「若手」と呼ばれているうちは、外科医がポジションに困ることはほとんどない。外科医不足も懸念される昨今、引く手あまたといってもいいだろう。
しかし40代、それも後半以降になると、必ずしもこれまでの延長線上ではキャリアをイメージしきれなくなるようだ。
45歳以降のキャリアの方向性を大まかに分類すると、①専門領域にこだわり続ける、②専門にはこだわらず広義に外科やその周辺領域で活躍する、③内科やジェネラルな領域に向かう、の3つが考えられる。それぞれの選択肢について、順に紹介する。

  • 選択肢 1 専門領域にこだわって活躍したい

人数の多い専門科ほど転職活動は1歳でも早く始める

【活躍の場=急性期病院・外科の各専門領域】

専門領域にこだわるほど年齢の壁が高い傾向が

最初の選択肢は「あくまで専門領域にこだわる」キャリアだ。
具体的には、急性期病院で専門外科の一員として診療にあたり、オペや後進の指導で活躍するような働き方。大学医局を離れても、このように活躍する医師は多い。診療科等によっても異なるが、40代後半なら年俸は1,600~2,000万円程度。やりがいの面でも、満足度が高いといえるだろう。
ただしこのキャリアを希望して転職するなら、年齢が大きな制約条件となることを知っておきたい。40代後半ともなると、年齢制約によって間口が狭まることが少なくないからだ。
年間100人近い医師転職に関わっている、ある医療法人の担当者は話す。「たとえばチームで治療に当たることが多い消化器外科で、現部長より年上、または近い年齢の医師を採用することはまずありません。役職者より若くなければ、チーム内の(年功序列の)秩序が保てないからです」。
これは、チームでオペをする診療科で特に顕著だ。一方、1人あるいは少人数で動く専門領域では、この制約は緩和される。「具体的には整形外科や脳神経外科などです。整形外科なら1人でも、脳神経外科は最低2人いれば成り立つため、採用の間口は広くなります。“1人医長”体制で回せる泌尿器科も同様です。年齢の制約もほとんどありませんし、部長など役職もつけやすいのです」(同担当者)。

専門領域にこだわるなら40代前半までに動きたい

このように診療科による違いはあるものの、40代後半以降も専門領域にこだわりたい場合は、ときに厳しい状況となることは覚悟したい。しかし「転職活動を数年早く開始するだけで全く状況が変わります」と話すのは、医師転職会社のキャリアアドバイザー(以下CA)だ。40代前半のうちに動き出せば専門領域への転職の成功率は高まるという。
「医師が若手と呼ばれるのは40歳プラス1、2歳まで、といったところでしょうか。専門領域にこだわるなら、この時期までの方が急性期病院の専門外科への転職は成功しやすい。それ以上の年齢でも、行動するなら1歳でも若い方がいいでしょう。30代なら、採用に至る可能性は極めて高い。転職後もその病院で実績を重ね、息長く専門領域で活躍するキャリアが可能です」
もっとも、40代前半か後半かで年齢の壁があるのは確かだが、施設によってチームの年齢構成は大きく異なるので、一律に「●歳」と線を引くのは難しい。
実際にあったケースでは、受け入れ先の部長が50代後半だったため、50代前半でも専門領域のチームの一員になる転職に成功した心臓外科医の例もある。
これらの事例のように、タイミングが合えば、年齢の壁は乗り越えられる。しかし、こういう例は多くはない。専門領域でできるだけ長く活躍したいと考えるなら、転職活動は早めに開始することをすすめたい。

外科医の転職事例ピックアップ ①専門領域にこだわる

45歳
  1. 大学病院・消化器外科(1,100万円)

    民間病院・消化器外科(1,600万円)

    肝胆膵が専門で、大学から民間病院へ転職した。受け入れ先の民間病院では、院長・副院長の下の世代で、かつ30代を中心とする外科チームの部長をつとめることができる人材を探していた。

46歳
  1. 大学病院・脳神経外科(1,250万円)

    民間病院・脳神経外科(1,500万円)

    新しく着任した教授の方針により、脳卒中では開頭手術が第一選択となり、脳血管内治療の症例が減少したため脳血管内治療を学べる環境を求め転職を希望。「治療法の選択は症例に合わせるべき」との考えを持つ著名な脳神経外科医がいる病院へ転職。医師は充足していたが大半が大学医局派遣。施設採用のスタッフを募集しておりタイミングよく転職。本人も満足度が高い。

45歳
  1. 大学病院・消化器外科(1,100万円)

    民間病院・消化器外科(1,600万円)

    肝胆膵が専門で、大学から民間病院へ転職した。受け入れ先の民間病院では、院長・副院長の下の世代で、かつ30代を中心とする外科チームの部長をつとめることができる人材を探していた。

46歳
  1. 民間病院・乳腺外科部長(1,900万円)

    民間病院・乳腺外科部長(2,000万円)

    旧勤務先が乳腺外科を縮小することになったため、通院中の患者さんも含めて受け入れてもらえる近隣の病院への転職を希望。旧勤務先の隣駅で、乳腺外科はあるものの、あまり稼働していなかった病院へ転職。これまでの患者さんも受け入れてもらうことができ、転職後も変わらぬ活躍を続けている。

