VOL.45

診療に打ち込みやすい病院を離れ、
故郷・姫路にUターン。
一から専門外科を立ち上げた。

医療法人松藤会 入江病院 糖尿病内科 
清水 匡
氏(43歳)

兵庫県出身

1997年
島根医科大学(現島根大学)卒業
島根医科大学附属病院
1998年
松江赤十字病院
1999年
公立邑智病院
2001年
島根大学医学部附属病院
2004年
医学博士取得
2005年
益田赤十字病院
2011年
御津病院(現公立たつの市民病院)
2013年4月
医療法人松藤会 入江病院

転職をする動機や、転職後のビジョンが明確な医師ほど、キャリアチェンジが成功しやすい。入江病院糖尿病内科の清水匡氏は、まさにその典型だ。糖尿病専門医として自らのスキルを生かしながら、故郷・姫路の糖尿病医療を底上げするために転職した。一から専門外来を立ち上げ、徐々に患者が集まってきた。転職時の目標はすでに形になりつつある。

リクルートドクターズキャリア1月号掲載

BEFORE 転職前

集患や地域医療連携など糖尿病の治療体制が形になる
「プロセス」を体験したかった。

新たなチャレンジの場としてすぐに姫路が浮かんだ

たとえ十分に恵まれた職場であり、大きな不満がなかったとしても、さらに一段階上のキャリアを目指す医師は少なくない。入江病院(兵庫県姫路市)糖尿病内科の清水匡氏は、転職をしてキャリアアップを図っている。

1997年に島根大学を卒業後、医局人事で島根県内のいくつかの病院を回ってきた。糖尿病を専門に選んだのは2005年、益田赤十字病院に赴任した頃。以来、糖尿病専門外来で日々、診療を行い、患者会にかかわったり、勉強会を開いたりしてきた。日本糖尿病学会の専門医、研修指導医資格も取得し、卒後10年を超えると一通りの診療ができる自信がついた。

そのまま益田赤十字病院に骨を埋める道もあったが、そうはしなかった。新たなチャレンジにかける熱意が強かったからだ。「年間の治療計画が決まっており、スタッフもよくわかっていますから、診療に打ち込みやすい環境でした。しかし私は、どうやって患者を集めたのか、患者会や医療連携の関係性がどのようにできたかなど、治療体制が確立される“プロセス”を体験したかった。1人目の患者から診ながら、自分の力を発揮したかったのです」

清水氏によると、島根県内はどこの病院の糖尿病内科でもほぼ島根大学の医局の治療方針が行き渡っているそうだ。新たなチャレンジをするには、県外に出たほうがいい。すぐに思い浮かんだのは、生まれ故郷である姫路市だった。

「姫路市周辺は医師の出身大学がさまざまで、糖尿病の専門医は多くありません。専門的な治療体制が十分とは言い難い状況でした。もともと、いつか故郷に帰るつもりでしたし、地域医療にも関心がありました。さまざまなタイミングがちょうどよく重なりました」

2011年、転職を決意した清水氏は、まずインターネットで情報を収集した。いくつか候補があったうち、縁があって入職したのは、姫路市の隣、たつの市にある公立たつの市民病院だった。同院には、一般内科医として入職した。「5~10年かけて一般内科で新しい土地に慣れて、時機が来たら糖尿病専門外来を立ち上げようと考えていました」

合併症を持つ患者の治療や食事・生活指導ができる外来

ところが、予想以上に一般内科の患者が多かった。糖尿病の患者もいることはいるが、専門外来ではないため、薬の調整などあくまで一般的な治療にとどまらざるを得ない。合併症を持つ患者への栄養指導や生活指導など、踏み込んだ治療を行える環境ではなかった。まして、専門外来を始められるのは何年先になるかわからない。

また、同時期に気持ちをゆさぶられるできごとが起きた。「糖尿病の患者さんで、ある合併症を持つ方がおられました。合併症の治療のため姫路市内の病院に紹介状を書いたところ、『糖尿病の専門医がいないため対応できない』との返事があったのです。少しでも早く姫路に帰り、専門的な糖尿病の治療体制を整えなければと焦りました」

