開業成功の必須ポイント

「すでに医院は飽和状態」と言われるエリアがありながらも、全国的には毎年、閉鎖を上回る数の新規開業がある。だが、数が増えた分、患者が医院を「選ぶ」時代になったとも言える。立地選定は難しくなり、設計や広告宣伝、職員の教育にも“患者目線”が求められるようになった。開業準備もより複雑化している。そうした中で多くの医院開業を成功に導いている専門家に、今の時代で勝ち抜く方法を徹底解説してもらった。
※文中、クレジットのない図表は全て(株)日本医業総研提供

  • 最新傾向

都心だけでなく、地方都市でも医院飽和状態。
地域の医療ニーズを的確に捉えた開業計画を

株式会社日本医業総研
東京本社
シニアマネージャー
植村智之
(株)日本医業総研は会計事務所を母体とする、約400件の医院開業を成功させた開業コンサルティング会社。自身は東京本社の責任者を務める。開業前だけでなく、その後の経営を見据えた支援を旨としている。

植村智之 写真

幅広い年齢層の医師が
開業を視野に入れ始めた

「『今まで開業は考えていなかったんだけど』という医師の開業が増加しています」

実績豊富な開業コンサルタントである(株)日本医業総研の植村智之氏は、開業市場の動向をこう話す。特に目立つのは50代以上の医師だ。

「定年退職後も、医師としては終わりではありません。現在、開業医には90歳まで現役の医師もいます。そうした中、定年が見えてくる年齢で開業を決意した、という声をよく聞きます」(植村氏、以下同)

もちろん開業年齢の中心は今も40歳前後だが、より幅広い年齢層の医師がキャリアの到達点として開業を選ぶようになったと言える。

開業市場全体で見ると、開設数は微増を続けている(下表参照)。廃止も多いが、それを上回るペースで新規開業していることから、今もニーズはあると読み取れる。だが、開業しさえすれば成功する時代ではない。

「医院の需給は人口対比ですから、都心だけでなく、人口が少ない地方都市も意外と飽和状態です。地方は人口減少も始まっています。それぞれの医療ニーズを的確に捉えた開業を計画しなくてはなりません」

一般診療所施設数の動態状況(年次推移)
厚生労働省:「医療施設」(動態)調査
  • 心構え

全責任を自分が負う経営者意識が不可欠。
“雇われ院長”を経験し、準備する医師も

開業コンサルの利点と注意点を
理解し、うまく付き合う

開業後は、医師の顔ともう一つ、経営者の顔も持つことになる。診療のほかにお金や人のマネジメントも全て自分が責任を負うのだ。

「誰かが何かをやってくれる、という考えでは長続きしないかもしれません。開業前に、経営者としての心構えを身につけておいてほしいですね」と植村氏はアドバイスする。

経営に関する書籍を読んだり、セミナーを受けたりするのもいいが、より効果的なのは実際に医院で働いてみることだ。

「いわゆる“雇われ院長”として勤務すると、患者対応やスタッフ間の関係づくり、効率的な集患などがダイレクトにわかります。病院はブランド力で集患できますが、医院は院長を目当てに患者が来ます。一度経験すると、開業医としての自分の向き不向きもわかります」

実際、開業前の1年間に複数の医院で勤務したある整形外科医は、経営ノウハウのほか、リウマチの診療など、自分の医院で役立つ実践力も習得。開業後は経営も堅調だという。

また、開業準備のパートナーである開業コンサルタント(以下、開業コンサル)との付き合い方も、心構えの一つとして覚えておきたい。開業コンサルは、コンサル専門業者や会計事務所などによるサービス(有料の場合が多い)と、薬局チェーンや医療機器メーカー、不動産会社などが提供する無料サービスに分けられるが、それぞれ利点と注意点がある。

「当社のような会計事務所が母体のコンサル会社は有料ですが、開業後の経営を見据えた提案をする点が強みです。他の業種の無料コンサルは、母体の事業に関する商品を積極的に提案します。それを理解したうえで、いいところ取りをしてほしい。医療機器を安く導入したいなど、自分で価格交渉ができる医師は無料コンサルの方がローコストかもしれません」

