VOL.64

科学的にも根拠のある
認知行動療法で、
患者の苦しみを和らげる診療を

山容病院
精神科 渋谷 直史氏(34歳)

山形県出身

2006年
山形大学医学部卒業
2010年
日本海総合病院
2012年
山形大学大学院医学系研究科修了
2013年
山形大学医学部附属病院
2015年
山容病院入職

薬物療法だけでなく精神療法も積極的に取り入れ、山形県内で東京都心並の高いレベルの診療を。渋谷直史氏が現在の山容病院での診療にたどり着くまでに、いくつもの岐路が存在した。その折々に先導役となる人との出会いがあり、新たな一歩を踏み出す支えになったという。病理医への憧れから始まった医師への道は、どのような変遷をたどってきたのだろう。

リクルートドクターズキャリア8月号掲載

BEFORE 転職前

基礎分野から臨床分野へ
薬物療法に加え精神療法も
迷いながらも新たな道を選んだ

病理医への憧れから医学研究者を目指した

自分の期待と現実が違っていたとき、そこにとどまるのか、新たな道を探すのか。山容病院(山形県)精神科の渋谷直史氏は、そんな岐路に何度も直面し、ようやく今の職場に落ち着いたと話す。

最初に医師の仕事を意識したのは、祖父が大病を患った幼い頃。悲しむ両親から「私たちの子どものうち、誰か医師になってくれたら」という言葉を聞いたからだ。

「もっともこのときは、病気を治すのが医師なんだなと思った程度。その後、小学校の同級生に父親が病理医だという子がいて、人間の体を科学的に調べるような仕事と聞いて興味がわき、医師を目指すようになりました」

病理医に憧れ、目標は臨床医ではなく研究者になること。渋谷氏のそうした選択は、考古学者である父が研究に没頭する姿にも影響を受けたのかもしれない。

山形大学医学部3年次に行われる研究室の早期体験研修でも、やはり選んだのは基礎医学分野。

「そのとき意外に思ったのは、人に感染しない細菌でも研究対象になることでした。純粋な基礎研究は臨床と直結しないテーマも広範に扱うのでしょうが、私が求めていたのはもっと臨床寄りの研究。そのズレを医学部3年生になってようやく理解したのです」

研究室の早期体験を契機に基礎研究から臨床志向に

基礎研究がやりたい訳ではないとわかり、どの専門に進むか目標を見失った渋谷氏。仲のいい友人に自分も行くからと勧められたのが精神科との出会いだった。

「友人の言葉には従ったものの、しばらくはモヤモヤした気持ちのまま。しかし私を担当した指導医が教育熱心で、患者さんにも丁寧に接するなど診療面も尊敬できる先輩だったのが幸いでした」

その仕事ぶりを糸口に、精神科全般に興味を持つようになった渋谷氏。だが医師として診療の場に立ち、大学院でも研究を行う中、どのような治療を選ぶかで再び壁にぶつかる。薬物療法を中心としたアプローチで患者の症状は改善すると期待していたのだが

「治療や研究を続けるうちに、薬だけではうまくいかないケースも多いと気付きました」

薬物療法では難しい症状にも効果のある精神療法に興味

目の前にいる患者の苦しみを何とかできないか。渋谷氏は模索し、対話を通して問題解決や受容促進を試みる精神療法に着目する。

「精神療法に可能性を感じながらも、基礎から臨床への進路変更に続いて、さらに自分が考えた道と違う方向に行くのか……と、このときは正直悩みましたね」

それでも薬物療法から精神療法に軸足を移したのは、少しでも人の役に立ちたいとの思いからだ。

「いい結果が出せそうな方法なら、最初の考えとは違っても取り入れていこうと決めました」

渋谷氏が本格的に精神療法の勉強を始めたのは、医師になって4、5年たった頃。大学病院やその関連病院での診療の合間を縫って、外部の勉強会に参加するようになった。当時の山形県には精神療法を専門とする精神科医はわずかしかおらず、東京都内までよく勉強に出かけていたという。

