VOL.74

精神科病棟で多職種が協力し
患者の社会復帰を目指す
新たな医療が実践できる

NTT東日本 伊豆病院
精神科 藤山 航氏(46歳)

静岡県出身

1995年
東北大学医学部 卒業
東北大学病院 精神科 研修医
1996年
八戸市立市民病院 精神神経科
1997年
東北大学大学院医学系研究科博士課程 入学
同時に国立精神・神経センターに2年間の国内留学
(現:国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター)
2001年
同博士課程 修了
宮城県立名取病院 精神科
(現:宮城県立精神医療センター)
2002年
東北大学病院 精神科
2004年
仙台市立病院 神経精神科
2005年
東北大学病院 精神科
2008年
NTT東日本 伊豆病院 リハビリテーション精神科 入職
2016年
同科部長に就任

大学時代から20年近くを東北地方で過ごした後、自らの故郷である静岡県の病院に転職した藤山航氏。それは単なるUターンではなく、多職種が密接に連携して精神疾患患者の社会復帰を目指す、新たなチャレンジの始まりだった。「名プレーヤー揃いのオーケストラで指揮し、美しいハーモニーを生むような感じ」と語る現在の診療に至るまでを追った。

リクルートドクターズキャリア6月号掲載

BEFORE 転職前

大学院での研究を経て、
多様な精神疾患に対応できる
ジェネラリストを目指す

温暖な静岡県を出て
雪に憧れて東北の大学へ

熱海、三島という新幹線停車駅の中ほど、伊豆半島の付け根に位置する函南町は、藤山航氏の故郷であり、現在勤務するNTT東日本 伊豆病院(静岡県)の所在地だ。

自分の医師としての原点は東北地方にあるが、仕事の広がりと落ち着いた暮らしを求め、郷里の病院に移ったと語る藤山氏。ただ、地元での高校時代から精神科の医師になる素地はあったようだ。

「精神科の診療は患者さんの話をじっくり聞くことが大切ですが、私は昔から仲間によく相談されるタイプでした。特に気の利いたことは言えなくても、誰からも話しやすい存在だったのでしょう」

そんな藤山氏が医師になろうと決めたのは高校3年生のとき。何か人の役に立つ仕事に就きたくて、それがわかりやすい形で実現できる医師を選んだという。

「函南町を出て東北大学に入学したのは雪に対する憧れから。伊豆半島は温暖な気候で、雪もさほど降りませんからね。ただいきなり北海道では寒すぎるし、仙台市なら都会で降雪量もほどほどで、暮らしやすいだろうと(笑)」

精神科の診療で役立った
相手の話を聞く姿勢

そうして入学した医学部でも周囲から相談されることが多かった藤山氏。自分には精神科が向くのではないかと思い、卒業前に精神科の担当教授に相談した。

「私が卒業した頃は現在のような初期臨床研修の制度がなく、いきなり医療現場に入ることへの不安もありました。その気持ちを正直に伝えると、『あれこれ悩むより、自分で現場に飛び込んで確かめるのが一番』と助言を受けたのです。その応援に後押しされて精神科を選びましたが、すぐにこれは私の天職だと感じましたね」

自分が患者を治してやるという気持ちが強いとうまくいかない。精神科の医師は患者の話を聞くのが仕事だと先輩に教えを受けたが、それは藤山氏が高校時代から実践してきたことでもあった。

「もちろん専門性も必要ですが、相手の話を聞く姿勢が自分の中にできていたことは、診療でも大いに役立ったと思います」

大学院で研究したことで
自分が臨床向きとわかった

研修医や市立病院での診療を経験した後、藤山氏はいったん臨床から遠ざかり研究の道に進む。

「人間の精神活動を分子生物学的な観点から解明できないかと考え、大学院に入学しました。さらに東京にある国立精神・神経センターで2年間の国内留学も経験し、覚醒剤を投与したラットが精神病の病態モデルとして扱えないかといった研究に参加していました」

しかし藤山氏はこの大学院時代に、自分は患者を診るのが好きだと天職を再認識したという。そして世界トップクラスといえる研究者がひたすら研究に打ち込む様子を間近で見て、これは自分の進む道ではないと理解した。

「そこまで研究に打ち込めず限界だと思ったのですが、この挫折経験は臨床に戻った際に大いにプラスになりました。物事をなし得なかった人の気持ちがより身近に感じられるようになったのです」

