漢方と言えば「東洋医学を学んだ一部の医師のもの」というイメージがあるかもしれない。だが、新見正則氏(帝京大学医学部外科准教授)が提唱する「モダン・カンポウ」は、独特の漢方理論や診断法を用いず、現代医学的な病名や訴えに基づいて漢方を処方する。和田堀診療所所長の樫尾明彦氏は、プライマリケアの第一戦でモダン・カンポウを実践する。西洋医が漢方を使うことの意義について、2人に語ってもらった。

お二人とも日々の診療で漢方を使われていますが、周囲の医師は漢方に関心を持っていますか?

【樫尾】ジェネラリストの医師は、結構関心を持っていますね。プライマリケアの現場には、西洋医学だけでは症状を取りきれない患者も多いのですが、すでにあらゆる科に紹介されていてほかに紹介のしようがないこともあります。その患者が漢方を欲しがったら、「勉強していないから出せない」とは言えなくなってきた雰囲気があります。

【新見】最近は、患者サイドの漢方に対する関心が高まっているね。地域の開業医や、病院の一人医長。大きな病院でも西洋医学で治らないような患者を診る医師は、絶対に漢方を知っておいたほうがいいと思います。

【樫尾】ただ、漢方は10~20年と勉強しないと処方してはいけないように思っている医師もいます。患者に専門的な質問をされたり、効かなかったりしたらどうするかわからず、ハードルが高く感じているのです。

新見正則

新見正則
帝京大学医学部外科准教授
1985年慶應義塾大学医学部卒業。93~98年英国オックスフォード大学医学部博士課程留学。98年移植免疫学でDPhil取得。02年から現職。13年イグノーベル医学賞。専門は血管外科、移植免疫学、漢方医学。『フローチャート漢方薬治療』(新興医学出版社)など著書多数。

独特の漢方理論を用いず病名や症状で漢方を処方

西洋医が漢方を学ぶには、漢方の専門医について教えてもらうのがいいのでしょうか?

【新見】それもいいのですが、漢方の専門医は独特の漢方用語を羅列するから、余計に難しく感じてしまうこともあります。どこか「漢方を認めてほしいけども、簡単に使ってほしくはない」ようなオーラが出ているんです。彼らは特別な煎じ薬で治療してくれますが、一般の西洋医は保険適用のエキス剤で十分。

新見先生が提唱する「モダン・カンポウ」は、「証」「気血水」などといった専門的な漢方理論を用いず、病名や症状から処方を決めます。使用するのは保険適用のエキス剤で、漢方独自の腹診はあまり行わないそうですが、それで困ることはないのでしょうか。

【新見】いろんな漢方専門医の診療を見させてもらいに行くと、通常、腹診は診療の最後に行い、その前に処方は決まっています。腹診をする前と後で処方が変わる割合は、だいたい1割。スキンシップの意味はあると思いますけれど、処方自体にはあまり影響がありません。

西洋医もすぐに漢方を始められるわけですね。樫尾先生は、日頃、漢方を出していて印象に残っている症例はありますか?

【樫尾】冷えで痛みが悪化する患者を診た時のことです。西洋医学でさまざまな治療を試してもあまり改善しないという訴えでした。モダン・カンポウの考え方に沿って2つの漢方を処方したら、2週間で痛みが消えました。2、3年も苦しんでいた症状から解放されたことで、もう神様のように感謝されて。医師がすごいわけでなく、漢方が効いただけなんですけれどね。

そうした例があると、漢方を処方するモチベーションも上がるものでしょうか。

【新見】確かに、著効例はいくらでもあります。ただ、西洋薬のようには効かないんですよ。むしろプラセボぐらいに思って使うのがいいと思います。

プラセボですか?

【新見】そう。僕たち西洋医は、西洋薬で治らない患者に出すプラセボが欲しいんですよ。でも、ラムネを処方するわけにはいかない。漢方は、西洋薬のような副作用が少なくて、依存性もない。患者負担は月1000円程度と安い。それで、少し楽になることもある。実際は時間経過による改善かもしれないけれど、楽にしたことには間違いありません。漢方は効くと思いすぎると、効かない時に嫌になりますから、プラセボのようなものだと思って、診療のハードルを下げるといいと思います。
携帯電話に例えれば、基本はガラケーで十分だけど、スマートフォンを持ってみると便利ですよね。漢方も同じで、なくても困らないけれど、一度知ると臨床が楽しくなります。

