転職を思い立ったら

自分の軸を明確にすることが転職成功の鍵

診療の専門性をもっと高めたい、収入を増やしたい、家族と過ごす時間を増やしたい……。医師が転職を考える「理由」はさまざまで、ひとつとも限らない。特にはじめての転職の場合、あれもこれも、と希望が膨らみ、自分にとって何が譲れない条件で、何が妥協できる点なのか、優先順位を決める作業が難航することにもなりかねない。
そこで、弊社で長く医師転職を支援し、医師と施設側との両方に詳しいキャリアアドバイザー(以下CA)は「自分の軸を明確にすること」をすすめる。そもそも自分はどのような医師になりたいか、一番大事にしたいものは何か。自分軸をはっきりさせることが、そのまま成功のスタートラインに立つことにつながるという。あとは軸をブラさずに転職活動をすすめる。「待遇や人間関係に不満、忙しすぎる、など複数の転職理由をお持ちの先生にじっくりお話を伺うと、実はご自身がめざす医療を実現するには、現在の環境では難しいことが最大の転職理由だった、という例もあります。ここを見誤ると、転職のそもそもの目的が達成できません」(CAのK氏)。
加えて、あらかじめ家族の意向も確認し、賛同を得ておくことも不可欠の事前準備だ。価値観のすりあわせをしておかないと、転職が決まってから妻の反対にあう、ということにもなりかねない(左上コラム参照)。
家族との話し合いも経て"価値観の棚卸"をして軸が定まったら、次に転職の方法を検討する。転職にはさまざまな手段・方法がある。斡旋会社を利用する場合、知人の紹介、施設へ直接応募、それぞれのメリットデメリット、どのような転職に適しているのかを紹介する。
転職の最後の仕上げは、現在の職場を"きれいに"辞すことだ。転職するよりも退職する方が難しいという経験者の声もある。切り出し方のタイミング、慰留された場合の交渉のコツも考えてみたい。

「役職」が必要なことも!?
転職前に家族で話し合いを

転職前には、家族の意向を事前に確認しておくことが欠かせない。せっかく転職が決まっても、本人の満足とは裏腹に「妻に反対された」と断ってしまう例もあるという。
「ご要望があれば、転職ご希望の先生ご本人だけでなく、奥様も交えて三者で転職前の面談を行う場合もあります。一般的な転職の様子や待遇の相場などをお伝えしたり、奥様のご意向を施設選びに反映させたりしています」(CAのI氏)。
「 実際にあった例では、お子様の小学校受験に際し、提出書類に(大学医局を出るなら)『役職』が書けた方が有利だといわれている、というご家庭がありました。これは三者面談で奥様とお話をしてはじめてわかったこと。伺っていなければ、役職など気にも留めずに転職活動を進めるところでした。その後は役職も条件に加えて施設を探し、希望通りの転職が実現しました。お子様も第一志望の小学校に合格されたそうです」(CAのO氏)。日ごろ多忙な医師こそ、家族との話し合い、情報共有が必要だという一例だろう。

キャリアアドバイザーに聞く
最近の面接 TREND&TOPICS

「大学病院で求められるスキルと一般病院で求められるスキルは異なることに、まず理解を」。施設側の採用担当者は口を揃える。医師は売り手市場だが、なかには面接で「うちには合わない」と断られる例もある。面接にも同席するCAに、最近の採用事情、施設側が求める医師の変化について聞いた。

スキルの次に見られるのがコミュニケーション力。
最近は服装も…

医師に求められるのは専門性とスキルだが、最近では人柄や雰囲気、コミュニケーション力にも重きが置かれるようになってきている。チーム医療のリーダーとして、また患者やその家族との意思疎通、信頼関係構築のためにも、医師のコミュニケーション力は、ますます注目されてきている。特別に話上手である必要はない。求められているのは適切なコミュニケーション力だ。「面接で聞かれた質問に的確に答えられれば大丈夫です。聞かれてもいないことを一方的に話すのはNG。緊張しやすい方は、事前にその施設を希望する理由や実現したいことを整理しておくとスムーズに答えられるようです。ご要望があれば、CAが面接の練習もお手伝いします」(CAのI氏)。なお、最近では面接時の服装をチェックする施設が増えてきた。もちろん、常識的で清潔感があれば問題ない。

