VOL.116

専門医とも連携した体制で
患者と家族が望む暮らしを
かなえる在宅医療を提供

静岡ホームクリニック
内科 松本 拓也氏(40歳)

富山県出身

2004年
高知医科大学(現 高知大学医学部)卒業
名古屋大学医学部附属病院 初期臨床研修
2006年
名古屋大学医学部附属病院 総合診療科
2012年
名古屋大学大学院医学研究科修了
静岡赤十字病院 総合内科
2018年
静岡ホームクリニック 入職
2020年
静岡ホームクリニック 院長

さまざまな年齢・症状の患者の一次医療を担う、叔父のような医師になりたい。その思いから医学部に入り、大学病院、地域の中核病院で10数年経験を積んだ松本拓也氏。現在は地域医療に欠かせない在宅医療の分野で活躍している。「患者さんとご家族が望まれる暮らしを、看護師をはじめ多職種と協力して実現できるのがうれしい」と語り、自分の理想に向けて着実に歩を進める松本氏に話を聞いた。

リクルートドクターズキャリア12月号掲載

BEFORE 転職前

一次医療を担う医師を目標に
大学病院、地域の中核病院で
総合診療の経験を積む

“町医者”を目指して
大学病院の総合診療科へ

開業医として地域医療に従事する叔父を目標に、病院の総合診療科、総合内科で経験を積んできた松本拓也氏。2018年からは静岡ホームクリニック(静岡県)に転職し、自らのキャリアの幅を在宅医療の分野にも広げている。

「子どもの頃から、叔父がさまざまな年齢・症状の患者さんに対応する様子を見てきて、自分もこんな“町医者”になりたいと思って医学部に入りました。卒業時は、そのための勉強ができる環境はどこだろうと探し、総合診療科が充実した大学病院を選んだのです」

同院では指導医のバックアップのもと、研修医でも入院患者に主治医として対応するため、早くから実践経験が積めたと松本氏。また、外来でも指導医とともに多くの患者を診ることができ、その訴えの多様さに驚いたと話す。

「大学病院は紹介の患者さんも多く、実際には町の診療所とは少し違うのでしょう。それでも幅広い疾患を診る総合診療科は、自分が目指す医療に近いと思いました」

松本氏は、このときの指導医から受けた「患者の訴えは、自分の考えを入れず、いったんそのまま受け入れなくてはいけない」との助言を今も守っていると言う。

「私たち医師は、どうしても患者さんの話を医療の用語に変換して理解する癖があります。しかし変換で切り捨てがちな微妙な表現の中に、その方が病気にどう向き合っているか、痛みやつらさをどう感じているかなど、アセスメントに欠かせない大切な要素が含まれていると教わりました」

これからの子育てを考え
妻の実家のある静岡に転居

初期臨床研修後は総合診療科での診療が本格化。病院を転々としても診断がつかなかった患者、入院中に原因不明の熱を出した患者などへの対処、患者の家族との接し方なども経験し、指導医として研修医を育てる立場にもなった。

「ただ、その頃には私も結婚して子どもも生まれていたので、両親の近くに住む方が安心だろうという話になり、妻の故郷の静岡県への引っ越しを決めました」

松本氏の大学院修了に合わせ、2012年に静岡県に転居。自身は東海地区の総合内科の勉強会で知り合った医師の勧めで、地域の中核病院の総合内科に転職した。

内科系の疾患全般を引き受ける同院の総合内科では、大学病院のときより患者の病気はさらに幅広くなり、年齢も高齢化。病気を治すことを最終目標にしないケースも増えたと松本氏は振り返る。

「心臓や腎臓の状態が悪く、完治が望める状況ではなくても、病気を抱えながら少しでも楽に暮らせる方法を、ご本人やご家族と何度も相談して決めていく。そんな対応も必要になってきました。これまで行ってきた診療経験をもとに、患者さんにご提示できる選択肢が広がったと考えています」

患者が自分らしく暮らすには、病院でなく在宅での療養も有力な選択肢となる。松本氏は家に戻りたい患者や家族の希望を受け止め、自宅の環境を整えた上で、このような介護があれば可能といった提案をする一方で、在宅での看取りも念頭に置いて話すことが必要なときもしばしばあったと言う。