それからは専門分野に特化するより、さまざまな精神疾患に対応していきたいと、目標とする医師像を定めた藤山氏。児童、思春期、成人、高齢者と患者の年齢層を問わず、治療法も精神療法から薬物治療までを駆使して、幅広い診療を目指すようになった。

相手に合わせて工夫を重ねる藤山氏のもとに患者は集まり、やがて大学病院の精神科で一、二を争う予約数となった。加えて医学部の助教に就任し、院内外でも複数の役職を務めるようになり、忙しさに拍車がかかる。

「日中は外来に集中しないと終わらず、夕方になってようやく病棟を回り、その後は医局でさまざまな事務処理をする毎日でした」

藤山氏の妻も医師で共働きのため、上の子が小学校に上がる前に生活を変える必要があったという。そのため転職先は実家の支援が受けやすい静岡県内に絞られた。

「中でもNTT東日本 伊豆病院は精神科以外の診療科と連携した診療ができ、仕事の面でも新たな経験が期待できると転職先に選びました」

AFTER 転職後

多職種連携や地域との連携で
一人でも多くの患者さんの
社会復帰を実現させたい

精神疾患患者の回復を
多様な診療科が連携して支援

少し仕事のペースを落とし、家族との時間を増やしたいと故郷に戻った藤山氏。しかし毎日同じことを繰り返すような職場は向いていないとも感じていた。

「幸い当院ではそれは杞憂でした。専門を決めるとき、『思い切って飛び込んだらどうか』との助言で自分の天職が見つかったように、ここでも自分のイメージにピッタリの仕事に出会えたのです」

同院で診る精神疾患患者は児童から高齢者まで多様で、幅広く診療したいという藤山氏の考えにマッチしていた。

また精神科はリハビリテーション精神科と呼ばれ、精神科とリハビリテーション科、内科、整形外科といった診療科が密接に連携。精神疾患患者の社会復帰に向けて、心と体を総合的に診るという先進的な試みが当たり前のように行われている。

「さらに多職種連携にも積極的で、当院の精神科病棟には医師、看護師、ソーシャルワーカー、薬剤師、栄養士、理学療法士や作業療法士、臨床心理士など多様なスタッフが常駐し、活発に意見交換をしているのです。こうした環境のおかげで日々新たな経験ができ、自らの成長につながっていると感じます」

活発なチーム医療の中で
医師はオーケストラの指揮者

高校で吹奏楽部、大学および卒業後はオーケストラに所属していたという藤山氏は、同院で診療する医師を楽団の指揮者に例える。

「医師は自分で何でもやるのではなく、スタッフ一人ひとりが力を発揮できるよう指示する役割。専門分野の異なる多くのスタッフが力を合わせて、一人の患者さんの回復を支えていきます。有り難いことに当院のスタッフは名プレーヤー揃い。私がしっかり指揮すれば患者さんに良質な医療を提供できるのです」

この美しいハーモニーをずっと奏でたい、このまま臨床を続けたいと藤山氏は幸せそうに笑う。また地域の中でも他の医療機関との連携は非常に強固だという。

「病院やクリニックは多くはないのですが、それぞれの強みや役割が明確です。この場合は当院で、こんな患者さんはあのクリニックと、お互いをよく知っているため適切な紹介ができるのです」

2016年に精神科部長となり、病院全体への目配りも求められるようになった藤山氏。今後は地域包括ケアの中に精神科がどう貢献していくかなど、さらに新しい課題に取り組みたいと意欲的だ。

これまでのさまざまな経験が
生きる、集大成のような職場

同院のある函南町は伊豆半島の玄関口。熱海、箱根・湯河原、三島や沼津などの観光地にも囲まれ、余暇を楽しむ場所には事欠かない。

「しかも当院はオンとオフがはっきりしているので、休日は思い切り羽を伸ばせます。また家庭で娘とバイオリンを一緒に弾くゆとりを持てるようになったのも、転職のおかげですね」

キャリアチェンジ後を振り返ると、これまでのさまざまな経験が役立っているという藤山氏。

「例えば大学院では研究より臨床向きと実感しましたが、そのとき遺伝子導入や微生物培養を学んだおかげで、認知症の原因遺伝子、院内感染対策といった新しい話題も理解しやすいのです」

