医師国家試験合格者に占める女性割合は3割を超えている。医療機関においても、性差や生活状況の違いといった多様性を受け入れること、すなわち「ダイバーシティ」の観点がより重要になった。本誌では、会員医師の協力のもとアンケートを実施。勤務先で導入されている育児支援制度などに対する本音と、多様な働き方を実現するための方策を聞いた。

  • 調査結果

「時間なく、先も見えない」育児中の女性医師
業務が増え「わかっているが大変」な他の医師

産休・育休は普及しつつも、職場体制はまだ発展途上

まず、Q1「育児支援として職場にある制度」を尋ねると、産休・育児休暇制度が最多で36・1%、次いで院内保育所の整備が30%だった。しかし、「特にない」も26・9%にのぼる。厚生労働省雇用均等基本調査によると、育児休業制度がある一般企業の割合は、事業所規模30人以上で94・2%に達する(2012年度)。医療機関のダイバーシティは、まだまだ発展途上のようだ。

Q1「育児支援として職場にある制度」を教えて下さい(複数回答)

Q2育児支援制度はあるが取得率や運用が不十分と思うものは?(複数回答)

育児中の女性医師のホンネ

育児中でない医師のホンネ

フリーコメント

「子どもが急に病気になったとして、患者の対応が自分に回ってくる」(男性30代前半・未婚)、「この28年間に5人の女性医師が計15回ほど産休を取ったが、あまり負担は増えなかった」(男性50代後半・子どもあり)、「わかってはいるが、子どもがいない女性医師や男性医師の負担が増える」(女性30代前半・未婚)、「現時点で対象者はいないが、これからは起こりうるので、医局、病院で対応を考えておいてほしい」(男性50代前半・既婚子どもなし)、「遅い時間の入院患者が当たる確率が増える」(女性40代前半・未婚)、「産休中も増員はないので、その人の分をみんなで割り振る必要がある」(男性30代前半・既婚子どもなし)。

Q2「制度があっても取得率や運用が不十分なもの」が何かについては、育児中か否かで結果が分かれた。育児中の医師は「時短勤務制度・フレックス制度」30%、育児中でない医師は「医師の増員」19%が最多である。立場によって内容は違うが、「フォロー体制の整備」を求めている点は一致しているといえる。

コメントには、「理解が足りないというよりマンパワー不足」(男性40代前半・育児中)「男性の育児休暇に前例がなく、やんわりと断られた」(男性40代後半・育児中)といった声が寄せられた。

回答数19人と少数だが、育児中の女性医師にQ3「仕事上の悩み」を尋ねたところ、「キャリア設計が難しい」「研究や自己研鑽の時間がない」がともに31・6%で最多だった。Q4「育児する医師のキャリア形成に必要なこと」は「配偶者の理解と協力」73・7%、「保育体制の確保」63・2%、「両立できる勤務形態」と「職場の理解と協力」がともに52・6%となった。コメントには「臨床が忙しくて研究ができない」(女性40代後半・育児中)、「働ける人に負担がいくことが気がかりで、つい無理をして倒れてしまう」(女性40代後半・育児中)などの本音が寄せられ、仕事と育児の両立に苦慮する姿がみえる。

グラフにはないが、育児中の男性医師の配偶者は44・1%が無就業、一方育児中の女性医師の配偶者は、59%が医師だった。育児中の働き方は、「同じ職場でフルタイム勤務」が男性医師は79・4%に対し、女性医師は5・3%。多いのは「時短勤務」31・6%、「転職しフルタイム勤務」26・3%だった。一般企業で改善が進んでいるように、医師にも男性が育児参加できる職場体制が必要になってきていると思われる。

一方、Q5で育児中でない医師に「育児中の医師が職場にいる場合の業務上の影響」を尋ねたところ、「当直・オンコールの業務増」42・3%、「急な休暇による業務増」34・3%が上位にあげられた。グラフ下のコメントにあるように「わかってはいるが大変」という本音がみえる。マンパワーの補充をはじめとした、フォローする側の医師への対応も喫緊の課題だと思われる。

このようななか、「職場全体がうまく回るために必要なこと」を全員に聞いたところ、上記をはじめ、さまざまな意見が出された。総じて「意識」や「理解」のレベルより進んで、「人員確保」「評価・報酬の考慮」「体制づくり」など実質的な効果のある施策の意見が多かった。

アンケート概要

調査方法:リクルートドクターズキャリア
会員登録者へのインターネット調査
◆調査期間:2016年3月2日〜3月22日
◆回答者数:227人
●年齢・未既婚・子供の有無
●勤務先の形態

回答者の年代は50代前半、40代後半が多数を占めた。勤務先は一般病院が約60%。バックグラウンドは、男性、既婚、子どもありが約60%で、女性、既婚、子どもありは約10%だった。

  • インタビュー

多様なダイバーシティの発想を理解したうえで
職場体制の改善と、性差や職業観の意識改革を

医師個人の自己犠牲では対応に限界がある

ダイバーシティと聞くと、女性活用、男女共同参画のことと思うかもしれない。だが本質的な意味は異なる。帝京大学女性医師・研究者支援センター室長の野村恭子氏は語る。

「ダイバーシティは多様性を受け入れるという意味で、組織を活性化させるために必要な概念です。女性は、ダイバーシティを構成する一要件ですが、ほかにも介護中の人、男性で育児中の人など、さまざまなマイノリティーの人がいます。そうした多様な人たちの潜在能力を引き出し共存することで、よりよい病院になるという、ポジティブな発想なのです」