開業準備の流れは下図のとおり。それぞれ失敗しないためのポイントを次ページから解説する。

開業までのおもな流れ
必須POINT
お金や人のマネジメントの全責任を負う、経営者としての覚悟を。
開業前に“雇われ院長”を経験し、経営者意識を養うのも有効。
開業コンサルは、その特徴と自分の状況を把握し、うまく利用を。
  • 1 コンセプト・方針検討

経営理念は“事業の背骨”。
医院の方向性を端的に表現したい

「強み」「弱み」を整理し
診療コンセプトを練る

開業準備は、経営理念を決めることからスタートする。何のために開業するのか、どんな医院でありたいのか――。経営理念は“事業の背骨”。のちの立地選定や資金調達など全てに関わる。

「いざ理念と言われても、なかなか言葉にできない医師も多くいます。開業を決意した動機や、日頃大事にしている言葉など、素直な思いを表現するといいでしょう」

例として、「患者さんと一緒に考えて治療をするクリニック」「ここにきて良かったと思われるホスピタリティで診療する」などがある。短いセンテンスで、誰にでもわかりやすい言葉が理想的だ。

経営理念が決まったら、診療コンセプトを練る。どんな患者をターゲットにし、どんな医療をどこで提供するか。理念を具現化するための戦略である。診療コンセプトを決めるにあたって便利なのが「SWOT分析」(下図参照)だ。内部環境(自分自身)の強みと弱み、外部環境(医療市場)の機会と脅威の4つを書き出し、成功要因を自己分析する。

「自分の強みというと、専門性や診療技術が真っ先に挙がりますが、必ずしも診療に限定する必要はありません。コミュニケーションが得意、元勤務先病院とのパイプや地域のネットワークがあることなども、診療コンセプトにつながる強みです」

弱みに関しては「小児を診た経験がない」「自己資金が少ない」など、いくつか思い浮かぶかもしれない。

「診療上の弱みがあるなら、そこには手を出さないと決めましょう。資金など診療以外の弱みは、代替性があれば致命的欠点ではありません」

外部環境については、国の医療政策や人口動態、地域の医療ニーズなどから考える。例えば、少子高齢化や疾病構造の変化、競合医院の多寡などが自分にとって機会なのか脅威なのか、整理してみるとよい。

ある脳神経外科医院は「病院に劣らない高精度な検査」をコンセプトとした。勤務医時代の経験を生かし、急性期を脱した患者の再発や重症化を予防したいと考えたのだ。病院の脳ドックは待ち時間が長い状況を鑑み、1・5テスラのMRIを持つ医院にニーズがあると予測した。綿密な立地選定や広告宣伝を経て開業すると、半年で400人もの患者が脳ドックを受けるほど経営は好調だ。

また、ある皮膚科医院は「時間をかけて丁寧に診る」がコンセプトだ。勤務医時代の3分診療から脱却したい思いが強かったからである。一般的な皮膚科医院ほど患者数はさばけないが、逆にそれが競合医院との差別化になって患者が定着した。

植村氏は「医師の目指す医療と、地域の困りごとがマッチすると非常にブレイクする」と言う。徹底的な自己分析と、地域のニーズをうまく読み取った診療コンセプトが、開業後の勝敗を分けるのである。

診療コンセプト明確化のためのSWOT分析シート
自分の強みを活かした診療コンセプト例
  • 地域密着を徹底する
  • 在宅医療を徹底する
  • 診療の専門性を徹底する
  • 医療サービスの質を徹底する
  • 高度な医療(重装備)をアピールする
  • 患者の利便性を追求する
  • 予防医療、健康管理を前面に打ち出す
  • 患者とのコミュニケーションを前面に打ち出す
  • 子育て支援を前面に打ち出す
必須POINT
方向性を決める経営理念と、戦略となる診療コンセプトを設定する。
自身の強み、弱みを把握し、診療コンセプトに生かす。
目指す医療を地域ニーズにマッチさせることが成功の鍵。
  • 2 立地・物件選定

