VOL.30

大学の医局には入らず
慢性期・急性期ともに学べる
スーパー救急のある病院へ一直線

社会医療法人公徳会 佐藤病院 神経科 
加藤 舞子
氏(31歳)

山形県出身

2005年
医学部卒業 大学医学部付属病院(初期臨床研修)
2007年
初期臨床研修修了 佐藤病院(後期臨床研修)
2011年
精神保健指定医取得 日本精神神経学会専門医取得

医師の家系で育った加藤舞子氏は、自身もごく自然に医の道を選ぶ。その歩みに迷いはなかったが、折りしも2004年から新医師臨床研修制度がスタート。見切り発車とも言われた新制度のもと、さまざまな情報が行き交う中、加藤氏は初期臨床研修先に母校を選ばず、外の世界に目を向ける。マッチングにより希望する研修先を選べる新制度はキャリア形成の選択肢を広げたが、最初の選択がいかに重要であるか、今回の取材であらためて感じさせられた。現在、後期臨床研修医時代を含め佐藤病院で5年目を迎える加藤氏。「チーム医療のすばらしさを実感している」と、花のような笑みを見せてくれた。

リクルートドクターズキャリア3月号掲載

BEFORE 転職前

密接にしかも長期間患者を診つづける精神科に
興味が深まっていった。

新医師臨床研修制度のもと地元に戻ることを決心

加藤氏に医師になった動機を尋ねると、「父が医者で――」と静かな声で答えてくれる。振る舞いは控えめであるが、話をつづけるうちに、その様子に反して自ら選んだ道を突き進むことに対する強い意志が感じられた。

「父も医者ですが、診療科は違います。医師の家系ではありますが、私は自分の興味のある科に進みました。」

子どもを家に縛りつける発想はなく、実に潔い家風だ。加藤氏の聡明で屈託ない人柄の背景を見た思いがした。

加藤氏が医学部を卒業したのは、新医師臨床研修制度スタート間もないころ。母校に残る道を選ばず、地元に戻り別の大学病院で初期臨床研修を受ける。

「さまざまな科をローテートする中で、他科より患者さんと密接に、しかも長期間かかわるケースが多い精神科に魅力を感じました。もともと興味のあった科で、関心がより深まっていった感じです」

専門を精神科と定め後期研修先を考える

加藤氏は自身の気持ちに従い、進路を精神科に定めた。最大の課題は後期臨床研修先をどこにするかだ。

「研修先を迷っていたころ、初期臨床研修で指導してくださった先生のおひとりから、『スーパー救急を立ち上げた佐藤病院を知っている?』と話を持ちかけられました。

スーパー救急ではさまざまな症例に出合えて必ずや勉強になるだろうとの言葉が印象に残り、このとき、行くべき道は自ずと決まりました」

アドバイスを受けた加藤氏は、まずは見学してみようと、すぐさま佐藤病院を訪ねたという。

「最初から研究よりも臨床に力を注ぎたいと願っていたので、大学に残る考えはありませんでした。

それよりも、精神科医として早く指定医や専門医の資格を取得したかった。そこで、実践的な学びの場に惹かれたのです」

スーパー救急を導入したての佐藤病院に迷わず入職

「スーパー救急」とは、はっきりした由来は定かでないが、医療界では精神科救急病棟の呼称。急性期の集中的な治療を必要とする精神疾患の患者を対象にした、治療体制や入院設備、看護密度を高規格に有する救急病棟で、厳しい基準をクリアする必要がある。

佐藤病院では、増加傾向にある精神疾患の急性期患者に対応するため、2006年、スーパー救急を東北地方で初めて導入した。以降、急性期患者を24時間体制で受け入れている。

