各医療機関では、2月頃に非常勤医の募集に本腰を入れる。医師にとっては、豊富な選択肢の中から、自分に合った非常勤先を探しやすい時期である。働くうえでポイントとなる3条件「お金・時間・スキル」をマッチさせるにはどうしたらいいか?
リクルートメディカルキャリアのCA(キャリアアドバイザー)による業界分析と、自身の希望を叶えた医師の典型例から考える。

  • 総論

募集数は横ばい。訪問診療の案件が増加

一口に非常勤といっても、働き方には2種類ある。週1日や2日など勤務日を決め、定期的に勤務する「定期非常勤」と、特定の日だけに当直や健康診断などを行う「スポット」である。本企画では、医師にとって安定した収入源になる定期非常勤を中心に解説する。
定期非常勤の募集は、毎年1~3月に増加し、ピーク期は2月だ。ここ数年、採用数は横ばいだが、募集内容は徐々に変化してきた。関東ではクリニックの割合が増加。特に訪問診療を行うクリニックからの募集各医療機関では、2月頃に非常勤医の募集に本腰を入れる。医師にとっては、豊富な選択肢の中から、自分に合った非常勤先を探しやすい時期である。働くうえでポイントとなる3条件「お金・時間・スキル」をマッチさせるにはどうしたらいいか? リクルートメディカルキャリアのCA(キャリアアドバイザー)による業界分析と、自身の希望を叶えた医師の典型例から考える。取材・文/越膳綾子が顕著に増えている。いわゆる2025年問題に向けて、病棟から在宅へと患者をシフトさせる動きの反映と考えられる。
AGA(脱毛症)外来も、新たに募集が増えた領域だ。皮膚科領域のように見えるが、経験や専門領域を問わない求人が多い。
いずれの求人でも、給料は時給1万円が相場。勤務地、勤務内容などによって多少変動する。
一方、医師が非常勤を希望する理由は、教育費や老後資金のほか、最近は親の介護が増加しつつある。常勤を辞め、非常勤勤務をしながら介護を行うケースは珍しくない。
子育て中の女性医師は、ここ数年、 週2~3日など複数日勤務を希望するケースが増加傾向にある。産休・育休が明け、子どもを幼稚園などに預けて働き、少しずつ臨床に戻っていくパターンだ。子育てに優しい医療機関は人気が高く、自力で探すには限界があるため、紹介会社を利用していると思われる。
なお、非常勤を希望する医師が重視するポイントは、「お金」「時間の自由」「スキル」がトップ3だ。それぞれ解説していこう。

医師が非常勤先選びで重視するポイント

非常勤先として人気なのは、時給1万円以上、通勤1時間以内、スキルも身につく医療機関。
この3条件をいかにマッチさせるかがポイントだ。

  • お金

時給1万円が相場。交渉次第で変動することも

報酬の多寡は、医師の多くが気になる点である。前述の通り相場は時給1万円、9~17時の勤務で1日8万円だ。医局の紹介によるアルバイトの方が高額だが、それには大学と関連病院の関係維持などの目的も含まれている。医局のアルバイトと一般の非常勤とは別物であると思った方がよさそうだ。
紹介会社が仲介する場合、医師が相場以上の報酬を希望すればCA(キャリアアドバイザー)が医療機関側と交渉をする。その際、よい結果を得るには、医療機関側が高い報酬を払ってでも来て欲しいと思える“材料”が必要だ。

高額報酬を実現するための“材料”
  1. 説得力のある理由
    医療機関は高額報酬を必要とする理由を見ている。具体的かつ説得力ある理由であれば理解されやすい。

