VOL.84

患者の人生に寄り添って
本人や家族が希望する医療を
在宅のままで実現したい

大宮在宅クリニック
内科 清水章弘氏(32歳)

東京都出身

2012年
奈良県立医科大学医学部卒業
横浜市立大学附属病院 初期臨床研修医
2013年
横浜市立大学附属市民総合医療センター 放射線科
2016年
藤沢市保健医療センター
2017年
医療法人社団ときわ 入職
赤羽在宅クリニック(4月~6月) 勤務医
大宮在宅クリニック(7月~) 管理者

放射線科医の経験が在宅医療で大いに生きていると、大宮在宅クリニックの清水章弘氏はいう。医学部卒業後は何でも診て治せる医師を目指し、悩んだ末に放射線科で幅広い診断力を磨くことを選択。その後、在宅医療の世界を知り、自分の理想に近いと考えて転身を決意した。患者の自宅を訪ね、本人や家族の希望をかなえる医療を行うのが、何よりうれしいと語る清水氏の思いに迫った。

リクルートドクターズキャリア4月号掲載

BEFORE 転職前

診断力を磨く満足感と
臨床を離れる不安との対立が
次への選択肢を生んだ

患者を全人的に診るため
まず放射線科を専門にした

2017年に大宮在宅クリニック(埼玉県)院長に就任し、訪問診療を行っている清水章弘氏の前職は放射線科医。患者を全人的に診る医師を目指し、その希望を在宅医療でかなえたという。

清水氏が医師になったのは、高校一年生のときに祖父が亡くなったことがきっかけ。手術、痛みの緩和、看取りまで担当した医師は、本当に祖父のことを考えて治療してくれたと当時を振り返る。

「私たち家族にも誠意を持って接してくれ、医師という仕事のすばらしさを間近で感じました」

清水氏は医学部卒業後、横浜市立大学附属病院で初期臨床研修を経験。将来は専門を問わず何でも診て治せる医師になりたくて、研修後の進路は迷ったと語る。

「最初は内科を考えたのですが、サブスペシャリティに○○内科といった専門性を追求するのが最近の傾向。もっと幅広く学びたい思いとのズレを感じていたとき、放射線科ではさまざまな部位の画像を診断することを研修しました。治療はしないものの、全身を診断する技術は学べると思って放射線科を専門に選びました」

読影の精度・速度が向上し
多様な疾患についても学べた

放射線科の新人時代、清水氏は比較的なじみのある腹部や胸部のCTを中心に、読影の精度を高め、診断速度を上げるよう努めた。

「最初は画像を隅から隅まで見落とさないよう見ていきますが、慣れると見る速度が上がります。さらに上達すると画像全体を見渡し、どこか異常な点があると自然に目に入るようになるのです」

そのほか泌尿器科や産婦人科からの読影を開始したり、関節のMRI画像をチェックするなど、多様な部位が診断できるようになって成長を実感したと清水氏。

「私の上司は大量の画像を流し見る感じでも、ほぼ見落としがなく診断も正確。私はそこまでは至らないものの、多少は自信がつき、病気を見つけて治療に貢献できるやりがいも感じられました」

放射線科での読影には、非常にまれな病気を疑った依頼が来ることも多い。その場合は資料を探し、典型的とされる疾患の画像と比較するなど、より適切な診断ができるよう心がけたと清水氏。

一方で救急患者に対しては可能な限り早い検査・診断が求められる。その上で腹痛の患者が腸管から出血していた、元気そうに見えても大動脈解離だったなど、他科では気づかなかった疾患を放射線科で見つけ、患者が一命を取り留めたことも多々あったという。

自分の理想に近いと感じ、
在宅医療の世界に飛び込む

その後、清水氏は藤沢市保健医療センターに医局派遣となり、午前中は健康診断受診者のX線画像を確認、午後は近隣の医療機関から依頼されたCTやMRIの検査を行うといった経験を積む。

「健診を受ける方の多くは異常がなく、センターで健康な胸部画像を多く見られたのは非常にいい経験でしたね。一言に健康といっても人により状態はさまざまで、その中で『ここまでは正常』という判断基準への自信が増しました」

