医師を取り巻く環境は年々変化し、転職市場のトレンドも移り変わっている。キャリア年数や年代によって転職事情は大きく異なり、診療科、働き方の希望によってもベストな選択は異なる。将来を見据えて早めにプランを組むことで、自分らしいキャリアパスを手に入れてほしい。

目次

自力でキャリアを切り拓いてきた医師も、
卒後10年目で最初の大きな節目を迎える

「スキルよりもコミュニケーション力」重視の傾向が強まっている

初期研修が必修になってから10年以上が経ち、医師が自分自身でキャリアを考えるスタイルは定着してきた。リクルートメディカルキャリアで、これまで数多くの医師の転職を支援してきた佐藤考氏は、全体の傾向をこう説明する。「5年ぐらい前から、医局を出る年齢が若くなりつつあります。また自身でやりたいことを追求してきた医師も、卒後10年目くらいで『今までのキャリアは今後何にどう生かせるのだろう?』と立ち止まり、我々に相談にみえるケースが多く見られます」

病院の求める医師像は、数年前から“スキルより人間性”という傾向が、より強まっている。「ある院長は『卒後10年くらいで、必要なスキルは自然と身についてくる。それよりも若手医師をうまく教育したり、患者の評判がよいという人間性が大事』とおっしゃっていました。また他の院長は『指導医資格取得者でコミュニケーションの苦手な医師より、専門医でコミュニケーションスキルが高い医師の方がいい』ともおっしゃっていました。地域に関係なく同様の声を聞きます」

ただ、診療科によって若干の違いはあるようだ。「やはり外科系は、今も技術が重視されます。コミュニケーションスキルがより重視されるのは、診療において患者との対話がより重要である内科系。ほかに眼科や産婦人科なども、患者が医師に人柄の良さを求める傾向が強いようです」

病院の規模別の傾向については、従来と大きな変化はない。「大規模病院は総じて人気が高い一方、離職率も高い傾向です。中小病院は、交通の便など立地のいいところが人気です」

また、医療界全体として急性期を減らし回復期・慢性期を拡大する方向に動いているが、「そうした流れに敏感な医師は、意外と多くないという印象です」と佐藤氏は言う。人材の需給等に直結することも多いので、大きな動きは把握しておきたい。

転職市場の傾向を知ったうえで、年代に合わせたキャリアプランを練ることが重要だ。

佐藤 考
エージェントサービスユニット ドクター転職支援室 マネージャー
2011年から常勤医師斡旋に携わる。「正確な情報を正確に医師へ共有する」「目先にとらわれず、医師と真剣に向き合い、医師の人生を転職を通じて豊かにしたい」が信条。

佐藤 考氏

医師のキャリアイメージ

※年齢はあくまで目安

医師のキャリアを俯瞰すると図のようになる。卒後10年目となる35歳前後がキャリアの分岐点と言えそうだ。

  • 20代後半から30代前半

経験を積んで基礎力をつけ、
組織での役割も積極的に担う。
転職より修練の時期と考える

卒後10年目未満にあたる20代後半〜30代前半は転職の前に、とにかく経験を積み、臨床医として十分な基礎力を身につけることが第一優先である。それでも転職をする場合は、ビジョンの明確化が重要のようだ。「自分は何が得意で、将来どうなりたいのかを詳しく説明できることが大事です。また委員会活動等に積極的に関わった実績や、コミュニケーション力の高さがわかる経験もアピール要素になります。院長は『今後活躍してくれる医師なのか』、事務長は『組織運営に協力してくれる医師なのか』を判断したいからです」

若いうちの転職では、それでも採用されにくいこともある。病院側が、本人の希望に叶うポジションを用意しにくい場合などだ。「例えば、『もっと症例数の多い病院に行きたい』という前向きな転職理由だとしても、転職先にも同年代の医師がいると、双方の要望に沿う体制が作れないこともある。症例数を目的とする転職なら、地方移住することも視野に入れた方が有効です」

給料の増額を目的とした転職は、別の観点からの注意も必要だ。「医師不足の病院は、通常より高い報酬を求められても採用する場合もあります。しかし、周囲以上に働いていなければ居心地が悪く、結局、すぐに退職したケースもあります」

