右の円グラフは、読者の医師138人に「(医師同士において)世代間ギャップを意識することや、話題になることはありますか?」と尋ねた結果である。「ある」と回答した医師は約35%。ゆとり世代、団塊の世代、その中間世代……世代差についてはさまざまな意見があるが、果たして医師のキャリアの考え方やコミュニケーションにどう影響しているのか。それぞれの世代の医師に「私の言い分」を語ってもらった。

出典:『ドクターズキャリアマンスリー』6月号読者アンケート速報値(N数=138)

20代・研修医

世代差より個人差。
若手医師は"医局派"と"非医局派"に二分されている

高橋俊和氏(仮名・29歳)は、学生の頃から初志貫徹、家庭医を目指している。現在、政令指定都市にある二次救急病院の後期研修1年目で、「家庭医は大学より民間病院のほうが学びやすいので、自ずと入局しない選択をしました」と一点の曇りもない。
小誌のアンケートでは、若手に対し「チャンスがあっても、データを突き詰めない。時間がくれば家に帰ってしまう」(55歳・研究医)といったベテランの声が見られたが、「世代差より個人差」と高橋氏は言う。同世代の医師たちと接する中で、医局に対する意識の二極化を感じるそうだ。
「医局派か、非医局派に分かれてきています。"寄らば大樹の陰"ではありませんが、医局派の医師は自力で考えることより、自動的にキャリアが決まることを良しとする傾向があるように見えます。上の世代の医師と似た考え方なのかもしれません。一方、将来やりたいことがハッキリしている医師は非医局派が多い。安定よりも自由を重視しています」

土日の勉強会やセミナーで人脈を広げている

高橋氏は、ゆくゆくは出身地に戻り、家庭医として地域医療に貢献・活躍することを思い描く。だが、そうしたキャリアについて上の世代の医師に相談することはほとんどない。
「ベテランの先生に相談すると、特定の医局に勧誘されることがあり、あまり参考にならないというのが正直なところです。おそらく研修制度が違う時代に育っているので、私たちから相談されても返す答えを持たないのではないでしょうか」
院内ではなく、外のネットワークに参加して、積極的に人脈を広げるのが高橋氏のやり方だ。
「土日は勉強会やセミナーなどに足を運び、同じ目標を持った仲間と学んだり、違う業界の人とのコミュニケーションをとったりしています。『今の若手は早く帰る』とよく言われますが、不必要に病院に残るより、もっと時間を有意義に使いたいと思っています。働くのが嫌なのではなく、無駄なことをしたくないのです」
臨床スキルに関しては「専門医制度は取得までのシステムが決まっていますから、医局に属するか否かで差は生じないでしょう」と言う。29歳にして到達目標を明確に持ち、そのために必要なことに対して、選択的に時間を注ぐ。最短ルートを目指した合理的な考え方かもしれない。

土日の勉強会やセミナーで人脈を広げている

右:高橋 俊和氏 (仮名・29歳・後期研修医)
関東地方の二次救急病院で家庭医を学ぶ29歳。やがては故郷の地域医療を守るという、明確なキャリアビジョンがあるため、医局に入る必要はないと考えている。
左:野宮 真菜氏 (仮名・28歳・初期研修医)
将来は医療とプライベートを、バランス良く両立させることを望む女性医師。「結婚や育児を経ても働き続けられそうだから」と麻酔科を志望している。

100人に2~3人の天才以外は医局に入るか否かは技術やキャリアに影響しない

「もともと外科志望でしたが、私には無理でした。学問的に興味があっても、時間、体力ともに付いていけません。自然淘汰された1人です」
こう打ち明ける野宮真菜氏(仮名・28歳)は初期研修2年目。医局に入らず、関東地方の某救急病院で研修している。スーパーローテートで外科を回った際に、冒頭の結論に至った。現在は麻酔科を目指している。
野宮氏は日々の研修で、上の世代、特に医局に属している医師に対して、コミュニケーションギャップを感じることがあると言う。
「1日に5回も『研修医なんだから』と言われ、暗に下積みを求められます。休日にプライベートの携帯電話に連絡が来て『今日は来ないの?』と聞かれることもあって……。でも、その先生方にとっては普通のことで、悪気がないことも理解しています」
一方、世代が上でも医局に属さない医師に対しては親しみやすさを感じているようだ。
「フリーランスの外科の先生にお会いしたことがあるのですが、技術は高く、人柄は柔軟でした。その先生は、医局に入っても入らなくても、10 年後の力量はさほど変わらないとおっしゃっていました。どんな教育制度でも、100人に2~3人は天才が現れますが、それ以外の人は到達地点が決まっていると。医局に入らなくても技術面や先々のキャリアで不利になることはないと思いました。仕事以外にも時間を使いたい。無理をしたいとは全く思いません」

