深刻化する超高齢化社会。いわゆる2025年問題に向け、全国各地で地域包括ケアシステムの構築が急ピッチで進められている。病床転換、病院統合など医療提供体制の変更は、医師のキャリアにどう影響するのだろうか。また、すでに医学部新設による医師増員や、国民の人口減少が始まり、医師過剰時代が到来するとも語られている今後、医師に求められるスキルや役割は何か。医療界を俯瞰する3人のスピーカーに語ってもらった。

  • 1 背景と展望

医療提供者・利用者・政策決定者が一体となった
新たな価値創造と、パラダイムシフトが必要だ

キーワードは「利用者が求める地域ヘルスケア」

社会環境の変化に連動して、医療界は変わり続けている。日本病院会会長の堺常雄氏は、医療提供者、利用者、政策決定者(行政)の3者の変化と課題を下表のようにまとめる。

変わり続ける医療を取り巻く環境

一般社団法人 日本病院会資料より

「急速な高齢化に伴い、利用者の疾病構造が変化しました。若い患者が多かった頃は、一つの疾病を集中的に治せばよかったのですが、複数疾病を抱える高齢者はそうはいきません。また、医療提供者は人材不足や偏在が大きな課題です。現状では急性期病院が多く、それぞれに医師を必要としています。1病院あたりの医師数が足りず、効率性の低下や過重労働につながっています」

加えて、病床機能分化も医療提供者の喫緊のテーマだ。協議の場を設け、過剰な急性期病床を、回復期病棟などに転換させようという流れにあるが、高度急性期や急性期として存続したい病院が多く、なかなか転換が進まない。

「それでも今後、病床機能報告がもっと進めば、各病院の救急車受け入れ台数などが明確になります。その上で、適切な地域医療構想を作成することが政策決定者の課題です」こうした変化は、“新たな時代の到来”といっても過言ではない。
「20世紀は病院の時代でした。病院完結型医療を目指して、規模を拡大し、院内のチーム医療を強化してきました。しかし、これからは地域の時代です。院内外の人たちとチームを組み、医療・介護・予防を含めた地域完結型のヘルスケアを構築する時代になりました。医療提供者には、新たな価値観の創造、パラダイムシフトが必要です」

パラダイムシフトを実現するにあたっては、利用者が求める医療と介護とは何か、まずは、ニーズを正しく把握することが欠かせない。 「高齢者医療のニーズが高まり、多くの病院でCureからCareへ、専門診療から総合診療へ、入院医療重視より予防医療重視へと、医療提供体制改革が望まれています。本来であれば、地域包括ケア病棟ももっと増えてしかるべきでしょう。大病院は1病棟ぐらい。中小病院では、全部が地域包括ケア病棟というケースがあってもいいと思います」

堺 常雄
一般社団法人 日本病院会 会長
1970年千葉大学医学部卒業。キャンプ座間のアメリカ陸軍病院インターン、アメリカでの脳神経外科研修をへて、79年から浜松医科大学、81年から聖隷三方原病院勤務。92年に聖隷浜松病院に移り96年院長、2011年総長就任。10年より日本病院会会長。

堺 常雄氏

予防、総合診療、AI…
多方面で医師キャリアへ影響

パラダイムシフトは、医師のキャリアにも影響を与える。ニーズの高まる予防や地域包括ケアでは、医師に求められる能力も変わるからだ。 「『高齢化によって増加している脳卒中の予防には、まず糖尿病を防ぐ』など、予防医療の知識は大きな価値があります。現状の医学部教育ではあまり教えられていないため、今後の課題といえます」

総合診療専門医も、これから重要な役割を担うようになる。 「例えば、救急当番の外科医が手を離せない時、総合診療専門医なら必要な初期対応ができます。もちろん、急性期を経て地域包括ケア病棟に移った患者の管理も任せられる。地域の中では、幅広い知識を生かしてゲートキーパー的な役割を担ってもらえることでしょう。専門医が予想もつかないような疾患を発見するなど、患者に感謝される面も多いはずです」

堺氏は、これから高齢者医療に参入する医師への再教育システムも必要だと考えている。 「もともと急性期病院に勤務していた医師が、在宅医療や老人保健施設などへ参入する際、ただ行っても難しい面があるでしょう。患者への接し方など、急性期医療との違いについて教える場を設けるべきです」

また、いわゆる多死社会に向けて「QOD(死の質)を考える機会も整備したほうがいいと思います」

一方、高度急性期病院では、より高いスキルが求められる。「アメリカの病院では、脳外科で動脈の手術を行う医師に一定要件を求めています。症例数、手術成績などの要件をクリアした医師には『プリビレッジ』(特権)が与えられ、公開されます。患者は『この医師はプリビレッジがあるからこの手術ができる』と判断でき、質の保証になるわけです。日本でも、ゆくゆくは導入されるのではないでしょうか」

ほかに、医療ITやロボット、AIの進歩による変化も考えられる。「ロボットを操作する技術も必要になりますし、遠隔診療が盛んになるとまた新たな診療スタイルになります。例えば山間へき地の診療所でも、医療スタッフがいて機械があれば、遠くの総合病院に心電図や画像を飛ばし、判断を仰ぐことができます」

病院はどのように変わっていくのか?

