VOL.110

一人ひとりの気持ちに寄り添い
専門領域まで在宅でカバー
患者が満足する医療を目指す

クリニック グリーングラス
内科 中村 喜亮氏(42歳)

東京都出身

2009年
金沢医科大学医学部卒業
金沢医科大学氷見市民病院 初期臨床研修医
2012年
金沢医科大学氷見市民病院 一般・消化器外科
2018年
南多摩病院 訪問診療部 入職
2019年
クリニック グリーングラス 内科
(クリニック開設によるグループ内異動)

三代続く医院に生まれながら一度は違う分野に進んだ中村喜亮氏。その後、医師となって市民病院の消化器外科で多忙な日々を10年近く送り、次に選んだのは内科診療が主となる在宅医療の道だった。生家の医院と同じく地域医療に貢献したいという思いから、未知の分野で奮闘する中村氏の姿を追った。

リクルートドクターズキャリア6月号掲載

BEFORE 転職前

消化器外科で経験を積んだ後、
実家の医院を継ぐことも視野に
故郷に戻って地域医療の道へ

一度は医療から離れたが
やりがいを求めて医学部に

氷見市民病院の一般・消化器外科で10年近く診療した後、40歳の節目を前に、地域医療に目を向けて転職した中村喜亮氏。現在は生まれ故郷の近くで、在宅医療を中心とするクリニック グリーングラス(東京都)に勤務している。

八王子市で親子三代にわたって診療を続ける消化器外科の医院に生まれた中村氏だが、当初は医療分野にさほど興味が持てず、別の仕事に就いたという。

「ただ、久しぶりに会った高校時代の同級生が、歯学部に入学したことを目を輝かせて話すのを聞き、『自分は今の仕事をこんなふうに楽しく語れるだろうか?』と自問自答。父が医療現場で頑張っていた姿も思い出され、改めて医師を目指そうと思ったのです」

医学部を卒業した中村氏は、大学が管理運営する氷見市民病院で初期臨床研修を受けた後、入職。専門分野は消化器外科を選んだ。

「私にとって最も身近な診療科であり、また医師として患者さんの命に直結するような治療に携わりたいとの考えもありました」

消化器全般の治療に加え
救急の初期対応までカバー

当時の氷見市民病院は一般病床が360床を超えており、救急科も開設するなど急性期医療に力を入れていた。消化器外科は中村氏を含む3名の医師で、消化管、肝胆膵などの悪性腫瘍・良性腫瘍の患者を数多く診療してきた。

「病院長がベテランの消化器外科医で、とても丁寧に指導していただきました。内視鏡を使った検査や治療にも携わるなど、消化器分野で多様な経験が積めました」

しかも救急科には専任の医師がおらず、消化器外科が救急患者のファーストタッチを担っていたため、他の診療科に関しても幅広い知見が養えたと中村氏。

「当直も全科当直で、夜間の患者さんはすべて1人で初期対応を行っていました。その後、必要なときには各診療科の当番医に連絡を入れて、初期対応の内容と次に考えられる治療を伝えるという流れ。非常に鍛えられましたね」

当直のない日も消化器外科の患者の容体が悪化したり、救急で手が足りなかったりすれば呼び出しがかかり、昼夜を問わず病院に駆けつけるなど、患者の命を救う仕事にやりがいを感じていた。

「しかし、体力的にはかなりハードな毎日が、初期研修も含めて10年近く続くと、『10年後、20年後も同じように診療できるだろうか』と疑問に思うようになりました」

実家の医院を継ぐため
移住して在宅医療を経験

また、その頃の氷見市民病院は小児外科や心臓血管外科を持たず、院内での診療だけでは日本外科学会外科専門医が取得できない点なども悩みだったと振り返る。

「もし今後も消化器外科医を続けるのであれば、経験は積めても専門医として形にならないのは不安でした。それに忙しくて学会参加もままならず、知人が学会発表の準備や論文を執筆していると聞くと、うらやましく思えました」

そうした事情とは別に、40歳も目前となり実家の医院のことも考え始めたと中村氏は言う。

「今は現役で活躍している父も、いずれ引退のときが来ます。ずっと診てきた地元の患者さんもいることですし、やはり自分が後を継いだ方がいいのでしょう。とはいえ、病院では外科手術が中心でしたから、将来のために内科的な疾患や高齢の患者さんを診る経験をしておきたいと考えたのです」