    売りとなるスキル
    医療機関側から見て「高額報酬を支払っても利益を得られる」と思えるスキルの有無が問われる。

    幅広い経験
    即戦力としてさまざまな診療を任せられる経験がある医師は、比較的希望がかないやすい。

    大学でのポジション
    常勤と異なり、非常勤は上下関係があまり関係ない。大学でのポジションが高いことが、高額報酬の実現につながるとは限らない。

まず、高額報酬を希望する理由である。漠然と「収入を増やしたい」では、交渉が難航しやすい。しかし、医療機関側から見ても納得感があり、前向きな理由であればその限りではない。例えば、大学院在学中で生活費を確保するため、将来の開業資金を貯めるためといった場合は、比較的、理解を得られやすい。下の事例1、事例2はその典型である。

  • 事例1

30代 男性 消化器内科

大学院在学中の生活費を稼ぐため、高額報酬の非常勤を始めた

西日本の大学院在学中、勉強のために東京の医療機関に2年間の無給勤務。都内の非常勤先を探していた。生活費を確保するために、相場(1日8万円)よりも高額の報酬を必要とする。週1日、外来のみの非常勤で働くつもりだった。しかし、なかなか条件の合う病院が見つからない。極端に遠方の病院が候補にあがるものの、移動時間がかかりすぎると感じた。 そこで、勤務日数の希望を週1日+半日に改めた。また、外来に加え、病棟管理や内視鏡検査まで行うことにした。その条件で再度探すと、常勤の消化器内科医がいない病院とスムーズにマッチングした。勤務地は都内。報酬は1日10万円、半日4万円で相場を大きく上回る。

  • 事例2

40代 男性 一般内科

開業資金を貯蓄中。勤務の負担が軽いクリニックとマッチング

都内の総合病院の内科に勤務。2年後の開業を目指して、資金を貯めるために非常勤先を探すことに。常勤先が激務のため、緩やかな非常勤勤務を希望した。 CAから紹介されたのは、訪問診療も行うクリニック。当初は問題ないと感じ、面接に臨んだ。ところが、話が進むにつれて訪問診療を避けたい気持ちが芽生えた。また、そいことも気になった。 その後、CAと相談して条件を再設定した。勤務の負担が軽く、訪問診療は行わない条件を優先させ、カルテについてはこだわらないことにした。CAによると、都内の医療機関で電子カルテを導入している割合は約50%。内科非常勤の募集は約120件で、自分が希望する曜日は約15件。その中で電子カルテとなると10件を下回る募集件数であることがわかった。過去数年間のデータを見ても同水準である。優先順位を明確にしたことで、無事に都内のクリニックでの非常勤勤務が決まった。

また、「こんなに素晴らしい医師です」と伝えるアピールポイントも必要である。医師としてのスキルは、できるだけ具体的に示すといい。医療機関にとっての非常勤医は、常勤医がいない枠を任せる「即戦力」だ。専門医資格の有無、何床の病院で何年、どんな診療を行ってきたか。外来で最大何人の患者を診られるか、内視鏡を何件こなせるかなど、診療のペースが分かる情報があると、医療機関側も判断しやすい。
本業の専門領域とは別に、アルバイトで別の領域に携わった経験も大いにアピールポイントになる。例えば、健診の非常勤先を探す際、アルバイトであっても経験が0か1かの違いは大きい。
とはいえ、単純に時給が上がることはレアケースである。医療機関側はすでに人件費が決まっており、特定の医師だけ高額報酬を与えるには、明確な理由が必要だからだ。実際には、希望金額に合わせて働き方を調整するケースが多い。
よくあるパターンが、勤務日数や勤務時間を増やすことだ。ある医師は、日給10万円を希望していたが、タイミングよく募集していた案件は、9~17時で8万円だった。それを、当直医がやってくる20時まで伸ばし、日給11万円を確保した。また、事例2の大学院生は、もともと週1日希望だったのを週1・5日に広げたことでうまくマッチングした。
対応する診療の幅を広げるのも手だ。外来だけでなく、救急対応、病棟管理などとマルチに対応することで交渉がうまく進んだケースもある。
あるいは、エリアを広げると、グッと希望が通りやすくなる。東京都内であれば、千代田区、港区、渋谷区などの都心部は人気が高く、時給増は望みにくい。だが、23区内でも少し離れたエリアや、東京都下、千葉県、埼玉県などであれば、時給が1割程度アップすることもある。

