VOL.24

多様化する医師のキャリア――
製薬企業で創薬に
医師としての経験を活かしたい

ヤンセンファーマ株式会社 研究開発本部
医療法人和会 渋谷コアクリニック(非常勤勤務) 
精神科 高橋 長秀氏(37歳)

福岡県出身

2000年
名古屋大学医学部医学科卒業、市立春日井市民病院(愛知県)研修医
2001年
名古屋大学医学部付属病院精神科医員
2003年
名古屋大学大学院医学系研究科博士課程入学
2007年
マウントサイナイ医科大学精神科分子精神医学研究室研究員
2009年
マウントサイナイ医科大学精神科分子精神医学研究室研究員 インストラクター
2011年
ヤンセンファーマ株式会社 研究開発本部 ニューロサイエンス部
メディカルディレクター
【非常勤キャリア】
2001年~2007年
朝山病院(静岡県)
2003年~2005年
三河病院(愛知県)
2006年~2007年
日本特殊陶業株式会社(愛知県)産業医
2011年~
渋谷コアクリニック(東京都)

医師の力を求める領域は、医療機関だけとは限らない。高橋氏は製薬企業の研究開発本部で、日々、薬剤の開発に全力を注いでいる。病院と企業、ある面では相反する場所においても、医師の役割は一貫して患者の病気を治すことだ。臨床医にとって、馴染みの薄い製薬企業での業務はどのようなものか。また、高橋氏はなぜ、企業勤務医師の道を選んだのか。医学部卒業から留学、転職と彼が歩んだ足取りをたどる

リクルートドクターズキャリア6月号掲載

BEFORE 転職前

ニューヨークの学会会場での"偶然の出会い"が
新たなキャリアを切り開いた

臨床のなかから生まれた疾患と遺伝子の関係への興味

祖父、父、叔父、そして三人の兄弟全員が医師という家系で育った高橋長秀氏。ごく自然の流れとして医学部に入り、2000年に医師としてのキャリアを歩み始めた。精神科を選んだのは「もともと文学や心理学に関心があったから」という。名古屋大学精神科の医員として関連病院で経験を積み、慌ただしく過ぎる臨床の中で、疾患の"根源"に関心を抱いた。03年、大学院に進学する。

「大学院では遺伝子研究を行っていました。07年に博士号を取得し、遺伝子研究に一区切りついたことで、今度は遺伝子と精神疾患の関係に関心が移りました。ニューヨークに留学し、遺伝子改変動物を使った実験などを行っていました」

高橋氏が留学したマウントサイナイ医科大学は、アメリカの医学部で8位、ニューロサイエンス領域では4位の実績を誇る名門だ。最初はポスドク研究員から始まり、3年目にはインストラクターに昇格した。

「非常にやりがいに満ちた日々でした。成果を重視するフェアな環境で、各々が責任感をもって研究する雰囲気は、大変魅力的でした」

薬剤の開発を通して大勢の患者を救いたい

11年3月、留学先での研究に達成感を覚えた頃、高橋氏はニューヨーク・アカデミー・オブ・サイエンスが主催する学会に参加する。ここに、その後のキャリアチェンジのきっかけとなる出会いが待っていた。

「偶然、ヤンセン日本法人のマーケティング部長にお会いしました。精神科医にとって、ヤンセンは非常に馴染み深い薬剤のメーカーです。その頃から私は、薬剤の開発に興味を抱いていましたが、具体的に医師がどう関わるかはイメージできていませんでした。ですから、ヤンセン社員の方が語る製薬業界の話は非常に興味深く聞きました」

最近は日本企業も中途採用が増えているが、ヤンセンでも、より組織力を高めるために、常時、優秀な人材を募集している。学会での出会いを機に、高橋氏とマーケティング部長はメールを交わすようになり、ほどなくしてヤンセン日本法人の本部長と面会。現在の上司となる責任者とも電話で話し、入社が確定する。

「薬剤の研究開発には、それまでの研究で得た分子レベルの知識を活かすことができますし、何より大勢の患者を救う役割を担います。もちろん、企業に就職することへの不安はありましたが、ヤンセンの本部長はもともと医師だったこともあり、非常に親身になってくださいました」

"偶然の出会い"から約半年後の8月に帰国。9月から就業した。

留学中の4年半で薬剤や医療制度が大きく変わった

ヤンセンでは、医師が非常勤で臨床に就くことを認めている。研究開発の場に、現場の声を反映する大切さを重視しているからだ。高橋氏自身も、その点を重んじている。

「留学中の4年半のうちに、現場で使う薬剤や精神科医療を取り巻く制度は大きく変わりました。生きた情報を製薬現場に届けるためにも医師としての研鑽を積むためにも、非常勤での勤務は欠かせませんでした」

