非常勤勤務の「戦略的」活用で、キャリアの幅を広げる

非常勤勤務には待遇以上に得るものが

非常勤勤務の選び方が変わりつつある。これまで大半の非常勤は、空き時間を使って収入を補完する手段だった。そのため勤務可能な曜日や時間、交通アクセスや待遇などの条件だけで選んでいたといえる。
一方で、このように単にアルバイトとしての働き方から一歩踏み込み、非常勤というスタイルを生かし、戦略的にキャリアを構築していく医師がいる。病院側も、ニーズと合致すれば非常勤の医師が存分に力量を発揮してくれることを期待している。
自分の目的にあわせてうまく非常勤勤務を選べば、収入以上に得るものは多い。例えば、非常勤先で症例を積んでスキルアップを図るケースや、専門以外に領域を広げるケース、入職を前提に職場を知るケースや将来の開業を視野に入れてクリニックなどでノウハウを学ぶケースなどはその典型的な例だ。

医局所属の医師ほど非常勤勤務は有効

特に医局所属の医師の場合、非常勤のメリットは大きい。医局の関連病院の勤務を経験しても、大半が治療方針やスタイルは医局を踏襲しているが、まったく外部の施設を経験することで「極端に言えば、同じ患部でも背中からアプローチするのか、わき腹からなのかというぐらい違う部分もあり、吸収できることは多い」(37歳・消化器外科)。さらに医局とは別の場所で新たな人脈作りができることも大きな魅力になるはずだ。

2月は非常勤を探す絶妙のタイミング

各医療施設は例年1月末ころを目途に新年度の組織人事計画をかためる。その後、常勤医だけでは体制を整えきれない部分を補うために、非常勤医師を本格的に求め始める。このため2月は非常勤の求人が一年の中で最も多い時期。自身のキャリアパスのための戦略的な非常勤先を探すなら、選択肢の多い今こそ、ベストなタイミングになる。

  • 非常勤を役立てる方法 その1

症例数を増やす・新領域にチャレンジ…
医師として「今」やるべき経験に身を投じる

常勤先でかなえられない医療ができる環境を探す

常勤先が規模の大きな総合病院であったとしても、専門や得意不得意ジャンルはある。希望する症例の患者数が限られたり、逆に、看板科目だからこそ、常勤先に先輩や同世代の医師がひしめいていて、自ら担当できる機会が限られる場合もあるだろう。経験を積みたい、スキルを伸ばしたい、というときに非常勤を利用することは1つの解決策になる。
 例えば「糖尿病などの内科系の専門外来や泌尿器科外来などは病院側のニーズが高くて求人もあり、症例を積みたい医師とのマッチングも少なくありません」(CA)。
 一方、外科系では、術後管理などの問題から、執刀医は常勤医に限られるケースが一般的だが、「眼科なら白内障や緑内障の手術は、非常勤医が担当している施設もあります。また美容外科や美容皮膚科の中には、研修期間を経た上で、執刀にもかかわれる施設もあるようです」(CA)。

将来性のある新領域も非常勤なら体験しやすい

将来を見越した新領域に興味がある場合も、非常勤なら未経験分野にチャレンジしやすい。
 一見、専門性が求められそうな診療科でも、経験が問われない非常勤の求人はある。睡眠時無呼吸外来の場合、呼吸器科や耳鼻科が中心だが、未経験でも受け入れてもらえる施設もある。またAGA(男性型脱毛症)の発毛外来も、資格は不要、科目不問のジャンルだ。将来開業するなら、標榜科目の一つに加えることもできる。
 訪問診療は求人も多く、内科だけでなく、精神科や皮膚科、整形外科医も求められている。多くの診療所でベテラン医師やコメディカルによる体制が整っているので、未経験でも心配無用だ。高齢者の増加と入院期間の短縮化で、訪問診療は需要が伸びていく領域。将来の開業にも有効だ。
 未経験の場合、2コマ以上を希望する病院は多い。1コマでは技術習得に時間がかかるためだ。医師側が技術取得に積極的な姿勢を示すことが採用確率を高める。

