VOL.53

育児中もキャリアを中断させず、
がん研有明病院に転職。
社会に貢献できる医療に尽くす。

公益財団法人がん研究会 がん研有明病院
乳腺外科 片岡 明美氏(45歳)

佐賀県出身

1994年
佐賀医科大学(当時)医学部卒業
九州大学医学部第二外科入局
公立学校共済組合九州中央病院外科
1995年
九州大学病院第二外科
1996年
国立病院機構九州がんセンター乳腺科
1997年
九州大学病院第二外科
1998年
九州大学生体防御医学研究所附属病院腫瘍外科
2001年
国立病院機構九州がんセンター乳腺科
2008年
ブレストサージャリークリニック
田園調布ファミリークリニック
対馬ルリ子女性ライフクリニック銀座
2009年
東邦大学医療センター大森病院乳腺・内分泌外科客員講師
2014年
がん研有明病院乳腺外科非常勤医師
2015年
がん研有明病院乳腺外科副医長

がんに関わる専門医であれば「いつかは」と憧れる医師も多いがん研有明病院。同院乳腺外科に勤務する片岡明美氏は、育児のために7年間にわたって非常勤を掛け持ちしたのち、現職に就いた。フルタイムでの勤務が難しい時期も、決して力を抜くことなく、経験を積んだ。常勤に復帰した今、時間がたつのも忘れるほど、やりがいのある日々を送っている。

リクルートドクターズキャリア9月号掲載

BEFORE 転職前

4つの医療施設で非常勤。
専門病院では気付かなかった
患者の本音を知ることができた

かねて師事したかった医師に乳房再建の技術を学ぶ

仕事と家庭の両立は、多くの医師が悩むテーマである。がん研有明病院乳腺外科副医長の片岡明美氏は、キャリアを中断させずに専門医としての経験を積んだ。

片岡氏は、1994年に佐賀医科大学医学部を卒業後、九州大学医学部第二外科に入局。乳腺外科を専門とし、08年3月までは医局人事で同大学附属病院や九州がんセンターなどに勤務してきた。転機となったのは08年4月。夫の転勤に伴って、東京に引っ越した。

当時、3人の子どもは小学生と未就学児で、フルタイムでの勤務は難しい。午前9時~午後2時までの非常勤を掛け持ちし、週5日、働くことにした。いずれも、高い医療レベルを持ち、乳腺外科医の中で定評のある医療機関である。

一つは、乳房再建の専門的技術で知られる、ブレストサージャリークリニックだ。

「以前から、学会などを通じて、クリニックの存在を知っていました。いつか東京に行く機会があれば、乳房再建を習いたいとずっと思っていたのです」

片岡氏は直接、岩平佳子院長に連絡をとって相談し、週1回の非常勤で働くことになった。「ブレストサージャリークリニックは、使用する材料も、細部へのこだわりも通常とは大きく違います。患者の肌質や、日頃の化粧や服装、生活スタイルなども考慮した上で、乳房を再建するのです」

患者は、がん専門病院などでの標準治療を経て、ブレストサージャリークリニックを訪れる。時に、主治医に言えない本音を漏らす。「例えば『抗がん剤治療をやめたい』『主治医は忙しそうで何も聞けない』など話してくれるのです。それまで勤務していた大学病院やがんセンターでカバーしきれていないところがよく見えました」

09年からは、岩平院長のすすめで、東邦大学医療センター大森病院に乳がん手術時のスポットで勤務した。「乳房再建だけでなく、やはり乳がんの手術も継続したほうがいい、との計らいでした。手術のある時だけ勤務し、終わったら帰ります」

代わりの医師がいない非常勤のプレッシャー

他にも、片岡氏は自宅近くの田園調布ファミリークリニックにも非常勤で勤務していた。地域連携や働くママの子育てサポート、病後児保育で先駆的な取り組みをするクリニックである。ちょうど乳腺外科医が不在で、すぐに入職が決まった。乳腺外来と住民検診に尽力した。「検診ですから、それまで健康だと思っていた人に異常が見つかることがあります。そのショックをなるべく和らげる言い方や、対応に努めました。また、住民向けの講演会を開き、乳がんの実際について啓発しました」

