井齋 偉矢

井齋 偉矢
1975年北海道大学医学部卒業。医療法人静仁会静仁会 静内病院院長。88年オーストラリア留学(肝移植)。2007年から現職。日本外科学会認定専門医、日本東洋医学会認定専門医・指導医、サイエンス漢方処方研究会理事長。

従来の漢方の概念を覆すまったく新しいサイエンス漢方処方

漢方と聞いて難しいと感じるドクターもいるだろう。しかし、ここで紹介するのは従来の漢方とは異なり、西洋薬と区別なく処方される存在として漢方薬を位置付けているサイエンス漢方処方という新しい概念である。

「西洋薬だけで急性期医療を行なうのは限界があります。これはドクターの多くが日常診療の中で感じていることだと思います」と語るのは、静仁会静内病院院長・井齋偉矢氏である。その大きな理由として、西洋薬が病気の背景にある"炎症"に十分に対応できていない点を指摘する。
「医療機関で講演させていただくとき、一番わかりやすい例としていつも最初にお話しするのが肺炎です。肺炎の治療は抗菌薬の投与が主で、あとは鎮咳薬や去痰薬といった補助的な薬しか出されていません。肺炎は言うまでもなく、肺で激しい炎症が起こっている状態ですが、肝心の炎症に対する治療は一切なされていない。もちろん、抗菌薬の投与は必要です。私も医師として肺炎の患者さんには抗菌薬を投与します。しかし、本当に抗菌薬の投与だけでよいのか、ということです」
炎症を抑える薬としては、副腎皮質ホルモンとNSAIDsがあるが、これらは免疫力を著しく下げてしまうため、肺炎患者にはリスクが大きくて使用できない。炎症を鎮めるのは、患者の自然治癒力に依存しているのが現状である。
「肺炎に限らず、コモンディジーズの代表である風邪に対しても、西洋医学は有効な治療法をもっていません。英国医学雑誌『クリニカル・エビデンス』でも、風邪に対しては鼻づまりの薬くらいしか処方されていないと書かれています。急性期ではノロウィルスの感染者も増えていますが、この病気で患者が救急搬送されてきても、生菌性整腸薬を投与し、輸液を行なうくらいしか治療手段がない。胃腸に起っている激烈な炎症をコントロールすることはできていないのです」
そうした中で、現在の急性期医療の弱点を埋める有効な手段として、井齋氏が注目したのが漢方である。
「漢方薬のほとんどは抗炎症作用を有しています。炎症の状態に応じて最も適切な漢方薬を処方し、西洋薬と併用すれば、医療全体の質が底上げされるのは間違いありません」

漢方は最初から急性期の薬だった

急性期の現場で漢方を使用することを意外に思う読者も多いだろう。「漢方薬は速効性がない」というのがこれまでの定説だった。
しかし、実は漢方薬は歴史的にみて、最初から急性期の疾患を標的とした薬だった、と井齋氏は語る。
「最古の漢方治療マニュアル『傷寒論(※)』が編纂された2千年前は、平均寿命が20~30歳で、死因の約7割を腸チフスやコレラといった感染症が占めていました。そんな時代、薬に求められるのは速効性です。生きるか死ぬかの人に対し、優れた速効性を示す薬だけが『傷寒論』に収載され、現代に伝えられてきたのです」
つまり、当時の漢方医学はまさに救急医学であり、現代の急性期医療においても、その強力な作用は遺憾なく力を発揮するという。
急性期医療における漢方薬の効果は、3つの作用が柱となる。1つは前記した炎症を抑える作用だ。
「漢方薬は初期免疫に介入することにより、免疫系を迅速に立ち上げるとともに、過剰な炎症を抑制します」
西洋医学の抗炎症薬が2種類しかなく、いずれも免疫を下げることを考えると、漢方薬の存在がきわめて貴重であることがわかる。
2つめに、漢方薬は微小循環を改善する力にも長けている。
「西洋薬は太い動脈の循環を保つ作用は優れていますが、末梢まで血を巡らせるのは難しい。漢方薬はここを補完するのに役立ちます」
3つめに、漢方薬は体の水分調節にも働く。
「西洋医学で処方される利尿薬は全身性の浮腫に効果的に作用する一方、漢方薬は細胞の水の出入り口であるアクアポリンを介し、局所で生じている水分代謝異常にピンポイントで作用するのが特徴です」
このように、漢方薬を使用すると、西洋医学で対応に苦慮している部分がきれいに穴埋めされるのだ。

