全体としては高い求人ニーズだが都市部専属医は狭き門内科のほか、近年はメンタルヘルスへの対応が増加

  • 業界状況

有資格者約7万人に対し選任が必要な事業所は約16万件

産業医の資格を持つ医師は約7万人(2007年厚生労働省報告)で全国の医師30万人の4人に1人弱にあたる。それに対し、産業医の選任が必要な事業所は約16万件にのぼり、全体として求人ニーズは高い。

産業医の選任は、労働安全衛生規則によって定められている。常時労働者が50~999人いる事業場は1人(嘱託可)、1000~3000人の事業場は専属1人、3001人以上の事業場は専属2人が必要。また、水銀、砒素、黄りんといった有害物を扱う業務や、坑内における業務など労働安全衛生規則第13条第1項第2号に定められた業務に常時500人以上の労働者を従事させる事業場でも専属産業医が1人必要となる(下表参照)。

事業場の労働者数 最低必要人数
50人未満 選任義務無し
50人~999人 1人(嘱託可)
※に該当する場合 500人以上 専属1人
1000人~30000人 専属1人
3001人以上 専属2人

※常時500人以上の事業場で専属産業医が必要な業務
(労働安全衛生規則第13条第1項第2号に指定の業務)

  • (1).多量の高熱物体を取り扱う業務及び著しく暑熱な場所における業務
  • (2).多量の低温物体を取り扱う業務及び著しく寒冷な場所における業務
  • (3).ラジウム放射線、エックス線その他の有害放射線にさらされる業務
  • (4).土石、獣毛等のじんあい又は粉末を著しく飛散する場所における業務
  • (5).異常気圧下における業務
  • (6).さく岩機、鋲打機等の使用によって、身体に著しい振動を与える業務
  • (7).重量物の取扱い等重激な業務
  • (8).ボイラー製造等強烈な騒音を発する場所における業務
  • (9).坑内における業務
  • (10).深夜業を含む業務
  • (11).水銀、砒素、黄りん、弗化水素酸、塩酸、硝酸、硫酸、青酸、か性アルカリ、石灰酸その他これらに準ずる有害物を取り扱う業務
  • (12).鉛、水銀、クロム、砒素、黄りん、弗化水素、塩素、塩酸、硝酸、亜硫酸、硫酸、一酸化炭素、二硫化炭素、青酸、ベンゼン、アニリンその他これらに準ずる有害物のガス、蒸気又は粉じんを発散する場所における業務
  • (13).病原体によって汚染のおそれが著しい業務
  • (14).その他厚生労働大臣が定める業務
  • 仕事内容

企業規模や業態によって産業医の業務内容が異なる

産業医の業務は多岐にわたる(下記グラフ参照)。健康診断の実施や、その後の健康相談、保険指導、衛生委員会への参加など。少なくとも月1回作業場等を巡視し、作業方法や衛生状態に有害の恐れがあるときは、労働者の健康障害を防止するために必要な措置を講じる必要がある。

事業所の業務内容による違いもある。工場などでは、安全対策に比重を置いた産業医活動が行われ、デスクワークの場合は、運動不足による生活習慣病の予防や対策が求められる傾向がある。

時間外労働が月100時間を超え心身の疲労を申し出た従業員の面接も大切な仕事だ。また従業員の身体面、メンタル面に問題が生じた場合、必要に応じて休職を命じ、回復したときは復職の可否の判断をする。近年は、いずれの事業所でもメンタルに支障を来す労働者が増加傾向で、これへの対応は産業医の中心的な業務の一つとなりつつある。

このような状況のなか、産業医には内科疾患から外傷やメンタルまで幅広く対応できるスキルがより求められるようになっている。

  • 産業医が実際に関与した業務がある事業所の割合

    産業医が実際に関与した業務がある事業所の割合

  • 左記がある場合の関与した業務の内容(複数回答)

    左記がある場合の関与した業務の内容(複数回答)

  • 働き方

専属医は社員として企業に。嘱託医には開業医も多い

産業医の働き方は「専属」と「嘱託」に大別される。

専属産業医は、文字通りその企業の専属として企業に属し、組織の一員として従業員の健康管理を行う。オフィスワークであれば9~17時などを基本に、工場などの場合は勤務時間が早朝からのこともある。

