「スーパー救急病棟」への転換と外来、在宅医療の強化がカギを握る

約20万人の患者が1年以上の長期入院。地域への移行が課題

日本の精神科医療は、長年にわたり「入院から地域への移行」が課題となっていた。32万人にのぼる入院患者のうち約20万人が1年以上の長期入院。平均在院日数は約300日と極めて長い。いわゆる社会的入院が多いためだ。

厚生労働省は2004年に、10年間で7万床の削減を目標に掲げた。だが、削減できたのは1万床程度にとどまった。退院後の患者の受け皿が不十分なうえ、病床削減による減収を危惧する病院が多かったからだ。

そして今年7月、厚労省の検討会から、長期入院精神障害者の地域移行に関する報告書が出された。新規入院患者が1年以内に退院できるような医療体制や、退院後のフォロー体制の整備を進める方向のものだ。「内科や外科などの一般科がそうであるように、精神科も急性期か療養型かの二極化が進んでいます。どちらにも該当しない病棟は、削減対象になるでしょう」と久喜すずのき病院院長の島﨑正次氏は語る。

同院自身の経営方針は、国の流れと合致している。

「当院は1988年の設立当初から、当時は珍しかった“長期入院をできるだけさせない方針”で運営してきました。早めの入院、早めの治療で早く帰らせるのが健全という考え方です。いわゆる『スーパー救急病棟』(精神科救急入院料病棟)に力を入れ、56床から始めて現在4病棟208床を有しています」

スーパー救急病棟は、診療報酬の入院料が最上位の区分で、精神科病院の経営上重要な位置を占めている。ただし、病床の半分以上が個室であることや、新規の入院患者の6割以上が3ヵ月以内に退院することなど、厳しい条件が定められている。

医療の内容は、その名称から一般科の二次・三次救急をイメージするかもしれないが、実際は異なる。

「あくまで急性期に特化した病棟という位置づけで、重症例ばかりを受け入れるわけではありません。若い患者なら十分に3カ月以内の退院ができています。高齢者は、まれに退院後の入所施設等が見つからずに長引く場合もありますが、ほとんどが退院できており、全体で1年を超えている患者はほとんどいません」

早期退院をしても患者や家族が不安を抱かない体制づくり

同院の経営が順調であるもう1つの理由は、外来や在宅医療の充実だ。国が「入院から地域へ」の基本方針を推し進める中、精神科病院では退院後のケアを強化することが、経営的にも社会的にも重要となっている。同院の場合、外来の患者数は県内随一。精神科デイケアや訪問看護にも力を入れている。

「当院のほか、4つの関連クリニックで大規模デイケアを行っています。訪問看護は、法人内だけでなく、ほかの訪問看護ステーションとも連携しながら、患者が安心して早期退院できる環境を整えています」

早期退院の促進は、ともすれば患者や家族の不安を招く場合もある。そのため同院では在院時から丁寧なフォローを行っている。

「退院のメドがたった頃に、在宅療養のケア体制について丁寧に説明します。主治医が話すこともありますが、中心となるのはソーシャルワーカー。当院には精神保健福祉士(PSW)が15人以上在籍し、患者や家族には『悪くなった時はすぐに入院できるから、症状のよい時はできるだけ家ですごそう』という方針を伝え、理解を得ています」

変革の多い精神科医療において、医師に求められるスキルは何か。

島﨑氏は「一般の内科が診られること」をあげる。「精神科の患者の中にも、内科的な合併症を持つケースは少なくありませんから。一方、転科した医師の場合、精神科特有の問診や心理療法にギャップを感じるかもしれませんが、それは現場にいれば身についていくスキルですので、そう心配はいりません」

なお、今後の精神科病院のあり方として、病床削減で空いた病棟の居住施設転換が注目されているが、久喜すずのき病院ではあまり与しない。

「居住施設に転換するとなると医療ではなくなりますから、将来的には医療保険から切り離されるのではないでしょうか。当院としては、今の精神科入院基本料15:1病棟を、急性期か療養型病棟へ転換することを中期的な課題として取り組んでいきます」

