同じ病院に、懸命に努力して仕事をする医師と、そうでない医師がいた場合、適切な評価制度がなければ前者は報われない。医師にとって、評価制度は煩わしい面もあるが、うまく機能すればモチベーションの向上につながる。だが、仕事の専門性が高く、医療界のトップに位置する医師は、病院側としても評価軸を定めにくいと言われる。必要性を感じつつも、導入に躊躇する病院も少なくない。適切な評価制度には何が必要か。気鋭のコンサルタントと、先行事例に学ぶ。

  • 専門家から

適切なインセンティブのついた
評価制度がうまく回れば、
医師のモチベーションが高まる

医師のやる気を促す3つのインセンティブとは?

リクルートドクターズキャリアが会員の医師775人にアンケートしたところ、勤務先に「医師の評価制度があり運用されている」との回答は13・5%だった。「制度はあるが運用されていない」は7・7%、「わからない」が27・1%。医師にとって評価制度は不透明であることが窺える。

だが、評価制度がうまく回れば、医師にメリットがもたらされるようだ。医師で、病院経営コンサルティング会社ハイズの代表取締役社長を務める裵英洙氏はこう語る。「適正に仕事を評価し、インセンティブをつけることで、医師のモチベーションが高まります。インセンティブには3つあり、1つは金銭的なインセンティブ。評価を給料やボーナスの増額に反映させるものです。2つ目は自己実現のインセンティブ。専門医取得や学会発表などを、病院がサポートする仕組みです。3つ目は社会的なインセンティブで、いかにその医師が社会に求められているかを伝えるものです」

評価制度と聞いてイメージするのは、1つ目の金銭的インセンティブではないだろうか。一般企業ではすでに定着している制度だが、医師に対しては限界があるようだ。「医師はもともと給与水準が高いため、一般人に比べあまり金銭的インセンティブでは動きません。医師不足に悩む地域で高額な報酬を用意し、医師が応じる例もありますが、数年で勤務を終える場合が多い。例外的に、佐賀大学医学部附属病院では、手術の術者や助手などに手技料の数%を還元して医師のやる気を鼓舞することに成功しました。しかし、前院長は『悩みぬいたうえでの決断』と言っています。一般的に病院の人件費率は5~6割。病院側から見ても、金銭的インセンティブを与える余裕がない場合が多いでしょう」

うまく評価制度を運用している病院では、ほかの2つのインセンティブを実施していることが多いようだ。「医師は病院と学会という二つの組織に所属しています。学会発表や論文執筆、専門医の取得などは学会側での実績にもなる。それを病院が後押しすることは、医師の自己実現につながり、意欲も高まります」

3つ目の社会的インセンティブは、昨今の医療崩壊問題から医師を守る施策とも言える。「現在の医療界は、過重労働や患者からのクレーム、訴訟リスクなど、医師にはマイナスのインパクトが大きい。そこで医師のモチベーションのために“感謝の見える化”をしている病院があります。例えばサンクスカード。職員同士で『○○さんありがとう』などと書いたカードを壁に貼られたポケットに入れる。あるいは、患者からの感謝を医師に伝える。兵庫県立柏原病院小児科の例が有名ですね。そうした試みは、社会的なインセンティブになります」

教育を評価しないことで負のスパイラルが生じる

医師の評価制度にはいくつもの課題もある。ハイズの事業戦略部長である鈴木裕介氏は、若手医師が求める評価についてこう語る。「大学病院の医師は、臨床や研究だけでなく、教育にもかなり時間を割かれていますが、ほとんど評価されない場合が多いようです。これでは教育する医師は孤独を感じてモチベーションが落ち、その授業を聞く生徒もやる気が落ちるという負のスパイラルも生じます」。