経営に対して協力的な姿勢が評価される

医療および各施設を取り巻く環境は日々変化している。多くの医療機関は他病院との差別化を図ったり、コスト削減に取り組んでいる。仮に同じスキルの医師ならば、それらの取り組みに対して、無関心なよりは協力的なほうが採用されやすい。経営に協力的だという姿勢はアピールポイントになる。その施設が目指す方向に対して協働の姿勢があれば、心証はさらに向上する。

面接回数にも変化が!?

入職後は長く勤めてほしい、というのが施設側の本音だ。そこで、これまでは1回の面接で採用が決まることが多かったが、医師がもう一度話を聞きたいと希望すれば、再度面接を設ける例も増えているという。「最初の面接で解消できなかった不明点や疑問点があれば、無理に自己判断しないで施設に確認し、入職前にクリアにしておくべき。必要なら『もう一度話を聞きたい』と伝えるのもOKです。納得感は、転職の成功に影響します。施設側も快く応じてくれます」とあるCAは話す。
情報は氾濫しているが、実際に見て話を聞くことに勝る情報収集はない。互いをよく知るための労力は惜しまないのが、昨今の転職のトレンドといえる。

優先順位と条件の確認

自分を知り、譲れないポイントを見極める

「これだけは譲れない」自分だけの価値観を明確に

転職成功には「自分の軸を明確にすること」が欠かせない。軸とは「価値観」であり「自分にとって一番大切なもの」「優先すべきこと」とおきかえて考えるとスムーズだと話すのはCAのK氏。
「軸が曖昧だと、年収や仕事の忙しさなど条件だけで判断しがちで、『本来、自分がやりたかったこと』にたどり着けません。結果、希望通りの収入や待遇を得たにも関わらず、別の不満を感じて転職を重ねることになってしまいます」。
満足感を得られない転職は、医師自身にとっても徒労である。また、不本意な転職を繰り返すことは、採用側に、あまりいい印象を与えないことが多い。

日頃抱える不満の裏に"本音"が潜む

軸を明確化するには、転職しようと思ったきっかけや、抱えている不満の「棚卸」がスタート地点となる。なぜなら、そこに本音が隠されていることが多いからだ。さらに棚卸の範囲を広げて、医師としてのやりがいを整理することも、軸を明確化するのに役立つ。下記の質問案などを活用し、自問自答をすすめたい。
このとき、斡旋会社のCAと相談できれば話は早い。医師のキャリアと施設の求人情報に明るく、客観的な視点をもつCAと話すうちに、自分自身の真意や希望に気づき、優先順位が明確になることは多い。CAとの会話を通じ、自分一人では思いもよらない"答え"に到達することもある。たとえばこんな具合だ。「長く大学で呼吸器を担当され、専門を生かしたいけれど家族と過ごす時間もほしい、とジレンマに陥っていた先生に、新設施設の呼吸器リハで実力を発揮されることをご提案しました」(CAのO氏)。
優先事項=軸が明確になれば、今後、多少の不満があっても、目的を達成できているならば目指す方向に集中することができるのだ。

自分を知るためのSelf Question

  • 現在の不満は何ですか?
  • なぜ不満を感じるのですか?
  • 医師としてやりがいを感じるのはどんなときですか?
  • 現在の診療科を選んだ理由は?
  • 医師になった理由は?
  • 何をしているときが一番楽しいですか?
  • 最もやりたくないことは何ですか?
  • 5年後、10年後、どんな医師になっていたいですか?
  • 人生で大切にしているもの、譲れないものは何ですか?

