超高齢化社会を前に病床機能の再編が本格化し、これまでの急性期病院は岐路に立たされている。さらに機能を充実させて高度急性期を目指すか、方向転換して回復期や慢性期の医療に力を入れるか。この選択を素早く、的確にできることが今後生き残る病院の条件のようだ。

急性期医療であることに凝り固まらず広い視野を持つ病院が生き残る

適正な病床再編に特効薬は存在しない

日本病院会の調査(有効回答688病院)によると、2014年6月時点で赤字経営だった病院の割合は66・3%にのぼり、前年同月の58・2%を大きく上回った。消費税増税による材料費の伸びが影響したと見られ、病床数の多い大病院は特に赤字の割合が高い。
また、14年の診療報酬改定では、点数の高い「一般病棟7対1入院基本料」の算定要件が厳格化された。重症患者の割合が15%以上であるこ とが要件の一つとなったが、6月時点で満たしていた病院の割合は82・4%にとどまった。これからの時代、生き残る病院の条件とは何か?日本病院会会長の堺常雄氏は「あまり急性期医療であることに凝り固まらず、広い視野を持つことが必要」と言う。社会の変化は、病院管理者に考え方の転換を求めている。
「病院というと急性期の入院をイメージするかもしれませんが、患者が病気になってその後も療養するうちの、ほんの一瞬に過ぎません。これからは、病院でも予防医療や早期診断治療、在宅医療や介護の分野に参入する観点が必要です。ただ、なかなか決断できない病院が多い」
14年10月から始まった医療法上の病床機能報告制度の速報値(厚生労働省)によると、同年7月時点では急性期47%、高度急性期16・4%と急性期病床が過半数を占めていた。6年後の予定の報告でも急性期44・5%、高度急性期17・1%と大差なく、急性期にこだわる傾向が浮き彫りになった。超高齢化社会を前に新設された回復期や慢性期を増やしたい厚労省の狙いとは乖離している。

病床機能報告制度における機能別病床数の報告状況(速報値)

第6回地域医療構想策定ガイドライン等に関する検討会資料をもとに作成。
14年12月19日時点でデータクリーニングが完了し、集計可能となった医療機関(病院5181施設、有床診療所3774施設)におけるデータを集計した速報値。
集計対象施設における許可病床数合計は93万9462床。
集計対象施設のうち、14年7月1日時点の病床の機能について未回答の病床4986床分、6年後における病床の機能について未回答の病床3109床分は含めていない。

また、堺氏によると勤務医の意識としても、急性期で忙しくしていることにやりがいを感じているケースが多いそうだ。
「本当は、回復期や慢性期の医療であっても大きなやりがいはあります。退院後の生活指導やリハビリテーションなど行うべき医療は多く、患者満足度は急性期と変わらないはずです。しかし、それらの実態が分かりにくいため、回復期や慢性期にシフトしにくいのではないでしょうか」
厚労省は、過去に病床再編をする際、診療報酬による経済誘導を行ってきた。だが、堺氏は「経済的インセンティブによる病床再編は、歴史的にうまく機能していません」と指摘する。
「例えば7対1病床があまりに増えすぎたように、病院は診療報酬に弱い面があります。しかし高い診療報酬を目指す経営努力は当然です。病床再編に特効薬はありません。診療報酬での誘導ではなく、どんな医療が行われ、治療成績はどうかを適正に評価する必要があります」
病床機能報告制度は、医療法における病床機能の区分だ。各病院からの報告をもとに、都道府県が「地域医療構想」を策定する。厚労省の検討会では、地域医療構想のガイドライン作りを進めており、2025年の医療需要をDPCデータなどに基づいて推計する見込みだ。投入した医療資源量によって、急性期か慢性期かなどと判断する考え方だが、堺氏は「分かりやすい反面、正しく評価されないところが出る可能性もある」と懸念している。医療資源の投入が少なくても、治療に手がかかる疾患の評価が難しいのだ。
「DPCで最も大きなファクターは薬剤費です。がんの患者が多く、抗がん剤を使う病院であればいきおい薬剤費が高くなりますが、意外と投薬以外の手はかからないかもしれません。一方で、肝炎などは手がかかる割に薬剤費は高くない。整形外科疾患も、外傷以外は手術を終えればほとんど薬を使わないため、高度急性期にはまず該当しません」
つまり、病院としては急性期医療を行っているつもりでも、そうは認められない事態が心配されている。