  • 時間

勤務地や勤務日数を広げると融通が利きやすい

非常勤で働く医師の中には、時間の融通を利かせて欲しいというニーズも高い。適しているのは、病院か大規模なクリニックだ。複数の医師で外来を診る体勢であれば、比較的、緊急時の対応が取りやすい。
だが、そうした医療機関であっても、基本的には募集枠に合わせて採用することになる。医療機関側のスタンスとしては、「この曜日にこの科の医師」という条件を満たすことが最優先事項だ。優秀な医師であっても、条件と異なれば採用されることは難しい。
非常勤先を早く決めたいのであれば、条件に優先順位をつけ、少し視点を変えてみるといい。「自宅から30分内の勤務地」を希望する医師が多いが、それを「電車の乗り換え無しで50分」でも許容すると、選択の幅は大きく広がる。
20~30代前半の若手医師は、常勤の病院からの呼び出しが多く、勉強をする時間も必要だ。月1~2回の当直の非常勤にすることが現実的と言える。当直は、最も時間の融通が利きやすい。17時~翌午前9時までの勤務を、19時~翌午前7時に短縮できた事例もある。
また、子育て中の女性は、幼稚園などの迎え時間の関係で、9時半~16時半までの勤務を希望するケースが目立つが、求人数はそれほど多くない。午前中だけ、あるいは午後枠でも早めに始まり早めに終わる案件を視野に入れるといいだろう。
ほかに、事例3のように働く日数を半日増やしたことで、子育てと仕事を両立できているケースもある。

  • 事例3

30代 女性 内科

週2日希望を、週2日+半日に広げ、子どもを迎えに行きやすい勤務を実現

育児をしながら働くことができる職場を探していた。都内で健診の非常勤、週2回で9~17時の勤務を希望していた。しかし、該当する求人はあまり多くなかったため、条件を緩めた。すると、8時半~16時半で、週2回のフルタイム+半日勤務を求める健診機関とマッチング。出勤日は増えたが、子どもを迎えに行きやすい時間に帰ることができ、ワークライフバランスが保たれている。

  • スキル

訪問はスキルアップ可能。美容系は経験者優遇

非常勤勤務を通じて、スキルアップを図る医師も少なくない。
ニーズの高い訪問診療は、未経験で参入し、スキルを身につける医師が多い。現場で行う医療行為は初期研修で習った範囲と、高齢者とのコミュニケーションが重視される。医療機関によっては、慣れるまで先輩医師が同行し、OJTで学ぶことになる。
ただ、前述の通り非常勤医に期待されるのは即戦力だ。訪問診療以外は、あまり教える体制が整っていないのが現実である。仮に「非常勤で内視鏡のスキルを身につけたい」と思っても、全くの未経験では難しい。
女性医師からは、美容皮膚科を学びたいという声も多いが、基本的に経験者が優遇される。人気も高いため、元皮膚科医や元形成外科医以外にとっては狭き門だ。もし、どうしても美容系に進みたいのであれば、AGA外来から経験を重ねるのも一つの方法である。患者の訴えを聞き、決められた薬を処方するという手順が決まっているため、未経験者でも参入しやすい。最近は女性専用のAGA外来もある。
実際、非常勤を一つのステップにして、本当に自分が目指す医療に近づいている医師もいる。事例④は、耳鼻科医として10年間のブランクがあったが、非常勤勤務で再び現場に戻った。また、事例⑤は、全くの内科未経験から地域医療への参入を目指して非常勤勤務を始めた。すでに現場で活躍している。
なお、人気の高い健診の非常勤については、経験を問われるパターンと、そうでもないパターンの2種類がある。企業などの健診にスポットで入る場合は、問診と聴打診が中心。未経験でも比較的参入しやすい。膨大な人数をスピーディーに診ることが求められるが、15時頃には終わるものもあり、女性医師などに適している。ただし、募集は春と秋の健診シーズンの数カ月前に限られており、追加募集は多くない。一方、定期非常勤の健診は、1人の医師が担う仕事が多い。問診、聴打診に加え、読影(胸、胃)と心電図への対応が求められる。ダブルチェック体制ではあるが、見落としのないよう細心の注意が必要なため、多くの医師がイメージしているより経験が問われる領域だ。