重視項目は多面的に検討する

転職の具体的な条件が明確になると、優先順位をつけやすくなる。ここでは、転職で特に重視される項目ついて、ポイントをまとめた。

【報酬】額面金額だけにとらわれず「収入」に含まれない費用も確認

転職動機の一番にあげられるのが「収入アップ」だ。一般的に、大学病院よりも民間の病院・施設の方が年収は高く、同じ科・患者数なら、都市部よりも郊外や地方の方が高くなる傾向にある。それに加えて勤務日数、当直やオンコールの回数、外来や病床の担当患者数、診療科目で、およその相場は形成されている。
なかには誤った情報に振り回される例もある。「医師仲間に聞いた」と相場を大きく上回る年収を主張して転職先が見つからなかったり、不本意な転職に落ち着いたり。反対に、知人の紹介で相場の2/3の年収で転職したケースもある。限られた情報源では視野が狭くなりがちだ。第三者の意見も参考にしたい。
「年収の額面金額『だけ』にこだわる先生がいらっしゃいますが、実質的なことをいえば、福利厚生や諸経費などの待遇面も合わせて検討されることをおすすめします」と話すのはCAのO氏。
たとえば借り上げ社宅があれば住居費の支出が抑えられる。学会加入費、出張費、資料費や通信費(携帯代)などを経費として負担してくれるところもある。経費なら税金がかからない。収入の額面金額が同じでも、こういった部分で、実質的な金額に差が出る。
税金面でも多少注意が必要だ。額面の収入金額から基礎控除、社会保険料控除、生命保険控除、配偶者控除、医療費控除など各種所得控除を差し引いた残りの金額が「課税される所得金額」。これにして所得税が算出される。課税される所得金額が330万~900万以下なら所得税率は20%だが、900万を超え1800万以下になると30%に、1800万円超では37%になる。
所得税率が上がるボーダー近くにいる場合は、税金上昇分をカバーできるだけの年収増加がなければ、却って手取り額は減ることになる。

【働き方・労働時間】細かいところまで事前に書面確認する

働き方・労働時間は、同じ施設でも契約は医師ごとに異なるため、勤務日数以外にも当直、オンコール、休日取得など詳細まで確認したい。
関心が高いのは当直。最近は常勤医の負担軽減のため非常勤で担う例も増加、当直なしも交渉可能だ。「話が違う」と後でトラブルになりやすいのがオンコール。コール数や出動回数など、負担度合の目安となる数字を確認しておくと安心だ。
「細かいことですが学会参加は出勤扱いになるか、休暇は申請通りに取得できるのか、また有給と続けて連続取得できるか、なども確認しておくといいでしょう」(CAのI氏)。
ある整形外科医は、国体などの大きな大会で医療職としてボランティアをするのをライフワークとしていた。入職時には年5日までボランティア有給を取ることを快諾されたが、医師の減少に伴い、申請しても受理されなくなった。縁故で入職したため取り決め書類もなく、強く主張できずに、やむなく転職した。
「この先生にとって、ボランティアは非常に大切なことでした。他の部分ではこの施設に満足されていたので、非常にもったいなかったです」とCAのK氏。
外来・病棟それぞれの患者の受け持ち数に加えて確認したいのは、夜間の診療体制。原則として当直医が担当するのか、主治医が呼び出されるのかも、働く上では大きな差だ。
小さい子どもがいる女性医師の場合、勤務時間に制約が出るため、常勤を諦めることも少なくない。しかし育児中の女性医師を積極的に活用して成果を上げている病院は増えている。病児保育の受け入れ態勢万全の施設もある。最初から諦めずに、希望にかなう施設を探したい。
ちなみに、勤務に制約がある医師の面接のポイントは「あれもできません、これもムリです、と言う代わりに『今はできませんが、子供が小学校になったらできると思います』『昼間の救急当番なら大丈夫です』など、ひとつでも『yes』と言える項目を探す姿勢でいらっしゃること。それだけで採用率は高くなります」(CAのO氏)。

【診療内容・体制等】症例数だけではわからない診療科の人員・年齢もチェック

スキルアップを目的に転職する場合は症例数の多い施設が候補にあがる。その際、確認したいのは診療科全体の医師の人員体制だ。「この疾患ならこの病院」というように患者が集まる施設では、通常、症例数に比例して医師数も多い。先輩や同世代の医師がひしめいている状態では、自ら担当できる症例数は限られる。一方、ベテランの診療部長の下に自分だけ、というような体制なら、多くの症例を任せてもらえる可能性が高い。組織の構成要員の情報収集は欠かせない。施設情報に詳しいCAがいれば頼りになるだろう。
求められる役割は年齢・組織体制によっても変化する。中堅以上の医師なら、若手を指導する立場として入職するのも選択肢のひとつだ。

【将来性】施設・専門領域の将来性は?キャリアプランに合致するか?

