訪問診療のニーズはますます増加 引き続き新規参入も見込まれる

報酬は300万~400万円ほど病院より高め。若手ほどメリット大

厚生労働省の試算によると、2025年には訪問診療(在宅医療)を必要とする人数は29万人に達する。在宅療養支援診療所・病院の届出数も右肩上がりで、診療所の場合、届出件数は1万3759件、1医療機関あたり担当患者数は65.8人だ。
診療報酬面でも優遇されており、医師の報酬は比較的高額である。たとえば卒後10年目の場合、急性期病院より300万~400万円ほど高いのが一般的(リクルートドクターズキャリア調べ)。年功序列の概念が薄く、若い医師ほど同年代の病院勤務医との差が大きい。
診療報酬改定の方針を審議する社会保障審議会では、総じて病床を削減し、在宅を充実させる案が示されている。今後も新規参入が増えることも予想される。

訪問先によって施設は2つに大別される 違いを知って上手に選ぶ

個人宅だけでなく施設を中心に回るタイプも

在宅療養支援診療所は大きく2つに分けられる。訪問先が①施設中心タイプと、②個人宅中心タイプだ。
前者は定期的に有料老人ホームや老人保健施設などを訪問し、入居者の診療を担う。経営母体は医療法人や社会福祉法人、自治体(市区町村)など多様。一つの法人が複数の診療所を展開したり、特定の施設に診療所を併設させているところもある。
一方、個人宅中心タイプは、「訪問診療」と聞いて多くの人がイメージする医療に近い。個人宅におもむき、診療を行う。地域の開業医が外来の合間に行っている例もあるが、訪問診療専門クリニックとして、ある程度の規模の法人が運営しているケースが最近は多くなっている。
両タイプにおける特徴は下の通り。詳しくは後述するが、自身のキャリア合わせて上手に選びたい。

図1 在宅療養支援診療所の分類と特徴

個人宅中心 施設中心
施設と経営の特徴 ・開業医が外来に並行して在宅も行うパターンと、在宅専門のパターンがある。
・得意とする診療に、院長の専門領域が反映されやすい。(例:精神科医→認知症、麻酔科医→緩和ケア)
・経営母体は、医療法人、社会福祉法人、自治体などさまざま。
・有料老人ホームに併設しているパターンもある。ビジネスライクに医療を行う傾向がある。
メリット ・患者との距離が近く、地域医療の最前線を担うやりがいがある。
・外来を併設している在宅クリニックなら、さらに多様な経験を積むことができる。
・移動が少なく、一度に複数戸を訪問できるため効率がいい。
・医師の報酬は訪問数に比例して増額されることが多く、モチベーションを維持しやすい。
デメリット ・一度に回れる居宅数が限られている。 ・患者との距離が近い医療を望む医師にとっては、物足りない可能性がある。
  • 施設中心タイプ

移動時間が少ないため効率よく訪問できる。
報酬が高く、院長職の求人も多い

一般内科外来のスキルがあれば診療に困ることはない

有料老人ホームや老人保健施設、サービス付き高齢者向け住宅など、施設を中心に訪問診療する診療所は、効率のよさが何よりの利点だ。同じ施設内の30室ほどを一度に巡回し、入居者の体調を管理する。1日に1~2件ほど、比較的、近いエリア内の施設を訪問するのが一般的だ。
診療内容は一般内科の外来に近い。加えて胃ろうやバルーン、カニューレの交換ができれば困ることはないはずだ。在宅でできる範囲の医療であるため、さほど高度な技術は必要とされない。慣れてくるとペインコントロールや看取りなど終末期に関わる診療も行うが、いきなり担当することはまずないといっていい。
医師の待遇は、診療した人数に比例するか、一定数を超えるとインセンティブが付く方式を採用する施設が多いようだ。ある40代の医師は、療養型病院から施設中心の訪問診療に転職し、報酬が2倍近くになったという。担当は約400人ほど。人数が多い=努力した分が、そのまま報酬に反映されるシステムは、モチベーションを高めると話す。
このタイプの施設は、訪問診療といっても、患者と一定の距離があるのが特徴だ。訪問先は患者の住居とはいえあくまで施設の中。大半が独居で家族も同居していないため生活感は乏しい。患者側から何か問合せがある際には、施設または診療所の看護師やスタッフが間に入る。あらかじめ話を整理した上で医師に伝達してくれるため、患者対応に手間や時間がかかることは少ない。
このように、施設中心タイプの場合は、少なからずビジネスライクな雰囲気がある。経営母体は中規模以上の医療法人や社会福祉法人、市区町村であることが多く、「組織」の一員としての振る舞いが期待される。業務で関わるスタッフ数も多いため、コミュニケーション能力も重要だ。
患者とのふれあいを重視したい医師にとっては、物足りなさを感じるかもしれない。反面、開業を目指している医師にとっては経営面のノウハウを知るチャンスともいえる。
近年は同業他社が林立し、個人で在宅療養支援診療所を立ち上げることは難しくなった。開業希望の理由が裁量権や報酬であれば、いわゆる“雇われ院長”として足元を固めるのも一法だ。実際、施設中心タイプの診療所を複数展開する法人では、院長職の求人も多い。これなら院長としての権限を持ちながら、多額の開業資金を用意する必要はない。
前出の40代医師も当初はいずれ開業することを目指していたが、現在のやりがいと集患の手間や経営上のリスクを鑑みて、当面は雇われ院長として勤務する道を選んだという。
今後の国の医療政策も、病床削減して高齢者を病院以外の施設に誘導する方針が色濃く感じられる。医療的介入の必要性の高い高齢者が施設に入居する流れは加速することが予測される。施設中心の訪問診療のニーズはますます高まるだろう。

