病院はパワハラが起きやすい労働環境がそろっている

「病院はミスが許されない、忙しい、対人関係のストレスが高い、など緊張を強いられる労働環境です。医療の仕事は高度な肉体労働かつ頭脳労働である上に、スタッフには患者さんに対する感情の抑制が求められる感情労働の側面も強く、パワハラが発生しやすい、極めてストレスフルな労働環境であると言えます。病院勤務者は専門家集団からなっており、スタッフ個々に自律性が高く、一般企業に比べると組織の統治が行き届にくいことも、パワハラを発生しやすくします」と、指摘するのは、株式会社クオレ・シー・キューブ代表取締役・岡田康子氏。パワーハラスメントという言葉の生みの親でもあり、企業のパワハラ対策の総合コンサルティングを行っている。近年、医療機関からパワハラをテーマにした講演の依頼が増えているという。
パワハラは「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」と定義づけられている。典型的なパワハラとしては、暴行・傷害・暴言、無視や仕事の押しつけ、逆に仕事を与えない、私的なことに過度に立ち入る、などの行為がリストアップされている(厚生労働省ポータルサイト「明るい職場応援団」より抜粋)。

様相が変わり始めた最近のパワハラ

ところが岡田氏によれば、最近のパワハラは、典型的なパターンとはかなり様相が異なってきているのだという。
「加害者に明らかなハラスメントの意図があるような極端な行為は減っています。その代わりに、仕事への熱意ゆえに、また後輩や部下を育てたい一心での教育や指導が、裁判でパワハラと認定されるケースが増えてきました」
指導の発言の中で人格攻撃はしていない、指導内容として正しいことを話しているだけで、業務以外のことは言っていないのだが、「言い方が高圧的、攻撃的、感情的であったために部下が傷ついたり病気になったりしている」という理由で、裁判でパワハラと認定されるケースが出てきているのだ。熱心に指導している、悪意がない、というだけでは、「パワハラではない」とは言い切れないのだ。

医療現場でパワハラが発生しやすい理由

  • ミスが許されない
  • 対人関係によるストレスが大きい=感情労働の側面が強い
  • 忙しさによるストレスが大きい
  • 狭い人間関係・権威者集団
  • 組織統治されていない専門家集団

出典:株式会社クオレ・シー・キューブ

岡田 康子

岡田 康子
株式会社クオレ・シー・キューブ 代表取締役
1978年中央大学文学部卒業。2001年早稲田大学MBA取得、08年同経営大学院博士課程修了。
1990年より職場のハラスメント対策の総合コンサルティングを行う株式会社クオレ・シー・キューブを設立。"パワーハラスメント"という言葉の生みの親でもあり、日本のパワハラ対策の第一人者として活躍。

「うっかり加害者」になっていないか

過剰に対応したり、神経質になる必要はない。とはいえ、研修医や後輩を指導する立場にある医師は、一度、わが身を振り返ってみてはどうだろうか、と岡田氏はアドバイスする。後輩や看護師ら医療チームのスタッフを教育・指導したり、指示を出しているだけのつもりが、高圧的、攻撃的、感情的な態度で「うっかり加害者」と受けとめられてはいないだろうか。
自分が受けた研修を思い出し、当時の指導医の言葉遣いや態度をそのまま踏襲して、気が付かないうちに感情的に声が大きくなったり、きつい言葉遣いになっていないか。チームのスタッフに申し送りする時に、舌打ちやため息、貧乏ゆすり、不機嫌な表情、テーブルを叩くなどイライラした態度を(無意識のうちに)とってはいないか。研修医時代の指導医や先輩のそういう態度は当たり前であり、「今の若い世代は気にしすぎ。弱すぎるのではないか」と感じる方もいるかもしれない。しかし、今の若い世代は叱られる経験も少なく育っていることが多いので、簡単につぶれてしまう可能性がある、という認識が必要だ。
法律での対応が義務づけられているセクシャルハラスメントとは違って、パワハラは、まだ、そこまでの対応は義務付けられていない。しかし、2011年に厚労省が「職場のいじめ嫌がらせ問題に関する円卓会議」を立ち上げて、専門家が議論を続けている。パワハラの対応にも法律が関与してくるのは時間の問題、とみるむきもある。一部には、すでに「態度」をパワハラと認定する判例が出ている。指導的立場とはいえ、後輩やチームに対して高圧的、攻撃的、感情的態度を漫然と続けることは、パワハラで訴えられるリスクを内在するということにつながりかねない。