裵氏は、適切な評価をするには、3つのポイントがあると言う。「まず、評価は一人で行わない体制にすることです。現在、評価する側の医師は激務に耐えてきた世代が多く、『自分の頑張ってきたレベルが評価基準』となる場合があります。ですから必ず複数の目で評価することが大切です。また、いわゆるハロー(後光)効果に惑わされないこともポイント。『あの医局の医師だから』など、実力と関係のない評価は避けることです。そして、直近効果への注意です。誰しも直近のことは印象に残りやすく、年初の仕事ぶりは忘れやすいもの。年に一度ではなく、日々評価することが大切です」

評価制度に絶対解はない。しかし納得解はある、と裵氏は言う。評価される側の医師にとって、納得できる評価制度がある病院でなら、モチベーション高く働けるはずだ。

裵 英洙(はい・えいしゅ)
ハイズ株式会社 代表取締役社長
1998年金沢大学医学部卒業後、同大学第一外科(現・心肺・総合外科)に入局。その後、金沢大学大学院で、外科病理学を専攻し、病理専門医を取得。2009年、慶應義塾大学ビジネススクールでMBAを取得し、首席で修了。同年、病院経営コンサルティング会社を起業。

裵 英洙(はい・えいしゅ)氏

鈴木 裕介
ハイズ株式会社 事業戦略部長
2008年高知大学医学部卒業。一般内科診療やへき地医療に携わる傍ら、高知医療再生機構で広報や医師リクルート戦略などに従事。高知県内に医療介護を多職種で学ぶ「RyomaBase」を設立。医療者向けのMBAコースなどを展開。15年に一般社団法人化および東京支社「RyomaBase Tokyo」を開設。

鈴木 裕介氏

2015年「リクルートドクターズキャリア」調べ(会員登録者へのネット調査・回答数775)

  • 病院事例

職能資格制度と
人事考課制度を導入し、
病院全体の質向上を目指す

病院が求める役割の達成度を客観的・多面的に評価

医師の評価制度の先駆的導入で定評がある練馬総合病院。

 1991年、同院院長に就任した飯田修平氏は、ある職員の言葉が耳に残ったという。「この病院は、頑張っても、頑張らなくても同じ」

専門職集団である病院は、待遇面に平等を求める風潮が強く、成果主義的な人事考課は敬遠されがちである。同院も例外ではなく、病院開設以降、年功序列の給与体系だった。しかし、形式的な平等は職員の努力が報われず、モチベーション低下につながりかねない。そこで飯田氏は、病院全体の意識改革に乗り出した。「『社会の中で医療は特殊』という考えが根強く存在しますが、実際には一般企業と同じで、時代の流れや制度の変化に対応していく意識が必要です。人材が育つ仕組み作りは、病院の生き残りを左右する重要な経営課題でした」

飯田氏は、院長就任時の挨拶で「職員が働きたい、働いてよかった、患者さんがかかりたい、かかってよかった、と言える医療を行う」と表明した。これがのちに病院理念となり、理念を具現化させる取り組みにつながる。

93年4月、就業規則を改定し、まずは医師を対象に職能資格制度を導入。翌94年4月には全職員にも広げた。この制度は、職員の能力、責任、経験度などに基づいて職能資格区分を設け、昇格昇給の基準にするものだ。給与体系のうち、能力給に反映される。給与体系には、ほかに専門資格取得からの年数に応じた経験給と、勤続年数に応じた勤続給があるが、年齢があがるほど職能給の割合が増す仕組みだ。「能力や技術に見合った処遇を行うことで、職員のモチベーションを高め、病院としての質を向上させることを目指しました」

同時に人事考課制度も導入した。研修医やパート職員も含め、全員が対象である。病院が職員に対して期待していることを項目化し、「極めて優れている」~「かなり問題である」までの5段階で絶対評価する。毎年3回実施し、夏冬のボーナスの配分や、年度末の昇給昇格に反映させる。

具体的な項目は、下の「一般人事考課票」のとおり。合計130点満点で、「病院の理念、方針、目標をよく理解して、業務を遂行したか」「業務は予定通りに標準時間以内に処理でき、他に迷惑はかけなかったか」などの13項目が基本だ。加えて、学会発表や委員会活動などの業績があれば20点を上限に加点する。逆に、大幅な遅刻など具体的な失敗があると減点される仕組みだ。