※傷寒論

3世紀初頭の後漢末期に編纂された中国伝統医学の古典。著者は長沙(現・湖南省)の太守(知事)であった張仲景とされ、腸チフスのような急性熱病(傷寒)に対する療法が中心に記されている。

サイエンス漢方処方という新しい概念

漢方に興味はあっても、東洋思想に基づく観念的な理論に違和感を覚え、躊躇するドクターも多いだろう。しかし、漢方を実践する上で難しい理論は必要ない、と井齋氏はいう。
「漢方の基本原理とされている理論は、すべて後付けされたものです。漢方薬を効果的に処方するには、観念的な哲学体系を修得することより、科学的に理解して西洋薬と同じように使用するほうが、はるかに有効で現実的です」
漢方薬が西洋薬と異なるのは多成分で構成されている点だが、その薬物動態は薬理学的側面からも非常に興味深いものだという。
「漢方薬に含まれる個々の成分は、それぞれ作用が異なります。ところが、体内に入ると四散することなく、全体で一定の方向にシステムとして作用することがわかっています。これを私は『超多成分薬剤システム』と呼んでいます」
炎症のように複雑なしくみで生じている症状には、こうした漢方薬の複雑系のシステムはとても有利に働くという。また、チームで作用するため、1つの成分が暴走しそうになっても、別の成分が抑え、結果的に副作用のリスクも減る。
ただし、漢方の作用機序はまだ科学的には解明されていない。一方で効果というエビデンスは十分にある。そこで井齋氏は、サイエンス漢方処方という新しい概念を立ち上げた。
「サイエンス漢方処方の基本的な考え方は、漢方薬の効果を科学的な位置づけとしてとらえ、現代医療の中で漢方薬を積極的、効果的かつ安全に、しかも(医師であれば)誰もが診療に取り入れることにより、現代医学の質を向上させる点にあります」
急性期に漢方薬を使用する場合、初期の段階で通常の数倍量を投与するのがポイントだという。
「通常1日3回処方する薬なら、初日と2日目はその2倍から3倍、重篤な症状では5倍量を投与することもあります」
これは決して無謀な量ではなく、もともと日本では漢方薬の処方量が少なく設定されていて、中国の3分の1から5分の1に過ぎない。だから、5倍投与してやっと通常量に達するわけだ。
「多めに処方するのは最初の2日間くらいなので、とりすぎの心配はありません。急性期医療では、今出現している問題に対して間髪入れずに対処することが重要なのです」

急性期に威力を発揮する「意外な」漢方処方 症例10

井齋氏が院長を務める静仁会静内病院では急性期の症状に漢方薬を積極的に処方している。
医療機関で講演するたびに場内がどよめくという、10のケーススタディを紹介する。

CASE 1

肺炎には「小柴胡湯」

患者 75歳、男性

レントゲン写真で両肺の広い範囲に白い影を確認。CTの画像では左肺の背部にこぶし大の濃い白い影が写っていた。
西洋医学的な治療と併用して小柴胡湯を4時間毎に2.5g×7日間服用。その後、8時間毎に2.5g×7日間服用。2週間後には白い影が消失。炎症がきれいに鎮静化した。

※肺炎に対する抗炎症薬として第一選択とされるのが小柴胡湯。症状が重いときには柴陥湯、喀痰の量が多いときは竹筎温胆湯が選択される。炎症がある程度終息したあと、最後の仕上げに柴胡桂枝湯を投与すると、肺炎をソフトランディングさせることができる。

CASE 2

脳の浮腫には「五苓散」

患者 生後2ヵ月、男児

入院時の頭部CT画像では上矢状静脈洞、横静脈洞、S状静脈洞の高吸収を認める。人工呼吸器や薬物投与で血圧やBGAは改善傾向となったが、痙攣重積。3日目の頭部CT画像では広範囲な脳静脈洞血栓症を確認。著明な全身浮腫などがみられたため、交換輸血を実施。血栓が広範囲なので手術不可と診断。
3日目から、血栓溶解薬とあわせて、五苓散(エキス0.6gを1日3回)を経管投与。7日目に腎機能が回復し、持続透析を離脱。
11日目の頭部CT画像で脳浮腫が改善傾向に。40日目の頭部CT画像では、血栓が消失し、血腫も縮小傾向、脳の実質内障害は認められなかった。その後、正常に発育している。

