VOL.27

日本初の北米式研修システムと
都市部では希少なER式救急を通じ
診断学と教育に強く関与したい

東京ベイ・浦安市川医療センター 救急部 
舩越 拓
氏(32歳)

愛媛県東予市出身

2005年
千葉大学医学部卒業、千葉大学医学部附属病院の初期研修
2007年
国保松戸市立病院の救急救命センターで後期研修
2008年
非常勤勤務の傍ら、千葉大学総合診療部で研鑽
2010年
国保旭中央病院
2012年
3月から東京ベイ浦安市川医療センター救急科
教育プログラムディレクターに着任JADECOM-NKPに所属

未知の領域への挑戦は、不安や心配があるものの、ほかでは得がたい良い経験となり、医師としても人間としても成長できるチャンスである。もともと、大学および関連病院で総合診療と日本式救急の経験を積んでいた舩越拓氏は、信頼する先輩医師とともにER式救急と北米式研修システムの立ち上げに加わった。キャリアチェンジから4カ月。意欲的な仲間と切磋琢磨しながら、アメリカ発の合理的な救急に没頭する日々は、舩越氏の救急医としてのスキルとコミュニケーション力を確実に研ぎ澄まし、向上させている。

リクルートドクターズキャリア10月号掲載

BEFORE 転職前

「自分の年齢ならまだ失敗が許される」
守りに入らず、新しい救急にチャンレジすることを選んだ

救急と総合診療に共通する臨床推論力を養いたい

医師のキャリアは、臨床医としてどの科に携わるかだけでなく、学問として何を学び、医療全体にどのように貢献をしたいか、という観点も重要なファクターとなる。

舩越拓氏の場合は、「診断学」と「教育」への関心の強さが、現在の立ち位置を方向付けた。2005年に千葉大学医学部を卒業し、初期研修は千葉大と協力病院のたすき掛けプログラムを選択。その後は松戸市立病院救命救急センターで1年間の後期研修を受け、千葉大の総合診療部、国保旭中央病院と渡り歩いてきた。

「総合診療と救急は科名こそ異なりますが、初診患者を正しく診断し適切な初期治療を行うという点は共通しています。適切な問診、身体所見、検査を組み合わせてディスポジションを決めるまでの診断プロセスは、非常に興味深い学問領域であると感じていました」

総合診療部を通じて救急医療に携わるようになったのも、さらに多彩な患者を診察したいと思ったから。

「救急医療では緊急性の高い患者に素早い介入を施さなければならない瞬発力が必要とされます。その一方でウォーク・インの患者に適切な診断をつける、いわゆる臨床推論力が求められることに大きなやりがいを感じました」

メーリングリストで見つけた先輩医師からの医師募集情報

舩越氏が救急医としてさらに研鑽を積むため、東京ベイ・浦安市川医療センター救急部に転職したのは2012年3月。メーリングリストで、志賀隆氏の名前に目がとまったことがきっかけだ。

「アメリカで活躍していた志賀先生が帰国し、病院の新装開院と同時に新しい救急部を立ち上げるために医師を募集していました。新しい病院・部門のスタートに関わることは滅多にできない経験です。大変かもしれませんが、ここでチャレンジして得られるものは計り知れません。自分の年齢ならまだ失敗が許されますし、大学時代の先輩でもある志賀先生とでしたら、ぜひ一緒に仕事をしてみたいと思いました」

同センターには、舩越氏がこれまで身に付けた臨床推論力を役立てる環境があったことも、背中を押した。

「北米式ERで1次~3次まですべての患者を診る、というのが志賀先生の構想の柱です。日本の救命救急センター、及び大学病院では3次救急機関として重症で高度な専門性を要する患者が中心になります。もちろん重症患者を診る経験は大切ですが、医師として軽症、中等症の患者をどう正しく診断するかということを学び、教えることも重要な要素と考えていました」

野口医学研究所とタイアップした新しい研修プログラム

東京ベイ・浦安市川医療センターは、舩越氏の「教育」への関心をも十分に満たす場だ。研修システムは『JADECOM - NKP』といって、地域医療振興協会と米国財団法人野口医学研究所(NKP)のタイアッププログラムを導入している。日本初のACGME(米国卒後医学教育認定評議会)の基準にのっとったカリキュラムを掲げており、教育に関心の高い医師から注目を集めている。

