VOL.26

大学病院から一般病院への転身。
「本当に学べる場」との出会いが
麻酔科医としてスキル向上に導く

医療法人社団順江会 江東病院 麻酔科 
大見 貴秀
氏(32歳)

愛知県西尾市出身

2009年
帝京大学医学部卒業
名古屋市立東部医療センター東市民病院 初期研修医
2011年
名古屋市立大学病院麻酔科 後期研修医
2012年
江東病院麻酔科 後期研修医

同じ診療科を標榜していても、病院によって少なからず診療内容は異なる。麻酔科の場合は、麻酔中心かICU中心かという大きな違いがあるが、自分の希望と合致しなかった場合はキャリアチェンジの必要性が浮上する。大見貴秀氏は、熟慮のすえに医局を離れ、新境地で自分がイメージする麻酔科医としてのキャリアを切り拓いた。本当に学べる病院の条件とは何か。すべての条件を満たした病院に転職した先には何があるか。彼のキャリアは雄弁に語る。

リクルートドクターズキャリア9月号掲載

BEFORE 転職前

麻酔の技術に惹かれて入局した先は
ICUを中心とする麻酔科自分の理想との差異を感じた

回り道をして辿り着いた父と同じ「医師」という道

両親のどちらかが医師という家庭では、その子どももまた、医学部に進学するケースが比較的多い。現在、江東病院麻酔科に勤務する大見貴秀氏も例外ではない。父は元外科医で、大見氏が幼い頃は地元・愛知県で内科クリニックを開業しており、その背中を見て育ったという。

しかし、大見氏は「10代の頃は、まったく医師になるつもりはなかったんですよ」と振り返る。現在に至るまでの紆余曲折を語ってくれた。

「単純な話ですが血液が苦手で、自分が医師になる姿はイメージできませんでした。本当にやりたいことは何かを模索したくて、高校は入学して4、5日で退学し、しばらくはアルバイトしながら様々な価値観に触れる日々を送っていました」。

決意を固めたのは、同年代の友人らが大学に進学する頃だった。回り道をしたが、最終的には"もっとも身近な職業"に自分が進むべき道を見出した。

「父のクリニックは実家に隣接していて、夜遅い時間でも患者に呼ばれては駆けつけていました。患者のために尽くし、感謝されている父。その姿をずっと見ていたことで、徐々に医学部に進む意欲が湧きました」

19歳のときに大学入学資格検定(大検:現在の高等学校卒業程度認定試験)に合格。帝京大学医学部(東京都)に入学を果たした。

故郷の愛知から再び東京に出て再スタートする決意

医学部卒業後は地元の愛知県に戻り、初期研修は名古屋市立東部医療センターを選んだ。後期研修先を名古屋市立大学麻酔科に決めたのは、初期研修1年目の後半。「他科とは違う技術にやりがいを感じ、全身管理にも関心がありました」という。

同施設の麻酔科は、多忙を極めた。小児心臓疾患のICUが盛んで、休息はままならない。回復を待たずに命を失う小児患者の姿に、大見氏は精神的なダメージを禁じ得なかったという。また、もともと麻酔技術にやりがいを感じていた大見氏にとって、"予測と違った"というのが実際である。

「自分で麻酔をかけられるのは週に1回ほど。教授がICUを推していたこともあり、他の日はICUに張り付いている状態でした」

麻酔科医としてのスキルを身につけたいというキャリアビジョンと、現場で得られる経験の差異を感じていた大見氏は、このまま医局員を続けるべきか否か悩んだ。しかし、その結論を出すより先に身体がダウン。長期休養を余儀なくされた。

「マイコプラズマ肺炎をこじらせ、2カ月間ほど療養しました。その間に改めて自分のキャリアを考え、もう一度東京に出て、麻酔科医としての技術を身につけることに決めました。麻酔の症例をたくさん経験してスキルを身に付けたい気持ちと、東京には大学の友人がいることの両方が背中を押してくれました」