「ご本人やご家族が望む暮らしに少しでも近づけるために、その都度悩みながらも、必要と思える選択肢をご提示していました」

在宅医療の経験を積むため
専門のクリニックに転職

こうした中、予想以上に在宅療養の希望が多いことを知り、松本氏は自らも在宅医療に取り組みたいとの思いが高まったと話す。

「以前から週1回のアルバイトで在宅医療に従事していましたが、患者さんのご自宅を訪ねる訪問診療は、私がイメージする町医者の姿とも重なり、在宅医療分野で経験を積みたいと考え始めました」

転職先に選んだ静岡ホームクリニックは、松本氏の担当患者が在宅に移るときの引受先の一つ。常勤医以外に、非常勤で多様な分野の専門医が連携して患者を診るなどの意欲的な取り組み、在宅医療専門医の資格が目指せる教育プログラムなどにひかれたと言う。

「当時の院長だった内田貞輔先生との面談も話しやすく好印象で、すぐに転職を決めました」

AFTER 転職後

患者の暮らしまで知ることで
適切な医療や支援が提供でき
開業にも役立つ経験ができる

縫い物が趣味という患者の
暮らしを豊かにした提案

松本氏が入職した静岡ホームクリニックは、JR静岡駅から少し離れた住宅地にあり、同院の医師と看護師が患者の自宅または契約施設へ訪問診療を行っている。

入職3年目になったが、同院の規模の拡大もあって、担当する患者は多様化してきたという。

「慢性疾患の方や終末期に近い方など症状の違いに加え、患者さんのご自宅の間取り、部屋の状態、同居なのか独居なのかなど、生活スタイルも千差万別。個々の環境の中で、自分らしく過ごしていただくにはどんな医療、社会的支援が必要なのか?患者さんごとに考え、実践していく在宅医療の楽しさ・面白さを実感しています」

病院でも患者の生活環境を聞いて退院後の方向性を検討したが、実際の暮らしを見て得られるリアリティーには及ばないと松本氏。

「部屋に好きなものを置いたり、飾ったりされる方も多く、病院では分からない素顔が垣間見えるようです。以前には、縫い物が趣味で部屋に作品をたくさん飾っている高齢の患者さんが、『最近は白内障が進んでうまく作れない』と残念がっておられたので、眼内レンズ手術で回復できる可能性についてお伝えしました。高齢なのでリスクはあるものの、その方は私がご紹介した病院の眼科を受診して手術を決断され、今では視力も回復して個展を開くなど、本当に生き生きと暮らされています」

その人らしい暮らしを大切に考えた結果だと松本氏は言い、病院で「縫い物が趣味だ」と聞いただけでは、そこまで突っ込んだ提案はできなかっただろうと続ける。

多職種との密接な連携で
患者と家族の満足度向上へ

同院は患者の主治医がおおむね2週間に1度のペースで訪問診療を行っているが、終末期のがん患者など容体が急変する可能性がある場合は、非常勤医が同じ週に再訪するなど柔軟に対応している。また非常勤医はさまざまな分野の専門医でもあり、複合疾患を持つ患者には連携して診療に当たる。

「患者さんは今日はこうでした、次回に先生が行かれるときはこうしましょう、などカルテを通じた情報交換を日々行っています」

同院での松本氏の勤務は月曜日から金曜日まで(水曜日午前中は以前勤めていた病院で外来診療)。8時45分に出勤し、ミーティング後に看護師とともに訪問診療に出かけ、夕方まで患者の自宅や施設を回る。その後はカルテをまとめ、看護師や地域連携室のスタッフとカンファレンスを行っている。

「当院はスタッフ全員が非常にアクティブ。訪問診療に同行する看護師も、それぞれの視点から『この方には次回はこう対応しませんか?』と提案してくれるので、私自身の視野も広がります」

新型コロナウイルスの感染拡大時も、特に診療控えはなかったが、いかに安全に診療を続けるかには十分に配慮してきたと言う。今後は看護師をはじめ多職種とより密接に連携し、患者や家族の満足度をさらに上げていきたい。松本氏は次の目標をそう語った。

転職で自分と家族の時間を
作りやすくなった

同院は在宅療養支援診療所として24時間対応する必要があり、松本氏も週1回は夜間オンコールを担当しているが、それでも平日の夜、土日・祝日など自分と家族のための時間は作りやすいと話す。

「うちは子どもたちが剣道を習っているので、土日は試合の応援などにも出かけます。病院勤務のときは休日でも患者さんを診たりしていましたが、今は仕事とプライベートを分けやすくなりました」