並行して実家の医院を手伝いたいとの気持ちもあり、中村氏は妻とも相談して、家族全員で富山県から東京都に移住。転職先に選んだ永生会は、地元をよく知る父親から「急性期から慢性期まで地域医療を展開する医療法人」と紹介され、興味を持ったと話す。

「面談した頃は、同法人の南多摩病院で在宅医療を専門とする部署の立ち上げを計画中。高齢者医療を一から勉強したかった私には非常にいいタイミングでした」

在宅医療に従事しながら、可能なら週1回は内視鏡検査も担当したい……といった希望を検討してもらえるなど、柔軟な対応も好印象だったと中村氏。2018年に同法人に入職し、南多摩病院で訪問診療をスタートさせた。

AFTER 転職後

経験豊富なスタッフと協力し
家族の理解も得ながら
在宅療養の患者の思いを実現

在宅医療を強化するため
専門のクリニックが開設

中村氏が初めて在宅医療に従事した南多摩病院は、急性期医療を中心とした中規模病院。そこに在宅医療を担う部署を設置し、専従の医師が訪問診療を行い、必要に応じて各専門診療科の医師が往診する体制を整えていた。

その後、法人内で在宅医療の一層の充実を図るため、訪問診療と専門的な往診という枠組みは維持したまま、2019年にクリニック グリーングラスが誕生した。

クリニック開設時、他のスタッフとともに南多摩病院から移った中村氏は、「病院の外来は病気を診るところだったが、訪問診療では病気の裏に潜んでいた日常生活の問題に気づかされる」と語る。

「患者さんのお宅を訪ねると、ご家族が非常に忙しくてうまくケアができない、といった事情も見えてきます。病気の治療だけ考えればいいのではなく、ソーシャルワーカーと相談して訪問看護師やヘルパーによるサポートも検討するなど、社会的な仕組みを使って支える必要があると実感しました」

また、がん末期の患者が自宅で最期を迎えたいと願っていても、吐血など容体が目に見えて急変すると、家族が心配して救急車を呼んでしまうケースもあるという。

「そうなるとご本人の願いとは異なり、搬送中や入院中に亡くなることも考えられます。私たち医療者もご家族も、患者さんを支えたい気持ちは同じですから、丁寧にコミュニケーションを重ね、ご本人もご家族も満足されるような在宅医療を目指しています」

毎朝のカンファレンスで
情報共有後、訪問診療に

同院では毎朝8時30分から医師や看護師を中心に全員参加のカンファレンスを行い、夜間に連絡のあった患者への対応状況を共有。同院が新たに担当する患者の病歴、家族背景も併せて共有する。その後、9時過ぎには医師、看護師、ドライバーを基本ユニットとして訪問診療に出ると言う中村氏。

「当院では提携施設は1施設15人から20人、居宅なら5件から8件ほどを診療した後、お昼前にクリニックに戻り、カルテ業務や処方せん記入などに従事。昼食後も同様な流れで訪問診療と事務作業を行っています」

さらに訪問診療の医師では診断が難しいケース、専門的な治療が必要な症状は、泌尿器科、皮膚科、精神科などの専門家に往診してもらえる点も同院の特色だ。

「在宅医療は24時間対応が求められますが、当院の夜間対応はまず看護師が電話に出た後、その患者さんの担当医に電話をつなぐという流れです。医師は薬を飲んで朝まで様子を見てもらうといった指示をご家族に伝えるほか、自ら往診する、緊急のときは救急車を呼ぶなどで対応しています」

内科的疾患の知識を深め
診断力をアップさせたい

訪問診療で診る患者のほとんどは容体が安定しているため、病気の話より世間話の時間が長いこともよくある、と笑う中村氏。

「誰かと会話をしたい患者さんも多いので、満足度の面ではそれでいいのだろうと思っています」

中村氏はクリニックでの診療のほかに、週1回、父親の医院で内科診療と内視鏡検査を担当。患者にかかりつけ医と思ってもらいながら、押しつけがましくない距離感の微妙さを感じると言い、医院での診療に軸足を移すのはもっと現場に慣れてからと考えている。