「『指導医はみな教育者である』というのが、NKPの考え方です。私自身もともと教え好きで、人が集まる病院には教育の充実が欠かせないと考えていましたから、教育を重視する方針は非常に共感できました。

先にどのような医師を育てたいかを定めて、そのために最適な教育を作成・修正していく『アウトカム基盤型』の研修プログラムを実践することで、世界標準の教育を目指したいですね」

転職を決意し、志賀氏の募集にメールで応募した舩越氏は、関心分野が「診断学」「教育」と明確だったこともあり、研修プログラムディレクターを任されることになった。新しい病院での新しいプログラムへのチャレンジ。そこには、医師として飛躍するチャンスと、切磋琢磨できる仲間との出会いが待ち受けていた。

AFTER 転職後

医療スキルと経験に加え
柔軟なコミュニケーションスキルがあって
初めて質の高い救急が実現する

全国から集まる医師の経験の"いいとこ取り"

東京ベイ・浦安市川医療センター救急部は、スタッフ7人、後期研修医9人からなる。いずれも志賀氏と共に新しい救急を作りたいと願う"挑戦者"。国内各地の救命救急センターやERの経験者が集まっている。実力のある医師が集まると、ともすると各自の成功体験に裏打ちされた自己主張がぶつかり合う場面も想像されるが、そんな心配は無用のようだ。

「確かに医師によってやり方は違いますが、それらを"いいとこ取り"するのが当科の長所。救急だけでなく、医療一般でも、スタンダードはありつつも、個々に判断の分かれる場面が多い。しっかりと相手の話を聞ける柔軟性が不可欠です。メンバー全員がそれを理解しているため、互いに切磋琢磨しながら、濃いコミュニケーションを通じてやりがいのある日々を送っています」(舩越氏)

柔軟なコミュニケーションは、他科との関係上も有効に機能している。

「病棟を持たないER式救急の場合、他科との信頼関係がなければ、『無理に患者を受け入れないで欲しい』といった軋轢が生じることもあります。

そうならないためには、他科と良好な関係を維持せねばなりません。時間外の患者は我々で全て診察するなど、他科の診療をサポートすることで、ERに対する信頼感を高めることにも力を注いでいます」

医師の能力を最大限に引き出す明確なルール、透明性、権限委譲

救急部の立ち上げメンバー一同が最初に顔合わせをしたときの写真。前列中央が志賀氏。最後列の一番左が舩越氏。
救急部の立ち上げメンバー一同が最初に顔合わせをしたときの写真。前列中央が志賀氏。最後列の一番左が舩越氏。
スクラブの袖には「あおいくま」のキャラクターがのる。名前の由来は
スクラブの袖には「あおいくま」のキャラクターがのる。名前の由来は"あせるな、おこるな、いばるな、くさるな、まけるな"の頭文字をとったもの。管理者が考案した、当院のマスコットだ。

舩越氏のやりがいをさらに高めているのが、自己裁量権だ。研修ディレクターは責任の重い役目だが、試行錯誤することが許されている。

「入職前は100%の研修を目指していましたが、実際に始めてみるとうまくいかないこともあります。ローテートを予定していた科の準備が間に合わず、急遽、他科に変えたこともあります。臨機応変な対応をしながら4年間の研修をどう充実させるか。プログラムの改定を重ねて模索しています。想定外の出来事が起きたとき、志賀先生は最終的にご自分が責任を持つとおっしゃいます。そうした安心感も、モチベーションを支えてくれます」(舩越氏)

このように安心してチャレンジできる環境は、志賀氏がアメリカで学んだ組織行動学に裏付けられている。

「明確なルール、透明性、権限委譲。この3つが柔軟な強いチームを作ります。舩越先生に研修を任せるのも権限委譲の1つ。ほかのメンバーも外傷、内科、循環器などと班を分け、各々が臨床から研究、クレーム対応まで行うルールにしています。外からの窓口を1本化することで各自の責任と自発性が増し、常にチームの質が改善されていきます」(志賀氏)