ベテラン医師の治療方針に若手が違和感を覚える時

こうした話だけを聞くと、"最近の若い者は"と思う向きもあるかもしれない。だが野宮氏は決して怠惰ではない。患者の利益を最大限に考える医師だ。ゆえに、ベテラン医師の治療方針に違和感を持つこともある。
「病気を治すことはもちろん大切ですが、患者さんを見ていると、『もう治療をやめてあげたほうが』と思うこともあります。上の世代で医局に入っている医師は、ギリギリまで濃密な治療を行うことが多く、医学的妥当性を理詰めで説明されます。正論なので何も言えませんが、心の中では医学的妥当性と患者のQOLはイコールではないと感じています。でも、そんな話をしても受け入れてもらえないと思いますので、そのような話を積極的にコミュニケーションすることはありませんね」
技術と柔軟性。この2つを兼ね備えたコミュニケーションの有無が、世代差を超えられるか否かを左右しているように見える。

20代からの声(アンケート・フリーコメントより)

  • 研修医の間でも、ガツガツした病院は人気がなくなり、ゆるやかに学べる病院に人が流れつつある。研修の厳しい病院はメンタルを崩す医師も多い。噂ではなくて事実。(29歳・研修医)
  • 女性医師のロールモデルがいない。内科や外科で独身の女性医師は怖い感じがして、会話できない。自分は「あんな女医にはなりたくない」とは言われないようにしたい。(28歳・一般病院勤務)
  • 医師としての出世には興味がない。偉くなりたいのではなく、いい医師になりたい。(28歳・研修医)
  • 後輩の医師とは友達感覚で接したい。でも、叱る時は論理的に叱れる上級医でありたい。患者にどんな不利益があるか、理路整然と説明できる医師になりたい。(29歳・一般病院勤務)

30代・40代

確かに医師は変わってきているが悪いことではない。
むしろ過去の問題点が是正されつつある

医師の世代差を語る時、「仕事一筋のベテランと、WLBを重視する若手」という図式が用いられることが多い。しかし、その間に位置する30代半ば~40代の医師にも言い分はある。現在、卒後14年目の平野厚氏(仮名・37歳・一般病院勤務)は、現場教育の変化を冷静に見つめていた。
「我々の研修時代は『見て盗む』が主流でした。雑用を重ねながら虎視眈々と上級医の技を盗み、頭の中でイメージしつつ、チャンスが回ってくるのを待ち続けていたものです。現在は、指導医が手取り足取り指導し、症例を選び、御膳立てをしてあげるようになりました。また書籍や動画教材も容易に手に入るようにもなりました」
自身が後輩を教える際にも、その変化は意識している。
「かつてのような体育会系のノリでは、若手はついてきません。根本からコミュニケーションの質が変化しているとも感じています。どのように伝えれば理解してもらえるか?興味を持ってもらえるか?悩みながら指導にあたっています」
教育する側の負担は増えたといえる。だが、平野氏は「患者の立場になって考えれば現在の方が良いのかもしれません」と言う。
「過去の研修制度では、個人差が激しかった印象があります。ずば抜けた点数の医師も生まれれば、40点程度の落第医師も出てきていました。それを仕方ない、と放置していた感があります。現在の臨床研修制度では、不合格者はほとんど出ず、おおむね合格ラインの60点ほどの医師が育っているのではないでしょうか」
医師の能力の標準化を巡っては賛否両論があるが、医療格差をなくすという観点に立てば歓迎できる側面もあるのかもしれない。
若手医師の日ごろの勤務態度についても、平野氏は変化を感じつつもポジティブに受け止めている。
「以前は私自身、人間としての常軌を逸する勤務をこなしていましたが、それができない今の若者に『熱意が無い』とは感じません。むしろ、労働者として正常化してきたのだと考えます。これはノーマルなことです」

やりがいとQOLのバランスを考え、キャリアを選択

現在40代の松尾康文氏(仮名・44歳・一般病院勤務)も、若手の変化を肯定的に捉えている1人だ。
「医師だけでなく世代全体の特徴なのかもしれませんが、今の若手は付き合いでのゴルフや飲み会なども、自分のやりたくないことははっきり断る印象があります」。それでも、スーパーローテートで様々な科を経験したことは必ず役に立つだろうという。「若いうちにいろいろみて、相対的に診療科を捉えることは、将来必ず役に立つと思います」。
このほかに寄せられた、30~40代からのコメントは下囲みの通り。若手・ベテランの様子を語るコメントはおしなべてクールだ。"確かに医師は変わってきているが、悪いことではない"という価値観が通底しているようにも見える。

30代40代からの声(アンケート・フリーコメントより)

  • 家庭と仕事のバランスは、年配の医師のほうが仕事に重点を置いているように思う。(36歳・研修医)
  • (勤務医時代に)年配の医師が利権にしがみつき、後輩医師を陥れようとするところをよく見た。(42歳・開業医)
  • 昭和を生き抜いてきた医師達のやられてきた事や、やらされて来た事をそのまま受け継ぐよう指示されるのは辛い。標的にならぬよう細心の注意を払う。(45歳・大学病院勤務)
  • Quality of lifeを重視する先生が増え、自分の目指す医療や目標より、17時に業務が終わる科を選択することには驚く。これからいかに教育していくか思案が必要。(49歳・一般病院勤務)