樫尾明彦

樫尾明彦
和田堀診療所所長
2004年聖マリアンナ医科大学卒業。06~10年昭和大学大学院医学研究科。09年独ハノーファー医科大学留学。10年医療福祉生協連家庭医療学開発センター。14年から現職。日本プライマリ・ケア連合学会認定・家庭医療専門医。新見氏との共著に『スーパー★ジェネラリストに必要なモダン・カンポウ』(新興医学出版社)がある。
モダン・カンポウの3大原則
  1. 原則1

    西洋医学的治療では対応できない症状を主に扱う
    器質的な疾患があれば、西洋医学的治療を優先して行う。器質的な疾患がない場合や、ないとわかるまでの間に漢方を処方する。

  2. 原則2

    保険適用エキス剤を使う
    漢方専門医は煎じ薬も使用するが、一般の西洋医は手軽に始められるエキス剤を。保険適用のエキス剤は、患者負担が月1000円程度と安価で済む。

  3. 原則3

    患者と一緒に処方を探す
    長年、西洋医学的治療で治らない症状を持つ患者は、最初に処方する漢方で治らなくてもそれほど悪く思わない。一緒に有効な漢方を探していけばいい。

10処方くらい覚えればかなりの患者に対応できる

※漢方薬名末尾の番号はツムラの製品番号。

漢方は保険適用のものだけでも148種類もあります。そのうち、「これだけは覚えおこう」というものはありますか?

【樫尾】まず、特定の症状にピンポイントで対応する漢方があります。こむら返りに芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)[68]、咽頭閉塞感に半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)[16]、認知症の周辺症状に抑肝散(よくかんさん)[54]などです。これらを処方して慣れてきたら、性別や年代に合わせた典型的な処方をしてみるといいでしょう。高齢者には真武湯(しんぶとう)[30]、女性は当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)[23]、子どもは五苓散(ごれいさん)[17]といった具合です。10処方くらい覚えておくだけでも、かなりの患者に対応できます。

【新見】僕は、だんだん絞ってきていて、今使うのは5種類ぐらいかな。それでけっこう良くなるのは、同じ漢方でもいろんな症状に対応するからです。半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)[14]は胃の疲れに有効な漢方ですが、頭痛にだって効く。4週間処方して、あまり効かなかったら変えればいい。そうやって、患者に合う漢方を探していくのが楽しいんですよ。

漢方は長く学び続けられる分野。患者を治したい思いが強いほどはまる。

逆に、漢方を出すうえで困ることは何かあるのでしょうか。

【樫尾】処方したあとから「あまり効かない」「1日3回、食前に飲むのは難しい」などとリアクションがあると、最初は困りますね。

【新見】効かなかったり、処方に迷ったりした時は、漢方の本をぱっと開いて患者と「どれにしよう」と考えるといいんですよ。なぜなら、漢方が効くかどうかは患者が知っているから。血圧やコレステロールなどの数値に対応して投薬する西洋医学と違って、漢方は患者が感じる「痛い」「冷える」「何か変だ」という症状に対応します。素直に患者と一緒に漢方を探せばいいんです。服薬のタイミングも、無理をしないで1日2回でもいいし、食後でもいい。

【樫尾】新見先生の外来を見ていると、患者さんが自分の体と対話するんですよね。薬が余っていたら、西洋医学は「ちゃんと飲みなさい」となりますが、漢方なら「じゃあちょっとやめてみましょうか」と言えます。総合診療の考え方に通じるのですが、患者自身が賢くなって、医師にそこまで依存しなくても生きていけるようにできる医療なんですよね。

【新見】西洋薬で治らない患者は、漢方でもなかなか治らないんですよ。漢方で治すというより、手を握ったり顔を見たり、話を聞いたりして医師自身が治す、という感覚ですね。だから、漢方は外来で使う武器の一つくらいに思うといいでしょう。

【樫尾】ほかに困ることと言えば、漢方を処方していた患者が、ほかの医師にかかったら薬を変えられる場合もあります。院内で誰かが「漢方は効かない」と言うと、少し出しにくくなるという、周囲の環境に左右される面もありますね。ただ、最近は患者が漢方を出す医師を選ぶようにもなってきています。

西洋医の漢方に対する抵抗感は、今もあるものでしょうか。

【樫尾】そうですね。漢方は、患者によって効いたり効かなかったりします。西洋薬のようにクリアカットにいかないところが、西洋医からしたら理解しにくいように思います。

【新見】西洋医学でいうレスポンダーとノンレスポンダーのようなものなんですけれどね。そこで“うさんくさい”と思うのは、漢方にもエビデンスがあるように言われるから。僕は、漢方にエビデンスはいらないと思っています。エビデンスが必要なのは、手術で臓器を切除するなど、失うものが大きい場合です。漢方は昔の医師の知恵や経験の叡智ですが、西洋医学で治らない慢性疾患はそれでいいじゃないですか。現代まで300年以上も続いているのですから、本当のプラセボよりは効きます。