一方、嘱託産業医は企業と契約し職場巡視や面接などを行う。現在、産業医の多くは嘱託医であり、勤務医や開業医が従来の業務の傍ら職務を担うことも少なくない。なかには数十の企業と契約を結ぶケースも。

また、産業医には労働衛生コンサルタントの資格を取得する医師もいるが、この場合、安全衛生改善計画の作成など、より踏み込んだ活動をすることができる。

  • なるには

日本医師会か産業医科大学の研修を受けて資格を取得

日本医師会か産業医科大学の研修を受けて資格を取得

産業医として働くには、医師免許のほかに労働安全衛生法で定めた要件をクリアしなくてはならない(右図参照)。いくつかパターンがある中でも、日本医師会、または産業医科大学の研修を修了し、産業医資格を取得する方法が一般的だ。

日本医師会では、産業医学基礎研修を50単位以上修了するか、それと同等以上の研修を修了すると、日本医師会認定産業医の称号と認定書が付与される。有効期間は5年間で、その後は産業医学生涯研修を受けて資格を更新する。

産業医科大学では、毎年4月から約2ヵ月間にわたって産業医学基本講座を開催している。出身大学を問わず門戸を開いており、修了すると認定書が得られる。あるいは、夏期に開催される産業医学基礎研修会集中講座を受講するのも手だ。6日間で集中的に産業医学を学び、こちらも修了すると認定書を付与される。

なお、専属産業医としてキャリアを築くのであれば、労働衛生コンサルタントや、日本産業衛生学会認定の専門医資格を取得することも視野に入れたい。特に後者は試験の難易度が高いが、産業医学のプロとして、企業の信頼を得ることにつながる。

  • 転職動向

専属医の場合、都市部のオフィス系企業は狭き門

対象が労働者数50人以上の事業所であるため、専属の場合は特に、求人は東京、大阪、名古屋など都市部に多い。東京23区にあるオフィスワークの企業は人気が高く狭き門と言われる。郊外の工場の方が比較的求人ニーズはある。

なお、産業医に適した診療科は特に決まっていないが、最近は精神科医を求める案件が増えつつある。今後は、目に関係する製品を扱う企業なら眼科医、化粧品なら皮膚科医など、自分の専門性を生かしたキャリア形成も広がっていく可能性がある。

  • 産業医インタビュー1

従業員の健康状態に大きな影響を与えるポピュレーションアプローチがやりがい

小田上 公法

小田上 公法
HOYAグループ産業医
2008年産業医科大学医学部卒業。同年、横浜労災病院初期研修。10年産業医科大学産業医実務研修センター。12年より現職。日本産業医衛生学会産業医学専門医、労働衛生コンサルタント。

仕事データ

勤務形態 年俸制(常勤)、週4日勤務
勤務時間 フレックス制(コアタイム11:00-15:00)
対象者数 6,000人
面談者数 80~90人/月

オフィスや工場に勤務する全従業員の健康管理を行う

メガネレンズや光学レンズ、医療用内視鏡、白内障用眼内レンズ、ハードディスク用ガラス基板、液晶パネル用ガラス基板などを扱う総合光学・医用機器メーカーのHOYAグループ。全従業員の健康の保持・増進を担当しているのは、OSH推進室の産業医4名と保健師4名だ。

小田上公法氏は、産業医科大学を卒業後、研修を経て2012年から同グループの産業医を務めている。「従業員が1名のオフィスから約400名の工場まで、全国約250か所の分散事業所に勤務する従業員が対象です。一定規模以上の事業所には定期的に訪問し、安全衛生委員会への出席や職場巡視などを行います。訪問は基本的に月1回で、面談者は月計80~90人程度。そのほか健診の事後措置やメンタルヘルス支援活動、海外赴任者の健康チェックなど、業務は多岐にわたります。」

工場では、暑熱環境や化学物質、騒音などの「有害業務」による健康障害から従業員を守るのが大きな任務だ。交代制勤務による睡眠障害や、生活習慣病の管理、感染症予防、メンタルヘルス不調などの相談もある。