「ほぼ定時に帰宅できるので家族と過ごせる時間も増え、仕事にも満足しています。今後は氷見市民病院での幅広い経験を生かしながら、内科的疾患の知識をさらに深め、病院で検査入院をしなくてもある程度の診断・治療ができるようになるのが目標です」

訪問診療に出る前に看護師と打ち合わせを行う 画像

訪問診療に出る前に看護師と打ち合わせを行う

WELCOME

転職先の病院からのメッセージ
在宅医療の普及と質の向上を目指す

患者の症状に合わせて
専門的な診療を在宅で提供

八王子市中央部に位置するクリニック グリーングラスは、半径約5km圏内の同市内および町田市の一部で在宅医療を提供。診療内容は、在宅療養を続ける患者の経管栄養指導管理、人工呼吸指導管理、褥瘡の管理、悪性腫瘍の指導管理、看取りなど多岐にわたる。

母体の医療法人社団 永生会は、急性期から慢性期まで地域密着型の医療を提供する中で、在宅医療のニーズに応えて2019年に同院を開設した。法人内の訪問診療部門をクリニックに集約したため、経験豊富なスタッフがそろう。

急性期および二次救急病院である南多摩病院の副院長などを経て、同院院長に就任した田中譲氏は、クリニックの狙いをこう語る。

「病院の二次救急で引き受けた在宅の患者さんの中には、専門の医師が診ていれば入院せずにすむ方も多くおられました。そこで当院では在宅でも専門的な診療が受けられるよう診療科を充実させ、地域医療の質の向上を目指しています。中村先生も訪問診療の基軸となって活躍されています」

同院には定期的に訪問診療を行う常勤医に加え、泌尿器科、皮膚科、精神科、眼科などを診る非常勤医も勤務。訪問診療時の患者の容体などをもとに、各専門分野の往診を行う。加えて患者の症状や希望、家族の要望などをもとに、入院が必要と判断した際には後方支援病院が受け入れている。

「ただ、高齢者の数に比べて市内の救急病院の数は十分ではなく、在宅の段階で、本当に入院が必要な患者さんを見極めることが重要。当院の体制なら検査目的で病院に入院させなくても、ある程度の診断が在宅で可能になります」

また、同じ医療法人のみなみ野病院には緩和ケア病棟があり、今後はがん末期患者の在宅療養にも力を入れたいと田中氏は話す。

「当院の院名は、故郷や生家への思いを歌うカントリーの名曲『想い出のグリーングラス』にちなんだもの。後方支援病院と連携しながら、住み慣れたご家庭や地域で最期まで暮らせるようお手伝いするのが当院の役目です」

田中 譲氏

田中 譲
クリニック グリーングラス 院長
日本大学医学部卒業後、1985年東京女子医科大学医学部消化器外科学教室入局。同大学講師(消化器外科)、城東社会保険病院(現 JCHO東京城東病院)外科部長を経て、2004年医療法人社団 永生会に入職。南多摩病院副院長、みなみ野病院副院長を歴任。2019年から現職。日本外科学会外科専門医、日本消化器内視鏡学会消化器内視鏡専門医

クリニック グリーングラス

同院は、「医療・介護を通じた街づくり・人づくり・想い出づくり」の理念を掲げ、住み慣れた地域で最期まで暮らせるよう医療・介護環境の充実を図る永生会が母体。急性期の南多摩病院、回復期・慢性期医療の永生病院、緩和ケア病棟を持つみなみ野病院と連携し、同院は在宅医療を担っている。同法人で介護老人保健施設、訪問看護ステーション、居宅介護支援事業所なども運営し、在宅療養時の医療・介護を一体的に提供可能だ。緊急時には法人内の病院に限らず、近隣の病院への入院をサポート。また患者や家族の希望に応じて、薬剤師が服薬指導のため訪問する調剤薬局、訪問歯科診療を行う歯科医院なども紹介可能で、トータルで満足度の高い在宅医療を目指している。

クリニック グリーングラス

正式名称 医療法人社団永生会
クリニック グリーングラス
所在地 東京都八王子市千人町4-12-3
開設年 2019年
診療科目 内科、外科、泌尿器科、整形外科、皮膚科、形成外科、精神科、眼科、耳鼻科
常勤医師数 4人
非常勤医師数 13人
訪問件数 80人〜120人/日
(1日当たり医師7〜8名が訪問)
(2020年4月時点)