  • 事例4

50代 男性 耳鼻科

10年間のブランクを経て耳鼻科に復帰。非常勤だからスムーズにマッチングした

実家が経営する介護施設で、途中から施設長を務めていた。元々耳鼻科医だったが、介護施設では内科系の疾患が多い。10年にわたり勤務し、後任者が決まったため、再び耳鼻科に戻ることを望んだ。いきなり常勤はハードルが高いため、非常勤から始めて少しずつスキルを取り戻したかった。 ブランクは長かったが、複数日の勤務が可能で、コミュニケーション力が高かったため、比較的スムーズにマッチングした。耳鼻科クリニックに1日のトライアル勤務をすると、そのまま非常勤として採用が決まった。手術がなく、外来のみ。高齢の患者が多いということもあって、スキルは現場で少しずつ取り戻していけば十分であると判断された。

  • 事例5

30代 男性 内科

未経験だったが、非常勤で経験を重ね、常勤化の可能性も見えてきた

卒後5年目、皮膚科の後期研修を受けていたが、途中から地域医療に強い関心を抱くようになった。後期研修を辞め、地域医療を行う医療機関への入職を希望した。だが、内科が未経験であることから、常勤での採用は難航した。本人としても不安がある。一度、非常勤で現場に入り、スキルを身につけることにした。 CAに勧められたのは、ニーズの高い訪問診療。年齢が若く、複数日勤務も可能。また、学ぶ意欲が強いことからマッチングに至った。勤務先は2か所を掛け持ちしている。都内のクリニックに週3日、横浜市のクリニックに週1日だ。都内の方は自宅から遠く、移動に1時間半近くかかることは譲った。 勤務日が多いため、どんどんスキルが身につく。患者に好かれ、クリニックからも感謝されている。そう遠くない将来、常勤になる可能性が見えてきた。

  • まとめ

非常勤先が早く決まる医師、決まらない医師

ここまで解説してきた非常勤勤務の現状だが、少しでも自分の希望をかなえるには、CAになるべく情報を開示するのがコツだ。半年後の転勤や妊娠など、一見、不利になりそうな情報も、CAがうまく医療機関側に伝える。あらかじめ説明しておくことで、ミスマッチを防ぐことができ、入職後も働きやすくなる。
CAは、面接にも同行することが多い。報酬や勤務条件など、言いにくいことを代弁し、交渉を進める役割を担う。面接の場で緊張しやすい医師であれば、場をなごませる空気を作ったり、さりげなく医療機関側に伝えておいたりすることもある。
常勤と異なり、非常勤の面接は30分~1時間の一度のみだ。基本的には最終確認の場で、終了後に報酬や勤務条件などを交渉することは難しい。相場以上の高額報酬など、交渉が必要な場合は早い段階でCAに伝えることが大切だ。
また、非常勤は募集開始から採用決定までの期間が短いため、初動のスピードで成否が分かれやすい。希望に近い案件があっても、1日遅れでほかの医師に決まってしまうこともある。できるだけ連絡がつくようにしておくと有利だ。
なお、非常勤先が決まりにくい医師は、「この領域しかやりたくない」「アルバイトだから休んでもいい」「すぐに辞めてもいい」というスタンスでいる傾向がある。条件に優先順位をつけ、非常勤勤務に対する見方を少し柔軟にすることで、決まりやすさは格段に上がる。
もう一つ、覚えておきたいのは医療機関にも圧迫面接があることだ。都心の富裕層を対象としたクリニックなどで、患者からクレームがあったときなどの対応を見るためだ。あえて厳しい面接をすることもあることは頭に入れておきたい。

スムーズにマッチングする要件

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