2011年10月、医局を離れて人材斡旋会社に登録。転職活動を開始した。

人材斡旋会社に求めた転職先の条件は3つ

大見氏が斡旋会社に求めた転職先の条件は、大学では経験できなかった3点を埋めることだった。

「麻酔を中心とした診療であることと、多数の症例を経験できること。

加えて、実践的に学ぶためにあまり大きな病院ではなく、中規模の病院を希望しました。いくつかの病院で面接を受けましたが、待遇や休日など、こちらから言いにくい点は、斡旋会社の担当者が代弁して病院と交渉してくれて、本当にありがたかったですね。現在の江東病院は、担当者が特に推していた病院です。私が求めた条件に合致するだけでなく、指導医となる三浦邦久先生のお人柄が決定打となりました」

じっくり考え抜いて決断し、キャリアの扉を開いた大見氏。今年4月から後期研修医として江東病院に入職し、麻酔科でのステップアップに挑戦している。

AFTER 転職後

大学病院では経験できなかった
インフォームドコンセントや
他科とのコミュニケーションを学ぶ日々

難易度の高い症例は減ったが今は経験を重ねる時期

この日の麻酔科のスタッフが全員集合。撮影のときも本当に和やかそのもの。普段からの人間関係の良さがうかがえる。
この日の麻酔科のスタッフが全員集合。撮影のときも本当に和やかそのもの。普段からの人間関係の良さがうかがえる。

入職して3カ月が経った今、大見氏は「ここに転職してよかった」と実感しているという。希望していた通りの、麻酔中心の診療に明確なやりがいを得ているからだ。

「月水金は院内の手術で麻酔、研究日の火曜は外の病院で麻酔をかけています。土曜は術前回診を行っており、麻酔科医としての多くの経験を蓄積できる環境に満足しています。オンコールの回数は増えましたが、大学病院時代の激務に比べると身体的な疲労は軽減されました」

大学病院から一般病院への転職。気になるのは扱う症例の違いだが、はっきりとした目的を持っている大見氏にとっては問題にならない。

「確かに大学のほうが難易度の高い症例が多く、麻酔のバリエーションも豊富でした。現在は、一般外科や整形外科のコモンディジーズが中心です。しかし麻酔科標榜医の認定を取るまでは、症例数を増やすことを最優先にしています。基本的な症例を数多く経験することで、着実にスキルを身に付けていきたいと考えています」

現在、麻酔科の常勤医は大見氏と麻酔科部長兼副院長の三浦氏の2人だけ。ほとんどマンツーマンで麻酔の指導を受けられるという恵まれた環境だ。

「大学病院では、麻酔をかける際も常に上の先生がつきっきりで、なにか迷うとすぐにフォローが入る環境でした。現在、三浦先生のもとで研修をしていると、あえて過保護にせず"自分で考える時間"を与えてくださっていることを感じます。私自身が判断し、困った時にフォローをしてくださるので、大きな責任とやりがいを感じています」

大学病院時代には経験していなかった業務もある。患者や、患者家族へのインフォームドコンセントはそのうちの1つだ。

「当院は、がんの専門病院での治療を受けられなくなった重度の患者も少なくありません。手術をするとなると必然的に麻酔のリスクも高くなり、麻酔科医がインフォームドコンセントの場に同席することがあります。手術以外で患者と向き合うことは、新たな学びになっています」

他科とのコミュニケーションもまた、江東病院に来てから経験することになった職務である。

「大学病院では、上の先生同士で他科とのディスカッションをしていましたが、現在は私もその役を担うことがあります。他科の先生に信頼され、良好なコミュニケーションを取るためにどうしたらいいか、日々、考えながら診療しています」

将来的には、実家のクリニックを継ぐ可能性もある大見氏。麻酔はもちろん、さまざまな経験を積める江東病院での勤務は、今後のキャリア全般に大きなプラスになることは間違いない。

WELCOME

転職先の病院からのメッセージ
江東病院 麻酔科部長兼副院長 三浦邦久氏

正式な入職の前のアルバイトでお互いの気持ちを確認する

「面接での印象は、まさに"好青年"。現場のスタッフも『一緒に働きたい』といっていました」

と語るのは大見氏の指導医である三浦邦久氏。これほど強固な信頼関係を築けている背景には、江東病院麻酔科のきめ細やかな配慮があった。

「入職する側、受け入れる側双方が心から納得できるよう、正職員として勤務する前に短期間のアルバイト勤務を勧めています。大見先生も数回アルバイトとして入ってもらいました。前の勤務先では小児患者が中心だったそうで薬剤の選び方や器具の使い方も変わりますが、彼の手技は安定していたし、周囲への気配り、患者さんとの接し方なども申し分なかった。当院の常勤医として大いに活躍してもらっています」