臨床と教育の両方に新しい発想が詰まった環境は、医師をどう育むか。舩越氏の活躍によって、その答えが証明される日はそう遠くないはずだ。

WELCOME

転職先の病院からのメッセージ
東京ベイ・浦安市川医療センター救急部長 志賀隆氏

勤務医の疲弊を解消すべく日本の救急を変える

日本の医療崩壊が社会問題化し、盛んに報道されていた頃、志賀氏はアメリカで歯がゆさを感じていた。

「日本の多くの勤務医が疲弊している理由の1つは、救急医療のあり方だと思います。医師の少ない病院ではどの科の医師でも当直医として救急外来にて働く必要があり、専門外の患者の診療に難渋したり、受け入れを断らざるを得ない事態が起きています。1次~3次まですべて診られる北米式ERの導入と、救急医療のスペシャリストの組織的な養成・配置が急務だと痛感しました」

志賀氏は世界最先端の救急医療に携わるなかで、アメリカ式の研修制度に大きな魅力を感じたという。

「アメリカの臨床研修制度は、『ACGME』という第三者機関がプログラムを評価し、人員配置も決めています。専門医になるために十分なトレーニングができるカリキュラムと、必要な症例数を確保できる環境が保障されており、定期的に医師自身の目標達成度を評価するレビューもあります。卒業時に一定のレベルの医師が養成される、アウトカムの担保された研修制度です。これを日本で実践できれば、医師を取り巻く状況は大きく改善するでしょう」

また、労務管理の面でもアメリカには医師の働きやすさに配慮した合理的なシステムがある。「日本はフルタイムの労働時間や仕事量が曖昧もしくは非常に大きいため、パートタイム医師が大学院や子育てなどに柔軟に対応しづらい状況にあります。アメリカの病院の多くは『FTE※』という考え方を導入しています。FTE1.0はフルタイムワーカー(日本なら週40時間)という意味で、32時間なら0.8、20時間なら0.5と、労働時間で給与が決まります。FTE0.5までは時短正職員という扱いになります。FTE1.0の仕事内容と量がわかりやすく規定されているため、時短正職員も働きやすくなっています」

国際水準の"生きた教育体制"を全国に広めたい

アメリカ発の優れたシステムを持ち帰った志賀氏は、2012年4月に東京ベイ・浦安市川医療センター救急部を本格始動させた。舩越氏をはじめ、意欲に満ちた若手医師らとともに新しい救急作りに邁進、すでに手応えを感じているという。

「アメリカ式の研修制度は実践するのは大変な面もあります。でも舩越先生は達成できている。彼は千葉大の頃から後輩への教育に熱心で、教えることへの適性が高かった。"生きた教育"が実現できているのです」

同センターでは、救急のカンファレンスを外部の医師に公開している。

「私の目標は世界標準の救急医療と教育を日本で提供することです。実際に実行している様子をぜひ見にきてほしい」と志賀氏。新しい手法で日本の救急医療を改善する取り組みに、今後も注目していきたい。

志賀 隆氏

志賀 隆
東京ベイ・浦安市川医療センター 救急部長
2001年千葉大学卒業。国立病院機構東京医療センターで初期研修修了。在沖米国海軍病院、浦添総合病院救急部を経て06年から米国ミネソタ州メイヨー・クリニックで3年間研修。その後、ハーバード大学マサチューセッツ総合病院で指導医として勤務。11年10月に現在の部署を立ち上げ、12年4月より本格始動。

公益社団法人 地域医療振興協会 東京ベイ・浦安市川医療センター

2012年4月、日本の地域医療を牽引する地域医療振興協会が旧浦安市川市民病院より経営委譲を受けて全面リニューアル。浦安市、市川市の地域医療における中核病院として、地域に質の高い医療サービスを提供している。救急医療、小児医療、周産期医療、高齢者医療の4つを重点項目とし、スタッフの集中配置や医療者が働きやすい環境整備を行うと同時に、JADECOM-NKPの研修プログラムを導入し、質の高い教育を掲げている。千葉県内医療機関だけでなく、全国のへき地等への医療支援にも力を入れている。

公益社団法人 地域医療振興協会 東京ベイ・浦安市川医療センター

正式名称 公益社団法人 地域医療振興協会 東京ベイ・浦安市川医療センター
所在地 千葉県浦安市当代島3-4-32
設立年月日 2009年4月1日
診療科目 救急科、総合内科、消化器内科、呼吸器内科、
循環器内科、腎臓内科、集中治療科、外科、
小児外科、整形外科、脳神経外科、小児科、
皮膚科、泌尿器科、産婦人科、眼科、
耳鼻咽喉科、放射線科、病理診断科、麻酔科(ペイン含む)
病床数 344床
常勤医師数 83名
非常勤医師数 10名
患者数 外来338.4人、入院90人