VOL.22

脳梗塞患者の回復していく姿を
間近でずっと見守りたい。
医師として切実な願いだった

医療法人社団三喜会 鶴巻温泉病院 神経内科 
藤田 聡志
氏(32歳)

神奈川県横浜市出身

2007年3月
日本大学医学部卒業
2007年4月
東大和病院(初期研修)
2009年4月
順天堂大学医学部附属順天堂医院脳神経内科専攻
2011年1月
鶴巻温泉病院

小児科医だった父を見て育ち、当然のように医師をめざした藤田氏。患者との触れ合いや回復経過を見て喜ぶ父の姿に、自身の医師としてのやりがいを重ねていたが、大学医局では治療のごく一部にしか携われない現実があった。「ひとりの患者さんを長く診続けたい」。夢はどんどん膨らみつづけ、ついに夢に背中を押されて医局を飛び出した。「今は毎日が楽しくて仕方がない」と言う。若者らしい臆することのない笑顔がなんとも印象的だった。

リクルートドクターズキャリア4月号掲載

BEFORE 転職前

リハビリにかかわりながら患者の回復過程を見たい。
進むべき道が心に示された

開業医の父の背中を見て育った幼少期

素直な人柄そのままの、フレッシュな印象を会う人に与える藤田氏は、現在32歳。医師になる夢は、少年時代からすでに抱いていたという。

「父が小児科を開業していたせいか、物心がつくころには自分も当然のごとく父のような医師になるのだと思っていました」

その夢が芽生える前の幼少期に、尊父のもとに救急搬送された経験がある。

「やけどをしてしまい、父の病院に救急で運ばれました。そのとき、懸命に治療をしてくれた父の姿は、今でも脳裏に焼きついています。我が子にというより、ひとりの患者に対して必死になる父がいて、幼いながらも、医師とはすばらしい職業だと感銘を受けました。もしかしたら、自然に医師を志すようになったのは、あの出来事があったからかもしれません」

ワンパーツだけの治療に違和感を覚える

希望どおり医師になり、大学医局で脳神経内科を専攻した藤田氏。だが、医師としてのやりがいを感じることのできない日々が続く。

「脳梗塞の領域に興味があり脳神経内科を専攻しましたが、大学病院では治療全体のワンパーツにしか関われず、患者さんの回復経過は見られませんでした。最近の脳神経学では『リハビリで脳が変わる』と言われており、私も自身の目で、リハビリの効果や失った機能をどのように回復していくのかを確かめたいと思っていたため、患者さんの経過観察ができないのは非常に辛いことでした」

脳梗塞による麻痺の機能回復には脳の機能的再構成──失われた機能を代償する予備力が脳に備わっているとされ、人体の不思議とも言える「脳の可塑性」に、近年は特に注目が集まっている。

「そうしているうちに、神経内科の専門を生かしつつ、リハビリテーションの専門医になりたいという新たな希望が生まれ、自分の進むべき道だと確信しました。リハビリは、チーム医療の総合力が問われる分野ですが、そこで多職種の人たちと関わりながら、自分がどこまで成長できるか挑戦したいとの思いが湧いてきたのです」

藤田氏は、転職先を決めないまま医局を飛び出す。2010年10月のことだった。

登録後1ヵ月で転職先が見つかる

医局を辞めた。希望ははっきりしている。しかし、自力での転職活動には途方もないエネルギーが費やされる。そこで藤田氏は迷わず医師斡旋会社を利用することにした。

「医師斡旋会社をインターネットで検索し、たまたま最上位に表示された会社にすぐに登録しました。斡旋会社の存在は広告で知っていたので、不安や躊躇はありませんでした」

藤田氏が出した希望条件は2つ。リハビリ専門医の資格を取得できる施設で、関東エリアにあること。

「転職先を決めずに辞めたこともありますが、とにかく早く働きたいとの思いでいっぱいでした。登録して1ヵ月後に、この鶴巻温泉病院ともうひとつ、あわせて2施設を紹介してもらえたときは、本当にうれしかったですね。ただ同時に、自分では希望するエリアを大きく広げてお伝えしたつもりでしたが、それでも条件に合うのは2施設しかなかった。この結果を見て、とてもひとりでは希望に合う転職先を探せなかっただろうと実感しました」

