脳神経外科部長 医務局長 山本憲一 写真

自由な環境で、自身が信じる理想の医療を。

名古屋市立緑市民病院

脳神経外科部長 医務局長
山本憲一
  • 1997年
    名古屋市立大学 医学部 卒業
  • 1997年
    名古屋市立大学病院の研修医として勤務開始
  • 1998年
    あま市民病院にて勤務開始
  • 2003年
    名古屋市立大学病院にて勤務開始
  • 2005年
    豊川市民病院にて勤務開始
  • 2012年
    名古屋市立緑市民病院にて勤務開始

脳神経外科の運営全般を担っています。

脳神経外科の運営全般を担っています。のイメージ写真

 以前は豊川市の病院で働いていましたが、子どもの進路に関する都合で“名古屋に戻りたい”と思い、転職しました。名古屋市立緑市民病院を選んだのは、指定管理になったことで、新しいスタートを切ったときだったから。自由度の高い仕事ができる環境に大きな魅力を感じました。現在は、脳神経外科の部長として、外来と入院、双方の患者様の検診などを行っています。
 現在、約20名の患者様を、近くにある大学のサポートを受けながら担当しています。近隣の大学や他の病院などの協力も得ながら日々の仕事に望めるのは、本当に助かるし喜ばしいこと。急性期治療と手術がメインになりますが、現在、脳神経外科のドクターは私だけなので、1日でも早く新たなドクターを迎えられると嬉しいですね。1人だからと言って激務が続いているわけではありませんが、ドクターが増えたら、もっと働きやすくなる環境になると思います。現在は、看護師やソーシャルワーカーと手を取り合いながら治療に取り組んでいます。

自分の手で科をつくり、育てる醍醐味。

 科の設立をイチから担えたのが私にとって印象的です。私が入職した当時は、脳神経外科が開設されていませんでした。しかし、病院側からは「脳神経外科を設立したい」という想いがあり、それに賛同して入職。“私自身が掲げる理想の医療を実現できる環境かもしれない”と大きな魅力を感じたのです。入職してから3年以上が経ちましたが、常に自分のやりたいことに挑戦させてくれた病院の方々に感謝したいです。今後お迎えする方も、そんなやりがいをきっと感じていただけるはず。何のしがらみも感じることなく、自身が信じる医療を形にする喜びを感じられるのは、リスタートを切って間もない名古屋市立緑市民病院だからこそだと確信しています。
 もちろんその過程でキャリアアップもできるはず。他の科では世代交代の準備を進めています。“将来は部長になって科の運営に携わりたい”などの想いを持つ人にとって、名古屋市立緑市民病院は絶好の環境ではないでしょうか。技術面でのスキルアップについては、これから環境を整備するところですが、キャリア面のステップアップを明確に描くことは可能です。自分の手で医療を創造し、育てる醍醐味を存分に感じていただけると幸いですね。

院内で働く全ての人と手を取り合えます。

院内で働く全ての人と手を取り合えます。のイメージ写真
 私が入職して驚いたのは、看護師の皆さんが持つ情熱とスキル。脳神経外科に関する仕事が初めての人が多かったにもかかわらず、2~3回勉強会を開いただけで、あとは自主的にしっかり勉強してくれていました。結果、すぐ実務を担当できるようになっていたのが本当に驚きで、“この環境なら、理想の医療を創造し、実行できる”と確信させてくれたできごとでした。
 また、病院自体がちょうどいい規模で、科の垣根や学閥もありません。ドクター同士で密に連絡を交換し合い、チームの力でベストな医療を提供できる体制があるのも嬉しいポイントです。それだけに、自身が考えた“やりたい”を実現できる環境ですね。上司の意見を待つことなく、自身で“今すぐに行動だ”と感じたらすぐにチャレンジできるのは大きな魅力ではないでしょうか。周りには豊富な経験を持つドクターがたくさんいるので、相談すれば的確なアドバイスをくれるだけでなく、実現に向けて力になってくれるでしょう。また、そのチャレンジを支え、長く働けるような、待遇・福利厚生の面における様々な支援があります。当然のことながら、当直をした時はプラスアルファで手当てを支給。ハードな勤務が続かないよう、病院側も全力でフォローしてくれます。
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※2015年9月時点の情報です。最新の情報とは異なる場合がございますので、予めご了承ください。

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