VOL.97

医療過疎が進むエリアでも
消化器分野の専門治療を提供
地域完結の医療を強化する

岡波総合病院
内科 今井 元氏(40歳)

岩手県出身

2005年
近畿大学医学部卒業
近畿大学医学部附属病院
(現 近畿大学病院) 初期臨床研修医
2007年
近畿大学医学部附属病院 消化器内科
2008年
近畿大学医学部堺病院
(現 社会医療法人 啓仁会 堺咲花病院)
消化器内科
2009年
近畿大学医学部附属病院 消化器内科
2013年
近畿大学大学院医学研究科消化器病態制御学修了
2014年
近畿大学医学部内科学教室
(消化器内科部門) 助教
2016年
Hôpital Privé Jean Mermoz(フランス) 留学
2017年
近畿大学医学部内科学教室
(消化器内科部門) 講師
2018年
国立病院機構 南和歌山医療センター
消化器科(9月まで)
2018年
岡波総合病院 内科 入職

大学病院で10年以上も胆膵領域を専門にしてきた今井元氏は、2018年に岡波総合病院に転職。父親のように地域医療に貢献するという夢をかなえ、同時に自らが磨いてきたEUSの技術を生かせる道として同院を選んだ。「始めてみたら胆膵の患者さんはほぼゼロでしたが」と笑うが、そこに後悔はない。今後は地域ぐるみで胆膵のがんの早期発見に取り組むという今井氏に、キャリアチェンジの理由と現状について聞いた。

リクルートドクターズキャリア5月号掲載

BEFORE 転職前

他科や医療機関からの依頼を
断らない胆膵チームでの経験が
医師の礎となった

EUSに興味を持ち
胆膵領域を専門に選んだ

今井元(はじめ)氏は大学時代から内視鏡による消化器治療に興味を持ち、初期臨床研修でも希望して消化器内科を最も長く経験。大学病院ではEUS(超音波内視鏡)での胆がん・膵がんの早期発見と治療を専門にしてきた。

2018年に岡波総合病院(三重県)に移った後も、地域に根ざした内科診療と並行してEUSで胆膵領域の検査を行っている。

「私の祖父も父も開業医で、地域医療には親しみがありました。患者さん一人ひとりを丁寧に診る姿は今でもよく覚えていますね」

今井氏が医師になったのも、そうした環境の影響だという。とはいえ卒業後すぐに父の診療所を継ぐ必要はなく、自らの専門性を高めるため近畿大学の消化器内科に入局。消化管、肝臓、胆膵と細分化された専門チームの中で、胆膵のチームに入ることを選んだ。

「当時は消化管か肝臓を選ぶ人が多く、胆膵はまだマイナーな存在。ただ、胆膵チームは以前からの手技だけでなく、新たな手技の導入を図っているところで、面白くなりそうな予感がありました」

大学病院だからと驕らず
目の前の患者を大事にする

消化器内科は大学病院の役割である臨床・研究・教育のいずれにも力を入れていたが、特に胆膵チームは熱心だったと今井氏。

「後進を育てようという意欲も非常に高く、ここでの経験が私の医師としての礎になっています。また患者さんはもちろん、他の診療科・医療機関からの依頼を絶対に断らないのもポリシーでした」

10人の患者のうち、本当に専門分野に合致するケースは1、2割くらいでも、無関係と思える患者を断っていたら、本来診るべき症例も紹介されなくなる。大学病院だからと驕らず、目の前の患者を一人ずつ診ることを全員が大事にしていたと今井氏は言う。

「そうやって引き受けても、当時は胆膵領域の患者数は少なかったのですが、検査・治療技術の発達で伸びる分野と考えていました」

特に今井氏が注目していたのはEUSを使った胆がん・膵がんの検査だ。CTや腹部エコーで捉えきれない部位も検査可能で、早期発見が期待できる。しかし通常の内視鏡が直視鏡なのに対し、EUSは斜視鏡で、より専門的なトレーニングも必要となる。

「新たな知識や技術を身につけ、自分を高めていくのは好きでしたし、EUSが治療的にも利用できる点にも興味があったので、習得は苦になりませんでしたね」

地域医療とEUS検査が
両立できる道を探る

その後はEUS・ERCP(胆道膵管造影)の腕を磨き、大学病院や関連病院の消化器内科で患者の検査・治療に当たる日々が続いた。2016年には共焦点内視鏡で世界的に有名な医師に師事するためリヨン(フランス)に留学。

