VOL.118

培った専門性を生かしながら
ワーク・ライフ・バランスも
充実する矯正医療を選んだ

大阪医療刑務所
消化器外科 岡田 かおる氏(45歳)

大阪府出身

2003年
大阪市立大学医学部卒業
大阪大学医学部附属病院 外科系研修医
2004年
関西ろうさい病院 外科 レジデント
2009年
大阪大学医学部附属病院 消化器外科 医員
2010年
大阪大学大学院医学系研究科外科学講座 
消化器外科学 研究生
2012年
西宮市立中央病院 外科 副医長
2013年
西宮市立中央病院 外科 医長
2014年
大阪大学大学院 博士号(医学)取得
2018年
近畿大学奈良病院 消化器外科 診療購師
2019年
大阪医療刑務所 医療第三課 医師
2020年
大阪医療刑務所 医療第三課 課長

開胸、開腹手術による食道がん治療も数多く経験し、20年近く消化器外科の第一線で活躍してきた岡田かおる氏は、培った知識・技術を生かしながらワーク・ライフ・バランスの充実を図る道として、矯正医官を選んだ。「被収容者の健康管理を通じて社会復帰をサポートできる点にもやりがいを感じています」と話す岡田氏の軌跡を追った。

リクルートドクターズキャリア2月号掲載

BEFORE 転職前

食道がん・胃がんの治療や
救急患者の緊急手術等を経験し
自分の成長も実感できた

手術や術後管理が大変な
食道がんなどの治療を専門に

医学部を卒業後、規模・タイプの異なる病院の消化器外科で、主にがん診療に従事してきた岡田かおる氏は、2019年に大阪医療刑務所(大阪府)に転職。現在も消化器外科医として、消化器がんの開腹手術、術後管理、内視鏡検査など忙しい日々を送る。

岡田氏は医学部を卒業後、大阪大学の医局で外科系に入局。研修医を経て、600床規模の病院の消化器外科で5年にわたって勤務したが、同院は非常に忙しく、長時間勤務もまだ多かったと言う。

「この頃はまだ体力もあって、周囲にいる同年代くらいの医師らと『大変だねぇ』など話しつつ、いろいろなことを現場で学べたのは非常にいい経験になりました」

上司の指導のもと、担当した症例を自分なりに診断して治療計画を検討できるようになり、手術でも助手を務めるなど自身の成長も実感できたと岡田氏は振り返る。

「同院の消化器外科で専門を選ぶ際、私は上部消化管チームを選びました。当時の食道がんは胸部、腹部を開けて治療し、合併症も多く大変でしたが、それをしっかりやってみたいと考えたのです」

患者は自覚症状が出てから受診することが多く、消化器外科で診るのはほとんどが進行がん。このため抗がん剤や放射線などで治療し、その後に手術といった集学的治療も数多く行ったと岡田氏。

「チーム医療という形で放射線科、歯科口腔外科、リハビリテーションなど各診療科の先生方やスタッフ、薬剤師、栄養士など多職種との連携も深まってきました」

その中で、岡田氏は「全員が患者を治すという目的を持つチームの一員。そこに上下関係はない」との思いを強めたと話す。

病院では主に食道がん、胃がんを診ていた岡田氏だが、救急搬送の患者の緊急手術にも加わった。

「ご本人は痛みで七転八倒の状態で、十分なコミュニケーションもとれずに手術に入るため、術後管理は大変でした。そうした生死の境をさまよった患者さんが助かり、感謝の言葉をいただくと、医師になってよかったと感じます」

市中病院で地域に根ざした
全人的な医療に取り組む

5年ほど過ぎ、現場でこうした手応えを感じ始めていた頃、岡田氏は大学に戻ることになる。

「私がいた医局では、現場をしばらく経験したら大学院で学位を取るのが当たり前で、私自身は必要と感じなかったのですが、最終的に上司に説得されて戻りました」

それでも大学院には入らず、特別に研究生扱いで研究に従事した岡田氏だが、研究を通じて多様な知識を習得でき、臨床でも別の視点が持てるようになったと話す。

研究を終えた岡田氏は市中病院に派遣され、より地域に密着した全人的な医療に取り組んだ。病気を治療するだけでなく、普段の生活も詳しく聞いて健康に関するアドバイスをするほか、独居の高齢患者には退院後のサポートなどを院内外の専門職と相談して対処することが増えたと言う。

