なぜ、何のために転職するのか。悩みは転職で解決できるのか、まず考える

転職以外の道とも比較しながら考えをまとめる

「転職は、どうしても転職したい理由、転職しなければ実現できないことがある場合にすること」と話すのは、リクルートメディカルキャリアで医師転職を支援するキャリアアドバイザー(以下CA)・岡本宏美氏。

下にもあるようにキャリアに対する悩みは様々だが、必ずしも転職すれば解決する、というものでもない。施設に残って転職以外の解決策を探る、系列病院などへの異動を願い出る、といった方法も検討したうえで、転職が最善の道なのかを考えたい。

「人間関係や報酬を理由に転職を繰り返すと、次第に採用されにくくなり、行き場を失うことにもなりかねません。また医局は一般的に仕事がハードで報酬は低めですが、症例や、指導医が一番多い場所。一定期間はそこに留まり、十分にスキルを積んだ方がいいと思います」(岡本氏)

医師の世界は意外と狭く、学会などで元の同僚らと顔を合わせる機会も多いので、円満退職を心掛けたい。

方向性が正しいか不安、キャリアデザインが描けないなど、転職の悩みをどうクリアすればいいのか。転職に成功した事例を見ていこう。

岡本 宏美

岡本 宏美
監修/キャリアアドバイザー
キャリアアドバイザーを担当して5年目。3人の男児の母でもあり、抜群のバイタリティが持ち味。「相談の結果、転職するのをやめた、というケースもありますが、それでもいい。医師と一緒に最善の道を考えたい」と話す。

Aさんの相談内容

「医局では研究がメインで、興味深い症例は若い医師に優先的に回る。もっと臨床に関わりたい」との相談。報酬にはさほどこだわっていなかったが、お子さんが就学し、先々、毎月40万円程度かかる見込みという教育費が気になり始めた。「自身の市場価値がどの程度なのかがわからない。どんなキャリア形成をすればいいだろうか」

将来どうなりたいか。まずは希望を整理する

「率直に言って、ご相談段階では将来的なキャリアプランが明確になっていない印象でした」と、CA。もっとも、それは珍しいことではなく、CAと対話する過程で、転職の動機、希望が浮かび上がることは多い。

そこで、将来、開業する意思はあるか、急性期病院と慢性期病院ではどちらがいいか、訪問医という選択肢はどうかなど、将来に渡ってどんな働き方をしたいかを確認する。

カウンセリングを進めた結果、Aさんには将来的に開業の意思があることが見えてきた。しかし現段階では標傍科目、規模、場所、資金などはまったくの未知数。そこで相談の結果、将来開業することを目標に据えて、それに繋がるような転職を目指すことにした。

「大学病院は、他施設で診断がついた患者が治療に訪れ、手術などが済めば他施設に移ることが多いため、手術後の様子を知る機会が少ない」というAさん。そこでCAは、候補のひとつに総合内科で訪問診療も行うクリニックを挙げた。

その理由は、①町のクリニックなら体調不良を訴えて訪れる患者を診ることができ、診断までのプロセスを経験できる、②総合内科なら消化器以外の分野で患者を診る経験を積むこともでき、開業に役立つ、さらに、③訪問診療を担当すれば回復期、慢性期の患者も担当できる、からだ。

一方、急性期病院では臨床経験を多く積むことができるし、慢性期病院では術後の患者を診ることができる。それを踏まえ、CAは各施設でどんなキャリア形成ができるかを提示しながら、それぞれ1施設ずつ、計3施設の見学を勧めた。

「実際に施設を見ると、そこでどんな医療ができるかイメージしやすいため、検討段階で見学をお勧めすることも少なくありません」とCA。ほとんどの施設では、設備や病棟、オペの見学も可能だ。

報酬の相場を知り市場に合った条件を固める

施設選びの際には報酬などの条件面も重要だが、Aさんは、「どの程度の報酬を望んでいいのか、よくわからない」とのこと。多くの医師は年収アップを希望するが、「Aさんのように、自らの市場価値を把握できていない人が圧倒的に多い」(CA)という。CAに聞けば、キャリアや勤務条件に応じた相場が分かり、適正な報酬を得る可能性も高まるし、逆に現実離れした条件を提示して転職先がみつからないという失敗も防げるだろう。