とはいえ、本業に影響を与えるわけにはいかない。高橋氏が人材斡旋会社に提示した条件は、「週1回、夕方から夜間まで」だった。

「極めて短時間の勤務ですから、厳しい条件かなと思いました。しかし、斡旋会社からは1週間ほどで連絡があり、とんとん拍子で話が進んで12月には『渋谷コアクリニック』での勤務が決まりました」

同クリニックの心療内科には、IT企業に従事するビジネスパーソンが訪れる。重症例というよりは、日常的なストレスに苛まれる患者が多い。 「大学病院とは全く違う患者層で、関心が高まりました。実は渡米前に産業医を務めていたことがあるので、その経験も生かせる場です」。

製薬+臨床。高橋氏の新たなキャリアが始まった。

AFTER 転職後

アカデミアとインダストリーの人事交流が活発になれば
社会に与える好影響は計り知れない

臨床開発のプロトコール作成に関与する喜び

転職前の高橋氏がそうであったように、製薬企業での勤務に関心がありつつも、その実態をイメージできない医師は少なくないだろう。高橋氏に説明を乞うと、(1)臨床開発に対する医学専門家としての関与、(2)開発スタッフに対する医学情報のインプットが主な業務だという。

「臨床開発に関しては、臨床試験のプロトコール作成がもっともやりがいがありますね。薬剤の開発に計画段階から携わることができるからです。ほかにも、試験の管理や安全性のモニタリング、試験結果の医学的解釈を行って申請書類に落とし込むことも業務の一つです。製薬企業といっても、臨床試験で得た患者のデータを読み込む作業が多く、現場でカルテを読む感覚に似ています」

すでに、渋谷コアクリニックの勤務で得られた経験も活かされている。「薬の併用や投薬頻度など、臨床現場から得られる細かな情報は、薬のプロトコール作成に非常に重要です。また、開発スタッフへのインプットにも非常勤の経験は役立っています。スタッフには、薬の添付文書に医師として求める情報を伝えたり、スタッフと医師のコミュニケーションが円滑になるよう医学的知識、実臨床での経験などを提供するのですが、やはり現場に出ているからこそ語れることがあります」

非常勤医同士の交流があるから働きやすい

白衣を着て、これから診療に入る、という高橋氏。理事長の川井氏(写真右)や、ほかの非常勤医たちとの情報交換は、非常に有意義だという。
白衣を着て、これから診療に入る、という高橋氏。理事長の川井氏(写真右)や、ほかの非常勤医たちとの情報交換は、非常に有意義だという。

高橋氏は、ヤンセンに入社して驚いたことがある。教育システムの完成度が高く、医療界とはまるで違ったからだ。

「入社直後に会社の概要や臨床開発の流れ、薬事法の仕組みなどのレクチャーがありました。実際の業務においても作業の手順が明示されており、自分の役割が明確です。入社後すぐに新しい環境に慣れました」

一方の渋谷コアクリニックでは、理事長の川井邦彦氏と最初からウマが合った。「大学病院勤務が長い川井先生には共感できる面が多々ありました。クリニックを成長させる新しい取り組みにも熱心で、私もアイデアを出させていただいています。他の非常勤医も含めた会食の機会も定期的にあり、働きやすい環境です」

臨床、研究、製薬と3つのフィールドを歩んできた高橋氏だが、「目的は1つ。患者を治すことです」という。そのためにも、日本の医師のキャリアにある種の変化を期待する。

「米国では、アカデミアとインダストリーの人事交流が一般的でした。ヤンセンでも開発から臨床に戻る医師もいます。そうした自由な行き来ができることによる、社会に与える好影響は計り知れないと思います。言うまでもなく臨床は大切ですが、医師のキャリアはもっと多様であっていい。グローバルに日本の医師が活躍することを願います」

WELCOME

転職先の病院からのメッセージ
渋谷コアクリニック 理事長 川井邦彦氏

予防医学を中心に企業人の健康を守る

東京・渋谷の一等地に立地する、渋谷コアクリニック。理事長の川井邦彦氏は、もともと同院の非常勤医だった。2010年から院長、翌年から理事長をつとめ、現在は18人の非常勤医を束ねている。医師の採用は理事長の重要な業務の一つだが、クリニックの特性や患者層を鑑みた視点で臨んでいるという。