転身成功のために

  • 将来のビジョンを明確にする
  • 医局や委員会などでの活動も転職に活かす
  • 症例数を稼ぎたいなら地方も視野に入れる
  • 30代後半

基本的に売り手市場。
症例数よりも実力と
マネジメント力が問われる

30代後半からの転職は、売り手市場といえる。それまでに一定の経験を積んでおり、得意分野の判断もよりわかりやすいと同時に、今後のポテンシャルにも期待できるからだ。そのなかで、この年代に求められるポイントがある。「20代と違い、後輩の指導力や、チームのマネジメント力があるかどうかが問われます。この点に関して、自身の考えや実績を伝えられるようにしておくとよいでしょう」

またスキル面では、症例数だけでなく、“自分一人でどこまでできるか”も重要視される。「外科系なら、手術の経験数のうち、自分が執刀医だったのは何件か。一人で完結できる手術は何かなどが問われます」。一方「内科系は体制によっては、他の医師との役割分担などにも柔軟に対応するつもりで。同じ専門領域の先輩医師がいた場合、診療方針を合わせて協同してくれるかどうかを、病院側は考慮します」

耳鼻科や皮膚科など、小規模な科で転職を希望する場合は、30代後半を逃さない方がいい。「小規模な科は、常勤医が一人という病院が多く、その医師の年齢は40〜50代という場合が多いようです。同年代の医師だとポストがバッティングしてしまいますが、30代のうちの転職なら“次世代”として求められることが多い。将来、転職することを決めている医師は、30代後半のうちに動いたがほうがよい結果が得られるはずです」

一方、この世代は子育て期間中でもある。最近は、家族の都合を考慮した転職が目立つようになってきた。「例えば、専門医を取得後、医局派遣で地方に赴任していたある医師は、『子供が小学4年生だから、学区が変わらないように卒業まであと2年待って転職したい』と話していました。ほかに、妻の実家に近い病院を希望する医師も珍しくありません」

男性の育児休業取得はまだまだ少数派だが、女性医師に関しては環境整備が進んでいる。「当直を免除したり、24時間の託児所を用意したりする病院が増えています。女性医師に対して、ウエルカムの姿勢の病院は非常に多いです」

また、ここ数年で開業する医師の年代が若年化しているようだ。「30代で開業する医師が増えています。必要経験を積んだ後なら、若い方が金融機関からの借入に無理が少なく、悪くない選択だと思います」

転身成功のために

  • 指導力やマネジメント力を身につけておく
  • 外科系は執刀医実績を内科系は協同の配慮を
  • 小規模な科の転職は30代のうちが有利
  • 40代

ポストを見込んだ転職や
転科などにもよいタイミング。
リーダーシップと経営観点も必要に

40代前半は特に売り手市場。部長職などポストを希望した転職や、転科を考え始めるタイミングでもあり、実際、多くの人が動く年代だ。

ポストを意識した転職でよくあるのが「大学では講師の肩書きがあるから部長職で招き入れてくれるところを探してほしい」という要望である。適切なポジションが空いているといいが、そうでなければ他の医師との競争もある程度覚悟が必要。「副部長などの職位で入職して、部長の医師と実績を競うことになることがあります。半年ほど経った頃に業績の高い方の医師が部長職に就く、という具合です。こうした傾向は数年前から見られます」

また部長職を目指す場合は、経営的な視点や能力が必要なことも知っておきたい。「ある病院では、部長クラスの医師が定期的に集まって業績報告をしており、場合によっては業績改善提案も行なっています。ここに限らず、部長職には少なくとも、P/L(損益計算書)やB/S(貸借対照表)などを把握したうえでの経営感覚が求められます」

また、40代は医師としてのリーダーシップの質も問われる。円滑にチーム医療ができるかどうかがポイントだが、「チーム」の概念は大学病院と民間病院で異なるようだ。「例えば大学病院の外科では、チーム医療の概念は、医師と手術室の看護師の協働の範囲であることが多い。一方、民間病院の外科では病棟の看護師も含まれ、内科なら、院内の多職種スタッフをはじめ、地域のスタッフとの連携も求められます」