Aさんは医局勤務の消化器内科医・42歳で、年収は700万円。週1日、別施設での非常勤勤務の報酬を合わせると1300万円。「民間の施設であれば年収1500~1600万円を得ていてもおかしくない」(CA)ということで、転職によって収入増を図れる可能性も大きい。

CA伝授!成功ポイント
  1. まずは気持ちを整理し、方針を決めることが何より大事

    どんな転職をすればいいのかが明確ではないという人は少なくないが、まずはCAと話すなどして、自らの気持ちを整理すること。そこから方針、条件、合う施設など、順に決めていくことができる。開業については経営センスも必要で、適性があるかの判断は難しいので、Aさんのように必要なスキルを積みながら情報収集するのも有効といえる。

Aさんの選択

開業を視野に、訪問診療も行う総合内科のクリニックに転職

外来のほか、訪問診療も担当。開業のために必要な経験ができることが決め手になった。開業できなかった場合はそのまま勤務を続けられそうな施設であること、また開業時に競合しないよう、居住地とは離れたエリアを選択。週4日勤務で、週1日は別施設に消化器内科医として非常勤勤務をすることで、専門性も高める。年収は約400万円増えた。

Bさんの相談内容

脳外科医のBさんは49歳。今もオペで執刀しているが、「60代までオペを続けるのは無理。今のうちに新しい道に進みたい」との相談。脳外科医の専門性を活かしてリハビリテーション科専門医(リハ科専門医)を目指す意思があるほか、ほかにも経験を活かせる道があれば知りたい、とのこと。報酬は現状維持の2000万円を希望。

ベテラン医師の転科は歓迎されにくい側面も

「年齢的に方向転換を考えるべき時がくるのは外科医の宿命。顕微鏡を使ったオペが主流になり、以前よりは長く続けられるようになりましたが、それでも限界はある。脳外科では60代での執刀は厳しいと考える医師が多く、40代で悩み始める医師は少なくありません」(CA)

メスをおいて脳外科医を続けるという選択肢もあるが、Bさんはリハ科専門医への転科を希望した。60歳以降も10年以上は働けるというのが主な理由である。

脳疾患患者のリハビリを支援するリハ科専門医の需要は高まっている。オペを担当する脳外科医であるBさんが術後の回復を支えるリハ科専門医へ転身すれば、自らの経験を大いに活かすことができるというのは大きなメリットといえる。

しかし、「近年、リハ科専門医を必要とする病院は増加していますが、年齢が高い医師の場合、なかなか採用が決まらない、という例も散見されます」と、CA。

リハ科には、Bさんのように別の科で経験を積んだあとで転科するベテラン医師もいるが、現場には、はじめからリハ科専門医として働いている若い医師も多く、プライドの高いベテラン医師と若手医師との間で軋轢が生じるケースもある。そのため現場が若い医師を求め、ベテラン医師の採用を躊躇する病院が少なくないのだという。

そのような状況を踏まえ、CAは、一から勉強するという姿勢、若い医師と協働する意識で臨む必要があると助言したという。当初、Bさんは抵抗も感じたようだが、ベテラン医師が転科する場合には重要な意識であることを理解しておきたい。

譲歩なしでは転職が決まりにくい

もうひとつBさんの決意を鈍らせたのが報酬である。

年収2000万円の現状維持を望まれたが、「Bさんが希望される週4・5日勤務では、1600万円程度が相場と考えられます。病院の経営面から見ても収益が得やすいオペを担当する脳外科から、収益が得にくいリハ科への転科であり、現状維持は困難であるということをご説明しました」(CA)。当直はなしで、週4日で、報酬は現状維持で、など全て自分の意志を通そうとして決まらない医師が、この年代には多いという。