物件ありきの開業は危険! マーケティングをし
診療コンセプトを実現できる立地を選ぶ

立地選定から契約まで数ヵ月
自らも足を運んで確認を

開業を意識し始めた頃から、物件情報を集めていた医師も多いのではないだろうか。しかし、物件ありきの開業は、経営が難しくなる危険性が高い。開業を成功させるには、診療コンセプトに即した立地選定が欠かせないからだ。

「地域住民をターゲットとしたプライマリケアの医院なら住宅地。専門性の高さを売りにするなら、広域から患者が来やすい市街地が定石です。元勤務先との連携が強みなら、いわゆるお膝元開業。病院のすぐそばの立地が適しています」

大まかな候補地(○○線の沿線、○○区内など)を決めたらマーケティングを行い、狭域の候補地(概ね1次医療圏か2次医療圏)を3~4つに絞り込む。

「年齢別人口や傷病別の受療率などから潜在患者数を割り出し、並行して競合医院の有無を確かめます。診療コンセプトに合った医療ニーズがあり、さらに競合がなければ有力な立地候補となります。競合があっても、潜在患者数が多ければ参入の余地があるかもしれません」

よくある失敗は、自宅の近所にこだわり「この辺りのことはよくわかっている」との思い込みで不利な物件を選んでしまうことだ。

「ご自身の利便性より、事業の成功を目標にした立地選定をお勧めします。通勤に数十分かかったとしても、事業として成功すれば、車通勤したり引っ越しするなどして、あとから不便を緩和できます」

狭域の候補地を決めたら、ようやく物件探しに入る。診療科別の必要面積の目安(下表)を参考に、診療内容に適した広さの物件を選ぶ。いくつか目星をつけたら、さらに詳細なマーケティング(診療圏調査)をする。

「開業コンサルによっては、専用ソフトの解析結果のみで『参入の余地がある』と判断する場合もありますが、十分ではありません。現地で、地域住民に『近くに引っ越すのですが、いい内科を知りませんか』と聞いたり、競合医院の患者の入り具合を確認したりしなければ、本当の医療ニーズはわかりません」

診療コンセプトを実現しやすい物件で、前述の確認もでき、地代家賃も無理のない範囲であれば、満を持して契約に至る。

立地選定から物件契約までは、数ヵ月はかかる。通常、調査の実務は開業コンサルが行うが、医師自身も何度か足を運びたい。立地・物件選定は開業準備でも重要なステップであり、慎重に進める必要がある。

立地選定フローチャート
診療科目別・必要面積の目安
診療科目 特記事項 必要面積(坪)
内科 30~40
小児科 レントゲンの有無 35~45
整形外科 施設基準の有無 50~70
眼科 オペなし 30~35
オペあり 45~60
耳鼻咽喉科 25~45
皮膚科 15~35
婦人科 不妊治療なし 30~40
不妊治療あり 50~200
脳外科 CT・MRIなし 25~30
CT・MRIあり 30~50
泌尿器科 40
心療内科・精神科 デイケアなし 20
デイケアあり 40~50
必須POINT
マーケティングを繰り返し、候補地を徐々に絞って物件を探す。
自宅付近に固執するのは危険。事業の成功を第一にした選択を。
ソフトを用いた診療圏調査だけでなく、現地での聞き込みが必須。
  • 3 事業計画・資金調達

売上は低め、経費は高めに見積もり、
1年後に黒字化できる計画を立てる

金融機関からの借入は今は
長く借りて早く繰上が得

事業計画書は、開業後の資金繰りをシミュレーションした書類だ。金融機関で資金を借り入れる際に必要となる。ポイントは、1年後に黒字化できる計画にすることだ。

「医院の売上の伸びは通常、2年目に鈍化するため、そこからの黒字転換は難しくなります。赤字が長いと運転資金がかさみ、ゼロになれば事業ストップです。ですから、事業計画には希望的観測を入れず、売上は低めに、経費は高めに見積もることが鉄則です」