「その機器や技術が日本で利用できるのかは不明でしたが、とにかく実物を見て勉強したいと思い、上司に相談したところOKが出て、7カ月を現地で過ごしました」

帰国後も大学病院で診療を続けていたが、やがて大学に残るか、実家の診療所を継いで開業医になるかという将来の選択で悩むようになったと今井氏は言う。

「祖父や父に憧れて医師を目指したため、いずれ診療所を継ぐことは念頭に置いていました。今後も大学に残るなら現場を離れることも予想され、それは私の本意ではなかったのです。しかし開業医になるとEUSなどを続けるのは難しく、迷い続けていました」

その頃、EUS習得のため大学病院に定期的に研修を受けに来ていたベテラン医師に、優れた技術を埋もれさせるのは患者にとっても不幸だと諭され、今井氏は新たな選択肢を探ることにした。

「以前に週1回の非常勤として岡波総合病院に勤めたとき、同院のある伊賀・名張地域は消化器内科医が大幅に不足していると感じました。そこの地域医療に役立てばとEUS導入の可能性を相談したところ好感触で、すぐに転職の相談へと話が移ったんです」

非常勤の経験を通じて互いの状況がある程度わかっていたこともあり、条件などはすぐまとまって今井氏は同院内科に入職した。

AFTER 転職後

胆膵のEUSを中心に
消化器内科分野を底上げし
がんの早期発見に努める

胆膵領域の専門医として
地域医療の底上げに貢献

今井氏が2018年10月に入職した岡波総合病院の主な医療圏は、所在地の伊賀市と隣接する名張市で、人口は合計17万人ほど。しかし消化器内科の専門治療を行う病院は少なく、胆膵領域の専門医は同地域で今井氏のみだ。

このため幅広い症状を診る同院の内科でも、ほかの医師がコモンな病気を診て、今井氏は消化器系を中心にするなど、専門性を生かすよう考慮してくれるそうだ。

「ただ私が入職して間もないため、胆膵のEUS検査などが周囲に認知されておらず、該当する患者さんはまだ少ない状況。今後は地域の開業医の皆さんとの連携を深め、胆膵領域に強い消化器内科をアピールしたいと考えています」

それでも、より高度な治療が必要と判断して患者を紹介している専門病院では、同院の消化器内科のレベルが上がったと認知され始めていると今井氏は話す。

「以前は診療情報提供書と一緒に紹介しても検査をやり直していたそうですが、最近は当院の判断を信用してすぐ診察に入ってもらえるようです。医療資源が豊かとはいえない伊賀・名張地域でも、先進的な医療を経験した医師が1人加わることで、地域の消化器内科のボトムアップにつながる可能性があると実感しています」

消化器内科は岡波といわれるように
ブランド力を高めたい

クリアすべき課題はまだ多いものの、今井氏はここ5年ほどで達成したい目標として膵がんの早期発見率の向上を挙げ、地域ぐるみで取り組みたいと語る。

「そのためには内視鏡や胆膵に詳しい看護師の育成も重要になりますし、EUSを治療にも使える環境に整備することも必要。私がこの病院に来たことが、地域全体のプラスになってほしいですね」

さらに長期には、伊賀・名張地域の消化器治療、特に胆膵領域は岡波総合病院といわれるくらいにブランド力を高めたいと言う。

「そのブランド力は患者さんだけでなく、医師にもアピールするものにしたいと思っています。例えば初期臨床研修を終えた医師が、しばらく別の病院で力をつけ、やはり当院の胆膵領域でやってみたいと戻ってくるような病院にしていくのが目標なんです」

また今井氏は研究論文の執筆や発表にも積極的で、同院入職後もアフマダーバード(インド)で行われた現地の医師向けの会合に招かれて、EUS・ERCPに関する講演などを行っている。

「当院の経営側もこうした活動を支援してくれるのでありがたいですね。自分の成長を地域医療に還元するためにも、研究活動は今後も続けたいと思います」

大学病院の先進的な医療を
地域に生かせるよう試行錯誤

現在の今井氏は大阪市内に妻と子を残して単身赴任。土曜日午前の診療を終え、家族の待つ自宅に戻る生活だ。また転職を後押ししてくれた医師が医長を務める南和歌山医療センターでは、非常勤として消化器科に週1回勤務する。

「私はずっと胆膵領域が専門でしたが、転職後は胃や大腸の内視鏡も多く扱うため、消化器全般の診療をブラッシュアップしたいと考えて、大学病院退職後から当院入職までの半年間お世話になりました。この地域も消化器内科は非常に手薄なため、現在も非常勤で診療を続けているんです」