施設の経営基盤・将来性も重要だ。医療政策は医療施設淘汰の方向に向かっているといわれる。周辺施設も含め、入職する施設の客観的な情報を持つ第三者の意見も参考にしたい。
また、この機会に10年後、20年後のこともイメージしたい。未曽有の高齢社会に、どの領域で活躍していたいか。そのためにはどこでどんな経験を積むことが望ましいのか。
たとえば現在の専門領域は、将来も社会的に高いニーズがあるか。先行きに不安があれば、転科も含めたキャリアチェンジも視野に入れる必要があるかもしれない。転科の多い精神科なら、転科希望者を積極的に受け入れ、指定医が取れる施設を選びたい。
さらに何歳まで医師として現役でいたいかも考えよう。「生涯、現役の医師でいたい」ならキャリアも長い目でプランニングする必要がある。定年に関係なく活躍できる領域と、そこにシフトするタイミングを検討したい。

転職方法の種類と特徴

メリット・デメリットを把握、目的にあった転職方法を選ぶ

【医師斡旋会社】斡旋会社がもつ情報には個人では得られないものも

斡旋会社は、厚生労働大臣の認可を受けた民間の職業紹介会社で、正式には「有料職業紹介事業所」と呼ばれる。斡旋の形態は、求職者(医師)に対して斡旋する登録型と、求人(施設)側から頼まれて、斡旋会社が医師をスカウトするヘッドハンティング型がある。
いずれの場合も、費用は施設が負担するため、医師は無料で斡旋のサービスを受けることができる。「医師の方から『ここまでしてもらって、本当にお支払いしなくていいのですか』と尋ねられることがあるのですが(笑)、ご心配には及びません」(CAのR氏)。
ここでは主に会員登録型について説明する。転職までの流れは
1.医師がウエブサイト等から斡旋会社に登録
2.担当CAからメールか電話で連絡があるので条件や希望を伝える。キャリアの悩み・相談なども。
3.担当CAが希望に合致する施設をいくつか紹介する。
4.施設を選び面接へ(CAも同行)。
5.医師の希望にさらに近づけるため、CAは施設側と条件交渉を行う。
6.双方合意すれば、契約書という形で書面におとし、入職決定。

斡旋会社を使うメリットは、CAが医師の多様な希望を理解して、条件にあった施設を探すこと。面接等の日程調整も任せられるので、忙しい医師にとって、転職にかける時間と労力を大幅に減らせる。効率よく転職したい方に適している。
歴史のある斡旋会社ほど施設との関係性も深く、個人では収集が難しいような、幅広い客観的な情報を持っていることが多い。CAは施設の経営状態、職場の雰囲気や働く医師らの性格や能力なども把握しているので、安心して相談したい。
マイナス情報も早目に伝えCAを味方にする
登録した時点で希望にかなう求人がなくても、CAは継続して探してくれる。斡旋会社を利用するのは、転職における心強いサポート体制、応援団を持つイメージだ。
斡旋会社を使う場合の注意点は、早い段階で、マイナス情報も含めてCAに正直に正確な情報を伝えること。「体調面の不安など、転職に不利と懸念されることも、最初にお話しいただければ、一緒に解決策を探ることができます。全力でフォロウします」(CAのI氏)。しかし後でわかると、施設側の心証は悪化することが多い。
報酬額や待遇なども、条件が明確なら具体的に伝えたほうが希望に沿いやすい。一般的な相場よりも高い額を希望する場合も、開業資金のため、教育費のため、と理由がはっきりしていると、CAは施設と交渉しやすい。お金やプライベートを話すのは気が引けるかもしれないが、ホンネを伝えることが、希望通りの転職を実現する近道だ。