※今回のアンケートでは、30~40代の医師からのコメントが最も多く寄せられた。同年代のなかでも、年齢が上にいくにつれて、やや若手に厳しくなるが、全体としては、事実を事実のまま受け止めているようだ。

50代

医師の世代差は確かにあるが時代背景の変化と、若手が抱える不合理を想像しなくてはならない

研修医に人気が高いことで知られる、NTT東日本関東病院。同院心臓病センター長の樋口和彦氏(57歳)は、数多くの研修医を指導してきた経験から、今の若手をこう見ている。
「非常に合理的な考え方を持っています。テキパキと仕事をこなし、時間になったら帰る。プライベートを大切にし、自分の意見をはっきり言う医師が多いですね。私が研修医だった頃は月に1回帰宅できるかどうかという状況で、教授や先輩医師に意見を言える雰囲気はありませんでした。今の研修医はそうした下積みをせずに済むのか、と少し悔しいような思いもありますが(笑)、でも、医師の労働環境全体が改善されたこと自体はよかったと思います」
若手医師を「早く帰る」「熱意がない」と嘆くだけでは、彼らの一面しか見えてこない。樋口氏は、時代的な背景を鑑みることが重要だという。
「私が初めて心臓外科の手ほどきを受けた故・浅野健一先生(前東京大学教授)は、戦争を経験した世代でした。生死の境を経験したせいでしょうか、時に近寄り難い、人間的に大きいところがあったと思います。次の団塊の世代は、高度成長期を支えただけに非常にエネルギッシュで、我々はその世代のもとで医師として研鑽を積みました。今の若手は団塊の世代の子どもに当たります。何事も合理的に捉える傾向は、父世代を観察してのことではないでしょうか」

自己主張しなければ認知されないアメリカ式の雰囲気

ただ、時として"自由すぎる環境"や、"合理性"が心配になるともいう。
「医局に属さない医師が増え、上下関係がだいぶ薄れました。先輩後輩の付き合いが減り、先輩に甘えることも教わることも少なくなりましたね。必要最低限のコミュニケーションだけでは、人間関係はぎくしゃくしやすくなります。はっきりした自己主張は悪いことではありませんが、以心伝心が通じず、何でも言葉で表すアメリカに近づいてきたのではないでしょうか。しかし、日本の医療制度はそれに追い付いていません」
樋口氏はアメリカ留学中、日本とは異なる合理性を肌で感じた経験を持つ。「アメリカは主治医制ではなく、グループで患者を診るのが主流です。ICUでは、ナース・プラクティショナーの役割が大きく、医師も、交替の時間になれば帰宅できるシステムができていました」。
研修制度も、大きな違いがある。
「医師会や大学が研修医の人数を決めていて、十分に症例数が割り当てられる中で研修が行われています。一方、日本は各学会と各病院に研修プログラムが任されており、人気のある病院に研修医が集中し、1人が経験できる症例が足りていません。人気病院以外の人材不足も深刻です。このような不合理の中、若手医師は少しでも良い環境を求めて試行錯誤しているように見えます。彼らをどう支えるかが、我々の世代に問われています」

50代からの声(アンケート・フリーコメントより)

  • 規定の終業時間がくれば、担当していた患者を当直医に任せて帰ってしまう。(58歳・開業医)
  • バブル世代は今の病院の経営状況に無関心である。(50歳・一般病院勤務)
  • 研修医が医局に入りたくないというので詳しく聞くと、天皇陛下の手術を執刀した天野篤先生(順天堂大学)を例に出して「医局に入らない方がいい」と言っていて驚きました。(57歳・一般病院勤務)
  • スマホでメモをとられると、ムカッとくるが、注意しても理解できない様子。(53歳・開業医)
  • チャンスがあっても、データを突き詰めない。時間がくれば家に帰ってしまう。(55歳・研究医)
  • 9時5時が当然のような若手の医者がいる。(55歳・一般病院勤務)
  • アメニティを重視する傾向がある。(52歳・一般病院勤務)

樋口 和彦

樋口 和彦
NTT東日本関東病院 心臓病センター長
1982年群馬大学医学部卒。東京大学医学部胸部外科入局。同大学大学院医学系研究科修了(医学博士)。90年米国エール大学医学部胸部心臓外科リサーチフェロー、91年米国セントビンセント病院胸部心臓外科クリニカルフェロー。帰国後、東京大学医学部胸部心臓外科助手。横浜労災病院、国保旭中央病院、JR東京総合病院などを経て2012年から現職。

新医師臨床研修制度開始から10年。世代の差に教育制度の違いも加わり、ベテランと若手の意識の乖離は鮮明だ。個人差はあれ、キャリアの考え方も、医師間のコミュニケーションも大きく変わりつつある。頭ごなしに互いを否定せず、それぞれの時代背景を想像する姿勢が、今の医療現場に欠かせないのかもしれない。