これまでの女性医師支援といえば、院内保育所や産休・育休制度の整備が大命題だった。しかし、時代の移ろいとともに状況が変わり、介護休暇や、支援を受けない立場の職員へのフォローなど、多様な観点が求められるようになった。つまり、ダイバーシティ(多様性を受け入れる)の発想に基づく施策が、病院の新たなテーマになりつつある。そして先駆的な病院は、すでに具体的な取り組みを始めている。

女性医師支援は、本人の人生だけでなく、国としての医療の質にまで関わるテーマ

保育所や休暇制度は整備されたが施設間格差が課題として残る

瀧野敏子氏が代表を務めるNPO法人イージェイネットは、働きやすい病院評価・認証「ホスピレート」を実施している。発足から10年、各所の女性医師支援をつぶさに見てきた。「院内保育所や産休・育休の取得など、育児支援を中心に、女性医師支援制度はかなり整ってきました。これからは、介護支援など、より支援を進化させて、ダイバーシティの観点に立った施策が求められます」

一方で浮き彫りになった課題も。「施設間格差が大きいのが現状です。業績のいい病院は支援制度が行き届き、人材が集まってくる好循環で回っています。一方、ギリギリの状態で制度を維持している病院も少なくありません。中には、育児支援を希望する女性職員が増加し、現場が回らないなど、制度疲労を起こしている病院もあります」

なぜ、そうした事態が生じるのか。瀧野氏は、企業と比較して説明する。「先進的な企業では女性支援の目的が明確です。ゴールは社員個人の生活のためではなく、あくまで会社の業績向上。支援はしますが、その分、会社に貢献してもらいます。社員たちもそのことをよく理解しています」

医療機関は、そうした目的の明示が十分にできていない状況だという。「医療機関が女性支援をする本当の目的は、患者に対し、質の高い医療を提供することのはずです。そのためには、ヘルスケアプロバイダーである医師が余裕を持ち、心豊かになるための制度なのです。医療管理者には、そこまでの道筋をはっきりと示すことが求められます」

瀧野 敏子
特定非営利活動法人(NPO法人) イージェイネット 代表理事
1981年大阪市立大学医学部卒業。東京女子医科大学での研修を経て、84年国立小児病院(現国立成育医療研究センター)研究医。87年淀川キリスト教病院内科。2004年ラ・クォール本町クリニック開業。05年から現職。

瀧野 敏子

日頃は自身のクリニックで、ビジネスパーソンのQОL向上を目指し診療に従事する

女性医師数と割合の推移

※厚生労働省『医師・歯科医師・薬剤師調査』より

女性医師数が多い診療科

※厚生労働省2012年『医師・歯科医師・薬剤師調査』より
※[]内の%は女性医師の占有率

長期的なキャリア設計の元、細く長くでも辞めずに自分のペースで専門性を身につけて

まずは女性に理解のある働きやすい職場に身を置く

こうした状況の中で、女性医師がワーク・ライフ・バランスをうまく保ちながらキャリアを積むにはどうしたらいいだろうか。

瀧野氏によると、まずは働きやすい職場を選ぶこと。ホスピレートを認証された病院の中には、男性医師の育休の実績がある病院もみられる。「そうした病院の院長は、おしなべて女性に理解があり、柔軟な考えを持っています」

加えて、自分のペースで専門性を身につけ、長期的な視点でキャリア設計をすることも大切だという。「育児中の女性医師が、人間ドックの子宮がん細胞診や、超音波のパートだけを担うケースがよくありますよね。当座はそれでもいいのですが、どうしてもプロフェッショナルとしてのスキルが身につきにくいです」

全医師に占める女性医師の割合は約3割。女性医師の大半がパート勤務になると、高度医療や在宅医療などの担い手不足がますます深刻化することも懸念される。「できれば、育児中であっても、細く長く仕事を続けてほしいものです。それは現場を支えるのと同時に、育児が一段落した時に自分の専門性を身につけることにもつながります」

時短勤務をする場合は、できる範囲で組織に貢献できる部分を探し、“役に立つ人材”であり続ける努力も必要だ。

時短勤務中でも役に立つ人材であり続ける

「例えば、ある女性麻酔科医は、普段は時短勤務ですが、同僚たちが学会に出席する日はフルタイムで出勤し、手術での麻酔業務などを行うそうです。普段は支援を受けている分、みんなに都合がある場合には、率先して仕事を引き受けるのです」

