VOL.40

“血液内科から訪問診療へ。
穏やかな療養生活を支える役目に
医師としての充実感がある。

医療法人社団めぐみ会 田村クリニック 血液内科 
安川 清貴
氏(44歳)

東京都出身

1994年
日本大学医学部卒業。同大学第一内科学講座に入局。
1997年
板橋区医師会病院 血液内科
1999年
日本大学医学部附属板橋病院 血液内科
2000年
板橋区医師会病院 血液内科
2003年
田村クリニック入職
2007年
同 副院長
2012年
同 訪問診療部長

社会の変化に連動して、医師の働き方が多様化している。最近では、キャリアチェンジによって訪問診療に携わる医師も珍しくなくなった。病院勤務医とは異なるやりがいがあることに、多くの医師が気づいたからかもしれない。安川清貴氏は、自身が提供する医療によって、患者とその家族が穏やかに過ごせることに喜びを感じている。チームスタッフと協力しながら、患者の全身を診療する日々は、医師としての充実感でいっぱいだ。

リクルートドクターズキャリア7月号掲載

BEFORE 転職前

日々の診療内容と、
ワークライフバランスの両面から転職を検討した。

自分の医療によって、患者が住み慣れた家で療養できる

「自分が患者宅を訪問することで、患者は住み慣れた家で生活を続けることができます。訪問診療は、患者や家族の期待を、日々、実感できる場です」

静かに微笑みながら、安川清貴氏は語る。高齢化社会が深刻化する今、訪問診療に関わるか否かは、多くの医師に共通する検討課題だ。安川氏は、日本大学医学部を卒業後、血液内科医としてキャリアを積んだのち、訪問診療に力を入れる田村クリニックに転職した。訪問診療部長として、日々、奮闘している。

スペシャリストからジェネラリストへと、大きな転換を検討し始めたのは、血液内科医として一定の経験を積んだ頃だった。

「主に白血病や悪性リンパ腫の患者を診ていました。少しでもよくなりたい患者や家族の思いに応えるべく、治療をしていましたが、病棟で亡くなる人、再発する人が多い疾患です。抗がん剤の副作用に苦しむ姿も、たくさん目にしました。もちろん、将来の医学の発展のために、治療や検査のデータを集めることは大きな意義がありますが、疲れを感じていたのが正直なところです」

急変の多い血液内科では、診療後の呼び出しが頻繁だ。ワークライフバランスの面でも、何かしらの対策を取る必要があった。

「妻も同じ血液内科医で、2人共この忙しさを続けることは難しいだろうと思っていました。このまま医局に残るか、別の新しい道に進むか悩んでいました」

当直室にあった情報誌が転職のきっかけに

医局を離れたあとのキャリアとしては、民間の中小規模病院に就職するか、開業するかが王道だ。しかし、安川氏はどちらも選択しなかった

「中小規模病院での勤務は、医局派遣でも経験したため、日々の診療内容や忙しさは想像がつきました。これまでとは違う、新しい世界に身を置きたいと考えていました」

一方で、自分で開業するには、一般内科医としてのスキルが求められる。血液内科医の安川氏は「当時の私には、時期尚早に感じていました」と振り返る。まして、開業医になれば経営者としての手腕も問われる。東京都内では、すでにクリニックが飽和状態の地域が多く、開業資金の調達も、集患も簡単ではない。

様々な側面からキャリアを検討していた折、転機は突然訪れた。たまたま当直室に置かれていた医師転職情報誌を手にしたことが、現在につながったのである。

「何気なくページをめくると、クリニックで常勤医を募集している記事が目にとまりました。当直がなく、今までとは違う働き方であることが魅力的でした」

早速、発行元の医師転職会社に連絡し、転職先探しを依頼した。安川氏が提示した条件は2つ、当直がないことと、自宅から近いことだ。それらを満たす複数の医療機関の1つが、田村クリニックだった。