そこで、予防医学的な介入ができることが、産業医の醍醐味だという。「職場巡視や健診結果から、健康障害の要因を特定、除去することで、ならなくてもいい病気を未然に防ぐことができる。病気になるリスクの高い人に重点を置いたハイリスクアプローチだけではなく、集団全体の健康障害リスクを下げるポピュレーションアプローチを行うことにより、潜在的なリスクに介入できることにやりがいを感じます。」

企業と従業員の間に立つバランス感覚が重要

一方、予防医学的アプローチならではの難しさもある。

「病院では、医師-患者関係であり、意思疎通を図りやすいですが、困っていない人にアプローチするのは、ありがた迷惑と受け取られかねません。従業員に自分の身体に関心を持ってもらうことが大切な仕事です」

企業と従業員の間で、中立・公平な立場で双方が納得いく助言や答えを出すこと、組織の一員として経営的視点を持つことも重要だという。

「就業制限や異動を伴うなら、上司や同僚、人事・総務部門、家族などへの影響を考えます。部分最適だけではなく全体最適も。そのバランス感覚が必要になります。高いコミュニケーション能力が求められます」

産業医への転職を検討している医師に向けてはこうアドバイスする。

「医師としての視野が広がる仕事です。関心があるなら、嘱託産業医から始めてみてはいかがでしょうか。患者が職場でどう過ごしているか想像できるようになり、日常診療においてもプラスに働くと思います」

  • 産業医インタビュー2

産業医には、医学的知識だけでなく「一組織人」としての振る舞いも求められる

後藤 宙人

後藤 宙人
都内医療法人産業医
1999年浜松医科大学医学部卒業。同大学法医学講座入局。2003年京都大学大学院医学研究科法医学講座入局。05年東京都福祉保健局入局。厚生労働省や特別区で地域保健等に携わる。08年千葉県船橋市入職。12年から現職。

仕事データ

勤務形態 常勤
勤務日数 週5日
勤務時間 9:00-17:00
対象者企業 50余社

嘱託産業医として50余りの企業・団体を担当

産業医の働き方は多様である。都内の医療法人に勤務する後藤宙人氏は、嘱託産業医として50余りの企業・団体の健康管理を行う。職場巡視や面談、安全衛生委員会への出席など、基本的な業務は通常の産業医と変わらないが、都内ほか首都圏近郊県の企業も対象であるため、一日に何ヵ所も回って分刻みにスケジュールが入ったり、泊りがけなどの出張も多い仕事だという。

ある1日の流れはこうだ。

「朝8時半に自宅を出て、10時に契約先の工場に到着。職場巡視をして安全衛生委員会に出席し、11時半には出ます。途中、駅で簡単に昼食を取って、午後1時から2件目の企業で健康相談と職場巡視。14時半には3件目の企業へ向かいます。そこでも安全衛生委員会に出席し、従業員への講話と健康相談を行って、終了するのは17時頃です」

面接は訪問先の企業で行うこともあれば、後藤氏の面接室に来てもらって行うこともあるという。

企業のカラーに合わせつつ法律や労基署方針に沿う対応

多くの企業を対象とすることの難しさがある。企業によって従業員の年齢やバックグラウンドはさまざま。健康管理に対するスタンスも異なる。

「大局的視点で、それぞれの企業に合った方法を見つけて対応することが必要です。また、企業と従業員のバランスを取りながら、法律や労働基準監督署の方針に沿った方法で解決策を提示することも大切です。医師の観点だけでなく、社会保険労務士や経営コンサルタント的な視点も求められます」

最近は、メンタルの不調を訴える従業員の面接も多い。産業医は、生死に直接かかわることがない仕事といわれるが、状況によっては極めて慎重に対応しなくてはならない。

「うつ病で休職していた人の復職のタイミングなどは、リスクとの兼ね合いで判断が難しいこともある。優柔不断では務まりません」

後藤氏は、産業医として必要なことに「一組織人として行動できること」を挙げる。納得できればセカンドベスト・サードベストを選ぶ割り切りも必要な時があるという。

それでも産業医を続けるのは、大きなやりがいを感じるからだ。

「元々、社会医学への興味から法医学・公衆衛生を学び産業医の仕事に就きましたが、さまざまな企業の従業員の安全と健康を守り、能力を引き出すことは、企業の業績を伸ばし、ひいては日本経済を発展させることの一助になる。そうやって社会に貢献できることが嬉しいのです」