面接時には、思い切って自分の希望を伝えた

清水氏は姫路市を離れて長く、市内につてがあったわけではない。医師紹介会社を利用して、次のキャリアの場を探した。そこで出会ったのが入江病院だ。ちょうど糖尿病内科の立ち上げを予定しており、専門医を探していた。「何度か院長や理事長と面会し、姫路で糖尿病の専門外来を始めたい気持ちを伝えました。お互いに姫路の糖尿病治療をよくしたい思いが強く、共感してもらえました」

面接時、清水氏は自分の希望を思い切って打ち明けた。当直はなしで、毎日、糖尿病専門外来に専念したいことだ。「糖尿病は慢性疾患ですから、じっくり話を聞いて生活指導を行うことが必要です。また、患者がアクセスしやすいことも大切です。特定の曜日だけではなく、毎日、専門外来を開くことに意味があります。当直をせず、専門外来に全力を注ぎたかったのです」

その意気込みに病院側も納得し、清水氏の希望が通った。13年4月、転職。故郷・姫路で新しいキャリアが幕を開けた。

AFTER 転職後

入職後1年半でスタッフの教育や院内連携を整えた。
次は病診連携の確立を目指す。

セミナーや勉強会で院内の連携体制を強化した

転職してから1年半が過ぎた。清水氏は「一歩ずつ着実に進んでいます。毎日が刺激的で楽しいですね」といきいきとした目で語る。

入職後、まず力を入れたのは、スタッフの教育と院内連携の整備だ。もともと入江病院には日本糖尿病療養指導士の資格を持つ看護師が2人在籍していた。糖尿病患者への指導を行うプロフェッショナルである。だが、本職は看護師であるため、医師やほかのスタッフを取りまとめるのには限界があった。そこに清水氏が参入し、院内の意識を塗り替えた。「月1回、院内スタッフを対象にした糖尿病セミナーを開催しました。毎回20人ほどは参加しています。糖尿病療養指導士は病棟でも勉強会を開き、職員に糖尿病のことを知ってもらう機会を作りました。徐々に、糖尿病専門外来の存在感が高まっていきました」

当初、清水氏と糖尿病療養指導士のみのチームで始まった糖尿病専門外来だが、現在では管理栄養士や理学療法士、薬剤師、検査技師、医療クラークなども含めた大所帯に成長した。それぞれの専門性を生かして糖尿病の治療にあたっている。

地域内で専門医同士のつながりが生まれた

集患は、内科にかかっていた糖尿病患者を回してもらうことから始めた。清水氏の丁寧で専門的な診療は口コミで広がり、同院で糖尿病専門外来を行っていることが姫路市内で認知されてきた。今では、直接来院する患者も多い。

次のステップは、病診連携の確立だ。「地域の開業医からの紹介を、もっと増やしたいですね。お互いに顔の見える関係を作ることを考えています」

清水氏は、地域で糖尿病関連の講演会などがあれば、積極的に足を運んでいる。そこで、基幹病院の糖尿病専門医と出会う機会を大切にしているのだ。「同世代の専門医たちと一緒に、地域の勉強会を立ち上げました。今年の夏は3回ほど糖尿病勉強会を開き、医師同士、スタッフ同士のつながりが生まれています。まずは糖尿病の専門医同士が顔の見える関係を作り、その後、非専門医との関係を深めることで、地域医療連携ができていくのではないでしょうか」

島根の病院で培った糖尿病専門外来の経験をフルに生かし、転職の動機だった「専門外来ができるプロセスを体験したい」という思いを、一つ一つ形にしている。

転職を成功させるには自分の希望を伝えること

そんな清水氏に、これから転職を検討している医師へのアドバイスを求めると「自分の希望をしっかり伝えること」と、自らの経験を踏まえた回答が返ってきた。「勤務内容や条件に無理がありながら入職すると、ストレスがたまり、自分にとっても病院にとってもよい結果になりません。『難しいかな』と思っても、素直に気持ちを伝え、病院の考えと一致しているかを確認することは非常に大切です」

転職をした動機や、転職後のビジョンが明確な清水氏だからこそ、言えることかもしれない。「次々に実行したいことが浮かんでくるのです。向こう5年間を一区切りに、姫路で専門的な糖尿病治療体制を整えることを目指しています。先々、壁にぶつかることもあるかもしれませんが、自分の考えがなぜダメか、乗り越えるためにどうしたらいいかを考えたいですね」