「受容的か批判的か」
指導とパワハラの違いを確認する

パワハラ加害者になるのは何としても避けたい。そこで、指導とパワハラの違いをまず、押さえておきたい。下の表を参考に、自分の教育・指導・指示のあり方を今一度、確認してほしい。指導の目的が相手の成長にあり、態度が肯定的、受容的、自然体で見守るというものであれば問題はないが、批判的、否定的な言動はパワハラになりかねない。
チームリーダーによるパワハラは、チームや職場の雰囲気を悪くする。「チームや職場の雰囲気はひとつのバロメーターになります。雰囲気がギスギスしていたら、チームリーダーとしての自分の態度に問題があるのかもしれない、と振り返ってみるとよいかもしれません。
『うっかり加害者』は、往々にして意欲も実力も実績も高いことが多く、チームの誰も反論できないことが少なくありません。そこで、チームの誰も自分に意見しないという状況があったら、しばし立ち止まって、客観的に自らのコミュニケーションの在り方を見直してみましょう。
また、『うっかり加害者』は、『部下やスタッフには、反論や意見をいう能力も気持ちもない』と感じていることが多い傾向があります。ですが、実は怖くて言えない、言っても無駄と思われていることもあります」(岡田氏)。
ほかには、チームのメンバーが頻繁に入れ替わる原因が、チームリーダーの感情的な態度にある場合もあるので、心当たりがある場合は、問題がこじれる前に対処したい。

「受容的か批判的か」指導とパワハラの違いを確認する

出典:株式会社クオレ・シー・キューブ

パワハラ被害者になった場合には、こじれる前に関係性と認知を修正する

パワハラ被害者になったら ①初期消火を心がける

中には医師同士の人間関係の中で、医師自身がパワハラの被害者になってしまうケースもある。その場合はどうすればよいか。大きな組織ではパワハラの相談窓口があり、相談者や相談内容の秘密が守られるところもあるだろうが、医療機関では、実際には院長や診療部長などが「産業医」を兼ねていて、しっかりした担当部署や窓口の機能がない医療機関も少なくない。そういう場合は、自分自身で対応するしかない。
「例えば、上司(先輩医師や上級医)からパワハラされているのではないかと感じたら、早めに上司の意図と自分の行動のすれ違いなど、相手に原因を尋ねてみます。感情的にこじれる前に修正するのです。上司に率直に尋ねられない場合は、周囲の人に支援を求める方法もあります。病院組織で心強い助けになると思われるのは熟年の看護師です。人間関係をよく把握している看護師であれば、問題の原因に心当たりがあるかもしれません。被害者が患者さんに一生懸命な医師であれば、看護師は必ず力になってくれると思います。また、職場に支援者がいるとパワハラされにくくなります。逆に孤立しているとターゲットにされやすいのです」(岡田氏)。さらに職場に支援者がいると、パワハラを受けても回復が早いというデータもあるそうだ。