【知人のつて・紹介】条件面をクリアにすれば安心感を持って入職できる

医局の先輩や医師仲間、業者から転職を紹介されることもある。信頼できる人からの紹介があれば、知らない施設でも安心できる。そこに知人の医師がいる場合は、環境に馴染みやすいという利点もある。
この転職方法で注意したいのは、報酬や待遇などが口約束になりやすい点だ。「相場よりも報酬額が低い先生に転職方法を伺うと、大抵、この方法で転職されています」とCAのI氏は指摘する。
提示された待遇や勤務条件が妥当かどうかを判断するためには、独自に情報収集することをすすめたい。紹介者以外のルートから話を聞くなど、客観的な情報を元に判断することが、転職成功には欠かせない。その上で、提示された条件に違和感がある場合は、入職を決断する前に交渉し、要望を伝え、必ず書面を取り交わそう。働き始めてから不満を感じても変更は難しいうえ、紹介者の手前、すぐには辞めにくい。
これは他の転職方法にも共通する注意点だが、特にこの場合は、紹介者に後々迷惑をかけないためにも、条件の事前確認は重要だ。

【直接応募】意中の施設に直接アタック 自分のペースで進められる

雑誌やウェブの募集広告をみて直接応募する方法は、エリア・施設・学びたい指導医など希望が明確な場合に適している。
この方法の最大のメリットは、第三者が絡まないため、どこまでも自分のペースで活動できることだ。
施設の情報収集から応募、見学や面接の日程調整、勤務条件の確認などは、すべて自分で施設と直接交渉できる。不明点や質問があればその場で聞けるので、話が早いし、交渉力に自信がある医師に向いているといえるだろう。自分の納得がいくまで、存分にいくつもの施設にアプローチできる点は魅力だ。
]ただし急いで転職先を決める必要がある場合には注意が必要だ。こういう場合には。どうしても焦りがちになり、事前に十分な情報収集ができず、他施設との比較検討する余裕がないことが少なくない。そのため確認もれが起こりがちになる。
特にはじめての転職では、提示された条件だけで、本当に自分の求める医療や働き方ができるかどうかを判断するのは難しい面もある。細かい点まで確認することは、直接応募では特に必要だ。

ケーススタディ・こんな落とし穴に要注意!

転職をしたものの、思わぬ落とし穴が。具体例から、陥りがちな失敗を学ぼう。

年収は相場の2/3!
ないと言われていた当直も頼まれるように

長年医局に所属していて、求人広告を見て初めての転職を果たしたA氏(40歳/外科)。勤務地や医療の内容には満足していたが、年収は1,000万円だった。そんなものか、と思って勤めていたが、半年ほどして、入職前にはないと言われていた当直をしばしば頼まれるようになった。最初は「(常勤医も減ったし)仕方ない。たまには悪くない」と軽く引き受けていたが、月に何度も頼まれるようになると、疲労に加えて、断れない自分にいらだち、たまる一方のストレスに耐えかねて、斡旋会社に登録し、再度転職した。
その結果、年収は1,600万円と大幅にジャンプアップ。しかも当直なし。勤務条件は事前に確認し、書面で締結したのは言うまでもない。

ポイント

  • 複数の他施設と比較するなどして年収の相場を把握。
  • 後で「言った」「言わない」のトラブルを避けるために、待遇面は入職前に書面で確認。双方で持ち合う。

年収大幅アップするも、医療内容が自分に合わず

B氏(38歳/消化器内科)。大学医局時代、公私共にお世話になった先輩が、在宅専門のクリニックを開業。「将来性もやりがいもある。待遇も考慮する。一緒に働こう」と誘われ、深く考えず、そこに転職。
年収は大幅にアップしたので当初は満足だったが、知らない人の家にあがり、患者宅で家族と深くコミュニケーションをとることにはいつまでたっても慣れなかった。車の運転も得意ではなく、迷いながら患者宅に到着、家族が見守る中で診察するのを次第に負担に感じるように。やがて往診の車のドアをあけると、大きなため息をつくようになっていた。在宅専門クリニックのため在宅以外の選択肢はなく、先輩に気まずい状態ではあったが、半年で転職を決意。今は外来専門クリニックで、ストレスなく勤務している。

ポイント

  • 知人のつては、あとで断りにくいうえに情報量が少ないこともある。見学にいったり、同じ領域で活躍する医師の話を聞くなど、事前の情報収集が不可欠。

退職交渉・全体スケジュール

現職場を清々しく去り、新たな職場で存分に活躍する

転職の最大の難関は医局からの引き留め?