最後に、これから漢方を始めてみようという医師にアドバイスをお願いします。

【樫尾】漢方に関心を持ったら、一度自分で飲んでみてはどうでしょうか。当直明けでもうひと頑張りしたい時に補中益気湯(ほちゅうえっきとう)[41]。発表前の緊張時や不眠に抑肝散などを試して、効果を体感してみるといいと思います。

【新見】漢方はよくわからない面がある分、ずっと勉強し続けられるのも面白いところです。西洋医学のスキルは、10年も経験を積めばある程度横並びになるけれど、漢方は違う。僕の師匠の松田邦夫先生は85歳の今でも進化しています。患者を治したい思いが強く、自発的に勉強する医師は、きっとはまります。漢方は、ごく一部の医師だけのものでなく、超音波のように臨床医が普段の診療の一部になるといいと思っています。

本日はありがとうございました。
手始めに覚えたいモダン・カンポウ10処方
  1. ラムネよりは香蘇散 70

    香蘇散の保険病名は「風邪の初期」のみ。だが、気持ちを晴らす成分(香附子(こうぶし)、蘇葉(そよう))が含まれ、幅広い症状にも効くことがある。保険の審査が、「慢性風邪症候状」などの病名で通る地区なら「何か調子が悪い」患者に処方したい。

  2. 慢性疾患には何でも柴胡桂枝湯 10

    西洋医学的処置で軽快しない時のファーストオプション。頭痛や微熱、食欲不振、消化器系など、ちょっとした急性期疾患や、長年患っている慢性疾患に適応する。こじれた状態に使用する小柴胡湯(しょうさいことう)[9]と、虚弱者用の桂枝湯(けいしとう)[45]を合わせたもの。

  3. 訪問診療に真武湯 30

    あちこちが痛いと訴える高齢者や、冷え症に悩む患者の万能薬。鎮痛作用や体を温める作用のある附子(ぶし)。むくみを取る茯苓(ぶくりょう)や蒼朮(そうじゅつ)が入っている。若くて元気な人の万能薬は葛根湯だが、その高齢者バージョンだと思えばいい。

  4. 疲れには補中益気湯 41

    処方すべき漢方薬が思いつかない。またはたくさんの訴えがあってどれに対処したらいいかわからない場合は、補中益気湯を。疲れによる症状が全体的に良くなっていく。新見氏は「栄養ドリンクの漢方バージョン」と患者に説明している。

  5. うつ病もどきには加味帰脾湯 137

    精神科や診療内科を受診するまでもないけれど、うつっぽい患者は大勢いる。SSRIなどの西洋薬は依存性や離脱症状があるが、漢方にはない。自然治癒するまでの時間稼ぎとして、加味帰脾湯は便利。不安や緊張、イライラ感を鎮める作用がある。

  6. 食欲不振には六君子湯 43

    六君子湯は慢性的に食欲がなく、痩せている人に有効。胃がんで亜全摘手術や全摘手術をした人にはファーストチョイスで使用できる。時間はかかるかもしれないが、食欲が出て体重が増え、筋肉量が増すと全体的に元気になる。

  7. 子どもには五苓散 17

    子どもの風邪、腹痛、乗り物酔い、吐き気、目まいなどに効く。ほかに子どもの漢方は小建中湯(しょうけんちゅうとう)[99]、麻黄湯(まおうとう)[27]もある。小建中湯は、虚弱児のように感じる子どもに。麻黄湯は発熱時の頓服だが、飲み過ぎると胃もたれなどの副作用がある。

  8. 女性には当帰芍薬散 23

    女性の妙薬と言われる漢方。不妊や習慣性流産の治療薬であり、生理、妊娠、出産で憎悪する症状にも有効なことがある。添付文書には、「妊婦に対する安全性は不明」とあるが、今まで保険適用漢方エキス剤で早流産した報告はない。

  9. 更年期障害もどきには加味逍遥散 24

    更年期障害もどきは訴えがいろいろ。自律神経失調症と言われる患者や、疲れやすい、イライラする、とりとめのない話をするなどが対象。「もどき」であるため、閉経と関係なくてもいい。「妻の更年期障害と同じ」と訴える男性にも有効。

  10. がっちりタイプの慢性の訴えに大柴胡湯 8+桂枝茯苓丸 25

    漢方は単剤処方が基本だが、相性のよい組み合わせもある。がっちり体型の人には大柴胡湯+桂枝茯苓丸。新見氏自身、長年飲み続けており、熟眠感が増し、便通が良くなるなどの効果を感じている。華奢な人には小柴胡湯+当帰芍薬散が適用。