病院概要

医療法人大壮会 久喜すずのき病院
医療法人大壮会 久喜すずのき病院

設立年月日 1988年12月
診療科目 心療内科、精神神経科、精神科
病棟 精神科救急1病棟 精神病棟(入院基本料15:1)、精神療養病棟
病床数 442床
医師数 常勤24人、非常勤6人

島﨑 正次

島﨑 正次
医療法人 大壮会 久喜すずのき病院 院長
昭和62年順天堂大学医学部卒業後、同大学医学部精神神経科入局。平成7年博士号取得。平成11年同医学部精神医学講座臨床講師。平成12年久喜すずのき病院副院長、平成17年院長就任、現在に至る。精神保健指定医、日本精神神経学会専門医、同指導医、日本臨床神経生理学会認定医。

死角のない診療と、地域医療連携で患者のニーズに合わせた医療を提供する

内科からも精神科からも敬遠されがちな患者を積極的に受け入れる

現在の精神科医療改革では、急性期医療に手厚い診療報酬が付けられている。しかし、例えばスーパー救急病棟なら半分以上の病床が個室でなければならないなど、算定要件は厳しい。削減した病床を居住施設に転換するとしても、建物の改修などが必要になることが予想される。歴史の長い病院は対応に苦慮するケースが多い。

戦後の復興期から続く東横惠愛病院もそんな施設の1つ。院長の石垣達也氏は「大がかりな設備投資は、簡単ではありません」と語る。

また、早期退院できない患者にどう対応するかという課題も残る。

「当院では、患者の状態に合わせて、ゆとりを持った治療を大切にしています。統合失調症や一部の躁うつ病向けの心理教育プログラムは、3ヵ月は必要。スーパー救急病棟なら、60%の患者が3ヵ月で退院しなくてはなりませんが、難しい場合も多いのが実情です」

そんな中、同院の方針は「地域に根差し、地域と連携しながら、潜在的な患者を発見するとともに困難な患者も受け入れ、死角のない医療をめざす」こと。

精神科を受診する患者は、年々増加しているが、「地域によっては精神科への抵抗感がいまだ根強く、まだ潜在患者がいるはず」と、石垣氏は見る。同院では、今年から地域連携室を開設し、早期受診につなげる取り組みや、困難事例の受け入れを強化している。

「パーソナリティ障害や発達障害は、治療が専門的かつ長期にわたるため、精神科病院でも受け入れない場合が多いのですが、当院は疾患で患者を選ぶことはしません。地域の精神科病院や精神科クリニックと連携して、対応の難しい患者を引き受けています。また、県内では数少ない、児童・思春期の病棟がありますから、小児科からの紹介も多いですね」

一般科の病院との連携にも、力を入れている。一般科を受診している患者の中にも、精神疾患を患っている人がいる場合があるからだ。

「例えば、外科に入院している患者が、眠れなくて睡眠薬を処方された結果、せん妄が生じているケースがあります。また、整形外科で足の痛みを訴える患者が、実はうつ病による症状だった症例もあるのです」

高齢者施設や介護事業所などへも地域連携室のスタッフが巡回している。在宅医が診ていて限界を感じるような精神疾患があるからだ。

「重度の認知症の中には、やはり精神科が診るべきケースがあると思います。症状が安定している時は在宅で診てもらって、入院が必要というときはすぐに当院を頼ってもらいたいですね」

このように精神疾患の患者が多様化している状況のなか、今後精神科に転科を考える医師なら、内科の基本的な診療ができると有効だという。

「精神科は、一般に思われている以上に内科に近い分野です。問診と検査をして、基本は薬で治します。違うところは、精神疾患は非常に個人差が大きく、薬の適正量も幅が広いことでしょうか。診療ガイドラインはあるものの、どのくらいの治療をするかは患者によってかなり異なりますが、それも現場で学んで身に付けられる範囲です。また高齢の患者は、精神疾患だけでなく、糖尿病や高血圧症なども持っていることがよくあり、内科のスキルが役立ちます」