そう語る表情からは、日々の充実ぶりがあふれている。故郷への愛情と、糖尿病専門医としての熱意は、そう遠くない将来に結実しそうだ。

WELCOME

転職先の病院からのメッセージ
地域で役立つ中規模病院のモデルを目指す

創立以来、常に地域のニーズを敏感にくみ取ってきた

創立43年の入江病院。近隣に大病院が立ち並ぶなか、患者に支持され続けているのは、地域のニーズを敏感にくみ取ってきたからだ。副院長の入江聰五郎氏は語る。

「創業者(現院長)は、地域が望むなら何でも診る姿勢を貫いてきました。脳外科や整形外科を充実させ、人工透析を地域で最初に導入しました。現在はケアミックス病院として、急性期から回復期リハビリまで幅広い診療を行っています。その意志を継ぐ私たちは、目的意識を持って地域医療を充実させていくことを目指しています」

糖尿病内科を立ち上げたのは、人工透析の患者に多い糖尿病性腎症を予防するためだ。糖尿病の専門医を探していたところ、タイミングよく清水氏と出会った。「糖尿病治療は病院だけでは完結せず、地域住民を巻き込むことが大切です。清水先生も、地域の人たちが簡単にアクセスできる専門外来を望んでおり、お互いに目指すべき方向が一致しました」

重篤な疾患は基幹病院に任せコモンディジーズの対応に注力

病院の方向性について、入江氏は「中規模病院として地域の役に立つモデルになりたい」と言う。周囲の病院と競合せず、隙間を埋めるように、地域のニーズに対応していく方針だ。「重篤な疾患は基幹病院に任せ、私たちはコモンディジーズを丁寧に診る体制に力を入れています。また、超高齢化社会を迎えるにあたって、療養型や在宅も充実させるつもりです。急性期から最期まで対応し、『困った時には入江病院』と言っていただける存在になることを目標としています」

今後は、内視鏡センターの立ち上げや、脳神経外科、整形外科をさらに充実させる構想もある。幅広い診療のできる総合医志向の医師を求めている。「複数の医師で話し合い、補い合いながら質の高い医療を行いたいと考えています。当院は、医師それぞれの能力を生かせる職場です」

入江 聰五郎氏

入江 聰五郎
医療法人松藤会 入江病院 副院長
兵庫県出身。2003年香川医科大学(現香川大学)卒業後、臨床研修病院群プロジェクト「群星沖縄」に参加。社会医療法人仁愛会浦添総合病院で卒後臨床研修終了。同院救急総合診療部で院内初期研修、救急救命センター外来、公的ドクターヘリの立ち上げに従事。08年Japan Focused Medical TeachingFellow、日本DMAT隊員、09年MedicalStandard社ティーチングスタッフ兼沖縄県若手医師救急懇話会代表世話人に就任。2010年おもと会グループ大浜第一病院救急科長・臨床研修副委員長、12年浦添総合病院総合診療科研修教育専任医長・研修管理副委員長を経て、14年医療法人松藤会入江病院に入職。同年8月より現職。

医療法人松藤会 入江病院

JR英賀保駅から徒歩5分。二次救急医療を中心に、一般急性期、亜急性期、療養、回復期リハビリ、透析、在宅までを網羅する入江病院。一貫して、地域のニーズが高い医療を提供しており、特に人工透析とリハビリは姫路エリアでいち早く導入した。2013年には、それまで手薄だった糖尿病専門外来を新設し、姫路エリアの糖尿病治療を底上げしている。地域住民にとって、なくてはならない病院だ。また、患者のために新しい取り組みにチャレンジしたい医師へのバックアップを惜しまない。意欲を持った医師が個々の能力を存分に生かすことができる病院である。

医療法人松藤会 入江病院

正式名称 医療法人松藤会 入江病院
所在地 兵庫県姫路市飾磨区英賀春日町2-25
設立年月日 1972年6月
診療科目 内科、総合内科、消化器内科、循環器内科、
腎臓内科、人工透析内科、糖尿病内科、外科、
消化器外科、整形外科、脳神経外科、大腸・肛門外科、
泌尿器科、リハビリテーション科、麻酔科
病床数 199床
常勤医師数 13名
非常勤医師数 11名
外来患者数 178人(1日平均)
入院患者数 175人(1日平均)