金融機関が重視するのは、黒字化に必要な売上高を示す「損益分岐点」だ。これは、売上高(患者数×平均単価)と経費の予測値から求める(下図参照)。平均単価は、診療内容が専門的な医院ほど高く、総合的な医院ほど低い傾向があるが、開業前の予測は難しい。

「内科は4500円、精神科なら6000円などと平均単価の目安はありますが、検査や手術の有無などで変動します。潜在患者数や診療コンセプトに基づき、慎重に予測します」

経費には人件費、地代家賃、水道光熱費など、売上の増減に関係なく発生する「固定費」と、薬品仕入高、医療材料仕入高、検査委託費など、売上の増減によって変動する「変動費」がある。全ての合計から、損益分岐点を算出する。

初期投資の中でも、運転資金は特に大きなウェイトを占める。

「『用意する運転資金の目安は3ヵ月分』などと言う人もいますが、それは診療報酬が2ヵ月後に入るからという単純な話。損益分岐点が高ければ、1年分くらいは用意しておかなければなりません」

金融機関から借り入れる額は、自己資金の多寡による。最近は、子どもの学費がかさみ、開業時の自己資金がゼロの医師も少なくない。

「それでも、1年目で黒字化できる事業計画があれば5000万~6000万円の借入は可能です。また、現在は借入金利も下がっているので、資金があっても全てを投入する必要はありません。開業資金は借りて、手元に生活費1年分程度の資金はとっておくことをお勧めします」

低金利の今、返済期間はできるだけ長期で組むのがコツだ。金融機関から「10年」と言われても15年にしてほしい、などと交渉したい。

「開業当初は利益が出にくい構造ですから、長期返済で毎月の返済額を抑え、早く利益が出るようにして、利益が出たら、なるべく早く繰上返済をしましょう。その際、手数料はよく確認してください。金融機関によっては、手数料が3%など、金利より高い場合があります」

マイナス金利の今は、変動より固定金利の方が、金利設定が少ない金融機関もある。「数年は繰り上げ返済しない予定なら、3年や5年の固定金利で借りるのも手」という。

なお、定年後開業の場合は、返済期間10年程度で、借入額を抑え、毎月の出費を少なく組むのが鉄則だ。

損益分岐点の考え方
必須POINT
開業2年目は売上が鈍化するため、1年での黒字化を目指す。
マイナス金利の今ならではの借入計画を立てる
定年後開業なら、返済期間10年程度で、借入額も少なくする。
  • 4 設計・工事

院長は司令塔。職員も患者も動きやすいのは
診察室を中心としたレイアウト

“人の動線”だけでなく、
“物の動線”も考慮する

同じ医療機関でも、病院と医院では施設内のレイアウトが大きく違う。

「病院は診察室に医師、処置室に看護師、医事課に事務スタッフと各部屋に専門家がいます。部屋ごとに業務が完結するので、それぞれ横並びに配置することが多い。それに対し、医院は院長が司令塔で、全ての業務に関与します。ですから診察室を中心として処置室や受付などを配したレイアウトが効率的です(図参照)」

動線にも注意が必要だ。医師、スタッフ、患者といった“人の動線”がスムーズになるよう配慮することはもちろん、“物の動線”にも気を配らなくてはならない。

「カルテや書類、検体などの動線です。これらはプライバシーに関わりますから、患者の目に触れない動線を確保しましょう」

開業後、よくクレームが寄せられるのは、診察室の声漏れだ。あとからノイズキャンセラー装置を用いて対処することも可能だが、なるべく設計段階で手を打っておこう。

「物理的に上が空いていると声が漏れます。診察室の手前のほか、横も天井まで壁を作るといいでしょう」

クリニックのレイアウト例
必須POINT
基本は、診察室を処置室、受付、待合室が取り囲むレイアウトに。
カルテや検体などは、患者の目に触れない動線を確保する。
医師や患者の声が漏れないよう、診察室の壁は天井まで作っておく。
  • 5 機器準備