「面接を受けた時、『ここならやっていける』と直感しました。当時、院長だった田村豊先生はフレンドリーで、地域医療、とりわけ訪問診療にかける熱意が非常に強い方です。私自身も、医局員時代にアルバイトで訪問診療を経験したことがあったため、不安や心配は感じませんでした」

転職する旨を医局に申し出た時は慰留された。血液内科でのキャリアが半端ではないかとも言われたが、安川氏は決断した。

「一般内科医として初期診療を受け持ち、必要に応じて専門領域へ振り分ける役を担おうと決めました。大学病院では救急外来にも携わっていたので、患者のトリアージはできますし、貧血の治療など血液内科の知識も生かせます。ワークライフバランスを保ちながら、やりがいのある働き方ができると感じました」

当時の田村クリニックは開設から10年目で、医師が数人の小規模な所帯だった。その後、地域住民の信頼を得て大きく成長し、系列のクリニックが増えていくことに、安川氏自身も驚くことになる。

AFTER 転職後

患者はもちろん、
家族の辛さをも緩和する医療を提供していきたい。

在宅チームが協力しあって患者と家族を支える

田村クリニックの母体である医療法人社団めぐみ会では、10人の医師と訪問看護師、ケアマネジャー、医療コーディネーター(事務系スタッフ)などで在宅チームを編成し、訪問診療に取り組んでいる。安川氏も入職当初から参加した。午前は外来、午後は訪問診療、夕方には再びクリニックに戻って外来というサイクルで診療している。訪問先の患者は、高齢者を中心に50人にのぼる。

訪問診療において、とりわけ重要な任務の1つが終末期の対応だ。安川氏は毎月1~2人を看取っており、患者自身の意思を最大限に尊重している。状況が厳しい時ほど、チームの力が発揮される。

「終末期にどのような対応を望むか、事前の確認を大切にしています。いざという時、救急車を呼んで欲しい患者もいれば、そのまま自宅で過ごしたい患者もいます。頃合いを見計らって患者や家族に声をかけ、在宅チームで共有します。時折、病院から退院する時点で方針を決めている患者もいますが、医療コーディネーターが情報をまとめ、医療スタッフに伝えてくれます」

患者の家族に対し、身内を失う苦しさを少しでも緩和するためのフォローも忘れない。

「家族は、患者の病状のことはもちろん、経済的な問題や自分自身の体力など、何かしらの悩みを抱えています。我々医療者は、そうした辛さを緩和する役割も担っています。医療費の不安があるなら、ケアマネジャーや医療コーディネーターが相談に乗ります。心構えのために、終末期の体の変化を看護師が説明することもあります」

組織が成長することが医師としての成長につながる

訪問先の家庭状況について、医療コーディネーターと情報共有をする安川氏。
訪問先の家庭状況について、医療コーディネーターと情報共有をする安川氏。

言うまでもなく、転職前の血液内科と訪問診療は大きく異なる。患者の全身を診る医療のため、耳鼻科や皮膚科、婦人科などの知識も必要だ。そうした状況下においても、チームであることは心強い。

「専門外の領域については、日々、勉強を積み重ねています。それでも判断に迷った時には、ほかの医師に相談できることがありがたいですね。実際、皮膚科の医師に訪問先まで同行してもらい、処置を行ってもらったこともあります」

このようにフレキシブルな対応ができるのは、めぐみ会が9つの医療機関を持ち、約100人もの医師が在籍するからだ。

「ここまで大きな医療法人になるとは予想以上の展開です」

成長する組織では、得られるものも大きい。人員が豊富なため、互いに学び合って診療の幅が広がる。また、十分な休日も取得できる。安川氏に自身の転職の達成度を尋ねると「もちろん、合格です」と笑顔で即答した。