同院には元内科医や元麻酔科医も勤務しているが、最初から精神科医だった医師と同様に、患者やスタッフの信頼を得ているという。また、2004年から始まった新医師臨床研修制度を受けた世代は、スーパーローテートで精神科を経験していることもあり「まったく知らない世界ではないため、転科しても比較的すぐに馴染む傾向があるようです」と石垣氏は語る。

病床削減が進む中、認知症の治療は医療から外れるかもしれない

ほかに転科する医師が気がかりであろう点としては、コメディカル体制の違いがあげられる。精神科には、一般科ではかかわりのない職種も存在する。だが、その点もそれほど心配する必要はないという。

「臨床心理士によるケアは、ほとんど医師の診療とバッティングすることはありません。診療報酬上、混合診療に該当するからです。作業療法士が行う作業療法も、他の科のリハビリと同じように、医師の診療に干渉するものではありません」

さて、これからの精神科医療改革はどうなっていくのか。石垣氏に予測を尋ねると「おそらく病床削減の路線は続くでしょう」。そしてその中で、認知症患者への対応は課題となるのではないか、との答えが返ってきた。

「在宅医療では、身体合併症のある認知症の患者を一般科と精神科の医師が協働で診るニーズが高まるかもしれませんが、診療報酬上採算を取ることは容易ではありません。認知症はこれからも増え続けます。いつか医療の対象から外れ、介護の対象になる可能性があると思います」

国の精神科医療改革は、まだ途上だ。今後も大きく変わる可能性があることを、胸に留めておくことが重要だといえそうだ。

病院概要

一般財団法人聖マリアンナ会 東横惠愛病院
一般財団法人聖マリアンナ会 東横惠愛病院

設立年月日 1952年10月
診療科目 精神科、心療内科、一般内科
病棟 精神病棟4病棟(入院基本料15:1)、精神療養病棟1病棟、児童・思春期精神科治療病棟1病棟
病床数 297床
医師数 常勤10名、非常勤16名

石垣 達也

石垣 達也
一般財団法人聖マリアンナ会 東横惠愛病院 病院長
1966年、静岡県生まれ。1991年に浜松医科大学を卒業後、同大学附属病院、静岡県立こころの医療センター勤務を経て、2001年より東横惠愛病院勤務、2014年2月より現職。主な著書(翻訳)に『みたい夢をみる方法』(講談社 2000年)
  • 精神科の現状

患者数は急増するも、入院患者数は減少傾向。統合失調症が減り、認知症が増加した。

精神疾患で医療機関にかかっている患者数は急増し、平成23年では約320万人にのぼる(左グラフ)。疾患別には、うつ病が最多で、統合失調症、不安障害が続く。精神科の敷居が低くなり、受診する人が増えたとの見方もある。入院患者数は減少傾向で、平成23年には29万3400人(右グラフ)。内訳は、統合失調症が圧倒的に多いが、減少傾向にある。一方、認知症の入院患者数は増加。平成23年では約5.3万人だった。

患者数は急増するも、入院患者数は減少傾向。統合失調症が減り、認知症が増加した。

  • 精神科の今後

長期入院精神障害者の地域移行に向けた方策

社会的入院の患者の受け皿と、病床が減った病院への配慮が目的

精神医療改革の柱の1つが、長期入院患者の地域移行だ。いわゆる社会的入院の患者の退院を促し、地域で暮らせるための支援策で、外来やデイケア、訪問診療などの強化を図る。一方で厚労省の検討会は、病床の一部をアパートやグループホームなどの居住施設に転換することを認めた。患者の受け皿とすると同時に、精神科病院の経営への配慮でもある。居住するか否かは、患者本人の自由意思で決められ、外出の自由やプライバシーの確保などが条件となっている。しかし、患者団体等からは反発が相次いでいる。病院の敷地内である以上、地域移行とはいえず、従来からの隔離収容型医療と変わらないという意見である。

長期入院精神障害者の地域移行に向けた方策