そうやって診断力を磨いた後で臨床医に……との気持ちは、放射線科に来たときから持ち続けていたと清水氏。当初は放射線診断の専門医取得までは続けようと思っていたが、長く放射線科にいると患者を臨床で診断し、治療する力の低下も心配だったという。

「そこで以前から週1、2日は非常勤でさまざまな臨床に携わり、臨床医の力を維持してきました。その中で在宅医療を経験したことが私の転機となりました」

患者の自宅や施設を訪問し、本人や家族から多様な訴えを聞いて診療に生かす在宅医療は、清水氏が思い描いていた「何でも診て治す」医療に近いものだった。

「在宅医療への興味が高まっているとき、友人を通じて小畑正孝先生と知り合い、良質な在宅医療をより広く提供したいという熱い思いに深く共感しました。そして先生が始める在宅を専門とする診療所に参加しようと決めたのです」

医局を退き、2017年4月から小畑氏が創設した医療法人に入職。在宅医療の世界で臨床医としての人生をスタートさせた。

AFTER 転職後

各地で医療と介護の連携を強め
最期まで在宅で暮らせる地域を
埼玉県の中に拡大していく

主治医となり訪問診療を開始
在宅での看取りも経験した

入職前に小畑氏と面談した際、開院を予定していた大宮在宅クリニックでの勤務に加え、将来の院長就任も打診された清水氏は、経営面にも興味があったことから快諾。ただ入職した4月は開院前で、研修のため同法人の赤羽在宅クリニックで訪問診療を始めた。

「医局時代の非常勤とは違い、2週間おきに訪問することで容体も詳しくわかり、信頼関係も築けることに手応えを感じました」

だが、がん末期の患者などは容体が急変することもある。訪問した数日後に再び往診し、緩和ケアを施した上で、自宅で看取るかどうかを家族と相談するような現場も経験したと清水氏はいう。

「病院での看取りは何度も経験しましたが、さすがに在宅では初めて。ご自宅で家族全員で患者さんを看取るというご希望も実現でき、本当に良かったと思います」

このように患者と接し、家族と話し合い、治療したり看取りまで至ったりする医療が自分の理想だと改めて感じたと清水氏。

「それに私は患者さんとの世間話も大切にしたいのです。何気ない会話から本音が垣間見えることもあり、その方を理解しようとする姿勢も感じてもらえるのではないでしょうか。逆に症状や治療のことしか話さなければ、患者さんには『病気にしか興味がない医師』と思われるに違いありません」

医師と経営者、両方の立場で
自分の力を試せる環境

その後、清水氏は同年7月の大宮在宅クリニック開院とともに院長に就任。現在は医師、看護師、運転手がチームとなって訪問診療を行っている。平均的な訪問件数は1日10件ほど、患者1人当たりの診療時間は15分から30分くらいだという。また訪問先同士の距離が短くなるルートの工夫など、移動の負担軽減も図っている。

「当院では夜間や休日のオンコール担当は希望制ですが、2018年4月からは常勤・非常勤ともさらに充実するため、オンコール担当を希望された医師でも週1、2回ほどのペースになるでしょう」

医師として在宅医療の質の向上を目指し、院長の立場から従業員が働きやすい環境整備、業務改善などを進めていく毎日は忙しいが、どれも自分のやりたいことだから楽しいと清水氏は笑う。

どんな分野の知識・スキルも
在宅医療に役立てられる

「法人の基本方針から外れなければ、患者さんの治療方法も院長の責任で選択肢を広げられますし、ケアマネジャーとの連携強化といった活動も自由なんです」

こう語る清水氏は、取り組みの一つとしてさいたま市、近隣の春日部市、越谷市など各地のケアマネジャーを中心とした大宮在宅クリニック主催の勉強会「地域連携エリアミーティング」を例に挙げた。これにより介護職が医療の基礎知識を学ぶ機会を提供し、地域との連携も深めている。

「逆に私たちも介護職の皆さんが現場で困っていることを聞き、その解決策を一緒に考えるのは勉強になりますね。診療時も担当のケアマネジャーとこまめに連絡しますし、双方がうまく高め合って、地域の医療・介護の質を向上させていければと考えています」

放射線科ではごくまれな疾患についても学び、幅広い診断力を身につけた清水氏。そのおかげで在宅医療でも患者の珍しい症状にも戸惑うことはないという。

「それに在宅の患者さんが検査のため病院に行くのは大きな負担なので、本当に必要な検査なのかを見極める力は貴重。在宅医療はどんな知識・スキルも生かせる、懐の深い分野だと実感しています」