WELCOME

転職先の病院からのメッセージ
医療法人社団めぐみ会 理事長 田村豊氏

社会の求めに応じる医療サービスを提供したい

「社会が医療機関に求めるサービスのうち、抜け落ちている部分を埋めたいと思いました。それが、医療のデリバリーサービス、つまり訪問診療でした」

こう語る、めぐみ会理事長の田村豊氏は、1994年の開業と同時に訪問診療を始めた。今ほど訪問診療が注目されておらず、診療報酬の点数も低かった時代だ。外来との両立は、決して楽ではなかった。

「当初は、19時にクリニックを閉めてから自分1人で訪問診療をし、終わりが22時や23時になる日もありました。患者から『具合が悪い』と連絡が入れば、朝早く飛んでいくこともありましたね」

それから10年後、安川氏が入職する。当時の様子を、田村氏はこう振り返る。

「安川先生は穏やかで優しく、まじめな印象でした。訪問診療に意義を感じていて、一緒にチームを組んでいきたいと思いました」

相前後して、訪問診療に対する社会のニーズが高まり、徐々に医師を増員。安川氏を中心とする在宅チームが編成され、めぐみ会内のクリニックも増えた。

「田村クリニックのある多摩地区は、安川先生たちに任せ、私は杉並区まで訪問診療に出かけています。よい医師との出会いがあってこそ、実現した体制です」

医師の働き方ややりがいは時代とともに多様化した

田村クリニックに在籍する医師は、血液内科の安川氏のほか、消化器内科医、脳神経外科医など多様なバックグランドを持っている。田村氏によると、訪問診療に携わるにあたって、医師の診療科は問わないそうだ。

「高度な専門知識・技術よりも、ある程度の体力と、主治医としての粘り強さが求められる現場です。まじめにこつこつと、誠意を持って医療を提供し、患者や家族が安心して療養できることが何より大切と言えるでしょう。最初のうちは、ベテランの訪問看護師が同行しますから、訪問診療の経験がなくても問題ありません。数カ月もすれば、1人で訪問できるようになります」

今後、高齢化社会が進むにつれて、訪問診療のニーズはいっそう高まることが予想される。医師の働き方ややりがいは、多様化の時期を迎えつつある。

「大勢のスタッフに囲まれてメスを振るい、スーパードクターと呼ばれるのも大きなやりがいですが、それだけではありません。個人宅を訪問して患者や家族の声に耳を傾け、安心して療養できるための医療を担うのも、深い喜びがあります」

訪問診療への参入は、社会の求めに応えることに直結する。自分の知識やスキルを社会のために生かしたい医師にとって、最適のフィールドと言えそうだ。

田村 豊氏

田村 豊
医療法人社団めぐみ会 田村クリニック 理事長
静岡県出身。1980年京都大学法学部卒業後、石油会社で2年間の会社員生活を送る。退職後、岐阜大学医学部に入学。89年同大学卒業。徳洲会病院、国立がんセンター、新東京病院、三井記念病院での勤務を経て、94年田村クリニック開業。以降、都内に複数のクリニックを展開。2012年一般社団法人多摩市医師会会長就任。

医療法人社団めぐみ会 田村クリニック

めぐみ会は、田村クリニックをはじめ、都内9カ所に総合型クリニックを展開している。田村クリニックでは訪問医療にも力を入れ、医師と看護師、ケアマネジャーなどからなる在宅チームを編成している。また、在籍する医師の診療科は様々で、幅広い領域の専門外来を開いている。地域に根ざした診療を基本とし、土日・祝日も開院している。

医療法人社団めぐみ会田村クリニック

正式名称 医療法人社団めぐみ会田村クリニック
所在地 東京都多摩市落合1-32-1多摩センターペペリビル5階
設立年月日 1994年9月
診療科目 内科、消化器内科、循環器内科、呼吸器内科、
血液内科、糖尿病内科、腎・高血圧内科、脳神経外科、
泌尿器科、乳腺外来、リウマチ・膠原病内科
病床数 なし
常勤医師数 15名
非常勤医師数 11名
看護師数 13名
外来患者数 1日平均480人(2014年5月現在)