「本当に必要な機器か?」を熟考し、
できる限り値下げ交渉をしてから契約する

複数の見積もりで比較検討を。
「セット販売」には注意

初期投資を抑えるために、医療機器は本当に必要なものに絞るべきだ。

「CTのリース料は安くて月50万円。診療コンセプトを実現するために必要なら投資すべきですが、そうでなければ採算が取れません。生化学検査機器も、糖尿病内科などすぐに検査結果を知る必要のある科以外、不要なことがほとんどです」

医療機器ディーラーに見積もりをとる際も注意したい点がある。必要な機器とそれ以外の機器とのセット販売を提案されるケースだ。

「安くてももし不要なら無駄。さらに、セットでは個別の価格がわからず、他社と比較できません。必要な機器のみの価格を聞いて、他社からも見積もりを取り、比較して値下げ交渉したいですね。その上でリースの利率も交渉するといいでしょう」

現在は、リースより資金を借り入れて購入した方が有利な場合も。

「リースの利率は大体1・7%台ですが、借入金利は1%以下の銀行もあります。ただ、購入するのはレントゲンなど長期で使う機器にして、新しいものが出がちな機器はリースにするなど、うまく使い分けてほしいと思います」

診療科別医療機器初期導入額目安
診療科目 特記事項 金額(単位:千円)
内科 一般内科 12,000~15,000
消化器 15,000~30,000
循環器 12,000~20,000
小児科 10,000~15,000
整形外科 20,000~25,000
眼科 オペなし 20,000~30,000
オペあり 40,000~50,000
耳鼻咽喉科 15,000~25,000
皮膚科 12,000~15,000
婦人科 無床 15,000~25,000
心療内科・精神科 5,000~8,000
必須POINT
診療コンセプトを実現するために必要な機器のみ導入する。
2社以上の見積もりを取って比較し、しっかり値下げ交渉をする。
使用期間や機種の特性に応じて、購入とリースを使い分ける。
  • 6 人事・採用

スタート時はなるべくパート採用で。
給与は相場と同等、人件費は売上の2割以内に

看護師も受付スタッフも
経験より人柄重視

オープニングスタッフは医院の風土を左右する。ぬかりない採用計画を立て、診療コンセプトにふさわしい人材を揃えたい。

「陥りがちなのは、『多めの人数』『全員が常勤』『相場より高い給与』での採用。人件費がかさみ、経営を圧迫しかねません。人件費は売上の2割程度に収めるのが妥当です」

必要人数の目安は表上のとおり。耳鼻科や皮膚科、心療内科などは看護師が必須ではない。一方で、内科や小児科、婦人科などはあえて看護師を複数配置する手もある。

「看護師が電話受付や待合室の段階で軽い問診をしてから医師につないだり、診療後に生活指導をしたりすることで、医師が診療に専念できるようにするのも戦略の一つです」

雇用形態は、スタート時はなるべくパート採用を多くするのが基本だ。

「個人事業でも常勤が5人以上になると社会保険や年金などの間接人件費がかかります。また、常勤は季節によって患者が変動してもシフトを減らしにくい。常勤採用は経営が軌道に乗ってからでも遅くありません」

給与に関しては表下が目安だ。パートの時給にすると、都心部の受付スタッフで1000円~、看護師で1900円~となる。近隣の医院の求人情報から相場を把握し、同じ水準で募集しよう。

選考はあらかじめ履歴書を郵送してもらい、20~25人に絞り込んで面接をする。重視すべきは、経験よりも人柄だ。

「看護師は高度医療の経験があっても、医院でそれが必要とは限りません。患者とうまくコミュニケーションをとれることの方が重要です。事務スタッフは、医療事務の経験が長い人より、接客業など他業種の出身者が患者対応に長けている場合もあります」

