いつの時代も「開業」は、医師のキャリアにおいて大きな選択肢の一つだ。だが、都市部ではクリニックが供給過多の傾向があり、かつてのように開業しただけで成功するとは限らない。失敗しないためには、綿密な計画が不可欠である。医療だけでなく、経営者としての知識や判断力なども問われるのだ。マーケティングや資金調達、スタッフ採用……医院開業にまつわる最新事情を解説する。
「2008年のリーマンショックや、11年の東日本大震災の時は、開業件数が抑えられましたが、その前後は目立った増減はありません」
こう語るのは、医院開業専門の日本医業総研の植村智之氏。厚生労働省の調査からも、医院件数全体に大きな変化がないことがわかる(下グラフ)。最近の傾向としては、開業年齢の変化があるそうだ。「以前は40歳前後で開業するのが主流でしたが、今は30代前半の若手医師や、逆に定年前のベテランが開業に意欲的です。若手は、医学部入学前から開業指向というケースが多く見られます。ベテラン層は、定年退職を前に『やっぱり開業を』と考え直す例が多いようです」『リクルートドクターズキャリア』では、医師775人を対象に開業意思を調査した。「将来、開業を検討している」と答えた医師は20代後半?30代前半に多く、植村氏の見解と一致する部分があった。
なお、開業を希望する診療科については、やはり内科が多いそうだ。「内科系が6?7割を占め、次いで整形外科か精神科。さらに眼科、小児科、皮膚科といった順番です。競争の激しい内科は、何らかの〝強み?を出すことが重要です」
一時期、急増していた在宅専門医院は、ニーズはあるものの、今は参入障壁が高いと言う。「何でも診られる診療技術が必要なうえ、診療報酬が大幅に下がって経営が難しくなっています。また、すでに地元でネットワークを持っている医院があるなど、意外に競争が激しい分野でもあります」
開業は自分の目指す医療を実現する手段の一つだが、時代の流れを考慮しなければ危険も伴う。以下、失敗しない開業のための「鉄則8」を植村氏が解説する。
2015年リクルートドクターズキャリア調べ(会員登録者へのネット調査・回答数775)
開業活動前
開業準備と言うと、いきなり物件選定から始める医師が多いのですが、失敗しないためには事前の準備が大切です。まずは自身の「強み」と「弱み」を紙に書き出してみるといいでしょう。いかにして強みを生かし、弱みを補うかを考えるのです。
もともと内科系の医師でも、「小児が診られない」「糖尿病治療がよくわからない」などと弱みが浮き彫りになることもあります。一方、外科系出身の医師は、開業後、手術ができなくなることに心配を抱いているケースが少なくありません。勤務医時代に行ってきた医療が医院開業に生かせるとは限らないのです。
しかし、外科の経験をうまく生かすことは可能です。呼吸器外科医は呼吸器内科へ、消化器外科医は内視鏡を売りにした消化器内科へと、元の専門性を生かしながら内科系に転換するにはどうしたらいいか、経営者視点に立って考えてみてください。
ある肝移植の専門医は、総合内科を開業しました。ずっと外科の最前線で活躍していた医師ですが、開業するにあたり「一般内科だけではいけない」と判断したそうです。半年ほど知人の心療内科医院で非常勤勤務を経験し、心身ともに診られるスキルを磨きました。
他に、救急出身の医師が健診や予防医学に力を入れる医院を開業したケースもあります。その医師は、毎日、救急搬送されてくる患者を診て「こうなる前に打つ手はあった」と思っていました。それを強みとして開業したのです。
まずは自身の経験を振り返ることから、開業準備が始まります。
厚生労働省:「医療施設(動態)調査」
方針検討
自分の強み・弱みを分析したら、医院のコンセプトを考えます。特に内科系は競合が多いため、専門性の生かし方が重要です。
ある呼吸器内科の医師は、当初「内科、呼吸器科」と並べて標榜するつもりでしたが、あえて呼吸器内科にしぼりました。ターゲットをぜんそくやCOPDの患者に定め、潜在的患者の人数や、行動パターン、年齢層をリサーチし、都心のターミナル駅に開業。会社員の患者が多く集まり、早期に黒字になりました。
ほかにも、勤務していた病院の近所に開業する「お膝元開業」は、昔から定番の戦略です。ある消化器外科医は、勤務医時代からのネットワークを生かして成功しました。近隣の内科医院から患者を紹介されていた太いパイプを保ったまま、内視鏡に特化した医院をお膝元開業。風邪などの患者はあまり受け入れないことにして、他の内科医院と円滑な診療連携を築いています。