※肺炎に対する抗炎症薬として第一選択とされるのが小柴胡湯。症状が重いときには柴陥湯、喀痰の量が多いときは竹筎温胆湯が選択される。炎症がある程度終息したあと、最後の仕上げに柴胡桂枝湯を投与すると、肺炎をソフトランディングさせることができる。

CASE 3

抗がん剤による口内炎には「半夏瀉心湯」

患者 64歳、男性

頭頸部がんで放射線治療を施行。ひどい口内炎となり、舌は白く変色。経口摂取も困難となる。
半夏瀉心湯を毎日7.5gずつ水(500ml)に溶かしてペットボトルに入れ、冷蔵庫で冷やしてちびちびと含み飲みしていた。このときは、黄連解毒湯(2.5gを1日3回)も併用。
4~5日で症状はかなり改善し、1週間後には舌は健康なピンク色に回復。食事もとれるようになった。

半夏瀉心湯は胃粘膜防御作用と抗炎症作用がある。半夏瀉心湯単独のうがいでも、90%以上の有効率が報告されている。

CASE 4

インフルエンザには「麻黄湯」

患者 37歳、男性

インフルエンザによる悪寒・高熱・体の節々の痛み・鼻づまりを訴えて来院。無汗だが余力はある状態だった。
麻黄湯を3時間毎に2.5g×3回投与。半日で発汗がみられ、解熱した。

麻黄湯はインフルエンザウィルスの感染・増殖を共に阻害する作用がある。タミフルよりも上流でウィルスを退治するので、インフルエンザの種類は問わない。鳥インフルエンザにも有効。無汗で余力がないときは大青竜湯を、予防には補中益気湯が適している。

CASE 5

ノロウィルスには「桂枝人参湯」

患者 80歳、女性

体温37.2℃、激しい水様下痢と臍周囲の腹痛、嘔気・嘔吐、軽度の頭痛が認められ、ノロウィルス陽性反応。
桂枝人参湯を初回に5g を投与し、以後、症状が治まるまで2時間毎に2.5g×4回投与。下痢・嘔吐が半日で止まり、その後は8時間毎に2.5g×2回投与。翌朝には普通に食事をとれるようになり、3日目には便中のウィルスも消失した。

※胃腸の炎症を強力に抑えるには桂枝人参湯の投与が有効。腸管内で強力な抗炎症作用および水分調整作用を発揮する。頻回の水様性下痢を翌日までに治すには、通常の1日3回という悠長な投与法ではなく、初回は倍量、以後2時間毎に常用量を投与する必要がある。

CASE 6

術後のせん妄には「抑肝散」

患者 83歳、女性

手術後、ICUで意識が戻ったあと、せん妄で興奮状態となり、経管栄養のチューブを鼻から抜いたり、尿道カテーテルを外したりといった問題行動が発現。
抑肝散2.5gの頓服で、10分後には興奮状態が鎮静化。
通常は手術前に抑肝散2.5gを1日3回、7日間投与し、手術後、再び同じ形で抑肝散を投与するのが理想。

抑肝散はグルタミン酸神経系やセロトニン神経系の調節に有効。抑肝散は精神的な興奮を鎮める作用もあり、最近は認知症の問題行動や統合失調症に対して処方するケースも増えている。胃弱の患者には抑肝散加陳皮半夏を処方。

CASE 7

メニエール病には「五苓散」

患者 56歳、女性

激しいめまいを訴えて来院。五苓散5gを投与したところ、2時間で治癒。

※メニエール病は内耳リンパ液の循環異常に起因して起こる。五苓散は水の代謝の正常化に役立つ。

CASE 8

子どもの嘔吐には「五苓散」

患者 12歳、女児

複数回の嘔吐、顔面蒼白の状態で来院。
五苓散5g を20mlの水に溶かしてレンジで温め、注射器にとってネラトンをつけて注腸。2時間で症状は改善し、その日の夜には本人の希望で家族で焼き肉屋へ出かけ、普段と同じようにもりもり食べていたという。