「当院は約8割が企業健診や人間ドック、産業医としての診察で、外来は2割程度です。病気の方を診るというよりは、ビジネスパーソンの健康を守る予防医学が主体です。したがって、医学的な技術と同時に対人能力を求めます。企業健診を受けるビジネスパーソンは、結果に異常値があっても放置する人が多い。そうした人たちを早期治療に結びつけるには、医師としてのコミュニケーションスキルが重要だからです」

同クリニックの周辺にはIT企業が多い。メンタルヘルスを患う人が多い職種に対応しようと心療内科を開設したのは11年12月。採用面接に訪れた高橋氏の印象をこう振り返る。

「裏表がなく、飾らないお人柄が全面に出ている方。どんな患者にも対応できる医師、というのが第一印象です。非常に柔軟な考え方を持っていて、対人能力も申し分ない。製薬企業に勤務されていて、産業医の経験もあることから、当院の患者層にもちょうどマッチしていました」

採用面接の判断基準は人柄+過去のキャリア

面接では、対人能力と並んで過去の経歴も重要な判断基準となる。極端な経歴の医師には理事長として慎重にならざるを得ない。これは川井氏自身の経験に基づく実感でもある。

「私は医学部を卒業後、大学で15年過ごし、その後は医局人事で北海道や広島などで勤務していました。ある病院では、医師の採用も担当しましたが、理由が明確でない転職の頻度が高い医師は入職後のトラブルにつながる例がありました。高橋先生ほどの華々しいキャリアは必須ではないにしても、転職回数の多い医師には事情をよくお尋ねすることにしています」

目下、理事長としての川井氏の課題はクリニックの認知度を高め、患者を増やすことだ。高橋氏は、非常勤でありながら、集患に関するアイデア出しにも非常に協力的だという。

「場所柄、表通りに看板を出せないこともあって、集患はネットや口コミが中心です。何か新しい案はないかと高橋先生に相談したところ、健診時に問診票と一緒にメンタルヘルスのチェックシートを渡すアイデアがあがりました。いくつかの項目をチェックすることで心療内科の患者をスクリーニングし、受診の必要性を伝えます。集患にもなり、病識のない患者の重症化も予防できます」

非常勤であっても積極的な姿勢の高橋氏の存在は、クリニック全体の発展にも寄与しているのである。

川井 邦彦氏

川井 邦彦
渋谷コアクリニック 理事長
1984年東邦大学医学部卒業。同年同大学医学部外科学第3講座(大橋病院)に入局し、15年間勤務。消化器外科・呼吸器外科に携わる。99年4月雄武(おうむ)町国保病院(北海道紋別郡)外科医長、2001年5月同院長。04年4月水永病院(広島県福山市)副院長。09年1月相武台病院(神奈川県座間市)。10年1月渋谷コアクリニック内科部長、10年7月同院長、11年11月から現職。

医療法人社団和(やわら)会 渋谷コアクリニック ※非常勤先

当クリニックは、渋谷駅徒歩5分の立地にある。企業健診・人間ドックを主業務とし、年間1万数千人の受診者がある。診療科は多岐にわたり、それぞれ専門の医師が診療にあたっている。病気の早期発見に努め、病診連携を通し、近隣の大学病院や大規模病院への紹介も、積極的に行っている。ビジネスパーソンが仕事帰りに気軽に受診できるよう、夜間に心療内科・皮膚科・形成外科・美容外科の診療を行っている。また、産業医として近隣企業従業員のメンタルヘルスケアに従事し、長時間労働者や復職の面談を行っている。

正式名称 医療法人社団和(やわら)会 渋谷コアクリニック
所在地 東京都渋谷区渋谷1丁目9番8号 朝日生命宮益坂ビル3階
設立年月日 2002年2月
診療科目 内科・消化器外科・循環器内科・皮膚科・
婦人科・乳腺外科・心療内科・精神科・
形成外科・美容外科
医師数(非常勤含む) 19名
患者数(1日) 健診・人間ドック約80名、外来約30名

ヤンセンファーマ株式会社 ※常勤先

トータルヘルスケアのグローバルカンパニー、ジョンソン・エンド・ジョンソンの医薬品部門であるヤンセンの日本法人。1978年に設立。社員数は約1,700名。がん、免疫疾患、中枢神経疾患、疼痛、感染症、代謝疾患の領域に注力。現代においてもっとも重要な「いまだ満たされない医療ニーズ」への対応と解決に力を注いでいる。2011年度は、6つの新製品を上市。グローバルなネットワークを活かした豊富なパイプラインで多数の新薬を開発中。