パワハラ被害者になったら ②認知を変えて余裕を持つ

上司の言動に対する自らの認知を変えていくという方法もある。いわゆる認知行動療法だ。
上司のちょっとした態度を、無視や嫌味に感じることをそのままにしておくと被害妄想が強くなる。無視されている、攻撃されているという気持ちが強くなると、上司との人間関係はさらに障害される。余裕のない態度が、ますます人間関係をこじれさせるという悪循環におちいる。
そこで下のチェックリストに従って、上司の行動の背景、上司の事情を書き出してみる。自分のニーズやスタイル、強みや弱みも同じように書き出すことで、「上司も自分も対等」と意識することになる。最後に、上司と自分がそれぞれの目標に進んでいくために必要な、関係づくりのあり方を検討する。常に上司に情報提供すること、上司の時間を無駄に使わないように心掛けること、信頼と誠実によって関係を構築するには、自分がどのようにふるまう必要があるのかを見直してみる。
このやり方は、上司との関係づくりの再構築になるだけではない。この作業によって、上司もいろいろたいへんなのだと客観的な視点を持てれば、無視されている、攻撃されていると一方的に被害妄想を抱いていた上司の行動を冷静に振り返る余裕が生まれる。気持ちの余裕が、被害妄想によって弱くなっていた人間関係のバランスを変容させる手助けになることがある。
「上司や自分を客観的に見つめることで、追い詰められた気持ちから脱却できます。こちらの気持ちに余裕が生まれると、自然に上司の態度も変わってきます」(岡田氏)

パワハラ被害者になったら ③感情がこじれたら修復は困難

パワハラされる状態が何か月か続いたらどうすればよいか。
「パワハラが何か月も続いてしまうと、お互いの感情が完全にこじれます。そうなると、もうできることはほとんどありません。できるだけ直接の接触は避ける、もしくは転職するなど距離を置くしかないことが少なくありません」(岡田氏)
この職場から逃げることができないという被害者側の思い込みは、パワハラを助長させる原因になる。しかし医師はスペシャリストであり、多様な職場の選択肢がある。選択肢があるという気持ち、自分のことは自分で決められる、という自己効力感を持てればパワハラ被害にはあいにくい。
逆に、自分にはここしかない、という状況で選択肢が狭まり自己効力感が薄れると、パワハラ被害者になりやすくなる。パワハラによる精神的な苦痛と、自分のキャリアの中でこの職場に居続ける価値を天秤にかけて転職を考えることは、決して後ろ向きな選択ではない、むしろ前向きな行動である。「感情的にこじれる前にアクションするべき」と岡田氏は力説する。

同僚がパワハラ被害者になったらまずは話を聞く。意見はしない

もしも同僚がパワハラにあっていると気が付いたら、どうするか。「パワハラ被害者は不平等感、孤立感を強めています。大変なことはわかっていますよという気持ちで、まずは話を聞くこと。アドバイスはしないほうがいい。助けるという行為は相手を下に置くことになるので、相手のプライドがさらに傷つく場合があるからです。本人に、他人のアドバイスを聞き入れる余裕がない場合も少なくありません」(岡田氏) パワハラが発生しやすい病院という労働環境で、勤務医はパワハラの加害者にも被害者にもなりえる。万一、加害者になってしまうと、パワハラで訴えられるリスクだけでなく、チームのパフォーマンスを低下させたり、それによる医療の質の低下も避けられない。一方、深刻な被害者になってしまうと、精神的な苦痛で仕事どころではないだろう。 加害者にならないこと、被害者になりそうな時は早めの対応や支援者に手助けを求めること。事前に心得ておくことで、上手にキャリアを守っていただきたい。

上司をマネジメントするためのチェックリスト

[上司の置かれた立場を理解する]

  • 上司の目標とゴール
  • 上司のプレッシャー
  • 上司が好む仕事のスタイル

[自分自身とそのニーズを理解する]

  • 自分自身の強み、弱み
  • 自分の個人的スタイル
  • 権威者に依存する時の自分の傾向

[以下の条件を満たす関係をつくり、維持する]