人事考課票を見るとわかるように、診療技術や治療成績を問う項目はない。医師として、というより病院の一職員としてのあり方を問うものである。職員の処遇改善という直接的目的だけでなく、病院の理念や方針の理解を徹底させる間接的目的も併せ持つからだ。「病院は職員の出入りが激しく、なかなか一枚岩にはならない問題があります。どんなに優秀な人材がいても、同じ方向を向いていなければ目指す目標は達成できません。人事考課制度は、病院の理念を徹底させる教育ツールの1つ。病院が何を求めているかを職員全体に理解してもらうための手段なのです」

飯田 修平
公益財団法人 東京都医療保健協会 練馬総合病院 理事長・院長
1971年慶應義塾大学医学部卒業後、同大学病院外科。社会保険埼玉中央病院外科、国立霞ヶ浦病院外科、 厚生連伊勢原協同病院をへて、85年練馬総合病院入職。91年から現職。

杉浦 立尚氏

公益財団法人 東京都医療保健協会 練馬総合病院
所在地/
東京都練馬区
創立/
1946年
病床数/
224床(一般病床)
診療科目/
内科、小児科、外科、整形外科、脳神経外科、皮膚科、泌尿器科、産婦人科、眼科、漢方内科、循環器内科、循環器外科、放射線科、リハビリテーション科、麻酔科

院長みずから作った制度だから適宜、メンテナンスができる

特筆すべきは、複数名による多段階評価を採用している点だ。本人・科課長・部門長・三役の4段階評価で客観性と多面性を担保している。また、評価者を集めたすり合わせ会議も実施している。「本人評価と科課長評価が大幅にずれていたり、本人評価が低すぎたり、高すぎたりするものを調整します。職員の中には『自分の理想にはまだまだ達していない』と低く点数をつける者もいますが、この制度で問うのはあくまで病院が求める役割を果たしているか否か。達成できているなら標準点に直します。また、部署によって厳しい科課長、甘い科課長がいますから、その点数差も調整します」

あまりに現実に即さない評価をした職員がいれば幹部職員から注意しているが、かつては飯田氏自らが職員一人ひとりと面談し、細かな評価内容まで話し合った。給料袋にねぎらいのメッセージを添えて渡していたこともある。その情熱が、制度を育てたといっても過言ではない。

また飯田氏は、開始後もたびたび制度メンテナンスをしている。「“慣れ”による制度疲労が生じるのです。『当たり障りなく平均点をつけておけばいいだろう』という気持ちが芽生え、中心化傾向がありました。解消するために、途中から項目を増やしたり、0・1点刻みで採点するように指導したりしています」

これができるのは、飯田氏が評価項目から採点基準まで、すべて自分で考えたからだ。経営コンサルタント等に依頼して作った制度とは違って、柔軟に運用できる。「病院のことは院長が一番よく知っています。自分で作った制度ですから、微修正を加えながら、少しずつ改良できています」

売り手市場の医師を評価するのは難しい面がある。医局派遣の医師は病院への帰属意識がそう高くないのが一般的で、直接雇用の医師であっても、いつでも転職できる。だが、節度をもって評価しなければ、職員全体の士気に関わる。だから、医師や職員への説明には手を尽くした。「1年以上前から理事会に諮り、繰り返し必要性を伝えましたから、導入時に反対はありませんでした。現在でも医師の採用時面接では、必ず職能資格制度や人事考課制度があることを話し、納得したうえで入職してもらっています」

飯田氏に、一連の制度でどのような成果があるかを問うと「わからない」と謙遜する。だが、一時期より離職率が減り、着実に地域での役割を果たしているようだ。「急性期病院の生き残りが厳しい都内で生き残っているのは、こうした制度があるからかもしれませんね」

評価の流れ

考課基準

一般人事考課票