別居したのち、夫と同じ大学の外科に入局する。翌年、長男を出産。産休・育休を経て、子どもが生後9か月のとき、大学院に入学する。「育児との両立でいちばん困るのは自分の時間が制約されることです。大学院で研究する場合、自分の時間を計画的に使えるので両立しやすいですし、在学中は臨床のキャリアを中断することになりますが、男性医師も同じなので臨床に戻った後の影響はほとんどありません」と崎村氏は話す。

乳腺外科医を目指していた崎村氏は、この期間を利用してマンモグラフィー読影認定医の資格も取得した。そして、臨床に復帰後はフルタイムで働き、夜間の呼び出しは免除されているものの、外来のほか手術、当直、外勤をこなす。その間、長男は延長保育時間の長い院外保育園に預け、必要に応じて病児保育室も利用する。「夫が育児や家事に協力的で、とても助かっています。夫がそれをできるのも夫の上司が理解を示してくれているからなのです」と崎村氏は打ち明ける。

仕事と育児の両立には夫の協力が不可欠だったので、夫の単身赴任中は両立が難しくなり、夫の両親の助けを借りながら何とか乗り越えたそうだ。このような経験を生かし、崎村氏は医師にとって使いやすい保育サポート体制を構築する県の検討会メンバーとしても活動する。女性医師だけでなく、男性医師も支援対象にすることで、育児中の医師にとって働きやすい環境を広げたいと考える。「子どもが急病のときなど休暇をもらうことに遠慮しなくてもよいと思いますが、子どもがいるから当然だという態度では周りの理解を得られません。“あなたのおかげで助かっています”というサンクス・カードを渡すなどの配慮も必要です」。

崎村千香氏の1日のスケジュール

常勤:月、火、木(7時30分~18時)、水、金(8時30分~17時30分)
家族構成:夫(腎臓内科医)、長男(5歳)

5:30~6:30 起床。朝食の準備など。
7:15~7:20 子どもを認可保育園に送る。
7:30 出勤。カンファレンス開始。
8:00 診療開始(週3回手術、週2回外勤、月2~3回当直)。
17:30~18:00 診療終了。退社。
18:30 子どもを保育園に迎えに行き、一緒に帰宅。子どもの面倒をみたり、家事をしたりする。
22:00~23:00 就寝。

MESSAGE 先輩医師からのエール

女性医師から

木戸 道子

木戸 道子氏 (51歳)
日本赤十字社医療センター 第二産婦人科部長
1988年、東京大学医学部卒業。同大学院博士課程修了。長野赤十字病院などを経て現職。医師の夫との間に大学生から中学生までの3人の息子がいる。

臨床以外の仕事も積極的に引き受け管理職の道を目指そう!

女性医師が臨床の第一線で活躍するのは難しく、高い能力を持っているのに育児を優先しメインの仕事を選ばない人もいる。私は3人の息子を育てながら、苦労してキャリアを築いてきたが、それは夫の支えをはじめ、周囲の協力があったからだ。そして、何よりも私自身、臨床が楽しくて、どんなに大変でも働きたいと強く願ったからである。

女性医師がキャリアを中断する最大の要因となる育児は、それぞれの時期での苦労があり、子どもが自立するまで親の仕事は絶えることがない。したがって、どこかで見切りをつけて仕事を再開させるしかないと思っている。また、どれほど周囲の協力があったとしても、仕事も育児も100%完璧に行えるわけではないので、今できる範囲の中でうまく折り合いをつけていくことが肝心だ。

大切なのは細く長くキャリアを続けることだ。非常勤やパートでは責任が軽い分、やりがいが少なくなりがちなので、働く時間をできるだけ増やし、フルタイムの常勤を目指そう。そして常勤になったら臨床以外の仕事も積極的に引き受ける。これらの仕事は夕方や夜の時間帯にかかることが多いが、育児や家事を理由に避けていると、管理業務能力が向上しない。「早く帰ってあげたい」と思っても会議に笑顔で出席する。子どもには「母親から放置されている」という気持ちを持たせないよう愛情をかけて育てれば実際に接する時間が短くても理解を示してくれる。私は子どものお弁当にメッセージカードを入れるなどの工夫を随所に凝らした。

女性医師がしなやかにキャリアを構築できるのは、これからだと感じている。ママドクターの経験を生かし、育児中の女性医師がいきいきと働けるようキャリアサポート制度の整備に尽くしていきたい。

男性医師から

竹田 啓

竹田 啓氏 (33歳)
三重県立一志病院 内科(家庭医療)勤務
2005年、岐阜大学医学部卒業。初期臨床研修後、岐阜大学救急・災害医学講座、三重大学家庭医療学講座を経て10年より現職。介護福祉士の資格を持つ妻との間に7歳と3歳の2人の娘がいる。

働き続ける環境を整えるために 育児経験のある男性医師を巻き込もう!

2011年、第2子(次女)出産の際に2か月の育児休暇(育休)を取得した。男性医師が利用できる育児支援制度は用意されていたものの、それまで前例がなかった。しかし、当科では20代後半の医師が多く、これから育児にかかわる層が増えていく。「誰かが取らなければ始まらない――」。そんな思いにも駆られて育休を宣言した。私の休暇中、他の医師の負担が増すことは予測されたが、後輩の男性医師は自分たちも育児支援制度が利用しやすくなることを期待して応援してくれた。女性医師も「男性が育児にかかわることは大切だ」と好意的に受け入れてくれた。

ところが育休前に妻が糖尿病合併妊娠のために緊急入院し、第1子(長女)の世話をしなければならない状況に。急に休むわけにいかず、育児短時間勤務(育短)制度を使って午後の仕事を早めに切り上げ、17時に長女を幼稚園に迎えに行った。育短制度に加え、外来の診療枠や病棟の受け持ち患者数を減らしてもらえたことも有り難かった。

当直の日は両親の助けを借りて乗り切るなど仕事と育児に追われて大変だったが、非常に充実していた。この貴重な経験を通し、母親が働いている如何にかかわらず、父親が育児に参加することは子どもの成長にとって必要なことだと痛感している。また、育児は仕事の能率アップにも貢献している。例えば帰宅したときに子どもの「おかえり!」という言葉がもらえるよう効率よく仕事をすませられるようになった。

それゆえに今、整備されつつある院内保育所や病児保育室、保育サポーターなどの育児支援制度は男性医師も対象にしてほしいと願う。そして出産・育児でキャリアを中断されず、女性医師が働き続けられる環境を整えるには育児経験のある男性医師を巻き込んでいくのが早道ではないかとも考える。