また同院は認知症疾患医療センターとなって認知症の患者も増えているが、以前いた病院が認知症の診療に力を入れていたため、その経験が生かせているという。

「吹奏楽部やオーケストラで、全員の力を合わせて一つの曲を作りあげたこともチーム医療に生きていますし、自分の人生すべてが生かせる医師という仕事の奥深さ、楽しさをかみしめています」

転職後は自宅で子どもと一緒にバイオリンを楽しむゆとりも生まれた。 画像

転職後は自宅で子どもと一緒にバイオリンを楽しむゆとりも生まれた。

WELCOME

転職先の病院からのメッセージ
在宅療養支援で地域包括ケアの中核に

地域に必要な医療を
持続可能な形で提供する

ルーツとなる共済組合病院の開設時より、同院は地元と協力して病院運営を行ってきた。1970年代から心と体の障害をトータルに診る総合リハビリテーションに力を入れ、2000年に回復期リハ病棟を開設。現在は総合診療科を中心とした地域医療、内科系診療と連携するリハビリテーション、年1万4000件以上の人間ドックを行う健診センターといった特色を持つ病院へと発展した。

そして2015年の新病院完成により設備面が充実した後、2016年秋に病院の方向性を改めて定めたと熊崎智司院長はいう。

「来る人口減少多死社会の中で、当院が地域に果たすべき役割を再検討した結果、『医療、看護、リハビリテーションを通じて静岡県東部地域の地域包括ケアに参画し、その中心的な役割を担う』とビジョンを明確にしたのです」

このビジョンに沿って同院は在宅療養支援病院を目指し、急性期病床の一部を地域包括ケア病床に転換、身体合併症対応可能な精神科やリハビリテーションのブランド化、訪問診療・訪問リハビリテーション・訪問看護の強化といった施策を進めていく。

「院内で患者さんを待つのではなく、施設などで医療が必要な方を掘り起こすことも必要でしょう。この動きに地域医師会や自治体の理解と協調は欠かせません。今後は積極的に意見交換し、連携をさらに強め、地域医療の振興という同じ目的を持つアライアンスを築きたいと考えています」

その中でも身体合併症の患者に対応できる精神科の診療で、藤山氏への期待は大きいという。

「当院は早くからリハビリを主体とし、多職種が協働するチーム医療が根づいています。藤山先生はそうしたスタッフの力をさらに引き出してくれています」

今後は精神科の医師数をさらに増やすなど、高齢化でニーズが高まる精神疾患の身体合併症への対応に力を入れたいと熊崎氏。

「地域に必要な医療を持続可能な形で提供するためにも、当院の強みをさらに磨き上げていきます」

熊崎智司氏

熊崎智司
NTT東日本 伊豆病院 院長
1980年群馬大学医学部卒業後、日本電信電話公社が運営する関東逓信病院(現:NTT東日本関東病院)に入職。1990年医学博士取得。2005年からNTT東日本 伊豆病院診療センター長を務め、2007年NTT東日本関東病院連携診療科部長に。2015年から現職。日本呼吸器学会専門医・指導医。

NTT東日本 伊豆病院

70年近く前に開設された地域密着の病院で、総合診療科では内科的疾患の初診に加え、受診する診療科が不明な場合の窓口となる。また内科、精神科、整形外科、皮膚科はリハビリテーション科と連携し、心と体の障害をトータルに診る総合リハビリテーションを実践。多職種が積極的に協働するため、回復期リハ病棟からの在宅復帰率は70%台と高い。院内の雰囲気が明るく、元気に挨拶し合うのもこうしたチーム医療が生んだ気風の一つ。最寄り駅からの送迎バスも本数を増やすなど、患者や職員の利便性向上にも努めている。
※文中データは2016年度実績

NTT東日本 伊豆病院

正式名称 NTT東日本 伊豆病院
所在地 静岡県田方郡函南町平井750
設立年 1947年
診療科目 内科(総合診療科、呼吸器科、
消化器内科、神経内科)、歯科、
皮膚科、整形外科、放射線科、
リハビリテーション精神科、
リハビリテーション科、健診センター
病床数 196床
(一般50床 精神46床 回復期リハ100床)
常勤医師数 21人
非常勤医師数 40人
外来患者数 315人/日
入院患者数 152人/日
(2017年3月時点)