面接で忘れずに確認したいのが、前の職場の退職理由だ。

「正しく評価されなかった、同僚と合わなかったなど他責が多い人は、採用しても同じことの繰り返しになる可能性もあり、注意が必要です」

面接の段階で仮のシフトを組み、うまく回るかどうかシミュレーションしてみることも必要である。

「最低の出勤日は何日がいいか。扶養の範囲で働きたいのか。育児や介護中の人は、診療時間が延びた場合はどうかなどを聞き、患者の増減やスタッフが休んだ時に対応できる組み合わせを考えるのです」

採用が決まったら、オリエンテーションをする。院内設備や雇用内容の説明のほか、院長が経営理念を語り、スタッフ全員に浸透させる。その後は1週間ほどかけて電子カルテの操作や患者対応の研修をし、内覧会までに万全を期しておきたい。

診療科別必要職種・必要人数 (単位:名)
診療科目 特記事項 看護師・准看護師 医療技術員 受付事務
(診療補助含む)
内科 一般 1~2 2~3
小児科 1~2 2~3
整形外科 施設基準あり 2~3 1~ 2~5
施設基準なし 1~2 2~4
眼科 オペあり 2 4~5
オペなし 0~1 4~5
耳鼻咽喉科 0~1 0~1 2~4
皮膚科 0~1 2~4
婦人科 無床 1~2 2~3
心療内科・精神科 0~1 1~2
一般診療所(全体)の職種別常勤職員1人平均給料年(度)額 (単位:円)
平均給料
年(度)額
賞与 合計
院長 28,734,681 140,877 28,875,559
医師 11,515,577 707,679 12,223,256
薬剤師 6,109,511 784,585 6,894,097
看護職員 3,059,398 627,981 3,687,380
看護補助職員 1,986,599 316,474 2,303,073
医療技術員 3,369,879 643,709 4,013,588
事務職員 2,580,674 470,951 3,051,625
技能労務員・労務員 2,615,384 475,639 3,091,023
役員 5,442,478 1,130 5,443,608
厚生労働省「第20回医療経済実態調査(医療機関等調査)報告」(平成27年実施)
必須POINT
常勤は5人以上で間接人件費も必要に。最初はパート採用で様子見。
看護師の配置は、しない、あえて複数に、など科によって戦略的に。
患者数の季節変動やスタッフの休みも加味して、人員配置を考える。
  • 7 広告宣伝

来院動機は「Webサイトを見て」が最多。
SEO対策を考慮し、早めのサイト開設を

紙媒体や内覧会などの
リアル販促も戦略的に

開業前の広告宣伝は、なんと言ってもWebの戦略が重要になる。

「患者の来院動機を調査すると、『Webサイトを見て』という回答が圧倒的多数を占めていました。高齢者を含め、6~8割の患者がスマートフォンで閲覧しています。費用はかかりますが、どんなデバイスにも対応する『レスポンシブデザイン』のサイトを開設するといいでしょう」

広告宣伝のタイミングは下図のとおり。まず、開業2~3ヵ月前にプレサイトを開設する。開業予定日や場所、診療科目、院長のあいさつなどを記載した簡単なもので構わない。

「潜在患者への告知になるだけでなく、スタッフ募集に応募しようとしている人の参考になります。さらに、SEO(検索エンジン最適化)対策としても有効です。GoogleやYahoo!に表示されるには1~2ヵ月かかりますから、早めに医院名をネットにあげておくことに意味があります」

開業2~3週間前には本サイトを開設しよう。診療コンセプトや院長の専門領域、診療内容の特徴などを明確に打ち出すことが大切だ。手間はかかるが、自院の強みに関連した記事をできるだけまめに更新することで、サイトの価値がより高まる。

「患者はいくつかの医院のサイトを比較し、自分の病気に詳しそうなところを選びます。病気や治療法、予防法の説明など『こんなに読まないだろう』と思うほど書いてください」

ブログ形式にすると更新が簡便になるが、注意点もある。

「外部のブログサイトとリンクを張るのではなく、本サイトの内部にブログを組み込むことが大切です。ブログを更新するごとに、本サイトのGoogleの評価が上がります」

開業日が迫ったら、紙媒体の広告を検討する。その際、立地特性を踏まえて、適切な媒体とタイミングを選ばなければならない。

「地域住民をターゲットにした住宅地の医院は、開業1週間前に狭域での戸別ポスティングをします。開業直前の週末に内覧会を開くとしたら、他のちらしの少ない水・木曜日に新聞折込もします」