冒頭でも紹介したが、医師の転職は、仕事を探すより退職する方が難しいと話すCAは多い。辞意を伝えても、新しいポストや待遇面での優遇、場合によっては留学などの好条件を提示して引き留められる。施設から内定が出ていたにも関わらず強力な引き留めにあい、ずるずると結論を出さないまま入職日を迎え、結局転職できなかった例もある。
しかし「特に大学医局は、必ず慰留するものです」とCAらは口を揃える。引き留められるほどの能力があればこそ、新しい施設に入職してからも活躍できるというもの。CAのI氏によると「大学にそれほど長くいるつもりはない」という意向を普段から示していると、転職を伝えても「仕方ない」と納得されやすいという。いずれ転職を考えているなら、日ごろからそれとなく匂わせておくのもひとつの手だ。
言い出しにくいのはわかるが、なかには「再来月の学会のときに教授に話すから、それまで待って」などと正式な入職の回答を長期間保留にする例もあるが、これはおすすめできない。施設側からすると、正式な回答があるまで体制を確定させることができず、迷惑をかけることになる。「教授とお話できるタイミングをつくるのが難しいことはお察ししますが、これからお世話になる施設の立場も考慮いただければ、入職後の心証も違ってきます」(CAのI氏)。

伝える相手と伝え方を間違えない

退職交渉では、これまでお世話になった感謝の気持ちが根底にあると伝わるような配慮が大切だ。まずは「最初に伝える相手」を決める。直属の上司にあたる部長や医局長がいいのか、それとも組織の長である院長や教授がいいのか。これは組織によって異なり、一概には言えない。職場での力関係や人間関係に注意して決めたい。先に医局を離れた先輩医師がいれば、最初に誰に伝えてどんな反応だったか、聞いてみるのがいいだろう。
絶対に避けたいのは、病院外の人や同僚から上司に漏れ伝わること。他から伝わったのでは、聞いたほうは丁寧に扱われた感はしないし、感謝の気持は伝わらない。また、辞意を伝える際の基本は対面。メールや電話、廊下での立ち話では、誠意は伝わりにくい。

迷ったときには「初心にかえる」なぜ転職したいのか再確認を

「なぜ辞めるのか」。退職理由の説明は相手を納得させることが大切。「妻の実家を継ぐ準備のため」、「親の介護が必要で地元に帰る」などの事情があれば、本音と建前を上手に使いこなそう。ただし、取り繕うために安易なウソをつくと、バレたときに信頼を失うことになる。
理想的には「〇〇病院の□□科に、△△のポジションでお世話になります。これからは××の医療に力を入れていこうと考えています」と、これからやること・やりたいことを正しく伝え、相手の共感を得たい。器の大きな医局ならば、むしろ応援してくれるはずだ。
「退職後も、非常勤などで元の職場を手伝う意思がある、など可能な範囲で力になれることを示すことができると、医局側も『そこまで言うなら仕方ない』という雰囲気になるようです」とCAのO氏は話す。
それでも強く引き留められ、「そんなに必要とされていたなんて」と決心が揺らぐこともあるかもしれない。「その場合は、そもそも、なぜ転職しようと思ったのか、転職で何を実現しようとしているのか、初心に帰ることが大切です」とCAのI氏。自分が生きたい人生を考え、勇気を出して一歩前に進みたい。「転職活動をサポートしてきたCAも、退職交渉を代行することはできませんが、辞意の伝え方やタイミングなどについては、いつでもご相談に応じます。退職交渉は、先生にとって最もストレスに感じることですが、強い決意で交渉して、気持よく次の職場でご活躍いただきたいですね」とエールを送る。