50歳
  1. 大学病院・心臓外科(1,600万円)

    民間病院・心臓外科(1,800万円)

    大学病院で心臓外科手術の新しい術式を開発するなど実績があったが、新しい教授がオペを回してくれなくなったため、オペができる環境を求めて、心臓血管センターを有する民間病院へ転職。受け入れ先では50代後半の部長の下に、40代後半以上の医師がいなかったこともあり、採用となった。

  • 選択肢 2 広く外科領域で活躍する

外科医の経験を活かして、応用自在に診療の幅を広げる

【活躍の場=広く一般外科、緩和ケア領域など】

亜急性期病院で活かせる縫合など外科医の手技

第二の選択肢は、専門領域だけにこだわらず、広く外科一般の領域で活躍するという道だ。
急性期施設の中でも、地域医療に密着した外科などで、幅広い外科疾患を扱う施設も多い。
ある病院の人事担当者は、「外科の先生方は、若いうちからハードな勤務に慣れているため、年齢にかかわらず、当直などに柔軟に対応してもらえることが多い。決してムリな条件をお願いするつもりはないが、50代の方でも月2回程度の当直なら難なく受けていただける。狭い専門領域にこだわらなくても、外科の一般的なスキルと、フットワークの良さを兼ね備えていらっしゃる方が多いので、活躍いただける場がたくさんあります」と、外科医のポテンシャルの高さに太鼓判を押す。
50代で退局し、民間病院の一般外科に転職した心臓外科医は、新天地での活躍をこう語る。「一般外科と聞いて、最初は心配したが、胃ろうや透析シャントの造設などの手技を新たに身につけて、楽しくやっています。この年齢になって新しいことにチャレンジするのは案外面白い」との感想を寄せてくれた。このように専門領域ではないところでも、求められる手技を積極的に身につけ、転職先に自分を合わせていく姿勢をもつ医師は、病院から歓迎され、活躍の場も広がるようだ。
ちなみに、1次または2次の急性期病院やケアミックス病院の一般外科勤務の場合、待遇の相場は40代後半から50代で1,600万円程度である。金額は、施設の立地によっても左右される。郊外にいくほど高くなる。

がん治療の経験を活かす緩和ケア病棟の仕事

がん治療に携わってきた外科医なら、緩和ケアにシフトするというキャリアもある。「手術した患者さんを最期まで看取ってこそ、がん医療が完結する」―。緩和ケアに軸足を移した多くの外科医から聞く言葉だ。急性期医療では知りえなかった面に気づき、新たなやりがいを見出す医師も少なくない。
厚労省は、治療を終えたがん患者が自宅で療養できるように政策を進めており、地域の緩和ケアのニーズは高まっている。緩和ケア病棟の新設や病棟転換をはかる病院も増加している。
ある消化器外科医は、60代にさしかかり専門外科に限界を感じて転職活動を始めたところ、タイミングよく緩和ケア病棟新設予定の施設に出会い、新病棟の責任者を任された。「タイミングが合えば、こんな転職もあるんですね。これまでのキャリアも活かしながら、これまでできなったこと(最期まで患者さんと向き合うこと)に取り組んでいます。やりがいのある毎日です」と語る。
緩和ケアに従事する医師は、他業務と兼務する例もあり、待遇は施設によってまちまちだが、患者数はそれほど多くなく、オペもないので、一般外科よりも少し低くなるようだ。

外科医の転職事例ピックアップ ②広く外科領域で活躍する

55歳
  1. 大学病院・心臓外科(1,500万円)

    民間病院・一般外科(1,600万円)

    大学の関連病院で地方都市の急性期病院心臓外科部長として勤務していたが、両親の介護のため、出身地の病院への転職を希望。民間病院の一般外科に転職し、現在は介護と医師の勤務を両立させている。胃ろうや透析シャントの造設といった手技を新たに身につけ、一般外科の診療に新鮮な気持ちで取り組んでいる。

61歳
  1. 民間病院一般外科(1,750万円)

    民間病院緩和ケア病棟(1,750万円)

    60代まで一般外科でメスを握っていたが、「ターミナルケアにかかわりたい」と転職を希望。受け入れ先の病院長が同窓生で意気投合し、200床規模の急性期病院の緩和ケア病棟設立責任者として転職した。現在は勤務先の救急医療にもかかわっている。

  • 選択肢 3 内科にキャリアチェンジする

「ジェネラルな領域にも通用」外科の経験は多様な施設から期待

【活躍の場=内科・総合診療科、療養型施設、訪問診療、老健など】

長く働くなら、内科へのキャリアチェンジがおすすめ

第三の選択肢は、「内科領域へのキャリアチェンジ」だ。
この選択肢は、医師として長く現役で働きたい方におすすめだ。先の医師採用担当者によると、民間病院では、外科医が50~60代を迎えると、自分から申し出て院内の内科に転科するケースがしばしばあるという。
大半は、所属は外科のまま、受け持ちの外来を内科に変更するようだ。これがうまくいっている。「外科の先生方は全身管理のスキルに長けているので、内科へ転科しても、全く問題なく診療を行っていただいているケースがほとんどです」。
キャリアのなかで救急診療にも携わってきた経験から、外科医にはジェネラリストとしても通用する内科的な臨床能力が自然と備わっていることが、改めて評価される。