「スーパー救急のある佐藤病院に入職を考えていると父に話したときの第一声は『大丈夫なのか?』。女性が働く職場としてはハードすぎるのではないかと心配したようです」

確かに、メディア等ではスーパー救急を扱うとき、自殺未遂の患者やパニック状態の患者の搬入など、必ずと言っていいほど衝撃的なシーンを取り上げている。しかし加藤氏は冷静だ。「スーパー救急については一般の方が『こわい』と感じるような印象は抱きませんでした。むしろ、慢性期はもちろんですが、急性期も学びたいと希望しており、精神科の急性期を診る貴重な経験ができる幸運に感謝したほどです」

多くの臨床経験をしたいと佐藤病院を選んだ加藤氏は、07年4月、同院に入職。後期臨床研修をスタートさせた。

この年の佐藤病院での後期臨床研修医は加藤氏ひとり。多岐にわたる臨床と教育制度の充実が特徴の同院において、加藤氏の研修はぜいたくとも言える手厚い指導を受ける日々となっていく。

AFTER 転職後

最短で指定医・専門医を取得。
女性の特性を診療にも生かし患者と向き合っていきたい

充実した教育体制のもと、指定医・専門医資格を取得

佐藤病院は多彩な出身大学の医師で構成される。自由闊達な風土と、定評ある教育体制に惹かれ、都市部に勤務する多くの医師たちが斡旋会社を介し転職してくるそうだ。年々、医師数は増加、スーパー救急導入の条件である高スペックな環境下で切磋琢磨が繰り広げられている。

「当院のスーパー救急は都市部のそれとは少し様子が違います。高齢者の多い地域特性により、認知症の周辺症状である徘徊や暴言などの行動障害や、興奮や妄想といった精神症状を持つ患者さんが多く見受けられ、夜間診療も多々あります」

スーパー救急では精神保健指定医による処置が必須で、研修医などの非指定医と指定医が併直する体制が組まれており、夜間でも特有の急性期診療を十二分に経験できる。さらに、救急病棟では週2回の病棟回診とカンファレンスを実施。困難な症例については他職種のスタッフとも情報交換が密に行われるなど、実践的なチーム医療が機能し、日常の中に学びの場が多くあるという。

「上級医の先生には日々の鍛錬のほか、日本精神神経学会の指針に沿った講義を実施していただいたり、指定医レポート作成時にはきめ細かくご指導をいただきました。

また、スーパー救急のおかげで、精神保健指定医取得に必要な全症例を1~2年で経験でき、最短での指定医取得が叶いました」

学会活動を活発にできる万全のサポート体制

カンファレンスの様子。週2回のカンファレンスのほかに、月2回の症例検討会も開かれ、相談や勉強が十分にできると加藤氏は話す。
カンファレンスの様子。週2回のカンファレンスのほかに、月2回の症例検討会も開かれ、相談や勉強が十分にできると加藤氏は話す。

同院では現場教育のみならず、学会活動への参加を推奨する体制も万全だと加藤氏は語る。

「年2回は学会へ参加し勉強する機会が認められていますし、学会期間中や休暇時には基本的に呼び出しはなく、医師不在時のサポート体制が構築されています。

加えて、有休がきちんととれる雰囲気がある点も心強いですね」

子どもを持つ女性医療者が安心して業務に励めるよう、保育所が併設され、女性が働きやすい環境も整っているそうだ。

現在、加藤氏は病棟も受け持ち、毎日約30名の患者を診療している。「激しい症状を呈していた患者さんが良くなり、退院していくときは本当にうれしい。医師としての手応えを感じる瞬間です」

さらに、同院精神科唯一の女性医師として果たす役割も大きい。「精神科では最近、思春期の患者さんが増加しており、女性医師の診察を希望されるケースが増えてきました。男性に話しにくい内容も、女性には話しやすいのかもしれません。

女性の医師である良さを生かしながら、これからも患者さんと向き合っていきたいですね」

WELCOME

転職先の病院からのメッセージ
社会医療法人公徳会理事長 佐藤忠宏氏

地域と密接に交流し根づいていくグループに

1979年、佐藤神経科内科医院(当時)の開設を皮切りに、公徳会は幅広く事業を展開。広大な佐藤病院の敷地内や周辺には、グループホームや介護老人保健施設、精神障害者就労支援センター、フィットネスクラブなどが併設されている。創設者である佐藤忠宏理事長は、グループ発祥の経緯を次のように振り返る。