「県内で精神療法が一般的ではない中、私と考え方が近いのだろうと感じたのが山容病院でした。より専門的な治療が必要な患者さんを紹介すると、薬物だけに頼らず適切に治療してくれるのです」

そのときの山容病院は、2011年に院長となった小林和人氏が進める変革の中にあった。大幅な減薬を行い、患者の社会復帰を促すよう院内体制も刷新。治療成績も向上し始めた頃だった。

その後、渋谷氏は小林院長と勉強会でも会う機会が増え、減薬や精神療法も含む総合的な治療の必要性など、互いの考えの多くが共通することを改めて知る。

「当時の私は大学病院に残り、担当する患者さんに精神療法を取り入れるつもりでした。しかし大きな組織ではそうした試みに対応できないとわかり、結局また別の道を探し始めたのです」

そんな悩みを聞いた小林院長からの誘いもあり、三度目の岐路で選んだのが山容病院。医師になって10年目の大きな決断だった。

AFTER 転職後

うつ病リワークなど
新しい取り組みもスタートさせ
都心部と同等の診療を目指す

医師個人の裁量ではなく、EBMにもとづく治療を

2015年に山容病院に入職した渋谷氏が、小林院長とともに取り組んでいるのは、国際的ガイドラインに沿った治療の強化だ。

「他の診療科で当然とされるガイドラインによる治療も、精神科は教育や人材の不足などの理由で不十分なまま。これまで医師個人の裁量や職人技に負ってきた部分を、EBMにもとづく標準治療に変えているところです」

同院では精神療法をそうした標準治療の中核と位置付け、薬物療法の利点と限界も十分に理解した上で、それぞれを組み合わせた最適な治療を目指している。

また精神療法の範囲は患者周辺の人間関係の調整に加え、医療機関や福祉施設との連携により、生活や仕事など環境の調整に及ぶことが多い。そのため同院は地域連携室をはじめ病院全体で精神療法を支援する体制を整えている。

「当院はスタッフとチームになって精神療法に取り組むため、とても働きやすい環境です。その中で私はみんなの役割分担をうまく考えつつ、職種間に隙間ができないよう丁寧なコミュニケーションを意識するようになりました」

入職して1年で、自らの成長も実感できたと渋谷氏。EBMにもとづく標準医療の実践は周囲のメンバーの勉強にもなるだろうと、すでに医療チームの実力アップにも意識が向いているようだ。

都心部と同等の治療が酒田市でも受けられるように

精神療法の中でも渋谷氏が力を入れているのが認知行動療法だ。

「これはMRIや脳血流などの検査で成果が確かめられ、薬物療法と同等に効くと科学的にも立証された精神療法です。この効果的な治療が東京都内で受けられても、山形県内ではほとんど受けられない。そんな現状を非常に残念に思い、私の診療経験を生かして当院での治療をスタートさせました」

さらにうつ病リワークプログラムも2016年1月に始めたばかり。このように新たな取り組みが次々に実現できるのは、小林院長が「自由と責任」を与えてくれるからだと渋谷氏は言う。

「何か新しいことを始めたければ、立案から実行までその人に任されます。大変なときもありますが、やりがいはとても大きいですね」

その際には1人で頑張り過ぎないよう、多職種の協力が得られる配慮もあるなど、挑戦をサポートする仕組みが整っている。

自らも酒田市に根付き、今後も地域のために診療する

同院がある酒田市は日本海沿いの自然豊かな庄内平野に位置し、市内の庄内空港から羽田空港までは1時間程度で着く。

「おかげで東京が近く、学会や勉強会への参加も苦になりません。それどころか家族で東京に買い物にも行けるほどです(笑)」

と渋谷氏は同市の便利さに満足している様子だ。以前は病院を転々とする心配もあったが、同院への転職後は市内に家を建て、家族一緒に暮らしているという。

「ここは妻の実家にも近く、子育てにもいい環境です。私は土日を休みにしているので、子どもの学校行事や地域の行事に参加できるのもうれしいですね」

安定した生活の中で、渋谷氏はすでに同院のこれからの診療、地域貢献へと目を向ける。

「今後は心理社会的介入の充実が目標です。具体的には、統合失調症の認知障害への介入と就労支援、病的賭博やインターネットゲーム障害などの嗜癖への介入、パーソナリティ障害への介入などで、これらをEBMにもとづく手法で行いたいと考えています」