伝えるのは転職先が決まってから

最後に辞意を伝えるタイミングを考えてみよう。
大前提は、転職先が確定してから伝えること。「転職しようと考えているのですが、活動はこれから……」などと言おうものなら、最大級に慰留される。大学なら、教授から転職先を提示されることもあるが、それでは思い通りの転職は難しい。
また、入職まで1年近くあるような時期に伝えると、これまた強力に慰留される可能性は高い。それを振り切ったところで、残り期間に居づらさを感じることになりかねない。
もちろん、伝えるタイミングが遅すぎるのも問題だ。たとえば4月に入職するなら、次年度の体制を決める前に退職交渉を終わらせておきたい。大学医局で関連病院への異動の打診があった後で伝えても、医局側は「今さらそんなことを言われても」と心よく送り出す気持ちを持てなくなる。先手を打って伝えた方が、誠意が相手に伝わる率は高い。先手、という観点からいうと、同時期に別の医師も退職を表明している場合、後から伝えた医師のほうが、遺留される度合いは高くなるのが一般的だ。周囲の情報収集も欠かせない。
ただし、実際の転職活動は、タイミングのいい時期に決まるとは限らない。入職する施設からの内定がギリギリのタイミングになってしまう場合もある。
現在の職場に辞意を伝えるデッドラインは、入職日の1カ月前程度だ。ギリギリになってしまった場合は、やむを得ずそうなった事情も含めて誠実に伝え、きれいに去りたい。

期日を決めて逆算して全体スケジュールを組む

斡旋会社を使う場合、最初の登録から希望に合致する転職先の提示まで1週間~1カ月程度。その後、希望の施設との面接日調整、面接、入職の決定に1~2カ月程度を要するのが、一般的なスケジュールだ。その後、現職場に退職意向を伝えて引き継ぎを行う。一連の流れを考慮して、退職を伝える時期から逆算して段取りを組むとスムーズだ。「段取り上手な方は、『◯月までに転職する』と決めて、忙しい中でも手際よく転職活動を進められます。去り際もキレイです」とCAのO氏。
新天地で活躍する姿をイメージしながら、新たな船出を、いい状態で迎えたい。

私が退職交渉で工夫したこと

転職の先輩たちは、どのように工夫して退職交渉を乗り切ったのだろうか。生の声を紹介しよう。

飛ぶ鳥後を濁さず

「多忙な職場だったため、引き継ぎや後任、ヘルプのスタッフ確保などに配慮して、できる限り早く退職交渉をスタートさせました。また、退職後も可能な限り当直や非常勤でお手伝いする意思があることを伝えました。慰留はありましたが、こちらの誠意が伝わり、快く送り出してもらえたのでうれしかったです」 (42歳・男性)

専門性を高めたいとアピール

「自分の目指す専門性を身につけるには、別の病院に行くしかなく、転職をしたいと伝えました。それまでも、仕事の傍ら、積極的に勉強会などに参加していたので、努力していたことを評価されて、上司にも同僚にも応援されて転職することができました」 (33歳・女性)

誰に話すか悩んだ末に

「最初に誰に辞意を伝えるかとても悩みました。いろいろ情報を集めてみましたが、教授に伝えるべきという意見と医局長に伝えるべきという意見に別れてしまい…。結果的には、日頃からよく接している医局長に先に伝えました。強く慰留されてしまい、いっそのこと教授に伝えれば良かったと悩みましたが、医局長の顔をつぶすことになりかねないのでグッと我慢し、転職の意志が固いことを何度も伝えました。最終的には医局長から教授に話をしてくれて、無事に転職することができました」(38歳・男性)

正直に伝えて良かった

「当直が多く、体力的に限界を感じて転職を決意。上司に辞意を伝える際、理由も正直に伝えました。辞めることを伝えるのはとても勇気がいりました。でも、辞めてよかった。医療従事者である自分が健康であることの大切さを感じています」 (45歳・男性)