地域医療に従事することが目標という松本氏は、多様な患者を診てきた経験は将来開業したときに大いに生かせると考えている。

訪問診療から戻った後に行うカンファレンス。当日診た患者の容体、家族からの要望などを、看護師や地域連携室のスタッフと共有する 画像

訪問診療から戻った後に行うカンファレンス。当日診た患者の容体、家族からの要望などを、看護師や地域連携室のスタッフと共有する

WELCOME

転職先の病院からのメッセージ
暮らしを豊かにする在宅医療を提供

難しい症例までカバーする
「動く総合病院」を目指す

同院は理事長(開設時は院長)の内田貞輔氏を中心に、2015年に開設された在宅医療を主とするクリニック。内田氏はリウマチ・膠原病内科が専門で、完治が難しい患者の心に寄り添い、本人や家族が望む暮らしの実現に尽力してきた経験から、似た部分の多い在宅医療にひかれたと話す。

「当院の理念は『患者様が誇りと尊厳のあふれる人生を全うし、ご家族が命を受け継ぐ一助となりたい』で、患者さんはもちろんご家族もご家庭で楽しく過ごしていただく中で、“命”を受け継いでほしいと考えています。また、ご家族の気持ちも尊重し、患者さんに適した在宅医療をご家族と一緒に考える姿勢を大切にしています」

患者や家族が安心して在宅療養を続けられるよう、心に寄り添う医療を重視し、24時間の対応に加え、「動く総合病院」を目指して診療体制を整備してきたと内田氏。

「当院は私や松本先生のような内科の常勤医だけでなく、大学病院の循環器科、消化器内科、精神科、泌尿器科、皮膚科などから招いた専門医が非常勤として在籍し、連携して診療を行っています」

例えば主治医が緩和の必要性、皮膚の病変や認知症・パーキンソン病への対応などを各分野の専門医に相談し、必要なら患者を診てもらうことも可能で、この体制により病院への再入院も少ない。同院での看取り率は90%を超え、最期まで自宅で過ごしたいという患者の希望を実現させている。

「当院の目標は、在宅医療を通じて患者さんやご家族の暮らしを豊かにすること。長く総合診療に携わっておられた松本先生は、共感する力がとても高く、患者さんとご家族の豊かさを考えて診療されている点もすばらしいですね」

今後は医師や看護師に対する実践的な教育、在宅医療に求められるホスピタリティの習得、ITを活用した医療の効率化・迅速化が目標だと内田氏は言う。

「ただ、患者さんやご家族の気持ちを置き去りにした効率化は無意味。当院の理念に忠実に、質の高い在宅医療を提供していきます」

内田 貞輔氏

内田 貞輔
医療法人社団貞栄会 理事長
2007年聖マリアンナ医科大学医学部卒業後、同大学病院リウマチ・膠原病内科で経験を積む。2013年聖マリアンナ医科大学助教に就任。2015年静岡ホームクリニックを開設し、2016年医療法人社団貞栄会を設立する。医学博士、日本在宅医学会在宅専門医・指導医、日本プライマリ・ケア連合学会指導医、日本リウマチ学会リウマチ専門医・指導医、日本アレルギー学会アレルギー専門医、日本内科学会総合内科専門医など。

静岡ホームクリニック

同院は静岡市南部に広がる駿河区の中心部にあり、同区および隣接する清水区、葵区、藤枝市、焼津市の一部を訪問診療の対象としている。在宅で診ている患者数は800名で、その平均介護度は約3.0。高齢者福祉施設の入所者も含め、比較的重度の患者を在宅で支えており、年間の看取り件数は200件を超える(2020年10月時点)。訪問診療は医師と看護師の2人で行い、看護師がドライバーも務めるため、移動時の医師の負担は軽減される。近年は施設より個人の居宅への訪問が増え、多様な症例を経験できる点も特色。また、同院では患者と家族の心に寄り添う医療を目標とする一方、治療においては医学的な裏付けを重視し、患者の自宅でもX線や超音波などの画像診断が可能なポータブルの検査機も充実させている。日本在宅医療連合学会在宅専門医も取得可能。

静岡ホームクリニック

正式名称 医療法人社団貞栄会
静岡ホームクリニック
所在地 静岡県静岡市駿河区中田4-6-1
開設年 2015年
診療科目 内科、リウマチ膠原病科、アレルギー科、外科、皮膚科、精神科、泌尿器科
常勤医師数 3人
非常勤医師数 15人
平均訪問件数 10〜12件/日 (診療時間約20分、移動時間約10分)
(2020年10月時点)