入職後の学びやすさにも目配りしている。江東病院麻酔科は常勤医2名、非常勤医数名の体制だが、三浦氏が不在のときにも必ず指導医クラスの医師が入る。

「個人的なつながりや、出身医局の順天堂大学から麻酔科指導医を派遣してもらっています。後期研修医にとって、質問したいときにすぐ聞ける相手がいることは非常に重要ですから、環境を整えました。また当院は、がんの緩和ケアやペインクリニック、救急医療などを行う施設基準もクリアしていますから、本人が学ぶ気になればいくらでもスキルを吸収できるはずです」

後進を育てることが自分の診療を振返る契機に

こうして後進を育てることに、三浦氏自身、大きなやりがいを感じているという。「私くらいの年代になると、ルーチンで行っている業務もありますが、若手に質問されることで、ふと立ち止まるきっかけになります。聞かれたことを改めて調べてみるケースもあり、やはり人に教えることは一番の勉強になりますね」。

麻酔科医のキャリアといえば、常勤で勤務する以外に、フリーランスで身を立てるケースもあるが、三浦氏は「患者をトータルで見られる常勤のメリットは大きい」と語る。

「技術1本で渡り歩いていくフリーランスも、確かに麻酔科医としての選択肢です。しかし、常勤医は院内回診で、手術を終えた患者の『お陰さまで良くなりました』という声を聞けるし、他科とのコミュニケーションも学ぶことができる。少なくとも若いうちは常勤で経験を積む有用性は高いのではないでしょうか」

最近、三浦氏が嬉しかったことは入職3カ月あまりの大見氏が他科の医師から名前で呼ばれるようになったことだ。「『麻酔科の先生』ではなく、『大見先生』と彼に直接連絡が来るようになりました。自立した麻酔科医として他科から認められた証です。これからも彼が存分に学べるようフォローしながら、私自身もスキルを磨いていきたいですね」

三浦 邦久氏

三浦 邦久
医療法人社団順江会 江東病院 麻酔科部長・副院長
1990年北里大学医学部卒業。東京大学医学部附属病院第一外科で研修。97年から麻酔科・ペインクリニックへ転科し、順天堂大学医学部麻酔科学・ペインクリニック講座助手となる。2003年医学博士学位取得。04年順天堂大学医学部附属静岡病院ドクターヘリフライトドクター。06年江東病院麻酔科部長および順天堂大学医学部麻酔科学・ペインクリニック講座非常勤講師、08年同講座客員准教授。11年より現職および東京消防庁救急相談センター副医長。

医療法人社団順江会 江東病院

同院は開院当初から、各科が一丸となって医療に取り組んできた歴史があり、院内連携も非常にスムーズである。最近では、特に小児科に力を入れている。また、地域教育医療連携も積極的に推進中だ。具体的には、同じ江東区内にあるがん研有明病院および隣接する江戸川区の東京臨海病院や墨田区の白髭橋病院とともに、ICLSやJPTECを行っている。お互いの医療機関スタッフが顔の見える関係を築いていけるよう、奮闘中だ。

医療法人社団順江会 江東病院

正式名称 医療法人社団順江会 江東病院
所在地 東京都江東区大島6丁目8番5号
設立年月日 1955年3月21日
診療科目 内科、神経内科、呼吸器内科、循環器内科、
小児科、外科、整形外科、皮膚科、
泌尿器科、婦人科、眼科、耳鼻咽喉科、
放射線科、麻酔科、消化器内科、リウマチ科、
精神科、リハビリテーション科、腎臓内科、美容皮膚科
常勤医師数 77名
非常勤医師数 90名
外来患者数 (1日平均)795.4人
入院患者数 (1日平均)258.8人