訪問診療に向かう前、スタッフと打ち合わせを行う清水氏。 画像

訪問診療に向かう前、スタッフと打ち合わせを行う清水氏。

WELCOME

転職先の病院からのメッセージ
ITも活用して良質な在宅医療を提供

在宅医療の充実により
埼玉県の医療を向上させる

良質な在宅医療が日本中のどこでも受けられるよう、社会インフラとなるクリニック開設を目指す。それが医療法人社団ときわの考えだ。2016年に赤羽(東京都)、翌年に大宮在宅クリニックを開院し、埼玉県南東部と東京都23区北部の在宅医療を担っている。

同法人理事長の小畑正孝氏は、特に医療過疎が続く埼玉県において、在宅医療の充実は患者のQOL向上はもちろん、疲弊する急性期病院を救い、地域の医療資源の適切な利用につながるという。

「多くの高齢者は訪問診療で定期的にケアしていれば、急な容体の変化による救急搬送も減り、在宅のまま看取っていけるのです」

これには在宅医療に携わる医師の意識改革も必要で、容体が悪化したからと医療依存度を高めるのではなく、それを自然な姿と受け止めてほしいと小畑氏。

「このため当法人に入職した医師には、訪問診療や高齢者特有の総合診療に関する研修とともに、治療しない選択肢もあり得るといった在宅医療の考え方・価値観の共有も図っていきます」

加えて患者を全人的に診るインクルーシブなマインドを持ち、問題解決のため他の医療職・介護職と協力することも重要だという。

「その点、清水先生はとても優しく、患者さんやケアマネジャーから『話しやすい』『話すと安心できる』と信頼されています。介護スタッフも清水先生には質問しやすいようで、そうした良好なコミュニケーションは医療や介護の質の向上にも役立っています」

同法人は電子カルテにより、情報共有を徹底。ビジネスチャットツールを活用し、各自の専門知識を全員で共有する環境を整えるなどITによる支援にも積極的だ。

「将来はAIを実装した医療機器によって医療の専門知識は医師だけのものではなくなり、知識を患者さんごとに個別化するのが医師の主務となるでしょう。今以上にコミュニケーション能力が重要になりますが、訪問診療の現場はそうした力を磨くのに最適な場にもなると考えています」

小畑正孝氏

小畑正孝
医療法人社団ときわ 理事長
2008年東京大学医学部卒業。都内総合病院での初期臨床研修を経て、東京大学大学院医学系研究科公共健康医学専攻入学。在学中にも多様な医療機関で診療し、在宅医療を志す。2011年同専攻科修了。在宅専門診療所の管理者、総合病院の副院長等を経験後、2016年に赤羽在宅クリニックを開院し、院長就任。2017年に医療法人化、大宮在宅クリニック開院。

大宮在宅クリニック

2017年7月、埼玉県の巨大ターミナルである大宮駅近くに開院。24時間対応可能な在宅専門診療所として、同院のあるさいたま市をはじめ、周辺都市を対象に訪問診療を行っている。診療チームは医師、看護師、運転手の3人体制。主な診療内容は診察、処置、各種検査(心電図・血液検査・尿検査)、在宅中心静脈栄養法(IVH)、高カロリー輸液、在宅酸素療法、疼痛管理、緩和ケア等と幅広い。訪問先は個人宅および福祉施設で、1日の訪問件数は個人宅の場合で10件ほど。また同じ医療法人の赤羽在宅クリニック(東京都北区)と合同の勉強会など、情報共有とスキルアップの機会を設けている。このほかケアマネジャーや訪問看護師などを対象に、「地域連携エリアミーティング」を定期的に開催。在宅医療に必要な医療知識を分かりやすく伝えると同時に、地域との連携を深めている。

大宮在宅クリニック

正式名称 医療法人社団ときわ 大宮在宅クリニック
所在地 埼玉県さいたま市大宮区大門町3-64 プロスパー大宮ビル3F
設立年 2017年
診療科目 内科
常勤医師数 2人
非常勤医師数 6人
訪問件数 10件程度/日
(2018年4月時点)