ケアミックスや訪問診療の現場でも外科医のスキルは歓迎される

慢性期病院や老健など、高齢者が多い診療現場では、外科医の活躍が大いに期待されている。これらの施設でも、褥瘡の処置や胃ろうの造設など外科的スキルが必要とされる場面は多い。外科医は内科的な診療を行う傍ら外科的処置にも対応でき、患者側にとって時間的にも医療費的にも大きなメリットがある。
一方、訪問診療の現場でも、外科医のスキルは非常に重宝される。実際、訪問診療で活躍する医師に外科領域出身者は多い。「簡単な外科的処置をサッと行う医師は、現場で非常にありがたい存在」と、ある訪問診療クリニックの院長は明かす。処置の際のフットワークの軽さも、患者・患者家族はもとより、他コメディカルからも評判がいい。
一般的な待遇は、ケアミックス施設で1,400~1,600万円、老健で1,000~1,200万円、オンコールなしの訪問診療で1,500~1,900万円程度だが2,000万円を超えることもある。いずれも年齢による待遇差は小さいようだ。

ジェネラルな領域へのシフトはワークライフバランスにも影響

ジェネラルな領域へのキャリアチェンジは、ワークライフバランスにも大きく影響する。大抵の場合、希望しなければ当直もほぼない。オンコール対応についても、大半の施設では医師に負担がかかりすぎないように配慮がある。50代以降の医師が多いものの、ワークライフバランスを改善したい子育て中の女性医師や、QOLの向上を期待する30~40代の男性医師も増えている。ワークライフバランスの改善は、今後のキャリアプランやライフプランを見つめ直すきっかけにもなるだろう。

外科的な処置が必要なケースが多い総合診療科

なかには、総合診療科で活躍する外科医もいる。施設によって総合診療科の“立ち位置”は異なるが、外科医のキャリアをそのまま活かせる可能性が高い。
たとえば、紹介状を持たずに来院し、「どの診療科にかかってよいかわからない」患者の受け入れ窓口として総合診療科が機能している病院の場合、“診療時間内の救急外来”的な機能を求められることが少なくない。そういった場面でも外科医としての豊富な経験は活きる。救急診療で培ったジェネラルな臨床能力に加え、切り傷の縫合など外科的処置をこなせる外科医のスキルが重宝されているからだ。

外科医の転職事例ピックアップ ③内科にキャリアチェンジする

46歳
  1. 大学関連病院・胸部外科(1,300万円)

    在宅療養支援診療所(2,000万円)

    「胸部外科はチームで動くため、大学を離れるならメスを置こう」との考えから、退局後は検診のセンター長や産業医への転職をイメージしながらも、可能なら外科のキャリアを活かしたいという気持ちがあった。転職会社の紹介で在宅療養支援診療所に面接に行ったところ、院長・副院長ともに外科出身であることがわかり、話しているうちに外科のキャリアが活かせると確信、転職を決意した。

60歳
  1. 民間病院・整形外科(1,700万円)

    在宅療養支援診療所・院長(2,100万円)

    50歳でメスを置き、民間病院でリハビリや内科外来を担当していたが、「地域住民のための仕事がしたい」と転職を希望。医師転職会社で訪問診療を勧められ、施設見学に行って転職を即決。在宅療養支援診療所院長として転職した。はじめて訪問診療に携わるには、やや年齢が高かったが、仕事帰りにジムに通うくらい体力も気力もあることから採用してとなった。現在も積極的に活躍している。

66歳
  1. 民間病院・循環器外科(1,800万円)

    産業医(1,300万円)

    勤務先の定年退職後も「一生現役で働きたい」と新たな勤務先を希望。産業医は人気があり門戸が狭いが、この企業の場合、経営層の健康管理業務を重点的に要望しており、加えて前任医師が75歳だったこともあって、その後任として着任となった。

68歳
  1. 民間病院・整形外科・リハ科(1,300万円)

    ケアミックス病院・内科(1,800万円)

    末子が(想定外に)医学部に進学、教育費のために収入を増やしたいと一般病院への転職を希望。病院側は当初、68歳という年齢に難色を示していたが、体力とリーダーシップがあり、キャラクターも明るいことから採用が決定。現在は職場のムードメーカーとして、またスタッフのまとめ役として活躍している。

40代後半以降の外科医のキャリアについて、大きく3つに分けて紹介してきた。外科医がメスを置くというとシビアな響きが感じられるが、実際には想像以上に充実した多様なキャリアが開かれるのかもしれない。
いずれにしても、転職にはタイミングが重要。条件の合う求人にタイムリーに出合えるよう、キャリアチェンジを考えるなら早め早めの準備をおすすめしたい。