※胃生後半年から3歳までは五苓散1.5g、小学校低学年までは五苓散2.5gをそれぞれ10mlの水で溶き、同じ要領で注腸。子どもの嘔吐は脱水につながる危険性が高い。子どもに点滴するのは困難を伴うが、注腸であれば苦痛もなく、子どもも嫌がらない。五苓散を使った200人規模の臨床研究では、有効率約90%という結果が報告されている。

CASE 9

痔には「芍薬甘草湯+桂枝茯苓丸」

患者 52歳、男性

痔の痛みを訴えて来院。座るのもままならない状態。肛門の外側に大きく腫れた外痔核を認めた。
芍薬甘草湯5.0gを溶かした湯(50ml)に浸したガーゼを患部に当ててお尻に挟んでおいたところ、15分ほどでパンパンに腫れていた外痔核がシワシワになってしぼんだ。それを肛門の中に押し込み、そのあと桂枝茯苓丸2.5gを1日3回、7日間服用。痔そのものが治癒した。

芍薬甘草湯は、肛門括約筋を弛緩するとともに、鎮痙・鎮痛作用もある。

CASE 10

打撲傷には「通導散」

患者 24歳、女性

手の甲に打撲で腫れ・内出血が認められ、痛みを訴えて来院。
通導散2.5gを1日3回服用。2日目には症状がかなり軽減し、3日で腫れや内出血、痛みが解消された。
NSAIDsは使用しなかった。

※打撲傷は古典的な炎症だが、有効な西洋薬はない。通導散には微小循環障害改善作用と抗炎症作用がある。

漢方を自分で体験してみる

漢方薬の速効性は、自分自身で容易に体験できる。
速効性のある漢方薬を3つ紹介する。

こむら返り

ゴルフを楽しんでいるときなどにこむら返りが起こったら、芍薬甘草湯2.5g(症状の強いときは5.0g)を頓服。5分でけいれんや痛みが治まる。常備していると安心。

二日酔い

飲酒前に五苓散を2.5g服用し、帰宅して寝る前に5.0g服用すると、二日酔いの予防に有効。すでに二日酔いのときは、五苓散を5.0g頓服すると、30分から1時間で症状は改善される。

飛行機着陸前の「耳の変調、頭痛」

飛行機が着陸する際の耳の変調(航空性中耳炎)の予防にも、五苓散が有効。着陸30分前に五苓散5.0gを服用。すでに症状が出ているときも同量を頓服すると、30分から1時間で効果が実感できる。

この診療科にはこの漢方処方

漢方では炎症の状態をしっかり見極めた上で、最も適切な漢方薬を処方することが重要となるが、 これは決して難しいものではなく、パターンを認識すれば診療科に関わらず誰でもできるという。

皮膚科は難易度が高いが十分な手応えが得られる

診療科を問わず、漢方薬を西洋薬と上手く併用して処方することは、治療成績を上げるうえで大きな武器となる。なかでも、井齋氏が特に、漢方をもっと活用してもらいたいと語るのが、皮膚科だ。
「皮膚科の慢性的な疾患には、必ずといっていいほど、炎症とともに微小循環障害が存在します。尋常性乾癬やアトピー性皮膚炎はその代表です。ところが、皮膚科では炎症を抑える治療に終始し、微小循環については多くの場合、放置されているのが現状です。微小循環障害を放置したままステロイド剤を使用しても完治には至りません。ステロイド剤は炎症を抑える力は強いものの、免疫力を下げ、微小循環も悪くしてしまうからです」と井齋氏。
そうしたとき、微小循環を改善する漢方薬を活用すると、皮膚疾患が著明に改善される場合が多いという。
「ただし、皮膚科の場合には1種類の漢方薬で済まないことが多く、病名というよりは、病態で処方する形になります。ですから、同じ疾患でも、皮膚の状態の変化につれて有効な薬が変化します」
例えばアトピー性皮膚炎の場合、皮膚が乾燥しているケースには、温経湯が適応だが、逆に皮膚の水分が過多の患者には、消風散という漢方薬のほうが適している。また、根底に肝機能障害などがあるケースは、、梔子柏皮湯が有効とされる。
「その意味では、漢方薬を処方するうえで皮膚科は最高難易度といえます。しかし、サイエンス漢方処方で、私が提唱しているアルゴリズムのパターン通りに処方すれば大きく外れることはないので心配ありません」