大学病院というハイボリュームセンターで行っていたことを、地域医療にどう生かすかを試行錯誤し、それが少しずつ形になる手応えを感じていると言う今井氏。

「胆膵の患者さんの受診も次第に増えており、周囲とともに続けた努力が結果につながるのは非常に楽しく、やりがいがありますね」

2019年1月にアフマダーバード(インド)で講演した今井氏 画像

2019年1月にアフマダーバード(インド)で講演した今井氏

WELCOME

転職先の病院からのメッセージ
地域の要望に応え、愛される病院

2022年までに新築移転
設備と人員の充実を図る

伊勢湾から紀伊半島沿いに広がる三重県の中でも、内陸部に位置する伊賀市は奈良・京都・大阪に至る交通の要衝となる地域。このため岡波総合病院は伊賀・名張地域を主な医療圏としながら、隣接する関西地域からも患者が流入している。同院の法人名「畿内会」は、そうした幅広い医療ニーズにすべて応えることを示したと副理事長の猪木敬子氏は言う。

「当院は伊賀市の基幹病院の一つで、社会医療法人の認定を受けた際には『救急応需率100%』を目標に掲げ、昨年は応需率99%にまで達しました。このように地域の要望に応え、地域に愛される病院であることが目標です」

伊賀市の高齢化率は2015年の時点で3割を超え、高齢者医療は地域の重要なテーマ。また地域内で医療が完結するよう急性期医療にも力を入れる必要がある。

同院はそうした課題を見据え、創業100周年を迎える2022年までに新築移転を予定している。設備と人員の充実を図り、24時間365日対応の救急医療の実現を目指すほか、循環器、消化器、脳神経などを内科・外科両面から診療する体制を整えるという。

すでに2018年には今井氏が加わり、EUSを導入。次に肝胆膵の外科手術が得意な医師も招くなど、これまで手薄だった消化器内科は先行して充実させている。

「今後も地域に役立つ取組を積極的に進め、医師やスタッフの勉強会参加や資格取得を支援するなど、人材育成も含めて地域医療に貢献したいと考えています」

同院は病院長が現場の最前線にいる臨床医であり、副理事長の猪木氏も循環器医として活躍。脳神経外科、内科、整形外科など各診療科の医師もフットワークが軽くて連携もよく、働く側にとっても柔軟な対応は魅力だという。

「さらに子育て支援制度の充実で、三重県から『女性が働きやすい医療機関』の認証を受けました。研修医や非常勤医で来られた方に、もう一度ここで働きたいと思ってもらえる職場であることも、当院の強みの一つでしょう」

猪木敬子氏

猪木敬子
岡波総合病院 副理事長
1990年近畿大学医学部卒業。同学部内科学教室(循環器内科部門)などを経て、岡波総合病院循環器内科。近畿大学病院非常勤医師。日本循環器学会循環器専門医。日本スポーツ協会医師として全日本馬術競技や国体をサポートするほか、伊賀トレイルランニング救護医師などで地域に貢献。自らもウェイクボードの選手としてCWSA/JWSA等の大会で活躍する。伊賀上野ケーブルテレビ株式会社取締役も務める。

岡波総合病院

同院は地域の中核病院ながら「岡波さん」と親しみを込めて呼ばれるほど、住民に愛されてきた病院。救急医療のほか、一般病床と回復期リハ病床により在宅復帰・在宅療養を支援し、介護老人保健施設、居宅介護支援事業所、訪問看護ステーションなどの関連施設と連携して地域医療に幅広く貢献している。同院の院是は開設当初から続く「至誠・注意・満足」で、真心のこもった医療・福祉サービスと、医療安全や患者満足などの概念につながる先進的なもの。2012年に社会医療法人となり、より公益性・公共性の高い医療・福祉サービスに注力している。

岡波総合病院

正式名称 社会医療法人 畿内会 岡波総合病院
所在地 三重県伊賀市上野桑町1734
開設年 1922年
診療科目 内科、循環器科、心臓血管外科、
神経内科、呼吸器科、糖尿病専門外来、
婦人科、外科、整形外科、脳神経外科、
眼科、耳鼻咽喉科、麻酔科、泌尿器科、
皮膚科、小児科、歯科口腔外科、
放射線科、リハビリテーション科
病床数 335床
(一般249床、回復期リハ50床、障害者36床)
常勤医師数 41人
非常勤医師数 65人
外来患者数 473人/日
入院患者数 261人/日
(2019年4月時点)