病院から地域に出て、酒田市を中心とした地域医療の充実へ。渋谷氏はすでに動き始めている。

病棟での退院支援カンファレンス

WELCOME

転職先の病院からのメッセージ
精神科のスタンダードな診療を実践

患者の回復後まで考えうつ病リワークも提供する

山容病院は精神科の一般的な診療を60年近く続けたが、2015年オープンの新病院では300超の病床を220に削減。急性期、社会復帰、身体合併症、認知症の4分野にわけて管理するなど、新たな取り組みを進めている。

こうした動きの原動力となっているのが小林院長だ。2008年の入職後から積極的に改革を行い、まず「1患者1剤」の基本ルールに従って大幅な減薬を実現した。

次に入院患者の状態を個別に確認し、施設や家庭で十分療養できる場合は退院を勧めるなど、地域や家族の協力を得て、患者の社会復帰を促す体制を用意。新病院の病床減はその成果の一つだ。

「当院はガイドラインに沿った診療により、患者さんが安心して受診できる『ごく普通の精神科医療』を実践したいのです」

とスタンダードの意義を語る小林院長。現在は酒田市内の精神疾患のほとんどを引き受けながら、より広域な庄内地域を対象にうつ病リワーク、認知症の診療も行う。さらにアルコール依存症は山形県全域からの来院を想定する。

「うつから回復しても失職したのでは本人も大変ですし、地域も貴重な労働力を失います。そこで当院の渋谷が中心となってうつ病リワークプログラムを立ち上げました。こうした地域のニーズに応じた診療により、地域に不可欠なインフラとして、患者から選ばれる病院を目指しています」

このように同院は精神科全般を診療しながら、特定の分野に集中して取り組める自由さもある。

「その頑張りが当院の経営理念に沿ったものなら、成果は自然と地域貢献につながる。そうした仕組みを用意するのが私の役割です」

今後は定年退職するスタッフが続き、急ピッチで人員が入れ替わる見込みの同院。通常の5倍のスピードで変化を体感し、成長してほしいと、小林院長は入職希望の人材に期待を寄せている。

「酒田市は北前船で栄え、誰でも温かく迎える土地柄。私も他地域からの転職者ですし、もっと全国から集まってほしいですね」

小林 和人氏

小林 和人
医療法人 山容会 山容病院 院長
1975年千葉県に生まれ、福岡県で育つ。2000年に東京大学医学部を卒業し、研修後の2002年から福島県郡山市の針生ヶ丘病院へ。一時退職して海外を自転車で回るなどリフレッシュした後、2008年に山容病院に入職し、減薬など精神科の標準治療に取り組む。2011年から同院院長。

山容病院

精神科のガイドラインにもとづく診療で、地域に根付く精神科のモデルケースを目指す山容病院。入院、外来ともに薬物療法と精神療法を適切に組み合わせた治療を行い、山形県内では希少な認知行動療法の実践施設となっている。7月からは内科担当の医師を増やして外来診療も行う予定で、精神科の医師が本来の業務に集中できる体制を整備する。職員の働きやすさにも配慮し、育児や介護などの個別事情に対応する勤務形態も用意され、院内保育所も開設予定だ。

山容病院

正式名称 医療法人 山容会 山容病院
所在地 山形県酒田市浜松町1-7
設立年 1955年
診療科目 精神科、内科(7月から外来開始)
このほか完全予約制で以下の専門外来を設けている。禁煙外来、睡眠外来、
アルコール依存症外来、ストレス外来
病床数 220床
常勤医師数 3人
非常勤医師数 8人
外来患者数 24.5人/1日
入院患者数 209人/1日
(2016年5月時点)