登録から、わずか1ヵ月で条件を満たす病院に行き当たったのは、きわめてラッキーな出来事だろう。

「こちらの病院に決めた理由は、すぐに勤務に就けると言われた点です。何より、早く働きたい自分の気持ちにかなっていました。それと、実は以前に当直でこの病院に来ていた経験があり、リハビリに力を入れているなという印象があったからです」

希望に見合う、しかも見聞のある施設を紹介されるとは、藤田氏はなんとも強運な人だ。

AFTER 転職後

チーム医療の楽しさを肌で感じる毎日、
やりがいにあふれている

毎日のように"奇跡"を目の当たりにしている

11年1月に、鶴巻温泉病院に入職した藤田氏。現在の明るい表情を見れば、この転職が成功かどうかは問うまでもない。

「私の仕事は患者さんの全身管理ですが、寝たきりだった患者さんが少しずつ機能を獲得する"奇跡"が日常的に起こるのを目の当たりにしています。人間の生命力のダイナミズムに驚かされる毎日で、期待していた以上にやりがいを感じています」

鶴巻温泉病院では、患者個別のリハビリプログラムは、医師・看護師・理学療法士・作業療法士・言語聴覚士・ソーシャルワーカー・介護福祉士・管理栄養士・薬剤師が共同で作成する。嚥下や摂食に関する院内のカンファレンスも頻繁に実施されており、スタッフ間の交流はとても盛んなようだ。

「本来のチーム医療のあり方を肌で感じ、『これだ!』と思わず心の中で叫んだこともありました(笑)。職種間の隔たりといったものがまったくなく、風通しの良さはすばらしいですよ。薬に関しては薬剤師さんに、食事については栄養士さんに、分からないことがあれば何でも相談できる雰囲気がありますし、実際そうしています。どのスタッフも丁寧に教えてくれるので、さまざまな知識を幅広く学べています」

めざす医療へのバックアップ体制も

脳卒中リハビリテーション看護の認定看護士を交えての、午後のカンファレンス風景
脳卒中リハビリテーション看護の認定看護士を交えての、午後のカンファレンス風景

現在、藤田氏は半年後の学会発表に向けて準備に勤しんでいる。

「理解ある鈴木龍太院長の影響でしょう、当院内全体に学会発表や研究活動を積極的に支援する雰囲気があります。現に私は、学会のための論文の添削を先輩にご教授いただいている最中です」

当面の目標は、2年後のリハビリ認定医の資格取得。研鑽し続ける努力の証として、専門医になることを次の目標に掲げている。

「ここでチーム医療の真髄を学び、すべての科のスタッフと緊密にかかわりながら、患者さんをトータルに診られる医師になることをめざしています。

私は、医師になった時から『患者さんに優しく接する』を信条としてきました。今、この病院で働きながら、ようやく本当の意味で自分のやりたかったことが実現できてきているなと感じています」

最後に、転職を考える人へメッセージをいただいた。

「転職の動機はさまざまでしょうが、めざす医療が明確であれば、大学医局でなくても学べる施設はたくさんあると痛感しました。ですから、現在の職場では目標達成が難しいようであれば、医師斡旋会社に相談するのもひとつの選択肢かもしれません。私は良い転職ができました。理想の職場に出会えた運の良さに心から感謝しています」

WELCOME

転職先の病院からのメッセージ
鶴巻温泉病院 指導医 柳原聡氏

学び志向の人が多く活気あふれる院内

1979年にベッド数180床からスタートした鶴巻温泉病院。開院当時は、来るべき高齢社会に向けた老人専門病院だったが、後に療養型へと移行。回復期リハビリ、緩和ケア、神経難病リハビリに積極的に取り組み、現在では、療養型病院として全国有数の規模と屈指の看護・介護力を誇っている。