  • 自分のニーズとスタイルの両方に合致する
  • 相互に対する期待がはっきりしている
  • 上司に常に情報を提供する
  • 信頼と誠実を基盤とする

出典:ハーバードビジネススクール ジョンJ.ガバロ教授,ジョンB.コッター名誉教授 作成

  • 読者アンケートから

パワハラの目撃・経験のある医師は50%。
70%近くが「相談窓口がない、またはあまり機能していない」

編集部では、パワハラの目撃や経験の有無および勤務先にパワハラの相談窓口の有無について、読者の医師を対象にメールによるアンケート調査を実施、145名の医師から回答をいただいた。
アンケート結果によれば、回答
の半数が「パワーハラスメントを目撃したり、経験したことがある」と回答した。逆に、およそ4人のうち1人は「目撃や経験がない」と回答している。
勤務先にパワハラの相談窓口があるか、窓口として機能しているかについては、5%が「窓口はあり、機能している」と回答した。「窓口はあるが、あまり機能していない」「窓口はあるが、機能しているかどうかわからない」が合わせて25%、「自分が知る限り、はっきりした窓口はない」が44%で、相談できる窓口がない、または不明確な組織が7割という結果となった。
目撃も含めて医師の半数がパワハラを体験している一方で、組織としての窓口や対応は明確との回答は少なく、十分な対応がとれない施設の多さが想像される。

パワハラの目撃、もしくは経験がありますか (n=145)

パワハラの目撃、もしくは経験がありますか (n=145)

勤務先の病院にパワハラの相談窓口がありますか (n=145)

勤務先の病院にパワハラの相談窓口がありますか (n=145)

フリーコメント

  • 上許すべきではないが、今の世の中の風潮は過敏すぎ。(56歳・医院勤務)
  • 管理者の資質と教養の程度が不足している職場に起こりやすいように思う。(64歳・一般病院勤務)
  • 医療現場では不問という風潮が地方ではまだ根強くあると感じる。(48歳・医院勤務)
  • ハラスメントに負けない強い精神力が必要。自分は他人には絶対にしない。先輩よりも後輩といる人生の方が長いのでその方が得と考える。(42歳・開業)
  • 健全な環境でなければ決して良い仕事は出来ない。迷わず環境を変えるべき。(43歳・一般病院勤務)
  • 医療はチームで一丸となり進めていかないとよい医療ができない。ひとつでもハラスメント行為があれば、リズムが乱れ、医療事故の引き金にもなりうる。自身は産業医としての役割ももっており、長時間勤務者には随時面談を行っているが、それとなく人間関係を尋ねるようにして円滑な人間関係が保たれているかチェックをするようにしている。(49歳・一般病院勤務)
  • 医師は一般の会社員に比べてハラスメントに疎い方が多いと思う。施設側もパワハラ医師であっても実力があれば対策をとらない傾向にあると思う。(不明・産業医)
  • 理不尽な要求に対してはそれに対応する窓口があるのが当然であり、人手不足を理由に不当行為を働く職員を懲戒出来ない・解雇出来ない・転属させられない気弱な医療法人は、即ち自らを改善する体力が無いことを露呈している訳で、パワハラが放置されている時点で、その病院は終わっていると考えてもよいでしょう。(45歳・一般病院勤務)
  • 新旧の医師が混じっており、考え方に相違があるため、パワハラを防ぐのには時間がかかるものと思われます。休みを取りにくいようプレッシャーをかけられるのも一種のパワハラだと認識しています。(45歳・一般病院勤務)
  • ハラスメントについてはそのような倫理教育のしっかりしていない日本においては曲解されていたり、勘違いされていて、現場では混乱の極みです。女性職員に「元気ですか。体調大丈夫?」と言っただけで、その職員が自分にネガティブな印象をもともと持っていれば、その声かけがハラスメントになるなんて、あほちゃいますか? という感じです。(49歳・一般病院勤務)
  • 上にへつらう人ほど下に威張るようである。それを目の当たりにし、訴えをきく立場であるが、自分も管理職なので、自分も人の振り見て我が振り直せを心がけている。(49歳・一般病院勤務)