一般社団法人 日本病院会資料より

フレキシブルな頭で。
だが医師の本質は変わらない

このように激動の医療界にあって、医師がいつまでも活躍し続けるにはどうしたらいいか。「一つの領域に凝り固まらず、頭の中をフレキシブルにしておくことが必要だと思います。病院の枠にとらわれず、自分の地域ではどんな疾患が多く、需要と供給のバランスはどうだろうなど、幅広い視点で考えてみてはどうでしょうか。どんなに時代が移ろっても、医師の本質は変わりません。目の前の患者に対する思いやり、つまり、今日来た患者を自分の最愛の人だと思って診療することが何より大切なはずです」

求められるPOINT

  • 病院の時代から地域の時代へ。病院完結から地域完結への移行を。
  • 医療、介護、予防を含めた地域ヘルスケア全体を考える。
  • 高度急性期の医師には、より高いスキルが求められるようになる。
  • 2 勤務医として求められるスキル・役割

診療スキル以外も重要。リーダーシップと
「双方向のコミュニケーション力」が必須の時代に

病院管理者と対話し、病院の方針・役割を理解

今、医師に求められるスキルは診療力だけとは限らない。多くの医療機関で経営コンサルティングを行う(株)日本経営の副部長、江畑直樹氏によると、“診療以外のスキル”や、診療に向き合う姿勢が問われる時代になったという。
「医師個人の『私は○○の医療を行いたい』という想いだけでなく、病院の方針や地域での役割、経営状況などを理解して診療にあたることが必要になっています。個人の理想を追求する姿勢は、時に病院の役割や利益と相反する場合があるのです」

例えば、ある地方の病院では、人口減少と高齢化に伴い“高齢者を支える医療”をコンセプトとした。院長は、幅広いスキルを持ち、高齢者の慢性期医療や合併症にも対応できる勤務医を求めた。しかし勤務医の1人は「自分は急性期の医師だ」という意識が強く、専門性を生かせる症例を診たがった。結果、受け入れ患者数が減り病院の経営に損失を与えていた、というケースがあった。

これからの時代、医師は積極的に病院の経営方針を知ろうとする姿勢が必要なようだ。ただ、中にはあえて病院の経営に参画しようとしない医師もいるかもしれない。江畑氏は、数千人にもおよぶ医師にヒアリングをした経験から、次のように話す。
「医師からよく聞かれるのは、『病院から、自分の価値が認められていない』という声です。患者のため、病院のために努力をしても、特に評価されることがなく、病院に対して諦めの感情を持っている医師が非常に多い。病院側にも、解決すべき課題があると思います」

往々にして、院長クラスは病院の方針を職員に伝えたつもりでいる。実際、会議や委員会、院内報などで周知を図っている例は少なくない。だが、それが医師の気持ちに響いているかは別の話だ。「病院と医師は、一方通行ではなく、双方向のコミュニケーションの中でお互いの方向性が整理されていきます。病院は、医師との対話の場を設ける必要があるでしょう」

そのための一法として、近年、導入が進んでいるのが、医師の人事評価制度だ。評価制度というと、成果を上げた医師にインセンティブを与える取り組みのように思いがちだが、それ以上の意味合いがある。「人事評価においては、院長と医師が面談をする機会があります。その際、医師がどのような努力をしてきたか、どんな熱意を持って診療に当たっているかを院長が受け止め、感謝の気持ちを伝えます。同時に、病院の方針を直接伝え、お互いの考えをすり合わせるのです。医師も人間ですから、自身の感情を理解されることで、病院側の事情を知ろうという気持ちになります」

経営状況への意識を高めるには、医師と事務部門の距離感も重要だ。「うまくいっている病院では、診療科単位、あるいは医師単位に落とし込んだ経営状況を、事務スタッフが医師に伝えています。例えば、診療報酬改定のポイント、月次の生産性の指標といったデータをもとに、『月の新患を1人増やせるといい』など、具体的な目標を設定するのです。医師側も、そうした情報を受け入れる姿勢が大切です」