一方、自身の診療スタイルが確立されてきているこの世代が、注意しておいた方がいい点は、転職後にギャップを感じやすいこと。「出身医局によって細かな手技が違ったり、看護師に任せる範囲が異なったりします。長年、看護師の業務だと思っていたことを、転職後は自分で行わなくてはならないこともあります。そうした変化をスムーズに受け入れることも大切です。あらかじめ非常勤などで経験しておくと、対応しやすいかもしれません」

 最近は外科系の医師が早めに転科する傾向も見られるそうだ。「脳外科など症例数が減っている外科系は、40代で内科系に転科する医師もいます。マーケットを理解し、診療科の立ち位置を客観的に把握して転職されているのです」

転身成功のために

  • リーダーシップを発揮しチーム医療の運営実績を
  • 経営数字を読み解き経営観点を身に着ける
  • 郷に入っては郷に従うの精神を持ち柔軟に
  • 50代から

働き方を重視した転職が増加。
給与水準へのこだわりより、
自分の価値基準に合った選択を

自身のQOLを考慮して、ゆるやかな勤務形態の病院に転職する医師が増える。外科系の医師は内科系にシフト。もともとの内科医も、当直のない療養型病院などに転職するケースが増えてくる。病院側も理解を示し、50歳以上の医師は当直を免除するケースが多い。

ただ、一つ注意したい点がある。「40代までの転職は、給与が上がる前提で問題ありませんが、50代以降はその発想から脱した方がいいかもしれません」

当直免除なら、給与減になる場合は多い。40代で当直あり年収1800万円だった医師などが、当直なしで50代以降も同じ給与水準を求めても、難しい現実があるのだ。

また、在宅希望の医師には、分野理解が不足している人もいるという。「やりがいと高収入が魅力で転身する人が多いようですが、体力も必要だということ、また診療報酬改定ほか制度等の変更が多い分野であることは、理解しておく必要があります」

リタイアまでソフトランディングするには、こんなケースが典型的だ。「中小病院で外来だけ、あるいは病棟だけのゆるやかな勤務を担い、60代になって老健の施設長などにシフトするとスムーズなようです」

いずれにしろ最後のキャリア設計なので、納得いく選択が大事だ。

転身成功のために

  • 「今より収入増」にはこだわらない
  • 60代以降は介護系施設も視野に
  • 最後のキャリア設計のつもりで価値基準を明確

事情別ポイント

ライフスタイル重視

給与や出世を割り切り場合によって非常勤も視野に

最近の急性期病院は、自身のライフスタイルを重視する医師を受容してくれるところが増えている。だが同時に、給与体系を変えているところも増えている。当直や残業免除の分、給与が低く抑えられ、将来のポストにも影響する場合が多い。転職するならそうした点を割り切ること。常勤ではなく、非常勤にした方が理想のライフスタイルになることも。

開業

スタッフマネジメントや地域連携がポイント

開業医としての診療スキルには問題なくても、経営者として職員のマネジメントで苦労するケースが多い。看護師をはじめとしたスタッフマネジメントや事務長との連携は、開業後の重要ポイントだ。在宅クリニックの場合は、訪問看護ステーションなどとの地域医療連携も。これらについては、勤務医時代から意識してスキルを身につけておきたい。

Iターン

思い描いたイメージと実際とのギャップに注意

南の島や田舎での地域医療を希望し、のんびりとしたイメージを抱いているとしたら要注意だ。実際に赴任してみると、24時間365日オンコール体制の負担が想像以上にきつく、疲弊する場合がある。ある医師は「幅広い疾患を診るため一定期間は」と夢をもって赴任したものの、イメージとのギャップが大きく1年で転職したという。やりがいが十分にある分、覚悟も必要だ。

バーンアウト

過酷な急性期だけでないことを知る

急性期病院でバーンアウトした医師は「急性期はどこも過酷なもの。もう急性期以外に行くしかない」と思い込んでいる場合がある。しかし、実際にはそれほど激務でない急性期病院はある。そういう病院を探したり、一定期間はケアミックス等で働き、気力・体力が回復してから急性期に戻る方法もある。早まった判断で自分のキャリアを決めないことが大切だ。