精神科や循環器科、療養型病棟でも注目

精神科領域でも、漢方薬の効果が期待されている。
「統合失調症の人に、西洋薬と併用して漢方薬を処方すると、錯乱状態や落ち着きのなさの改善に役立ちます。統合失調症には、脳細胞の炎症が関係しているという話がでていますので、漢方の抗炎症作用が効いている可能性が示唆されます」
一方、循環器科では、心不全に対して、従来の治療に加え、木防已湯という漢方薬を加えると、心臓とその周囲の水分過多が早期に是正され、症状が速やかに改善されることがわかっているという。これは結果として入院期間の短縮にもつながる。
慢性期の疾患が主な対象となる療養型病棟でも、漢方薬の需要は高い。
「療養型病棟の患者は概して免疫力が低下しており、病状の増悪、易感染性など生命予後を左右するリスクが高い。そのため、コモンディジーズに対するこまめな対応が重要となります。こうした症状には、体の不均衡を是正し、初期免疫に介入する漢方薬は非常に適しています」

高齢者医療と総合診療では漢方のスキルは必須

高齢者医療においても漢方の用途は幅広い。
「高齢者に対しては八味地黄丸がとても重宝します。糖尿病から高血圧、老人性掻痒症、足の筋力低下に至るまで幅広く使用できます。また、不眠や惰眠などの睡眠障害には酸棗仁湯、頻尿・尿失禁には牛車腎気丸がそれぞれ有効です。さらに高齢者の便秘には、便の水分量を増やし、蠕動運動をやや亢進させる麻子仁丸がおすすめです。コロコロした便には潤腸湯を使います」
将来的に開業を考えている人にとっても、漢方は必須のスキルだ。
「外来はもとより、訪問診療で家庭医として診ていくことも視野に入れると、急性期疾患やコモンディジーズに対する治療の選択肢は1つでも多いほうが絶対的に有利です。逆にいうと、漢方なしで総合診療を行なうことはかなり厳しいと思います」と井齋氏は語る。
診療科別の漢方処方については、下記にまとめてみたので参考にしていただきたい。

診療科・症状別 主な漢方薬

皮膚科

  • 尋常性乾癬:桂枝茯苓丸加薏苡仁
  • アトピー性皮膚炎:消風散

脳外科

  • 脳梗塞後の脳浮腫:五苓散

眼科

  • 目の充血:越婢加朮湯
  • 鼻涙管狭窄:柴蘇飲

耳鼻咽喉科

  • めまい:半夏白朮天麻湯

口腔外科

  • 味覚障害:香蘇散(小紫胡湯+香蘇散)

泌尿器科

  • 尿路出血:芎帰膠艾湯
  • 膀胱炎:猪苓湯(軽度)、五淋散(中度)、竜胆瀉肝湯(重度)

婦人科

  • 月経痛:芍薬甘草湯
  • 月経関連症状:加味逍遥散

整形外科

  • 筋肉痛:麻杏薏甘湯
  • こむら返り:芍薬甘草湯

外科

  • 化膿:排膿散及湯

内科

  • 慢性肝炎:小柴胡湯
  • メニエール病:五苓散

小児科

  • 嘔吐:五苓散の注腸

消化器内科

  • 過敏性腸症候群:便秘型には桂枝加芍薬大黄湯、下痢型には半夏瀉心湯
  • 急性胃腸炎:桂枝人参湯
  • 急性・慢性胃炎:六君子湯
  • 逆流性食道炎:茯苓飲、六君子湯

循環器内科

  • 心不全:木防已湯
  • 高血圧症:柴胡加竜骨牡蛎湯

呼吸器科

  • 慢性閉塞性肺疾患:清肺湯

腎臓内科

  • 透析中のこむら返り:芍薬甘草湯
  • 透析中の除水が上手くいかないとき:五苓散

精神科

  • 統合失調症:抑肝散
  • 不眠症:酸棗仁湯
  • 神経症:柴胡加竜骨牡蛎湯

総合診療科

  • 認知症の問題行動:抑肝散
  • 廃用症候群:黄耆建中湯
  • 冷え:当帰芍薬散

キャリアを磨き、可能性を拓く漢方のスキル

日本では医師のライセンスを持っていれば、漢方薬を処方できるしくみになっている。これを生かして漢方という武器を身につければ、これまで対症療法に終始していた疾患に対して新しい可能性が拓けてくる。