内覧会に来る地域住民の関心事は“どんな医師なのか”である。にこやかに話しやすい対応を心がけたいが、長時間話し込んだり相談会を開いたりするのは得策ではない。

「内覧会では診察も検査もできず、中途半端なことしか言えません。あくまで立ち話にとどめ、『よかったらまた来てください』と予約をとるのがいいでしょう」

なお、広域から集患する市街地の医院が紙媒体の広告を使おうとすると、膨大な枚数になってしまう。他の広告戦略を検討すべきだ。

「駅看板は検討の余地がありますが、それよりもWeb広告の強化が優先です。検索エンジンの広告スペースに表示される『リスティング広告』に費用を割くのが有効です」

開業前後の広報展開タイムスケジュール例
必須POINT
開業2~3ヵ月前にはサイト開設を。まめな更新で検索順位を上げる。
住宅地の医院は紙の広告も必要。市街地の医院はWeb が優先。
内覧会では長話は禁物。自身の人柄をアピールし、予約につなげる。
  • 8 経営管理

開業後はお金と人のマネジメントが肝。
患者、職員双方の満足度を高める工夫を

自分に反対意見を言える人を
3人はそばにおく

下表は一般的な医院の収支状況を示している。開業後、しばらくたっても表の収益を下回るようなら、経営上の問題があるはずだ。

「診療報酬の算定漏れはないか、必要な検査はしているかなど、まずレセプトを確認しましょう」

診療報酬に関連した問題であれば、院長やスタッフが正しい算定基準を知ることで改善できる。しかし、すでに正しく算定していたとすれば、患者の減少が原因かもしれない。

「患者数の推移を調べて、初診は多いのに再診が少なければ要注意です。患者の住所を地図に落とし込み、局所的に患者が少ない地域があったり、ドーナツ化現象のように医院の周囲だけ患者が少なかったりする場合も問題です」

何が原因なのかを知るには、患者自身に直接聞くのが最も確実である。問診票にアンケート欄を設ける方法もあるが、詳細な情報を知るには患者満足度調査が有効だ。しばらく来ていない患者を含め、カルテ等から無作為に抽出し、アンケート用紙と返信用封筒を郵送する。

「よくあるのは、待ち時間が長い、駐車場が少ない、医師やスタッフの対応が悪いなどの意見です。対応策を待合室に掲示し、患者にフィードバックするといいでしょう」

待ち時間や駐車場はすぐに解決できないにしても、スタッフの対応は院長のマネジメント力次第だ。

「経営が順調な医院は、どこも密なコミュニケーションをとっています。朝礼や昼食会を定期的に開いてチームの一体感を築いたり、個別面談をスケジュール化して、院長がスタッフの意見を聞く機会を設けたりして、職員満足度を高めているのです」

下図の10項目について院内ルールをまとめ、共有するのもいい。植村氏は「職員満足度が上がれば、結果的に患者満足度の向上にもつながります」と語る。

スタッフのマネジメントは、院長が最も悩むテーマだ。社会保険労務士に丸投げしようとする医師もいるが、それは御法度だと心得たい。

「人を雇った時点で、その人の人生を背負うのです。自分がスタッフを幸せにするという発想がなければ、みんな離れていくか、都合のいい情報しか集まらず“裸の王様”になってしまいます。自分に反対意見を言える人を、3人はそばにおきましょう。開業医として成功するには、耳の痛い話も真摯に受け止める『経営者の心』が何より大切なのです」