がんが見つかった患者を専門病院に紹介する時も、手を尽くした。「病状や、患者のおかれた状況などに合わせて、一人ひとり、どこの病院がふさわしいか検討しました。自分が知っている医師のいない病院は、直接足を運んで相談し、連携体制を構築しました」

加えて、女性医療のエキスパートである対馬ルリ子女性ライフクリニック銀座にも勤務した。同院では、女性の病気だけを診るのではなく、メンタル面や生活環境、社会との関わりまで総合的に捉えた医療を提供している。そうした理念に片岡氏は共感した。ちょうど女性外科医を募集していたところに応募し、採用された。「月経困難症やパートナーとの関係に悩む女性が数多く来院するクリニックで、乳がん検診をしていました。1対1で患者の悩みを聞き、勉強になりました」

都合4つのクリニックに勤務する日々は、多忙を極めた。「限られた勤務時間内に集中して仕事をする力が身につきました。また、大病院の常勤と違って代わりの医師がいませんから、常にプレッシャーは感じていました」

こうした勤務形態は7年続き、その間に子どもたちは成長した。そして再び専門病院に復帰する日が訪れる。14年、学会参加時に知人の医師に誘われて、がん研有明病院乳腺外科のカンファレンスに週1回参加するようになり、同年10月より非常勤で入職。翌15年4月、晴れて常勤医としての勤務を開始した。

AFTER 転職後

長い病院の歴史で培った
膨大な数の治療記録を活用し、
質の高い医療を提供

腫瘍内科、放射線科、病理、形成外科の専門医もそろう

「長い歴史があり、膨大な数の治療記録がきれいに残されていること。それを自由に閲覧できて、治療に生かすことができる点が、大きな強みだと思います」

がん研有明病院の魅力を尋ねると、よどみなく言葉が返ってくる。片岡氏にとって、同院は憧れの存在だった。症例数、治療レベルともに国内トップレベルを誇る。経験を積むにあたって、二つとない恵まれた環境だ。

また、九州がんセンターに勤務していた頃、がん研有明病院の現乳腺外科部長に何度か教えを請うたことがある。「診断のいろはを教えていただきました。時々、困った症例があると、メールで相談に乗ってもらっていました」

さらに、同院乳腺センター長の大野真司氏は、九州がんセンター時代の上司でもある。7年ぶりに、同じ職場で働けることも心強い。「大野先生は、治療の『大義』を大切にするように教えてくださいました。患者さんに『お任せします』と言われて判断が難しい時、いつも大義に立ち返り、自分がベストだと思う治療を提供しています」

現在の勤務形態は週5日、朝8時から仕事が始まる。午前中は外来に入り、午後は手術日と外来日が半々である。週あたり4~5件の手術を行う。夕方以降は、難しい症例のエビデンス探しに没頭することが多い。「当院の治療記録や、国内外の論文を夢中で調べ、気がつくと終電ギリギリ、ということもありました。忙しいのは確かですが、やりがいがありますね。エビデンスをまとめた上で、他の医師たちとディスカッションします。他の医師の多様な意見を聞きながら、最終的な治療法を決めています」

乳腺センターの医師数は20人を超える。一様に、医療に対する意識が高く、カンファレンスでは活発に意見が交わされる。それが刺激になって、モチベーションは常に高く保たれる。

さらに、腫瘍内科、放射線科、病理、形成外科の医師が在籍することも魅力だ。乳腺外科医は手術に専念でき、困ったことがあればすぐに専門家に相談できる。「こうした体制もあって、質の高い医療が提供できています。また、非常勤だった頃に知った患者の本音や、生活背景に配慮した治療計画を生かせるようになりました」

患者のサバイバーシップを支援する臨床試験に参加

片岡氏は、日々、目の前の仕事に対応しながらも、日本の乳がん治療をレベルアップさせる取り組みに力を入れている。「せっかくがん研に勤務しているのですから、社会貢献したいと思っています。今、具体的に考えているのは、患者のサバイバーシップです。乳がんが寛解してからの生活の質をいかに元通りにするかについて、臨床試験のグループに参加し、研究しています。また、九州がんセンターの頃から続けていた若年の患者の対応について、他施設と共同研究をしています」