堺 常雄

堺 常雄
日本病院会会長 聖隷浜松病院総長
1970年千葉大学医学部卒業。同年米国陸軍病院キャンプ座間。71年米国で脳神経外科研修。その後、浜松医科大学、聖隷三方原病院を経て96年より聖隷浜松病院院長、11年同院総長に就任。10年には日本病院会会長に就任。

目の前の患者に見合った病床かを医師自身が確認

実際には、都道府県の担当者や病院関係者などが参加する「地域医療構想調整会議」で必要な病床機能が協議されるため、一方的に急性期から回復期などに転換させられることはないはずだ。しかし、地域による差は大きくなりそうである。
「都道府県、あるいはその地域の医師会の考え方にずいぶん左右されることでしょう。都道府県によっては、医師会とうまく連携できているところもありますが、ノウハウがなかったりマンパワーが足りなかったりする都道府県は、厚労省のガイドラインをそのまま取り入れるかもしれません。十分に地域特性に考慮しなければ、必ず地域格差が出ます」
そもそも、高度急性期と急性期の区分が分かりにくい問題もある。厚労省は定義づけを行っているが、あまり浸透しておらず、「勤務医が『うちの病院はどうなるのか』と不安を覚えて当然」と堺氏は語る。勤務先が生き残る病院か否かを知りたい医師には、まず自分が受け持っている患者でイメージしてみるといいそうだ。
「例えば、10人の患者を受け持っていたら、そのうち何人が本当の高度急性期に該当するのか。自分なりに患者を区分してみると、必要な急性期の病床数が見えてきます。同じ科の複数の医師でイメージしてみれば、現場の感覚と病院の実態が違うことも見えてくるでしょう」
目の前の患者に見合った病床機能を持っているか。そのことに自覚的な病院であるか否かが、今後の生き残りを分けそうだ。

地域包括ケア病棟の医師には地域をコーディネートする力が大切

急性期をゼロにせず“選択と集中”を図る

2014年の診療報酬改定で新設された地域包括ケア病棟は、高度急性期・急性期医療と在宅医療の架け橋として期待されている。これからの時代、地域包括ケア病棟でのキャリア形成は、多くの医師に共通した課題となりそうだ。
同年5月に発足した地域包括ケア病棟協会会長の仲井培雄氏によると、地域包括ケア病棟はおおよそ3つのタイプに分かれるそうだ。
「高度急性期・急性期と地域包括ケア病棟を併せ持つケアミックス型(療養病床を持つ場合もある)。別の高度急性期病院から転院してきた患者を中心に診るポストアキュート型。病床数が少ない病院が病棟ではなく病床単位で地域包括ケアを持つ地域密着型です」
仲井氏が理事長を務める芳珠記念病院(石川県能美市)はケアミックス型だ。2014年8月、もともと7対1病床140床、亜急性期病床28床だったところを、7対1病床130床、HCU2が10床に転換。さらに同年9月には7対1病床を78床まで削減し、80床の地域包括ケア病棟を導入した。
特筆すべきは、地域包括ケア病棟を導入しながら急性期病床の“選択と集中”を図ったことだ。
「高度急性期・急性期病床をゼロにすれば、『なんだ、急性期をやめるのか』と思う職員もいるはずです。当院では、急性期はやめない。ただし、対象を絞り込むことを宣言しました」
例えば消化器。手術や内視鏡の件数を増やしたり、カプセル内視鏡を導入したりして現場のモチベーションは上がった。循環器疾患や脳血管疾患の救急搬送は減少したが、新たに設けたHCU2で急性期の患者は診られる。地域包括ケア病棟を導入したといっても、高齢者医療中心の病院になったわけではない。
「HCU2には、主に術後の患者が入院しています。当直は増えましたが、医師たちが非常に協力的で、感謝しています」
また、地域包括ケア病棟の使い方も工夫している。同病棟に求められる主な役割は、(1)ポストアキュート(急性期病床からの受け入れ)、(2)サブアキュート(在宅や介護施設からの受け入れ)、(3)在宅・生活復帰支援だが、仲井氏は(4)「その他機能」の活用を提唱している。
「地域包括ケア病棟は、一般急性期病床の10対1や13対1の代替機能を持っています。抗がん剤や緩和ケアのための麻薬、人工透析、エリスロポエチン、インターフェロン、血友病治療、摂食機能療法などは出来高制で算定できますし、入院包括払いの短期滞在手術等基本料3の疾患群も診られます」