江畑 直樹
株式会社日本経営 副部長
病院、福祉事業所などを対象とした組織開発や人事コンサルティング、教育研修に従事。東日本の組織・人事領域に関わるコンサルティング・研修の統括責任者。これまでに80をこえる病院組織のコンサルティングを行い、医師を対象とする人事評価制度の構築や研修にも多くの実績を有する。日本社会事業大学専門職大学院非常勤講師。首都大学東京大学院人間健康科学研究科非常勤講師。

江畑 直樹氏

チームのパフォーマンスを最大限に引き出す力

これからの医師にますます求められる、もう一つの重要なスキルは、チーム医療を高めるリーダーシップだ。チームのパフォーマンスを最大限に引き上げることが課題となる。「医師とチームスタッフの関わり方が遠かったり、逆に指導的すぎたりすると、スタッフは『先生に対して意見を言いづらい』『わかってくれない』という認識を持ち、萎縮してしまいます。積極的な行動ができなくなり、言われたことしかしないチームになりかねません。それを見た医師はさらに指導的になり、負のスパイラルに陥る場合があります」

よくあるのは、指示だけ出して、その背景にある考えを伝えないパターンだ。医師が何を大切にしているかがわからなければ、スタッフも自発的に行動できない。

「前述のように、病院の方針を医師が理解することは大切ですが、医師のポリシーをスタッフが理解することも非常に大切です。激務の医師にとって、いちいち説明するのは大変かもしれませんが、忙しいからこそ大切なことをしっかり伝え、仕事を任せられる関係になるまでチームを育てていくことが大事になります」

スタッフとうまく意思疎通を図るコツはあるか。江畑氏にたずねるとこんな答えが返ってきた。「スタッフの反応がすべてだと思います。医師の性格や、診療科によってコミュニケーションのとり方はさまざまですが、現場が盛り上がっていれば、自分らしいリーダーシップがとれている証拠です」

病院側の方針とスタッフの様子を冷静に観察し、ベストな振る舞いを見いだすことが先決のようだ。

求められるPOINT

  • 病院の方針を医師、スタッフともに共有し、同じ方向を向くこと。
  • 一方通行ではなく、双方向のコミュニケーションをとること。
  • 指導的すぎる関わり方は、スタッフを萎縮させ、チーム力を弱める。
  • 3 求められる診療科目・スキル

科別の必要求人医師数も、高齢患者に対応して変化。
医師紹介の現場では一般内科、リハビリが2トップ

外来だけでなく、病棟を任せられる医師が不足

2015年に日本医師会(以下、日医)が全国の病院に対し、診療科別「必要求人医師数倍率」を調査した結果、一定の回答数がある診療科では、リハビリテーション科(以下、リハビリ科)や救急科が上位にのぼった。求人はしていないものの必要な医師数を示す「必要医師数倍率」は、リハビリ科、アレルギー科、救急科がトップ3を占めた。

では、民間の医師紹介会社に寄せられる求人は、どの診療科が多いのか。医師紹介会社でコンサルタントを務めるA氏はこう語る。「現場のニーズが高い診療科は、一般内科です。患者の全身管理ができ、病棟も診る医師は、非常に歓迎される傾向があります。患者数が増えたのが一番の理由ですが、週4日勤務で当直・オンコール免除を求める医師が多く、結果として病棟を診る医師が不足しているのもあります」

高齢患者増で疾病構造が変化したことも、求人に影響している。「肺炎などで入院する高齢者が増え、人工呼吸器の利用が増えました。一般内科医かつサブスペシャリティーとして呼吸器内科の知識も持っていると、よりいっそう歓迎されます」

一般内科に並んでニーズが高いのがリハビリ科だ。「患者状況や全体方針の変化により、在宅復帰支援に力を入れる病院が多くなってきました。加えて、リハビリ専門医を持つ医師がいると、診療報酬を高く算定できることもあり、リハビリ科の医師は非常にニーズが高まっています」

リハビリ専門医は、元々全国的に人数が少ない。しかし、最近では他科からリハビリ科に転科する医師や、早い段階でリハビリに関心を持つ若手医師が増えているそうだ。「元整形外科医や元脳外科医が、セカンドキャリアとして、リハビリ科を選ぶケースを、比較的みかけるようになりました。一方、若手医師の場合は、ある程度内科を診られないと病棟管理が難しいため、転職を考えるなら、どこかで内科を経験しておいたほうがスムーズだと思います」