実際、施設側は「もう少し若い人を」、Bさんは「もう少し報酬の水準が高いところを」というすれ違いで折り合いがつかず、不成立となった施設は5つを数えた。

CA伝授!成功ポイント
  1. 人材ニーズや相場を理解し、譲歩する姿勢も必要

    報酬もポストも手にしている50歳前後は、外科医にとっては、新たな働き方を探るターニングポイントの時期でもある。転科するなら早い方がいいし、報酬やポストを手放す勇気も必要。長く続けられるメリットのかわりに、相場に合わせ施設側の条件を受け入れる覚悟も転職をスムーズにするために必要だ。

Bさんの選択

相談から半年後、回復期リハビリテーション病院へ転職

報酬は現状維持とはいかなかったが、1750万円という比較的高水準で合意。脳外科医の経験を活かして長く働くことを優先し、リハ科専門医の資格取得を目指して若い医師たちと働くことを決意したという。

Cさんの相談内容

4歳と0歳の子育てをしながら消化器内科医として勤務。仕事と育児の両立がしやすく、資格も取得できる施設への転職を希望。会社員の夫は育児に協力的なので当直も担当可能。臨床を積み多くの資格を取得したい。

熱意を支える働きやすさも重要

「多くの資格を得るにはたくさんの臨床を担当する必要があることはわかっているので、当直も辞さない」と、意欲的なCさん。

ただし育児と両立させるための環境も必要。そこでCAは、資格取得、仕事と育児との両立、という2点を適える中規模の病院を紹介した。

「肝臓以外の資格が取得でき、院内保育もある病院です。お子さんが急病の際などにほかの医師にカバーしてもらえることも重要なので、小規模で医師が少ないクリニックより、一定の規模で、医師が多く勤務する病院の方が安心です」(CA)

紹介した病院は、ベテランから若手まで幅広い世代の医師が勤務しており、雰囲気もよく、協力体制が築きやすい環境だという。自身でも、面接の際などに病院内部の様子などについて確認するのが望ましい。

CA伝授!成功ポイント
  1. キャリア形成のため必要な条件を整理する

    女性医師の中には、資格も取得したいけれど時短勤務がいい、報酬も譲れない、という人も少なくないよう。Cさんは、資格の取得を最優先したい→臨床を多く経験する必要がある→育児と両立しやすい環境が必須、というように条件を整理したことが成功の秘訣に。施設も探しやすくなり、結果、キャリアプランを実現しやすい転職ができた。

Cさんの選択

診察科目が多く院内保育もある私立病院に転職

院内保育を利用し、時短勤務ではなく、ほかの医師と同様の勤務体制。当直もあり、育児は夫と分担している。年収は約300万円アップ。

Dさんの相談内容

父が倒れて地方にUターン。地元の病院に勤務したものの、人間関係がうまくいかず、2回の転職を経験。現在の施設でも上司とのそりが合わず、CAに相談することにした。

人間関係のほかに転職すべき理由があるか

基本的に人間関係を理由にした転職は勧められない、とCAは話す。「転職先で同じ問題にぶつかって転職を繰り返すことになりかねない。異動を待つ、願い出るといった解決策を模索した方がいい」という。

しかしDさんと話すと、別の問題が潜んでいることがわかった。

まずは上司の意向で別の施設での非常勤勤務が禁止されていること。

「週5日勤務で年収は1200万円。勤務日数を1日増やしても200万円程度のアップですが、別施設で非常勤勤務をすれば400万円アップも珍しくありません。上司の意向によって収入アップの機会を奪われているのは不当です」(CA

またDさんはリハ専門医だが、救急で専門外の患者を診なければならず、不安があっても周囲に相談しにくい、という問題も抱えていた。

CA伝授!成功ポイント
  1. 安易な転職はNG キャリアに傷がつく

    そりが合わない人を避けるように転職していたのではきりがなく、キャリアに傷がつくし、理想とする働き方には辿りつけない。まずはDさんのように人間関係以外に悩みがあるのか、その悩みは転職でしか解決できないのか客観的に考えてみて。転職するしかない悩みがあるなら、どんな転職をすれば悩みを解決できるかを具体的に考えていくことが大事。

Dさんの選択

専門医として働けるリハ専門病院に転職

週5日勤務で年収は400万円アップ。非常勤勤務も可能で、週1日の外勤をすればさらに300万円程度上乗せできる可能性も。