3人の子どもを育てながら、非常勤で働き、やがて臨床と研究の第一線に復帰した。片岡氏のキャリアは、子育て中の女性医師にとってロールモデルになりそうだ。「私が非常勤で勤務していたクリニックでは、週1~2日勤務の女性医師は珍しくありませんでした。クリニックで一緒に研究したテーマで学位を取得した医師もいます。本人にやる気があれば、見てくれている人はいますし、ちゃんと結果はついてきます。逆に、完全に家庭に入った医師は、週1日勤務を始めるのも難しい。細くてもいいので、ぜひ続けてほしいですね」

優しくこう語る片岡氏の姿からは、専門医としての責任感と誇り、そして乳がん治療に対する情熱が伝わってくる。

複数の医師で画像を見ながら相談する様子。一番左が片岡氏。

WELCOME

転職先の病院からのメッセージ

学会会長や理事から最新治療を学べる

「とにかく日本の乳がん医療をよくすることに貢献したいのです」

がん研有明病院乳腺センター長の大野真司氏は、こう語る。

実は、大野氏自身もキャリアチェンジの経験者だ。14年秋、九州がんセンター臨床研究センター長を担っていた時に現職への就任を依頼され、二つ返事で承諾した。「当時56歳。新しいことにチャレンジするには、ラストチャンスだと思いました。がん研有明病院は症例数が圧倒的に多く、社会からの注目度も高い。ここで質の高い医療を提供することが、日本の乳がん医療の向上につながると思っています。一緒に乳がんを学びたい医師を歓迎します」

同院には、日本乳癌学会の会長と理事が2人在籍する。同学会の教育セミナーで講師を務める医師も多く、乳がんの最新治療を直接教わることができる。加えて、国内でも珍しく乳腺センター内に腫瘍内科医などのスペシャリストがおり、ハイレベルなチーム医療を実践している。

日々の治療だけでなく、研究や臨床試験も経験できる

「多くの病院は乳腺外科医が薬物療法も手掛けますが、当院では手術に専念できます。そこには大きな責任があります。他院で何か困った時に、当院の手術実績が参考になるよう、情報発信に努めたいと思います」

また、同院は臨床と研究の機能を併せ持つ。医局に属さない医師にも学位取得の道も開けている上、臨床試験も経験できる。JBCRG(Japan Breast Cancer Research Group)の代表理事も務める大野氏は、こう考えている。「日本の医療は、臨床と研究のつながりがスムーズではありません。しかし、当院のがん研究所と病院が力を合わせれば、世界水準に近づけられるはずです」

大野氏は、乳がん患者のサバイバーシップを支援する「NPO法人ハッピーマンマ」代表理事や、厚生労働省「若年乳がん患者のサバイバーシップ支援プログラム」班長も務める。同センターでの治療にとどまらず、多角的な視点で乳がんを学べる環境でもある。

大野真司氏

大野真司
公益財団法人がん研究会 がん研有明病院 乳腺センター長
福岡県出身。1984年九州大学医学部卒業。米国テキサス大学臨床腫瘍学研究員、九州大学病院助手、同院併任講師、九州がんセンター乳腺科部長、同センター臨床腫瘍研究部長、同センター臨床研究センター長を経て、2015年4月から現職。

公益財団法人がん研究会 がん研有明病院

がん研有明病院は、国内初のがん専門病院だ。併設するがん研究所と協力しながら、先進的な医療の研究、実践を行っている。乳腺センターは、乳がんの診断・治療に特化した施設である。乳腺外科、乳腺内科の両方を持ち、さらに放射線科や病理とも協力しながら、質の高い医療を実践している。また、形成外科との連携によって、乳房再建も積極的に行う。同院総合科には腫瘍精神科もあり、患者の精神的なケアを行っている。患者のQOLを最大限に考慮した医療提供体制が整っている。

公益財団法人がん研究会 有明病院

正式名称 公益財団法人がん研究会 有明病院
所在地 東京都江東区有明3-8-31
設立年 1934年
診療科目 呼吸器センター、消化器センター、乳腺センター、婦人科、頭頸科、
整形外科、泌尿器科、血液腫瘍科、総合腫瘍科、サルコーマーセンター、
免疫・遺伝子診療科、総合内科、麻酔科(ペインクリニック)、形成外科、眼科、
感染症科、皮膚科、漢方サポート、歯科
病床数 700床
常勤医師数 320人
非常勤医師数 130人
外来患者数 3万7722人(延患者数)
入院患者数 1万9222人(延患者数)
(2015年6月時点)