8年前に同院に入職し、回復期リハビリテーション病棟の副診療部長を務める柳原聡氏に、同院の特色を解説していただいた。

「現在、私は、回復期リハビリテーション病棟の担当ですが、当院は固定制ではないため、さまざまな病棟の患者さんを診られる面白さがあります。人間の回復力を感じたり、生命力に驚かされたり。当院には医療の根源的な本質に触れられるすばらしさがあると思います」

柳原氏も藤田氏同様、急性期だけでは体験できない医療へのやりがいを求めて、同院に入職した経歴の持ち主だ。

「やる気のある人には、当院は最高の学びの場となるはずです。リハビリの研修施設でもあり、認定医や専門医の資格がとれるのも魅力でしょう。伝統的に学び志向のある人が多く、院内は常に活気であふれています。各自が目標を持って日々の診療に取り組むことで業務のマンネリ化を防ぎ、モチベーションの維持につながっています」

チーム医療の決め手はコミュニケーション能力

リハビリに注力する同院では、どのようなチーム医療が実践されているのだろうか。

「チーム医療をするうえで、いちばん大切なのは"話しやすい、聞きやすい"雰囲気をスタッフ各自が意識的につくることです。特に医師がチームの中で孤立してしまうと、病棟全体にまで不安な空気が広がります。

藤田先生の場合、前職とはずいぶん勝手が違うでしょうから、最初は『大丈夫かな』と心配しましたが、杞憂でした。彼本来の明るく素直なキャラクターを臆することなく出し、いろいろな職種のスタッフと良い関係をつくっているようです」

あるとき、柳原氏が薬局を訪れると、藤田氏がそこで軟膏を練っていたという。薬剤師と話しているうちに、実体験が始まってしまったのだ。

「彼は『なんでも教えてください』といったメッセージを、身体から発散しながら、どこにでも自分から顔を出すのですよ。患者さんのご家族の中には、彼の若さに不安を感じる方もいるかもしれませんが、そうした場面でも彼は逃げずに何時間でもご家族の方と話し合い、最終的には信頼関係を築きます。若いけれど、こちらが学ばされることも多いです。

藤田先生を見ているうちに、『これからは若い先生も物怖じせずに自分の道に挑戦すべきだ』と思うようになりました」

柳原 聡氏

柳原 聡
回復期リハビリテーション病棟 副診療部長
1995年金沢医科大学卒、順天堂大学医学部付属順天堂医院外科学教室入局。同大学病院で臨床研修を修了。市中病院を経て、2003年医療法人社団三喜会鶴巻温泉病院特殊疾患病棟。成城リハビリテーションクリニックを経て07年鶴巻温泉病院回復期リハビリテーション病棟。10年から現職。

医療法人社団三喜会 鶴巻温泉病院

全国でも有数の規模を誇るケアミックス病院(一般病棟と慢性病床を併設する施設)で、回復期リハビリ、神経難病リハビリ、緩和ケア、高齢者医療に注力している。特に回復期リハビリテーション病棟は、2000年に回復期リハビリ制度が創設された半年後に神奈川県でもっとも早く開設され、パイオニアとして運営している。入院患者は発症からの期間が短い患者が多く、20日以内が43%、発症10日前後の亜急性期の患者も増加傾向にあるという。重症患者の受け入れにも積極的で、重症者にもリハビリの機会をつくる必要性を説いている。2012年度の方針には「職員のQOL向上」を盛り込み、院内整備にも力を入れている。

医療法人社団三喜会 鶴巻温泉病院

正式名称 医療法人社団三喜会 鶴巻温泉病院
所在地 神奈川県秦野市鶴巻北1-16-1
設立年月日 1979年11月
診療科目 内科、リハビリテーション科、神経内科、歯科
病床数 591床
常勤医師数 21名
非常勤医師数 11名
患者数(1日) 外来23名、入院575名 (2012年2月現在)