日医の調査で上位にあがった救急科では、初期対応だけでなく、診療部分も含めて幅広いスキルを持った医師が求められている。「現状で救急医が足りない病院では、一般内科や消化器内科などの医師も救急対応することがあり、そういう医師の負担感が強くなっています。ある程度救急担当医だけで診られるように、さまざまな疾患に対応できる救急医にニーズが集まっています」

外科系では、高齢者の整形外科手術が増加傾向にあるようだ。「以前と比べると、かなり高齢の患者でも、歩けるようになるためなら侵襲性の高い手術でも受ける、というケースが珍しくないと聞きます。手術をして山登りができるようになりたいなど、アクティブシニアが増えているのだと思います」

認知症関連や訪問診療なども求人数が増えている分野

社会状況の変化に伴いニーズが増している診療科は、ほかにもある。「嚥下リハビリのできる耳鼻科医は、よく求人が出ています。高齢患者の増加に対応するためです。認知症をはじめとする精神疾患のある患者に対応する精神科医も、最近、求人が増えてきました。精神科だけでなく、内科疾患も診られる医師は特に需要が高まっています。また、会社員のストレスチェック制度がスタートすることから、今後、クリニック系では心療内科医の募集が増えてくる可能性があります」

数年前から求人が増えている訪問診療の状況は変わらない。病院は参入に消極的なところもあるが、クリニックでは求人が途切れないそうだ。「ベテラン層の医師や、若手医師は訪問診療に対する抵抗がない場合が多く、希望者も少なくありません。ただ、ミドル層の医師は、あまり積極的でない人が多いようです」

一方、医師からの希望は多いが求人数が少ないのが、産業医の領域だ。定年後のセカンドキャリアとして希望する場合、若手医師がワーク・ライフ・バランスを求めて希望する場合なども多いが、どちらも求人側のニーズとはマッチしないという。「産業医というと、オフィスで公衆衛生や予防医療に従事するイメージがあるかもしれませんが、実際には、メンタル不調者の相談を多数こなし、全国の工場や営業所へ巡回出張し、と多忙です。また、一般社員と同様に企業への忠誠心を求められ、医師としてのギャップを感じて方向転換をする場合もあります」

全体的には、病床再編の流れと同様、急性期医療の求人は絞られ、回復期や慢性期に関わる診療科のニーズが高まっている。A氏は、医師の価値観の転換が必要だと話す。「医師には急性期=エリートという意識が根強いようですが、医師の力量はそれだけでは推し量れません。地域に根ざし、患者を全人的に診る医師の姿は、これからの本流だと思います。社会の要請にどう応えるかは、ぜひ医師として考えていただきたいテーマです」

診療科別 必要求人医師数倍率/必要医師数倍率

公益社団法人 日本医師会資料より(2015年7月29日 定例記者会見)

長期的な視座に立ってポジションチェンジを考える

前掲の日医の調査では、「中小民間病院は医師不足とそうでない医療機関に二分されている」とも報告された。A氏の印象も、同様だという。「何かのタイミングで医師が増員された病院は、矢継ぎ早に医師が増える好循環がみられることが多い。逆に、欠員の補充がうまくいかない病院は、残っている医師の過重労働が深刻化し、ドミノ倒し式に医師が減ることも多いようです。なお地域別に大きな変化はありませんが、北陸新幹線の開業によって、金沢や富山で働く医師は増加傾向です」

さて、日本人の人口はすでに減少過程に入り、2026年には1億2000万人を下回り、48年には1億人を割ると推計されている(内閣府)。長い目で見ると、医師が過剰になるとの意見も聞かれる中、医師の転職に影響はあるか。「病院は、直近の診療報酬改定を乗り越え、25年までに地域包括ケアシステムを整えることに意識が集中しています。医師の求人も同様です。現在は、求人倍率が6~8倍と売り手市場ですから、医師過剰を心配する波はまだ起きていない印象です」

それでもA氏は、10年後、20年後を見据えたキャリアプランを意識することを提案する。「現在ニーズの高い診療科が、いつまでもそうとは限りません。長期的な視座に立って、どの症例が増えていきそうかを考え、ポジションチェンジをするタイミングを決めておくことも必要ではないでしょうか。早い段階から、近接領域でカバーできる範囲を広げるなど、今からできる工夫はあるはずです。またこれからは患者、家族、医療関係者・組織、すべての関わりにおいて、今まで以上にコミュニケーション力が求められるだろうと思います」

求められるPOINT

  • 疾病構造が変化し、高齢者医療に対応できる医師のニーズが向上。
  • 急性期にこだわらず、社会の要請に合った分野でキャリア形成を。
  • 今後はますます、コミュニケーション力が必要になる。