希望する業務の非常勤勤務の探し方

以前は、内視鏡専門医を目指す医師にとって、内視鏡を専門に扱う非常勤は「症例を稼げる」と人気が高かったが、最近は多くの病院で常勤医が担当する傾向が強まり、求人は減っている。しかし、中には「執刀できなくても内視鏡のエキスパートの手技に間近に接したい」(34歳・消化器外科)と転職会社に登録、希望の施設に公開求人はなかったが、CAが病院と交渉して、手術助手の非常勤で入職した例もある。
 明確な目的があれば、通勤時間や待遇は二の次にして、こだわりの条件で探せるのも非常勤の利点だ。希望する業務の非常勤先を探すなら、
● 自分の中での優先順位は何か
● どこまでの症例を担当できるか
● 研修期間中や非専門科目の場合、待遇はどう違うのか
などを事前に確認しておきたい。

「40代半ばだが、先の長い医師人生を考え、
非常勤にて医師としての幅を広げる新しい医療領域に従事」

私は300床の公立病院で消化器外科を担当しています。外科医として存分にオペができる環境には恵まれていますが、40代後半にさしかかり、新しいことを学ぶ機会が減ってきたことに懸念を感じるようになりました。同時に、まだ先の長い医師人生を考えると、医師としてもっと幅を広げる経験を積むべきだとも考えました。そこで転職会社に登録して、内科系クリニックを紹介いただき、半年前から非常勤で勤務しています。業務内容は検査・健診・外来です。外科医ですから検査は得意ですが、患者さんに相対して健診や内科系の診察をするなんて研修医以来で、新鮮なことの連続です。10歳年上の院長も外科出身で、患者とのやりとりの極意など、教わることも多くて大変勉強になっています。

内山 孝之

内山 孝之氏 (45歳)
公立病院(千葉県)消化器外科
1993年 医学部卒業
同大学付属病院消化器外科
1998年 救急医療センター
2000年 自治体病院消化器外科
2013年 非常勤にて内科クリニック勤務
  • 非常勤を役立てる方法 その2

常勤先候補として“観察”
転職の成功度を高める

“職場を見る目”を養う絶好の機会

生涯、医局の所属で通す医師でない限り、キャリアを築いていくうえで、遅かれ早かれ自己決定で入職先を選ぶことになる。その際、経験した職場の数が少ないと、ほかに判断基準がなく、せっかくの機会をふいにしたり、逆に不利な条件を知らずに受け入れてしまったりしかねない。
 実際、「知人の紹介で前職と同額の年収で入職したが、福利厚生も学会補助などもなく、待遇も相場よりも200万円ほど低いことをあとで知った」(41歳・循環器内科)などの例は、枚挙に暇がない。
 常勤で入職してから不都合に気づき退職するのは時間のムダ。そのうえ転職を何度も繰り返すと、転職の際に施設から敬遠されることにもなりかねない。百聞は一見に如かず。非常勤勤務で他の医療機関を経験・観察することは、職場を見る目を養うという意味でも有効な手段になる。

安全確実な転職はこのポイントで判断

非常勤で職場をじっくり観察したうえで、転職を決めた医師たちは何が決め手になったのか。声を聞いてみると、「女性医師専用医局で過ごす休憩時間が和やかで、非常勤の医師にも温かく接していただいたことが、常勤になるのを決めた理由」(42歳・泌尿器科)、「病院全体のチーム医療への意識が高く、他科との勉強会も活発なことから、ここの一員になりたいと思った」(36歳・呼吸器外科)など、さまざまな答えがかえってきた。いずれも現場でしか知りえない空気に触れ、納得して転職しているため、入職後の満足度は高い。
将来の転職も視野に非常勤先を観察するとしたら、次のポイントはチェックしておきたい。
● 上級医や同僚医師との相性
● 医師とコメディカルとの関係、医師の定着率、医局の雰囲気
● 患者および疾患の数や質、傾向
● 標榜している待遇面と実態の差異