女性医師支援というと、男性医師や子育て中ではない女性医師にしわ寄せが及ぶ問題が、よく指摘される。「本来ならば、フルタイムの医師と、時短勤務の医師には給与の差をつけて適切に評価すべきです。一般企業ではそれが当たり前になっていますが、医療機関では十分に実施されていません。多くの病院では、『みんな順番だから』『子育てがなくても介護がある』などと話して、理解を求めるなど、属人的な対応にとどまっています」

そうした状況だからこそ、少しでも「役に立ちたい」という意識があれば、他の医師が受ける印象はだいぶ変わるはずだ。

なお、女性医師がキャリアを重ねるうえでの私生活について、瀧野氏はこうアドバイスする。「出産をするタイミングは、体力のある20代で大学院に通っている時か、専門医取得後の30代半ばの2つだと思っていいでしょう。自分の親など家族に助けてもらうにも、『親しき仲にも礼儀あり』の気持ちを持つことが大切です。別の人生を生きている人の時間を借りるわけですからね」

支援する側もされる側も、相手をおもんぱかることで、みんなが充実した気持ちで働けるようになる。

女性医師が活躍し続けるために意識すること

  • 女性医師支援の目的は、質の高い医療を提供するためであると理解する。
  • 支援を受ける側の医師は、他の医師がやりたがらない仕事を積極的に引き受ける。
  • 女性医師のキャリアは、国としての医療の質にまで関わることを自覚する。
  • 細くてもよいので辞めずに仕事を続ける。
  • CASE1

育児中の女性医師への研究バックアップ体制が充実。カウンセリングで、その人に合った人員支援も

「女性医師のキャリアで多いのは、大学院の期間を出産・育児に充てて、35歳までに学位も専門医も取得し、その後は非常勤になるケースです。よく『M字カーブ』といわれるように、一般に35歳ぐらいの女性医師の約3割は常勤職についていません」

こう話すのは、順天堂大学先任准教授の平澤恵理氏。子育て中の女性医師が無理なくキャリア形成をする策として、研究の継続を提案する。「研究は必ずしも他の医師と同時に行わなくてもよく、ある程度は自分で時間をマネージメントできます。また、ハイインパクトの論文を書けば、必ず業績として残ります」

順天堂大学では、2011年から女性研究者支援事業を行ってきた。研究に従事する女性医師のニーズにオーダーメイドで応える支援である。「基礎系の研究室の准教授、または教授などが『常勤研究支援コーディネーター』になり、半期に1度ほどの頻度で女性医師に30分間の面談を実施し必要に応じて研究補助員を配置したり、カウンセラーに相談する機会を提供したりするのです」

ほかにも、シンポジウムや勉強会、ランチタイムの情報交換などを通じ、女性研究者が活躍するために必要なことの議論、検討を重ねた。「育休を取る場合は、十分な復職支援が重要。取らない場合は、時短勤務を認めるか、できる限り常勤で働き、どうしても難しいときにサポートを入れるかの2種類の支援があります。私自身は、病棟医長の時に出産をし、育休は取らずに2級上の先輩にサポートしてもらえました」

平澤 恵理
順天堂大学 先任准教授
1984年順天堂大学医学部卒業。92年医学博士取得。89年国立精神神経センター神経研究所、92年順天堂大学脳神経内科、96年米国国立保健衛生研究所、国立頭蓋歯科学研究所を経て現職。

平澤 恵理

研究支援者配置による研究支援

病児・病後児保育室「みつばちねりま」と、事業所内保育所「ぴのぴの」。ぴのぴのは、一部を練馬区民にも開放している。

病後の子どもを保育室に預け安心して仕事に従事する

育児支援として保育所や搾乳室の設置、保育シェアリングなどを行ってきた同大学。今年4月からは同大学医学部附属練馬病院で、一部を練馬区民にも開放した事業所内保育所と、病児・病後児保育室を開設した。病院の向かいの建物にあり、“昼休みに母乳を与えに行ける距離”だ。