多くの高齢者のニーズに応えることがやりがい

画一的な医療ではなく、患者一人ひとりに合わせた医療を提供したくて訪問診療の世界に入り、もう10年が経ちました。勤務医時代は外科医で、術後患者を往診したのが私の最初の訪問診療経験です。現在は施設訪問専門クリニックの院長として、午前と午後に1件ずつ施設を訪れ、各10~30人の患者を診ています。1人でも多くの高齢者のニーズに応えられていることが喜びであり、やりがいですね。オンコールは月10~20回、そのうち夜間は1~2回です。第一報は主治医が受けますが、看護師や同じネットワークの医師も含め4人体制で対応しているため、さほど負担感はありません。医師の定着率の高さも、働きやすさの結果でしょう。訪問診療は幅広い診療知識が必要ですが、ネットワーク内に異なる専門を持つ医師が多数在籍するため、いい学びにもつながっています。

伊藤 龍彦

伊藤 龍彦
関東訪問診療ネットワーク 医療法人リファインネット 理事長
1989年東京慈恵会医科大学卒業、同大附属病院、横浜総合病院外科副部長等を歴任、2003年関東訪問診療ネットワーク傘下の医療法人グラニーアンドグランダ理事。同年副理事長、08年理事長。09年より現職。
  • 個人宅中心タイプ

地域医療に貢献する「やりがい」は個人宅訪問診療の醍醐味

患者・家族との距離が近く外来併設で多様な経験も積める

患者・家族との距離が近く外来併設で多様な経験も積める

できるだけ患者の近くに寄り添い、支えたいと願う医師には、個人宅への訪問診療が向いているかもしれない。診療内容そのものは、前ページの「施設中心タイプ」とさほど変わらないが、患者の自宅にあがるだけに、普段の生活環境や家族の状況までもよく見える。患者との心理的な距離が近く、患者や家族から感謝の気持ちを直接伝えられることも多い。
訪問できる数は1日10件前後で、濃密な経験を積むことができる。中には看取った患者の葬儀に参列する医師もいるほどだ。
診療所によっては外来を併設しているところもある。曜日や時間帯別に訪問診療と外来を行き来するため、急に訪問診療だけになることに抵抗のある初心者にも入りやすい。なお、この領域は、病院に比べて、若手が活躍できる余地が大きいことも特徴だ。医師転職会社のCAによると「どの施設も意欲のある若手医師を求めている」という。
経営母体は個人の開業医や多施設展開の医療法人が多い。ある程度の規模の医療法人が経営する診療所では、個人宅のほか施設も訪問する場合がある。個人宅のやりがいと、施設の効率性の両方を併せ持ったスタイルである。濃密すぎず、淡泊すぎず、長く勤務しやすい診療スタイルといえるかもしれない。
施設によっては院長の専門性が患者・診療に反映されることもある。元精神科なら認知症治療を中心に据え、元麻酔科なら緩和ケアに力を入れる。専門性が明確なため、地域のケアマネジャーから「○○ならあの先生に」と紹介されることも多い。
小規模の診療所はオンコール対応が懸念されるが、施設ごとに多様な方法を採用し、医師に継続的に重い負担がかからないように配慮している施設が大半だ(次ページ参照)。患者家族に対し、前もって急変時の対応法を伝えておくことで、夜間の呼び出しは大幅に軽減できる。

全人的な医療を実践できる喜び

看護師、ドライバーと3人で、通院困難な患者、がん末期の患者を中心に1日10~15件の個人宅を訪問しています。病院では実現が難しかった、いわゆる全人的な診療を実践できるのが嬉しいですね。中心静脈栄養管理、ポンプを用いた麻薬管理、腹水穿刺など、在宅でできることは予想以上に多くあります。在宅での看取りも積極的に行うことで、無駄な入院費の削減に貢献できているとも感じています。やりがいがあり、今後さらに重要度が増すことが確実な領域を選択して、本当に良かったと考えています。WLBも飛躍的に改善しました。

西 和男

西 和男
医療法人社団悠翔会 悠翔会在宅クリニック 品川院長
2002年北里大学医学部卒業。同附属病院、市立川崎病院等を経て13年より現職。専門はリウマチ・膠原病を中心に内科一般。
  • 待遇、負担、スキル、経験…実際はどうなの?

そこが知りたい「訪問診療」Q&A

Q1 訪問診療のオンコールはどの程度の負担感?