病院の本音

「スカウト」する側の病院はここを見ている

非常勤から常勤へ入職する王道はあるのだろうか。「将来、常勤で入職することもお考えであれば、予め意思をお伝えいただいている方が、採用側としても人事計画の際に検討しやすく、双方のニーズが合致する可能性が高まります」と病院の採用担当はアドバイスする。
常勤採用の可否を決める際に、病院側が特に注目するのは
● 勤務態度が誠実であること
● 診療が一定ライン以上のレベル
● 患者やコメディカルの評判
など。いずれも勤務形態にかかわらずプロの基本となることばかりだ。「診療に関する上級医師らの評価に加え、非常勤医との接点が多いコメディカルや事務スタッフの評判などから、総合的に判断」しているという。

  • 非常勤を役立てる方法 その3

将来の開業に役立つネットワークやスキルを非常勤勤務で的確に獲得する

非常勤勤務で得る3つの開業ノウハウ

開業医は医師であると同時に経営者だ。勤務医時代の価値観だけでは通用しない。目指す医療を追求しながら資金繰りや労務管理、集患や連携先開拓も大切な業務となる。
開業医に必須の業務のなかで、非常勤勤務を通じて得られるノウハウは主に3つ。
① 救急時の搬送先などネットワークを構築すること
② 専門以外にも内科・総合内科を効率良く学び、経験をつむこと
③ クリニックで働き、院長の役割、コメディカルの管理を学ぶこと

①開業予定地近くでネットワークを構築する

開業予定地が決まっているのであれば、地域に顔を売っておきたい。患者獲得を意図した働き方をすれば地元医療施設から患者を奪い取ることになり、将来の関係にも影響しかねない。
事前に構築しておくべきは、集患よりも地元医療機関とのネットワーク。1つの方法がエリア内での救急や当直の非常勤だ。救急対応であれば患者を奪う疑念をもたれることがなく、きちんとした仕事をすることで病院からの信頼も得られ、地元にドクターの知遇も得られる。将来の連携先としての可能性も生まれる。

②内科・総合内科を効率良く学ぶ

将来の予行演習という意味ではクリニックで働いてみるのが、早道だ。その場合も、次の2つが大前提であることを忘れないでほしい。
● 開業予定地と異なる医療圏
● 予定診療科目と同じクリニック
「開業のやり方や経営ノウハウを学びたいなら、多施設展開している施設が向いています。スタッフの業務フローや接遇も教育されているので参考になりますし、どういう症例なら診療報酬が多いのかということまで学べます」(CA)。一方、診察内容まで腰を据えて学びたいなら個人クリニックがいいだろう。ただし一人院長の場合、非常勤が入るのは基本的に院長が休みの日。直接教えを乞いたいなら副院長もいる施設を選ぶ。
どちらの場合も、開業予定者に好意的に教えてくれるか否かは施設による。CAに事前に開業希望であることを伝えておくことが、キャリアパスに有効な非常勤探しへの近道だ。

「開業を決意してから1年半。複数の非常勤を組み合わせて多くを体験できました」

私は消化器内科を専門に、胃がんの内視鏡的切除などを行ってきましたが、あることをきっかけに勤務先の病院の退職を決め、まったく選択肢になかった開業を決意しました。
五里霧中の状態で転職会社に登録し、2つの病院と1つの診療所で外来を担当。内科全般を診ることで、呼吸器や糖尿病の最新の治療に触れ、自ら行ったことのないX線撮影や予防接種を行う機会を得、また自院で対応できない場合の対処法なども学ぶことができました。一方、専門スキルを維持すべく、内視鏡検査やポリープ切除術を行える2施設での非常勤も並行しながら、さらに患者さんの自宅での生活を知るために週1日半の訪問診療も行いました。開業までの1年半、複数の非常勤を組み合わせることで、非常に効率よく多くの勉強ができ、現在の診療にも大いに役立っています。

野村 直人

野村 直人氏 (52歳)
のむらファミリークリニック 内科
1991年 公立陶生病院
1995年 中津川市民病院
1996年 名古屋大学医学部第二内科
1999年 JR東海総合病院
2001年 安城更生病院
2007年 新松戸中央総合病院
2011年 のむらファミリークリニック