芳珠記念病院の病棟構成の見直し

宝珠記念病院地域包括ケア病棟 受け入れ機能別入院・転棟経路(14年9~12月の実績)

同院の地域包括ケア病棟のうち、実に41%がその他機能による入院である。平均年齢は64・1歳と若く、内訳はがんの化学療法や、糖尿病の教育入院などさまざまだ。
「以前は高度急性期を含む医療機能を網羅する『デパート型ケアミックス病院』と呼んでいました。しかし今は急性期から在宅医療の後方支援まで行う『地域包括ケアミックス病院』と自称しています」

社会の変化に応じた「地域包括ケアミックス病院」(自称)への転換

高齢化が進む地域で、今まさに求められている病院の姿と言える。現場のスタッフの反応はこうだ。「7対1病床から地域包括ケア病棟に転換したところは、重症度が軽くなった分、仕事に少し余裕が出たそうです。一方、元が亜急性期病床で整形外科の急性期やリハビリの患者が入院していたところは、少なからず負担が増えました。外科の術後のポストアキュートなども診るようになり、これまでしてこなかった治療が必要になったためです。しかし、新体制になってしばらくたち、今はだいぶ落ち着きました」
地域包括ケア病棟で求められる医師は、基本的にジェネラリストだ。仲井氏は、総合診療医には2つのタイプがいると考えている。一つは、最初からプライマリケアを専門にしてきた医師。もう一つは、臓器別の専門領域を持ちつつ、それ以外の疾患にも裾野を広げ、総合的に診られるようになった医師だ。
「地域包括ケア病棟で扱う疾患は幅広く、外来もありますから、例えば、元々の専門領域である消化器科や、整形外科、認知症を診られる神経内科、呼吸器科、循環器科などさまざまな科の医師が活躍できます」
専門領域はそれほど限定されないのである。一方で、対人能力は重要視される。コミュニケーション力とコーディネーション力に長けた医師が待たれている。
「高度急性期医療は“命を救い、臓器を助ける”がメインですが、地域包括ケア病棟は生活支援を中心とした医療です。地域連携をする医師会、ケアマネ、行政や社会福祉協議会そして買い物支援のNPOなど、フォーマル・インフォーマルサービスの事業者と信頼関係を築き、うまくコーディネートしなければなりません。医師には、院内・地域での連携の要となることが求められます。医療を行うだけではなく、地域内の医療資源を配分する観点も必要なのです」
芳珠記念病院は、社会のニーズを敏感に察知し、素早く決断を下した結果、経営面に変化が現れた。
「病床稼働率は上がり、重症度が下がったために医療材料費が相対的に減りました。また、HCU2を含む7対1病床の単価は5・7万円です。以前の7対1病床だけの4・3万円とは大きく変わりました」
今後、地域包括ケア病棟に将来性を感じ、キャリアを築く場として選ぶ医師も増えるかもしれない。

仲井 培雄

仲井 培雄
医療法人社団 和楽仁 芳珠記念病院 理事長 地域包括ケア病棟協会会長
1985年自治医科大学医学部卒業。同年石川県立中央病院研修医。舳倉島診療所所長、村立白峰村診療所長を経て、89年金沢大学医学部第2外科学講座入局。その後、石川県・富山県内の病院に勤務。96年医学博士修得。99年医療法人社団和楽仁芳珠記念病院外科部長。01年同院副理事長、04年同院理事長就任。06年いしかわMOT(技術経営)スクール修了。12年地域包括ケア病棟協会会長に就任。