ただ、病院が交通の便が悪い場所にあると、いくらお膝元開業でも集患は難航します。患者はどこに住んでいて、どんなルートで来るのか、十分に検証しておく必要があります。
なお、医院名を決める際にも強みを前面に押し出すことをお勧めします。自分の患者を引き連れてお膝元開業するなら、医院名+自分の名前。専門性を強く打ち出すなら、単なる「○○内科」ではなく「○○呼吸器内科」などと、専門性がわかる医院名がいいでしょう。立地がよいなら、「神楽坂内科クリニック」などと地名のブランド力を生かすのも手です。
マーケティング
開業したい場所は、東京都内なら世田谷区、目黒区、品川区などが人気です。比較的、高所得者層の住民が多く、医師自身も住んでいるため「できれば近所で開業したい」と相談されることがよくあります。
しかし、すでに医院は飽和状態に近く、〝立地ありき?で開業すると失敗しやすいエリアです。今から成功するためには入念なマーケティングが必要です。
医院の密集する人気エリアで小児科を新規開業し、成功した医師は、マーケティングが功を奏した事例です。マンションの建ち並ぶ街道沿いの近くで、子どもの多い地域でした。よく調べると、「内科、小児科」はあっても、たまたま小児科専門の医院はなかった。すぐに患者が集まり、順調に経営しています。
一般企業が出店する際には、当たり前のように丁寧なマーケティングをします。医院開業でも同じことをすれば、よい結果につながります。
事業計画・資金計画
事業計画と共に資金計画も考えます。まず決めるのは平均単価。一人あたりの診療報酬予測です。風邪を中心に診る一般内科は約4000円。呼吸器内科は約7000円。内視鏡検査が多い消化器内科などは8000?9000円が相場です。下表の収支状況なども参考にしてください。
収入の試算の次は、出費の試算。開業資金の返済や人件費、家賃、医療機器のリース料など、大きな固定費を洗い出し、損益分岐点を計算します。ここで「大変だ」と思うようなら是非、事業計画自体の再検討を。厳しい今の時代に無理は禁物です。
例えば耳鼻科なら看護師は本当に必要か、MRIなどを入れるなら放射線技師とは別に臨床検査技師を雇うのか、などによって人件費は大きく変わります。また、診療内容に対して広すぎる物件ではないか、内科系医院なのにリハビリ機器は本当に必要かなども、見直しができるポイントです。
資金調達
(株)日本医業総研調べ(サンプル数150)
開業資金の準備額はまちまちですが、1000万~2000万円の間が大半です(上グラフ)。ただ、最近は開業年齢の若年化に伴い、やや減少傾向が見られます。時には自己資金0円のケースもあります。
それでも、借り入れによって開業し、うまく経営している医院はいくつもあります。低金利時代ではありますが、金融機関にとっては一般企業より、医院への融資のほうが安全だからです。自己資金0円でも、5000万円を無担保・無保証で調達した例もあります。開業後の損益分岐点は、自己資金が0円でも500万円でも、さほど変わりません。
むしろ1000万円ぐらいの自己資金であれば、あえて手元に持っておいてもらうこともあります。万が一、うまくいかなかった時の運転資金の補?や、生活費のためにとっておくのです。開業資金は出し過ぎても、出さな過ぎてもダメ。そのバランスが大事なのです。
前々年(度) | 前年(度) | 金額の伸び率 | |
---|---|---|---|
Ⅰ医業収益 | 126,168 | 128,033 | 1.5% |
1.入院診療収益 | 9,417 | 9,314 | -1.1% |
2.外来診療収益 | 110,994 | 112,654 | 1.5% |
3.その他の医業収益 | 5,758 | 6,065 | 5.3% |
Ⅱ介護収益 | 1,835 | 1,946 | 6.0% |
1.施設サービス収益 | 219 | 220 | 0.5% |
2.居宅サービス収益 | 1,521 | 1,621 | 6.6% |
3.その他の介護収益 | 95 | 105 | 10.5% |
Ⅲ医療・介護費用 | 111,298 | 112,111 | 0.7% |
損益差額(Ⅰ + Ⅱ + Ⅲ) | 16,705 | 17,867 | - |
---|---|---|---|
施設数 | 1,663 | 1,663 | - |
厚生労働省「第19回医療経済実態調査(医療機関等調査)報告」(平成25年実施)
設備・機器