実際、患者からは女性医師を求めるニーズが高まっている。「産婦人科、乳腺外科、小児科などは特にそうですね。そもそも医師の仕事は、不安な患者をマントのように優しく包んであげられる、女性の良さが活かせる分野だと思います」

だが、前述までのアンケート結果にあるように、育児中の医師が、以前と同じペースで働くハードルは高い。他の医師への影響も少なくなく、現場は苦しいのが実情だ。

「育児をしながら第一線で働いている女性医師の多くは、働き方や生活で自己犠牲を払っています。それでも大学病院など忙しい病院では、育児とキャリアアップの両立は本当に困難です。医師国家試験合格者の3割以上が女性である今、個人の自己犠牲を前提にした体制は、もう限界だと思います」

本来なら、育児のために時短勤務をする医師の代わりに非常勤医を採用したり、フォローに回る医師にインセンティブを付けたりといった対応が必要だ。だが、そうした手当を十分にできる病院は、そう多くない。「病院管理者も頭を抱えています。増員しようにも、全国的な医師不足や経営的な問題で難しい場合がよくあります。高度な医療を行う病院では、必要なスキルを有する医師が採用できないことも珍しくありません」

このようななか、やむを得ず育児中の医師を配置換えする必要が生じる場合もあるという。

性別役割分業の意識を改革し医師の社会的責任も再確認を

一方で、「育児中の医師側に問題がある場合もある」と野村氏は語る。過度と思われる権利主張をしたり、緊急時も定時帰宅を優先したりなどは、難しいところだが、続けば周囲の理解は得にくくなる。

「そもそも本人が、自分のキャリアをあまり求めないケースも多いですね。うちの支援センターで、女性医師300人を対象としたインタビュー調査を行いましたが、『夫の出世が第一』という声が多く聞かれました」

OECDが社会進出や政治参加などにおける男女平等度を調査した「世界ジェンダーギャップ指数」(2015)でも、日本は145カ国中101位と、先進国中で最低レベル。医療界も例外ではないと言えそうだ。

では、医療界にダイバーシティの概念が普及し、職場がうまく回るにはどうしたらいいのか。

野村氏は、まず体制改善策として、“柔軟な職員配置”を提案する。

「産前6週間、産後8週間は、労働基準法によって休暇の付与が義務づけられています。この期間に休んだ女性医師の人件費で、医局に事務職員などを配置してはどうでしょうか。休む医師の後ろめたさが軽減され、他の医師の助けにもなるはずです」

厚生労働省は、2020年までに女性管理職の割合を30%とする「2030運動」を展開しているが、「数字に捉われないことも大切」という。

「クレーン車で女性を引き上げるように役職を付けても、現場は納得しません。実力で評価し、周囲のコンセンサスを得ることは不可欠です」

そして医師自身には、性別役割分業の意識改革と医師の社会的使命への認識強化が今一度必要だという。

「専業主婦家庭育ちが多いことも影響してか、医師には意外と『男性は外で働き、女性は家の中にいるもの』という感覚が男女ともに根強いのです。一方、医師という仕事は社会的責任が大きく、全員がその使命感を持つことが必要です。これらについては、卒前教育で体系的に教え、意識改革する必要があると思います。ですから帝京大学でも、2年前から『医療界の男女共同参画キャリアデザイン』の講義を始めました」

最後に、昨今ダイバーシティの観点で注視されているのが、介護だ。下のグラフでもわかるように介護支援環境は育児以上に整っていない。

「少子化が進み、女性だけでなく男性も介護を担うようになりました。これからは、全員がダイバーシティを考える時代です。そこから、本当に多様性を受け入れる労働環境が構築できるのでは、と期待しています」

介護支援として職場に導入されている制度・環境(複数回答)

野村 恭子
帝京大学医学部 女性医師・研究者支援センター室長 公衆衛生大学院准教授 医学部衛生学公衆衛生学教室准教授
1993年帝京大学医学部卒業。2002年ハーバード大学公衆衛生大学院修士課程修了。03年帝京大学大学院博士課程修了。同大学医学部衛生学公衆衛生学教室助手、同講師を経て、12年同大学公衆衛生大学院准教授。13年同大学女性医師・研究者支援センター室長。14年同大学医学部衛生学公衆衛生学講座准教授。

野村 恭子氏

帝京大学の育児支援
帝京大学では、保育支援として夜間保育や休日保育、病児・病後児保育に対応し、学童保育の利用料補助制度も設けている。育児・介護などで研究が困難となった女性研究者には「研究支援員」を配置し、業務支援する「研究支援員制度」を実施。また、豊富な知識と経験を持つ上位職の研究者(メンター)が、若手研究者のキャリア形成をサポートする「メンター制度」も設けている。さらに、育児や介護等で休職中の医師・研究者がスムーズに復職するための、女性医師復職支援とキャリア転換を意識した実技訓練コースも提供している。

帝京大学の育児支援