地域包括ケアシステムの構築が進む中、医師が地域に働きかける機会や必要性は増していくと思われる。しかし現状、医師が地域住民のニーズを直接聞く機会はそう多くない。ここでは、高齢化の進む巨大団地で地域コミュニティ構築に尽力している自治会長と、在宅専門クリニック代表に、地域コミュニティは医師に何を求め、医師はどう関わるべきか、本音で語り合ってもらった。加えて、地域に積極的に働きかけ活動している医師たちの事例も紹介する。

患者を診察するだけでなく、
日頃から地域の健康づくりに
関わることが求められている

5359世帯で高齢化率44%
直面する問題は「孤独死」

杉浦まずは常盤平団地で皆さんがどう暮らしていらっしゃるか、から聞かせてください。

中沢ここはUR賃貸住宅で、世帯数は5359です。団地ができて56年が経ちますから、子どもが減り、高齢者が多くなってきました。現在、高齢化率は44%です。地元の小学校は、ピーク時には1600人の児童が通っていましたが、今は330人ぐらいしかいません。

杉浦2000世帯以上が高齢者世帯なのですね。高齢者について、今、一番の課題はどんなことですか。

中沢誰にも看取られずに亡くなる「孤独死」です。この団地だけで年間20人の孤独死があります。1人暮らしで周囲とのつながりが弱い高齢者が増えたことが関係しています。自治会に参加せず、話し相手もいない、自分で家事もできない。そういう、ないないづくしの高齢者が、孤独死に至りやすいのです。私は、長年にわたり孤独死防止対策に取り組んできました。

杉浦その対策に、医師が関わることはあるのでしょうか。

中沢残念ながらありません。孤独死をなくすためにどうしたらいいか。例えば、健康に気を配り仲間をつくって笑いのある生活をする。本当は、そうした健康的な生活の指導をしてくれる医師がいると良いのですが。

地域を支える4本めの柱に
医療従事者がなって欲しい

杉浦今の常盤平団地においては、医療がどう関わるのが理想ですか。

中沢地域内に病院も診療所もありますし、住民たちはみんなかかりつけ医が決まっています。住民と医師のマンツーマンの関係はあるわけです。でも、この地域を丸ごと診てくれる医師がいません。地区医師会などの組織があっても、地域の健康づくりにまで深く関わることはないですよね。自治会として、医師を講師に招いて健康講座を開くことはあっても、その時だけです。例えば、医師会の下部組織として各地域に担当医を割り当てて、継続的に地域包括ケアに関わってもらうことなどができると、とても良いと思います。

杉浦普段から医師と地域がつながる重要性は、私も強く感じています。当院の周辺地域でも、時々、自治会からの要請で高齢者の部屋を訪れると、脱水状態ですぐ救急搬送しなければならない場合があります。自治会の方が異変に気づいたからよかったものの、そういう危険を防ぐには、やはり医師と地域が常に関わっている必要がありますね。

中沢地域を支えるには、自治会、社会福祉協議会、民生委員の3本柱がうまく機能していることが重要です。本当はここに医療が加わって4本柱になってほしい。でも、今はまだまだ、難しそうです。

杉浦確かに日本ではそうですね。海外では進んでいるところもあって、オランダの「ビュートゾルフ」という民間団体の事例などは参考になります。約5000人からなる大きな組織で、看護師と介護士、上級介護士が10人前後のチームを組み、一つの担当地域を見て回っています。彼らは、地域との関わり合いが非常にうまい。例えば、高齢者宅に朝昼晩とヘルパーが様子を見に行くのですが、手が足りない時は地域住民に協力してもらいます。隣の住民が、その高齢者が元気かどうか確認してくれるのです。本来、ヘルパーが1日3回行くところが2回で済みます。地域の人に負担にならない程度の関わり合いを持つことで、限られた医療・介護資源を有効に使っています。

4階建ての中層住宅が並ぶ常盤平団地。一角に立てられた看板には、住民の合い言葉が書かれている。「相互のあいさつと思いやりが、“横社会”の地域コミュニティをつくる第一歩」と中沢氏。

銀行のATM並に簡単な
医療ITは高齢者の助けに

中沢地域包括ケアシステムの構築というテーマが確立されているわけですね。日本は地域の仕組みがそこまで機能していないところも多い。地域といってもそれぞれに特徴があり、新興住宅では町会長のなり手がおらず、1年交代の持ち回りになっているところもあります。みんな縦社会で生きていて、向こう三軒両隣の関係がないのです。今は縦社会から“横社会”に変えて、お互いを思いやる必要があるのでは、と思います。