同院事務部総務課の戸?雄太氏は、現在の利用状況をこう説明する。「事業所内保育所は0?2歳児までの合計18人が利用しており、病児保育は1日10人が定員です。どちらも当院の小児科医が巡回しており、病児保育は看護師も常駐しています。今のところ利用が多いのは回復期のお子さんです」

同大学では、これからも女性医師支援を発展させていく方針だ。「従来の女性医師支援はダイバーシティに進化し、育児をする男性医師や、介護をする職員の支援、リーダー育成支援などに広がっていくと思います」(平澤氏)

戸崎 雄太
順天堂大学医学部附属 練馬病院 事務部総務課

戸崎 雄太

  • CASE2

24時間保育所、時短勤務、介護支援。状況に応じてチョイスできる制度を用意

支援制度の元でキャリアを積み、役職につく女性医師も多い

2009年に働きやすい病院評価(ホスピレート)の認証を受け、14年の更新で再認証された湘南鎌倉総合病院。女性医師数は非常勤を含めて109人で、医師の27%を占める。院長の塩野正喜氏は「女性が働きやすい職場でなければ、よい医療は提供できない」と語る。

同院では、昔から院内保育所を充実させてきた。24時間対応、勤務時間以外の利用も可能。栄養バランスに配慮した温かい食事も提供する。副院長の田中江里氏の周囲にも、制度をうまく活用する医師がいる。「ある内科系女性医師は、朝7時頃に子どもを院内保育所に預け、他の医師と同じように仕事に入って研修医時代を乗り切りました。夜遅いカンファレンスにも出席し、その後、夕食を済ませた子どもを迎えに行く。そうして、重要なポジションを担ってきました」

女性医師が現場で活躍するにあたって、保育所は極めて重要な機能を果たしているのだ。現在は120人規模だが、今年8月をめどに200人規模に拡充する計画である。

もちろん、産休・育休、育児のための時短勤務制度も設けている。「職員の考え方や置かれた状況に応じて、さまざまなチョイスができることが大切だと考えています。これまでに、4人のほどの男性医師も育休を取得しました」(塩野氏)

また、グループ内に特別養護老人ホームや老人保健施設を有する利点を生かし、施設の利用補助や、介護のための時短勤務制度もある。「ある女性医師も、親の介護が必要になったため、週5・5日勤務を5日に減らし、1日は完全な休みにしています」(田中氏)

特筆すべきは、時短で働く職員を支える側へのフォローだ。「周囲の医師が不公平感を抱かないためにも、なぜ時短勤務が必要なのかという事情と、時短の分、給与が減額することを十分に説明します。また、サポートする側の医師の不満や言い分があれば、しっかりと話を聞きます。大切なのは、組織として多様性を受け入れつつ、周囲に説明し、理解を得ることです」(田中氏)

加えて、時短勤務する医師の姿勢について、「権利の主張だけでなく、時に他の医師がやりたがらない仕事を担うなど、組織に貢献する意識も必要だと思います」と田中氏は言う。

同院では、田中氏をはじめ女性リーダーが多い。年齢や性別に関係なく、リーダーにふさわしい人に役職を与えるのが塩野氏の考え方である。「リーダーに必要なのは、幅広い視野に立って組織全体を見る能力と、常に問題意識を持って目標に向かうことです。それらを備える人には、性別に関係なく役職を与えています。職員の自己実現を支えるのは病院トップの仕事。そこから新しいものが生まれ、組織が大きくなると思っています」(塩野氏)

塩野 正喜
医療法人 沖縄徳洲会 湘南鎌倉総合病院 院長
1965年、東京医科歯科大学卒業。千葉徳洲会病院、湘南鎌倉総合病院副院長(整形外科部長)、介護老人保健施設かまくら施設長を経て、2006年から現職。

塩野 正喜

田中 江里
医療法人 沖縄徳洲会 湘南鎌倉総合病院 副院長
1992年浜松医科大学卒業。茅ヶ崎徳洲会病院、湘南鎌倉総合病院での研修を経て、96年湘南鎌倉総合病院チーフレジデント。その後、渡米しコーネル大学などで研修。2000年湘南鎌倉総合病院血液内科スタッフ。04年血液内科部長。07年より現職。

田中 江里

※今年8月の完成予定の新たな託児所。病院敷地内に専用の建物を設ける。