一般診療所(全体)の収支状況 (単位:千円)
前々年(度) 前年(度) 全体の伸び率
Ⅰ 医業収益 130,056 129,842 − 0.2%
1.入院診療収益 5,960 5,823 − 2.3%
2.外来診療収益 118,960 118,874 − 0.1%
3.その他の医業収益 5,135 5,145 0.2%
Ⅱ 介護収益 2,066 2,060 − 0.3%
1.施設サービス収益 199 187 − 6.0%
2.居宅サービス収益 1,654 1,667 0.8%
3.その他の介護収益 213 206 − 3.3%
Ⅲ 医業・介護費用 110,846 111,429 0.5%
損益差額(Ⅰ+Ⅱ-Ⅲ) 21,276 20,473
施設数 1,618
厚生労働省「第20回医療経済実態調査(医療機関等調査)報告」(平成27年実施)
スタッフで共有・確認したい行動基本の10項目
必須POINT
患者数推移や、患者アンケートなどから経営上の問題を特定する。
患者の不満は「待ち時間」「駐車場」「医師や職員の対応」に集中する。
職員満足度を高めることが、結果的に患者満足度につながる。
  • 事業承継の基礎知識

患者等を引き継ぎ、開業費用を抑えやすい。
「営業権」が妥当な額かの見極めが大切

案件は今後も増える見込み。
専門家への相談が現実的

医院承継は前院長の患者や知名度、設備などを引き継ぐことができるため、開業費用を抑えやすい。新規開業とは違い、初年度からの黒字経営が期待できる(下図参照)。

「新規の開業費用は、内科で4000万~5000万円が相場ですが、承継は4000万円弱で済むことが多い。しかし『営業権』が高額な医院は、新規と同等やそれ以上の費用がかかる場合もあります」

営業権とは医院の価値として支払う権利金で、地代家賃とは別。この金額の見立てが難しい。

「目安は1年間の営業利益です。4000万円の利益を出す医院ならば、その額が営業権の価格となります。ただ、前院長の意向でもっと高いこともあります。妥当性を判断するには、継ぐ側が自分に置き換えた事業計画書を作ってみることです。税制上のメリットまで調べて計画を立てると、高額な営業権でも採算がとれることがわかる場合があります」

税制上のメリットは、承継元が個人事業か法人かによって異なる。

個人事業は、営業権の購入費として金融機関から借り入れた資金の返済額が減価償却の対象となる。新院長は5年間にわたって節税できる。

法人の場合は、営業権の買い方が2種類ある。一つは個人間の売買契約だ。新院長から前院長へ、個人的にお金を払う方法である。

もう一つは、新院長から法人へお金を払う方法で、法人は金融機関から資金を借り入れて前院長の退職金に充てる。法人に赤字ができ、返済が終わるまで節税効果が発生する。

前院長にかかる所得税は、個人間の売買契約で得た譲渡所得の方が、メリットがでることが多い。そのため、前院長にとっては個人間売買の方が有利だが、どちらの方法を選ぶかは双方が話し合って決める。

なお、法人から承継する際は「負の遺産」に注意したい。レセプトの返戻がある、スタッフの退職金を積み立てていない、税金の虚偽申告をしていた場合などのペナルティは、新院長に科せられるからだ。

「承継する前に、前院長の退職金を減額し、負の遺産を精算しておいてもらう必要があります」

現在、開業医の平均年齢は59・2歳と高く、今後承継の案件は増えてくることが予想される。だが、税務上の処理が複雑なため、医師個人での承継はリスキーだ。専門家に相談することが賢明である。

損益分岐点から見る新規開業と承継開業の比較イメージ
診療所に従事する年代別医師数及び平均年齢
医師数(人) 割合(%)
総数 101,884 100.0
29歳以下 218 0.2
30~39 4,954 4.9
40~49 19,725 19.4
50~59 31,710 31.1
60~69 26,150 25.7
70歳以上 19,127 18.8
平均年齢 59.2歳
厚生労働省:「年齢階級、施設の種別にみた医療施設に従事する医師数及び施設の種別医師の平均年齢」(平成26年12月31日現在)より抜粋
必須POINT
営業権は医院の年間営業利益が目安。それより高くなる場合もある。
税務上のメリットを考慮しながら、営業権を交渉する。
負の遺産があったら、前院長の退職金で精算してもらう。