「以前は手術でこういう治療をしたいとの気持ちもありましたが、経験を重ねるうちに、患者さんの生活を含めて全体を診るのが主治医だという考えが強くなりました」

市中病院では医療安全など各種の委員会で委員となり、またNSTや褥瘡、抗がん剤といった診療チームにも加わって、病院全体に視野が広がったと岡田氏は語る。

医局派遣の不安定さを避け
大阪医療刑務所に転職

岡田氏が医局を離れようと考えたのは、市中病院の次に派遣された大学病院の多忙さ、組織の大きさからくる不自由さ、遠距離通勤の負担に加え、派遣先ごとに収入もライフスタイルも変わる不安定さを避けたかったからだと言う。

「30代になると、ある程度キャリアを積んだ後、別の環境でまたゼロから始めるという繰り返しに疑問を感じていました。その点、大阪医療刑務所の医師は公務員で、安定して働けるのは魅力でした」

もともと同所は阪大医局の関連病院だったことがあり、岡田氏は研究生時代に先輩から呼ばれて同所での手術を何度か手伝っている。そうした縁もあってと、同所の医師募集に応募。2019年4月に大阪医療刑務所に入職した。

AFTER 転職後

医療資源の有効利用のため
がん治療の根治性を維持しつつ
合併症も抑制する治療に尽力

移送されてきた患者を
ガイドラインに沿って治療

岡田氏が転職した大阪医療刑務所は、法務省矯正局が管轄する矯正施設(刑務所、少年刑務所、拘置所、少年院、少年鑑別所など)に入所した被収容者のうち、重症の患者などを診る施設。同所や各矯正施設に勤務する矯正医官(医師)は国家公務員となる。

岡田氏は研究生時代に同所を初めて訪れたとき、被収容者を対象にした医療が存在し、手術まで行われていることに驚いたと語る。

「病院だけが医師の働く世界ではないと知り、将来はこうした矯正医療にもチャレンジしたいと思いました。当時は自分の経験不足であきらめましたが、その後に市中病院などで診療を続け、そろそろ大丈夫と考えられたことも転職の後押しになりました」

同所では他の矯正施設から移送されてくる被収容者を診るため、病院で紹介患者を診る感覚とさほど変わらないと話す岡田氏。

ただ、被収容者は以前の施設で聞いた病状の説明を自分に都合よく解釈していることも多く、同所で岡田氏が改めて問診する際には、「自分の病状をどう聞いているか」は必ず確認すると言う。

同所での治療はガイドラインに沿って行われ、基本的に手術と抗がん剤による治療が中心となる。岡田氏は手術の根治性を維持しつつ、合併症を起こさないことを重視し、抗がん剤による有害事象をなるべく起こさないようなレジメを作るなど工夫を重ねている。

「しかし当所で診るがん患者の多くが進行がんで、ステージは3か4。緩和ケアを選択せざるを得ないケースもよくあります」

手術は腹腔鏡ではなく開腹になるが、外科手術用のエネルギーデバイス、自動吻合器・自動縫合器も備えられ、手術環境は十分整っていると岡田氏は評価する。

「一般の病院では、患者さんを治療して元気になってもらうことがやりがいでした。矯正医療は被収容者を治療して健康を回復させ、きちんと刑を終えてもらうのが大きな目的です。医療を通じて被収容者の社会復帰をお手伝いすることがやりがいと捉えています」

仕事の満足度は高いが
今後は改善案も提案したい

岡田氏はもう1人の常勤医と協力して同所の外科を担当。月曜日は女子病棟の診察、火曜は手術、水曜日は男子病棟の診察と続く。診察室では常に刑務官が立ち会うため、医師と被収容者だけになる時間はなく、一般病院より安心して患者を診られると岡田氏。

木曜日の午前中は診察、午後は兼業先の病院で働いている。

「兼業先は中規模の地域の病院で、私は外科の外来と二次救急に従事しています。当所では診断のついた患者さんを診るので、診断力が落ちる不安がありました。その維持・向上のために、また一般診療を忘れないためにも、外部で初診の患者さんを診たいと考えたのです。それに環境の異なる病院で働くのは気分転換にもなります」