杉浦常盤平団地の自治会は積極的に住民と関わり合いを持っていて、全国から注目されています。でもそれは珍しい方で、私たちが「何か困っていないかな」と思っても自治会などが機能していないケースも少なくありません。医療側が近づこうにも、アクセスしにくい。ですから、中沢会長がおっしゃる“横社会”は、素晴らしいと思います。

中沢常盤平団地では、横社会をつくるための合い言葉をみんなで考えました。「あいさつは幸せづくりの第一歩」「みんなで創る『向こう三軒両隣』」「友は宝なり」。この言葉を書いた看板を立て、住民に呼び掛けています。一人暮らしで孤立している住民には、まずこちらからあいさつをします。返事がなくても諦めない。2回、3回じゃだめでも、5回目で返してくれることもあります。思いやりの原点はあいさつと、笑顔なんですよ。医療と地域が連携するにも、この原点が大事だと思います。

杉浦中沢会長にご意見を聞きたいのですが、私たちはITを使って地域包括ケアシステムを構築しようとしています。あいさつは、面と向かって言葉を交わすものもあれば、携帯電話やパソコンのチャットで、「おはよう」と打つ方法もあります。これも、コミュニケーションになると思っていますが、いかがでしょうか。

中沢機械を媒体にして、コミュニケーションを図るわけですね。それはこれから大事だと思います。一方で、やはり顔と顔を合わせる。これが物事の原点だとも思います。

杉浦おっしゃるとおりです。当院もIT活用にルールをつくっており、アナログが55%でからは話した言葉がそのまま文字に表示されるのです。端末に向かって「○○さん、元気ですか?」と話しかけると、その人の端末に文字が表示され、同じように返事ができます。医療ITが銀行のATM並に簡単になる時代がやってくるのです。、ITは45%。ITはあくまでコミュニケーションを補完するものだと考えています。それを念頭に置きつつ、新しいシステムを開発しています。今年、ITは大きく変わります。今までは文字を打ち込む手間がありましたが、これからは話した言葉がそのまま文字に表示されるのです。端末に向かって「○○さん、元気ですか?」と話しかけると、その人の端末に文字が表示され、同じように返事ができます。医療ITが銀行のATM並に簡単になる時代がやってくるのです。

中沢高齢者にはどうしても苦手な分野ですが、使いこなせるようになると、より良い環境になりますね。

中沢 卓実
千葉県松戸市常盤平団地自治会 会長
1934年生まれ。加茂暁星高等学校(新潟県)卒業後、産経新聞社に入社。『週刊サンケイ』編集部勤務後、タウン誌『月刊myふなばし』編集長を務める。千葉県松戸市の常盤平団地自治会長、松戸市社会福祉協議会理事、松戸市学区審議会議員などを歴任。NPO法人孤独死ゼロ研究会理事長。地域の孤独死をなくそうと「孤独死ゼロ作戦」を展開し、全国で講演活動を行っている。 著書に『孤独死を防ぐ』(ミネルヴァ書房)など。

中沢 卓実氏

杉浦 立尚
笑顔のおうちクリニック 代表
2001年 名古屋大学医学部卒業。同大学血液・腫瘍内科学教室入局。トヨタ記念病院、社会保険中京病院、名古屋大学大学院血液・腫瘍内科学、坂の上ファミリークリニックを経て独立。11年 笑顔のおうちクリニック名古屋開院。その後、さいたま市、千葉県松戸市、同県船橋市に同クリニックを開院。15年、日比野内科医院事業継承、 Tokyo International Clinic Hanoi事業継承。ITを活用した情報共有システムの開発も行っている。

杉浦 立尚氏

医師が地域に出て行くには
24時間対応の負担軽減も必要

杉浦医師が地域に出ていくために解決すべき課題は、ほかにもあります。特に大きいのが、24時間対応です。在宅専門のクリニックは、患者さんから電話があると、24時間対応することが義務づけられています。当院は常勤医が10人ほどいて交代で当直できますが、多くの在宅クリニックは医師が1人です。今後は、地域に夜間専門の在宅クリニックを設け、夜間対応を一括して担ってもらう等の仕組みが必要だと思います。

それから、医療関係者と地域住民が対話する場も大切です。2年ほど前から、行政の指導で地域の医師、看護師、介護士、警察などさまざまな人たちが集まる会議が始まっています。地域に必要なことをざっくばらんに話す場です。こうした活動がもっと活発になることも大切ですね。