医療機器の選定は、開業後の資金繰りに大きく影響します。よく、「病院と同じ環境を整えたい」とのことでCTの導入を希望する医師がいます。しかし、安い機種でもリース料は月額約50万円。臨床検査技師を雇えば、人件費もかかります。それに見合うだけの利用数があればいいのですが、実際には難しく、CTが赤字の原因になることもあります。
一方、MRIを導入するケースは、最近少しずつ増えてきました。脳外科医院であれば、MRIを使った診断が強みになるからです。リース料はCTより高額ですが、診療報酬も高い。ある脳外科医院では、初診の患者に対して積極的にMRIを撮っています。患者にとっても、大きな病院で長い待ち時間を我慢する必要がなくなるメリットがあるため、経営は順調に進んでいます。
医療機器を導入して、本当に経営の強みになるのか。具体的に試算をしてみて、検討するとよいでしょう。
平均給料年(度)額 | 賞与 | 合計 | |
---|---|---|---|
院長 | 27,386,810 | 125,677 | 27,512,487 |
医師 | 12,742,260 | 646,854 | 13,389,114 |
薬剤師 | 6,506,475 | 1,049,747 | 7,556,221 |
看護職員 | 2,938,812 | 589,127 | 3,527,940 |
看護補助職員 | 1,888,346 | 303,435 | 2,191,781 |
医療技術員 | 3,233,226 | 626,374 | 3,859,600 |
事務職員 | 2,639,981 | 467,358 | 3,107,339 |
技能労務員・労務員 | 1,963,014 | 300,496 | 2,263,510 |
役員 | 4,715,892 | 18,532 | 4,734,424 |
厚生労働省「第19回医療経済実態調査(医療機関等調査)報告」(平成25年実施)
スタッフ採用・教育
看護師にしても事務スタッフにしても、必ずしも常勤で採用する必要はありません。最初はパートだけで回すほうが得策と考えることもできます。なぜなら、開業当初は患者数の変動が激しく、本当に必要なスタッフ数がわかりかねるからです。
患者が少ない時、パートであればシフトの変更などで柔軟に対応できますが、常勤は毎日来てもらうことになります。その分、人件費がかかり、経営を圧迫しかねません。パート職員の組み合わせと常勤では、人件費が15%ほど違います。人件費の平均額は上表を参考にしてください。
また、どんなに面接をしても、本当に医院に合った人材かどうか見極めるのは至難の業です。常勤で採用すると、万が一、トラブルが起きてもなかなか解雇できません。
開業当初は全員パートで、1年後をめどに黒字化してから、能力のある人を常勤にする方法も有効。スタッフの意欲向上にもつながります。
広告宣伝
最近の開業は、ホームページをいかに活用するかが重要です。かつての主流だった駅看板やチラシなどは記載内容に制限があり、専門性を強く打ち出すことができませんでした。しかし、ホームページは比較広告などをしない限りは問題になりません。積極的に強みをアピールできます。
よくあるのは、専門とする病気の詳しい解説文を載せる方法です。患者は、3つくらいの医院のホームページを比較し、自分の病気が詳しく書かれているところを選びます。この頃は、若い患者層だけでなく、高齢者にもそうした傾向が見られます。
また、開業前の内覧会も、医院の宣伝手法として定番化してきました。都心の内科や整形外科の医院なら、100人近くの住民が集まることもあり、高い周知効果が見込めます。ただ、心療内科や精神科、婦人科など、内覧会に適さない科もあります。
元勤務先の病院付近での「お膝元開業」は可能か、あるいは自力で集患するのかなど、基本的方針を考える。
自身の希望だけでなく、競合の有無、ターゲットとする患者層の動線などをリサーチして立地を選定する。
数あるテナントから、事業計画にマッチした物件を選ぶ。給排水、電気容量等が医院に適応するかも要確認。
平均単価を試算して月商を割り出す。また、借り入れの返済、人件費など固定費も試算し、事業計画を練る。
開業準備額は1000万~2000万円が多いが、減少傾向にある。自己資金0円でも借り入れができる。
パートで採用し、黒字化してから常勤採用するといい。人件費を抑えられ、トラブル時にも対処しやすい。
ネットを活用して専門性の打ち出しを。最近は高齢者もネットを見て受診する。内覧会が効果的な医院も。
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