金曜日は診察、胃の内視鏡検査、他の矯正施設から依頼された患者の診察など多様な業務をこなす。

「毎日忙しいのですが、基本的に定時の出勤・退勤で、土日祝日は休み。当直は月に数回で、オンコールはないので、休みはしっかり休めていいですね。私はなぜかオンコールでよく当たるタイプで、以前は毎年のように元日に呼ばれて手術をし、その後は術後管理で働き詰めでしたから(笑)」

矯正医官は福利厚生などもしっかりしており、安心して働けると岡田氏。診療科にもよるが、これまで培ってきた知識・技術を生かせる受け皿もあると話す。

「一方で旧態依然とした業務の流れも一部ではまだ残っています。今後は医学的根拠にもとづいた改善案などを提案し、現場をさらに働きやすくしたいと思います」

大阪医療刑務所での消化器がんの手術 画像

大阪医療刑務所での消化器がんの手術

WELCOME

転職先の病院からのメッセージ
被収容者の社会復帰を健康面から支援

医療専門施設として
重症の患者の治療に当たる

全国に300カ所近くある矯正施設から、重症の患者などを受け入れる「医療専門施設」は全国に4カ所あり、同所はその一つ。CTをはじめ高度な医療機器を備え、開胸・開腹手術や内視鏡治療も頻繁に行われるなど、医療に特化した施設である点が特色だ。

被収容者の生命・健康を守り、社会復帰に向けて健康の保持・回復を支援するのが矯正医療の目的。このため各矯正施設には診療所や病院が置かれ、矯正医官が被収容者の健康管理を担っている。

その中でも一般施設で対応が難しい症状の患者は全国8管区に所在する医療機能が充実した医療重点施設に移送されるか、さらに専門的な治療が必要と診断されれば、同所をはじめ各地の医療専門施設で診ていく。

このような階層化されたシステムにより医療や予算の最適化を図っている。

同所を管轄する大阪矯正管区で矯正医事課課長を務める本條和重氏は、一般施設と同所のような医療専門施設では、矯正医官に求められる役割も異なると言う。

「一般施設にある診療所は、被収容者の健康管理と一次診療、がんなど治療が難しい病気のスクリーニングといった総合診療が中心です。一方で医療専門施設は、移送された患者に対して高度な治療を行える専門性が必須となります」

同所では外科の医師は少人数で、岡田氏のように第一線で活躍できる消化器外科の医師が入職してくれたことで、「医療の質の向上とともに、周囲の刺激になったと思います」と本條氏。

また「矯正医官の兼業の特例等に関する法律」で兼業が可能になるなど、働きやすい環境の整備も進んでおり、岡田氏をはじめ各矯正施設で女性医師も活躍する。

「近年は矯正医療に興味を持たれる医師も増え、矯正医療全体の質の向上も目指せる状況になってきました。現場では矯正医官と多様なコメディカルスタッフが連携したチーム医療が主流のため、今後は医師以外の専門職を充実させることも重要と考えています」

本條 和重氏

本條 和重
法務省矯正局 大阪矯正管区矯正医事課 課長
刑務官として採用後、看護師資格を取得。
以降、医療専門施設である大阪医療刑務所、北九州医療刑務所の保健課長補佐として勤務した後、2017年に広島矯正管区矯正医事課長、2019年4月から現職に就任。

大阪医療刑務所

同所は1974年、身体および精神疾患の被収容者を診療する医療専門施設として開設された。その後、1983年に人工透析や集団作業療法を開始し、1989年には集中治療室を新設。2013年は設備更新として16列のCTスキャナを導入するなど、医療ニーズに応じて着々と進化してきた。現在は西日本の総合的な医療センターとして、各地の矯正施設から移送される多様な患者を受け入れ、治療を行っている。主な疾患は悪性新生物、消化器系疾患、循環器系疾患、感染症、精神科疾患など。これらが複合する患者もいるため、各診療科や外部医療機関との連携に力を入れている。その点、同所はJR堺市駅から徒歩15分ほどの立地で、近隣および大阪市内の外部医療機関と連携しやすいこともメリットになっている。

大阪医療刑務所

正式名称 大阪医療刑務所
所在地 大阪府堺市堺区田出井町8-80
開設年 1974年4月
診療科目 内科、外科、泌尿器科、呼吸器内科、呼吸器外科、
婦人科、眼科、耳鼻咽喉科、整形外科、放射線診断科、
腎臓内科、精神科、皮膚科、歯科
病床数 160床
収容定員 267人(うち女子23人)
常勤医師数 16人
所内診療患者数 45人/日
(2020年12月時点)