原則として24時間365日体制で対応する決まりになっている。対応は、最初が看護師、セカンドが医師というところもあれば、最初から医師のところもある。非常勤医師が対応する施設、常勤医持ち回りの施設など、しくみは多様だ。出動が必要な場合は医師は自宅から患者の個人宅または施設に直行する流れだ。
なかには看護師だけで解決することも少なくない。骨折や肺炎など緊急性の高い場合は救急車を呼んで対応するため、医師の負担が重くなることはほとんどない。
コールの回数は、受け持ちの患者の重症度と、医師の力量によって異なる。先々を見越して、家族に急変時の対応法などを説明しておくことができれば、コール回数は減る。
仮に夜間に医師が呼ばれたとしても、急性期病院ほど高度な処置を行うわけではない。医師の間では「(病院と在宅では)オンコールの重みが全く異なる」という声もある。

Q2 勤務時間や、休暇日数の相場を知りたい

時間帯を問わず、全て常勤医が対応するパターンと、常勤医は日勤のみで夜間は非常勤医が行うパターンに分けられる。
割合として多いのは前者である。ただ、24時間体制であっても、曜日による交替制で休日は確保されており、長期休暇も取得できる。希望により、週4日程度の勤務にすることも可能だ。一方、日勤だけの診療所は時間的な負担が軽い反面、報酬は低く設定されていることが多い。

Q3 訪問診療医の1日のスケジュールは?

決まった時刻に診療所へ出勤し、その日予定されている訪問先へ向かうのが一般的。車移動の場合、医師と看護師、ドライバーの3人体制または医師・看護師の2名体制、医師のみ(自分で運転)というケースも。
訪問先で診療を終えたあとは、一度、診療所へ戻ってから帰宅する。
なかには直行直帰が許されている施設もあるが、交通渋滞等による残業代は支給されないのが一般的だ。

Q4 看取りは、どんな時でも現場に急行する? 手当は?

昼間であれば、患者の元に出向いて臨終に付きそう。夜間に患者が死亡した場合は、オンコールで呼ばれることもあるが、朝7~8時頃になってから確認に行くケースが増えつつある。特に看取り手当は発生しないが、夜間出勤には手当(1~2万円)が付く診療所が多いようだ。

Q5 訪問診療に携わる医師の年齢や職歴に傾向はある?

初めて訪問診療に携わる医師の年齢は40~50代が多いが、最近では地域医療に関心を持つ30代の若手の参入も増えてきた。地域内または施設内を移動しての診療はそれなりに体力を必要とする。高齢になってからはじめて携わる場合は、体力とも相談したい。
元の診療科は内科系が中心だが、全身管理ができる診療科なら科目不問だ。外科系のセカンドキャリアとして訪問診療を選ぶ医師も少なくない。簡単な外科的処置にフットワーク軽く対応する外科医は現場で評価されている。また、認知症の患者も多く、精神科医も歓迎される。

Q6 未経験者でも訪問診療医は務まるか

ほとんどの医師が未経験から始めている。入職後はOJTによる研修や院内カンファレンスがあり、診療しながら必要な手技を学ぶ。研修期間は最低1カ月、長ければ半年に及ぶ。技術面での心配はいらない。
必要な知識やスキルは患者層によって異なる。認知症の患者が多ければ投薬などの知識、がん終末期なら緩和ケアのスキルが求められる。まれに在宅人工透析の知識なども必要になる。出身診療科によっては馴染みの薄い分野もあるが「新たな学びが張り合いになる」という声もある。地域の急性期病院等との合同勉強会を開き、円滑な訪問診療に向けた情報共有を行っている診療所もある。
なお、研修期間中も報酬は支給される。入職前の見学も可能だ。

Q7 採用面接時にはどのような能力が重視されるか

最優先されるのは、なんといっても「訪問診療への興味・関心」だ。
個人宅に訪問する際は、患者や家族との付き合いが深いだけに、コミュニケーション力が重要となる。一方、施設への訪問では自施設のスタッフに加えて施設側の医療スタッフや介護スタッフとスムーズに関わるチーム力が重要だ。もっとも、最初はぎこちなくても、すぐに慣れてうまく対応できる医師がほとんどだ。
また、オンコールの対応があるため、自宅が近い医師も歓迎される。

Q8 看護師やスタッフの能力に病院との差はあるか

訪問診療では看護師もコメディカルもベテランが多く、熟練度が高いといわれるが、診療所により様々だ。
地域包括支援センターや訪問看護ステーションなど、病院勤務医にはあまり関わりのなかった機関とも連携することになる。病院以上に多職種によるチーム医療が行われており、相手の立場やスキルを見ながら円滑なコミュニケーションを意識したい。

Q9 緊急時・入院時の移送先は医師が決めるのか

骨折や誤嚥性肺炎など、診療所で手に負えない患者の入院先は、医師自身が決めることが多い。あらかじめ診療所が提携している病院もあれば、医師が個人的なつてで探すこともある。近隣の病院へ挨拶回りをし、連携関係を構築することも大切だ。