「開業した当時、精神科のみの診療所は少なかったので、精神科外来に専念する診療所を構想しました。入院が必要な場合は海外のようなオープンシステムにしたかったのですが、日本では難しかった。病床を持たざるをえなくなり、結果的に病院は徐々に拡大していきました。並行して患者さんへの十分な医療提供をめざしていたら、グループ施設の数も自然と増えていました」

以前、精神科には他科より少ない医師と看護師でも良いとされる「精神科特例」があり、改正医療法が施行される2001年まで約43年にわたり理不尽な特例が存在していた。

「精神科と他科のマンパワーに格差がある、おかしな時代でした。格差をなんとか縮めようと、独自に看護基準を上げたりしましたね。採算が合わないと言われていた精神科デイケアにもいち早く乗り出しました」

現在、精神科デイケアは病院運営の要となり、地域の患者にも欠かせない存在となっている。

「患者さんが地域で暮らすには、病院が地域全体とつながる必要がある。そこで毎年、夏祭りを催し、周辺住民など3000人以上が訪れる交流の場をつくっています」と、地域住民の理解アップにも熱心だ。

精神科の医師こそ外の世界を知る必要がある

加藤氏も受けた同院の研修や教育について問うと「当院は多忙を好まない先生には敬遠されますよ」と佐藤氏は愉快そうに笑う。

「でもね、不思議なことに、当院でがんばった先生は大学に戻ると必ず出世するのです。世の中の変化に追いついていけるのでしょうね」

かつて佐藤氏は、患者宅を1軒1軒訪ねて、家族構成や暮らしぶりを見てまわった。

「病院の外に出るのを億劫がる医師は多いのですが、患者さんを外の社会で生活できるよう助けるのが精神科医の大きな役割です。精神科は社会情勢にもっとも敏感な領域。医師はもっと患者さんの置かれている現状を知らなければなりません」

外を見れば、道を歩くほとんどが高齢者。どうすれば高齢者が幸せに、健康に生活できるのか――。「社会をつぶさに観察すれば時代の要請も自ずとわかる」と佐藤氏は断言する。

「高齢者の受け皿づくりは急務ですが、元気な高齢者も多く、彼らのパワーが地域に活気をもたらすのは明白。高齢者による町おこしが起きる面白い社会になると考えています」

佐藤 忠宏氏

佐藤 忠宏
社会医療法人公徳会 理事長
1965年日本医科大学医学部卒。66年日本医科大学精神医学教室入局。72年医学博士取得。74年山形県南陽市立総合病院神経精神科医長。79年佐藤神経科内科医院開設。82年佐藤病院開設、院長に就任。86年医療法人社団公徳会理事長。2010年より現職。

社会医療法人公徳会 佐藤病院

設立以来、「開放的で、地域に開かれた医療を」をモットーに掲げる。「保健・医療・福祉」が三位一体となったサービスを実現すべく、山形県内における精神医療の先駆けの役割を担いながら、幅広い医療体制づくりを推進。病院の敷地に隣接するぶどう畑を使った患者の就労支援や、地域住民と触れ合いを持つ活動は精神医療の枠を超え、大きな輪となり広がっている。2010年には社会医療法人の認可を受け、より公共性と質の高いサービスの提供をめざしている。

社会医療法人公徳会 佐藤病院

正式名称 社会医療法人公徳会 佐藤病院
所在地 山形県南陽市椚塚948-1
設立年月日 1979年7月
診療科目 精神科・心療内科・内科・児童精神科・老年精神科
病床数 258床
常勤医師数 10名
非常勤医師数 13名
外来患者数 1日平均70名
入院患者数 1日平均250名