先進医療の現場でも漢方への関心が高まってきた

漢方薬が保険診療に導入されてから、まもなく半世紀が経つ。全国の医療機関で処方されている薬のうち、漢方薬の占める割合はまだ2%未満にとどまっているが、それでも医療の現場で少しずつ変化が起こっていることに、井齋氏は確かな手応えを感じているようだ。
「サイエンス漢方処方の講演を10年くらい前から行なっていますが、ここ数年、全国の医療機関から講演に招かれる数がかなり増えました」
これまで東洋医学的なものを導入していなかった急性期の先進的医療を中心に行なっている病院からも声がかかるようになったという。
「今年は臨床研修指定病院でお話しする機会も多いのですが、若いドクターの反応がとてもいい。漢方は数千年前に誕生した医学ですが、若い医師にとっては初めて知る最新のスキルに感じるのでしょう。彼らのそうしたモチベーションを下げないために、上の先生たちにもどんどん興味を持っていただいて、若いドクターをフォローアップできる環境が整っていくように、私もできるだけ努力していきたいと考えています」今後、サイエンス漢方処方の考え方が広く浸透し、炎症に関係する疾患に漢方薬が幅広く使用されるようになれば、漢方薬の処方率は10%はいくだろうと、井齋氏は期待している。

漢方処方を身につけると治療に対するイメージが一変

井齋氏は、講演で全国を駆け巡る傍ら、自院で漢方を学ぶ若手医師の育成にも力を入れている。
「現在、島根県から3年の予定で研修に来ている40代半ばのドクターもいます。私が島根県で講演をしたとき、たまたま聴講に来られたのがきっかけでした。サイエンス漢方処方の考え方に共鳴し、すぐに連絡をくれて、島根に家族を残し、単身、北海道へ研修にこられたのです。今年で2年目ですが、漢方を併用した診療に非常に満足していて、うちの病院にとっても大きな戦力となっています」
漢方処方を身につけると、治療に対するイメージががらりと変わると、井齋氏はいう。
「西洋医学は対症療法が中心で、表面化している症状を抑えることに終始しますが、漢方を使うと、体の中のシステムの異常を元に戻すという、西洋医学にはない視点からの治療ができます。これまで対症療法が"治療"だと思っていた人は、医師人生が変わるくらいの衝撃を受けるかもしれません。漢方という武器はそのくらい大きな力をもっています」
なお、勤務医の先生が漢方薬を使用するには、薬局を味方につけることも欠かせない。漢方薬は薬価が低いうえに場所も取るため、薬局としては積極的に扱いたい商品ではない。
薬局を味方につけるには、薬局長を井齋氏の講演に誘ってみるのも1つの方法だ。漢方に対する意識が変わるきっかけになるだろう。

  • 漢方でキャリアが大きくかわった!実例(1)

手術に明け暮れる耳鼻科医から漢方耳鼻科医へ転身
治療法のハイブリッド化で「治す力」3倍増の手応え

今中 政支

今中 政支
いまなか耳鼻咽喉科院長
1990年大阪医科大学卒業。99年大阪医科大学耳鼻咽喉科学教室学内講師、2003年大阪府済生会中津病院耳鼻咽喉科部長、その後、洛和会音羽病院耳鼻咽喉科部長、どれみ耳鼻咽喉科院長を経て、12年から現職。日本耳鼻咽喉科学会専門医、日本東洋医学会専門医。