中沢もう一つ、医師が患者を診る時に、地域の民生委員が誰かなど、繋がりのアドバイスもできるといいと思います。専門分野の治療だけでなく、住民がどうしたら健康に暮らせるかにも気を配ってもらえるといい。地域みんなで患者を診る体制づくりを一緒に考えていきたいのです。

杉浦住民が医療にかかる手前で、医師が地域に繋がっておくことで解決できることもあるのですね。

中沢そうです。医師には発言力があり、地域の住民たちはみんなしっかり話を聞きますよ。ぜひ、うまく関わりを持ってください。

〜参加する医療で、社会を良くする
「元気に食べてますか?」運動で地域に働きかけ

人生80年時代の今、病院で治療する医師だけでなく医療を社会に応用する「社会医療人」が必要だ

街に出て、高齢者に低栄養のリスクを啓発

2015年9月、オレンジ色のTシャツに身を包んだ秋山和宏氏は、東京・巣鴨の地蔵通り商店街で声を上げた。「元気に食べてますか?」

東口高志 藤田保健衛生大学医学部教授の指揮の下、同氏が代表理事を務めるチーム医療フォーラム主催の「WAVES Cafe」の取り組みである。医療関係者や一般ボランティア約70人が協力して高齢者に声をかけ、低栄養によるリスクを啓発した。

「サルコペニアは高齢者の健康を阻む大きな問題です。病院内ではNSTなどによる栄養指導ができても、普段の健康までは診られません。WAVES Cafeはそこに働きかけています。普段から栄養がとれていれば、病気になっても早く回復できます。医療関係費を下げるには、病気を一つ一つ治していても追い付きません。栄養の改善と運動は唯一、医療財政の改善に寄与すると考えています」

訪れた高齢者には問診をし、下腿周辺長や握力を測定。栄養剤サンプルを配布した。中には椅子に座り込んで栄養相談する高齢者もおり、ニーズの高さを感じさせた。

文字通り、地域に出て活躍してるケースも多い。人生80年と言われる今、病気を治すための医療だけでなく、未然に防ぐ医療への比重転換も必要です。チーム医療も今後は他職種連携でなく、市民を含め社会全体も巻き込んだ参加型の医療になるべきでしょう」いる秋山氏だが、なぜこうした行動に出たのか。その背景には、医療がなすべきことの変化がある。「日本人の寿命が50代だった時代は、寿命を延ばすことが正義でした。それが医学の進歩で達成され、寿命は倍近くになりました。しかし、長寿を得た一方で、医療や介護を必要とする年数も延びました。本人や家族に重い負担がのしかか

貢献心が満たされることは医師の生きがいになる

医師のキャリアには、スキルを身につける成長期と、それを生かす活用期がある。活用期の時間をどう過ごすかは重大なテーマだ。「医療界だけで活躍する医師ももちろん必要ですが、地域コミュニティに出ていく医師も必要です。出て行ってこそ救えるものが多くなりますから。私は、地域に参加し、医療を社会に応用する医療者を『社会医療人』と呼んでいます。社会との関わりを持つと、自分の知識や経験がいろんなことに役立つと気付くと思いますよ」

元来、医療者は誰かの役に立ちたい思いが強い。一見、健康そうな地域住民の役に立つことも、医師自身の生きがいになり得る。

「人間には本能的に貢献心が備わっていると言われます。WHOの健康の定義は『心身ともに満たされた状態』ですが、私は『誰かの役に立っている状態』が真の健康だと思っています。そういう意味で、社会の健康の立役者になっている医師こそ意義深いと思います」

医師が地域に出る第一歩としては、まず院外の勉強会や研修会などに参加することを勧める。「社会を良くしようとしている医療者の勉強会は、主催者や他の参加者から大いに刺激を受けます。人脈もでき、外へ踏み出しやすくなる。そこをきっかけに、ぜひ社会医療人になってほしいですね」

お揃いのTシャツを着て、商店街を歩くお年寄りに声をかけた。最初は慣れなくて声がけがぎこちない人もいたとか。

秋山和宏
一般社団法人「チーム医療フォーラム」代表理事 医療法人財団松圓会 東葛クリニック病院 副院長
1990年防衛医科大学校卒業。東京女子医大消化器病センター、至誠会第二病院を経て、99年より東葛クリニック病院勤務。 10年副院長就任。08年一般社団法人チーム医療フォーラムを設立。チーム医療の普及活動や、医療者がビジネススキルを学ぶイベントを実施している。健康ウオーキング指導士、医学博士、経営学修士(MBA)。

秋山和宏氏