私は外科系を強く意識して耳鼻科医になりました。従って、卒後16年間は頭頸部外科医として手術に明け暮れたんです。悪いところを切り取ってすぱっと治す、そんな快感に酔いしれました。その一方で、めまいや耳鳴といった内科系(?)の疾患を苦手としたり、都会の大病院の部長とは名ばかりで治せない疾患の多さに閉口していました。そこで、勤務先が変わったのを機に、東洋医学を積極的に取り入れることにしたのです。さらに、縁あって『雇われ院長』となり、貴重な時間を得ました。師匠にも恵まれ、3年間で専門医の資格を取得したのです。そして試行錯誤を重ね、独自の診療スタイルも確立できました。
しかも、この間に得難い経験を積みました。それは「一診療所の医師が極端に漢方に傾倒した場合、患者に敬遠されないか?」また「一般的な治療で治らないために慢性化し、通院し続けてくれる患者を次々と漢方で治してしまったら、患者がいなくなってしまうのではないか?」という疑念への解答です。契約期間を終え、契約書の内容に従って、前任地から距離を置いて独立開業した私の診療所は当初から予想以上の人気を博したのです。
私は、漢方を最後の切り札などと大事に温存せず、普段使いしています。その結果、風邪の諸症状を迅速に治したり、抗生物質の乱用を避けて治療費を軽減したり、ステロイド薬に依存しない花粉症や喘息の治療が実現可能となりました。現在、私の実践しているハイブリッド治療とは、「西洋医学の診断学、進歩した検査・画像機器を利用しつつ、東洋医学的な考え方や診察法を実践する姿勢を持ち、各々から導き出される治療法の良いところを統合する」というものです。補完的に漢方薬も使ってみるという曖昧なものではなく、漢方薬はやはり東洋医学的な根拠・ルールに基づいて処方すべきと考えます。そして、西洋薬と漢方薬の併用による相乗効果を追求したり、時には西洋薬による弊害を避けて漢方薬を主体にしたりしています。めまいや耳鳴といった難治性疾患、長引く中耳炎や鼻炎・副鼻腔炎、咽喉頭異常感症や長引く咳といった疾患を『治す力』は1+1=2ではなく3倍になった手応えです。さらに、漢方との出会いは、私の『人間力』にまで大きく影響したと感じています。

  • 漢方でキャリアが大きくかわった!実例(2)

自分の技量に迷いが出たとき漢方に出会い独学開始
臨床力・達成感ともにUP

大澤 稔

大澤 稔
前橋赤十字病院 産婦人科副部長
1994年新潟大学医学部卒業。08年から現職。前橋赤十字病院教育研修推進室・副室長、プログラム責任者兼任。専門:閉経後骨粗鬆症の治療・管理、中高年更年期医学、女性ホルモン補充療法、漢方東洋医学、医学教育、地域連携クリニカルパス。日本産科婦人科学会専門医、日本女性医学学会認定医。サイエンス漢方処方研究会理事。

30歳で産婦人科の専門医を取得後、さらに自分のスペシャリティを拓く道として更年期障害の分野を選択しました。当初、更年期障害の諸症状は女性ホルモン補充療法(HRT)できれいに解決できると考えていたのですが、現実はそれほど容易ではなく、自分の技量、ひいては西洋医学の限界を感じるようになりました。HRTで改善できない症状は対症療法しか手立てがなく、不眠には睡眠薬、頭痛には鎮痛剤といった処方を繰り返しているうちにどんどん薬が増え、しかもそれで患者さんが元気になるかというと、必ずしもそうではない。これでは患者さんの満足度は落ち、自分のモチベーションも低下します。治したくても治す手立てがないというジレンマに陥っていたとき、漢方に出会いました。自分が尿管結石の激痛に見舞われ、試しに飲んだ芍薬甘草湯により、わずか5分で痛みが消えたのがきっかけでした。芍薬甘草湯は婦人科では月経痛によく処方され、筋肉が痙攣して起こる痛みに効くことは知っていましたが、自分でその速効性と効果を体験したことで、漢方に対する興味が一気にわいたのです。
その後、初心者向けの漢方入門セミナーに参加したのを皮切りに本格的に漢方の勉強を始め、後に、井齋偉矢氏が提唱する超多成分薬剤システム理論からみる作用機序・使用目標をヒントに独自の漢方処方を考案しました。「オルタナティブパスウェイ(もうひとつの方法)」と名づけたこの方法は、「証」を隅々までとった場合と同等の漢方処方をわずか5分の問診で処方できるのが特徴です。
漢方を身につけると、単なる対症療法ではなく根本治療が可能となるため、日常診療のモチベーションは格段に高まります。患者さんの話を聞き、それをヒントに漢方処方を考え、次に来院されるときどのような成果がでているかが楽しみになるのです。自分の処方がぴったりはまって再診時に患者さんの症状がきれいに改善され、喜んでいただいたときの達成感は、対症療法では決して味わえないものです。最近は漢方処方の講演をさせていただく機会が増えました。昨年、山形県でイブニングセミナーを行なったときは、200人近くの医師が聴講してくださいました。いかに"もう1つの選択肢"を求めている方が多いか実感した出来事でした。