全世界に先駆けて超高齢化社会を迎える日本。診療報酬改定や、地域医療連携推進法人の創設など、医療制度全体が高齢者医療に対応すべく大きく変化している。また、ヘルスケアテクノロジーの世界も、そうした日本の医療に注目している。2016年は各種制度が同時進行で動き出しそうだ。それらは、医療現場にどのような影響を与えるのか? 最前線で活躍する医師、行政担当者に解説してもらった。

  • 診療報酬改定

超高齢化社会の人口動態に合わせて
医療提供側に求められる変革とは?

「従来型急性期」が減り「生活支援型急性期」が拡大

次期2016年度の診療報酬改定は、8年ぶりのマイナス改定となることが予想されている。超高齢化社会による医療費の増大で、国家財政が緊迫しているからだ。今後、日本の人口はどう推移し、これに合わせて医療提供体制はどう変化するのか。国際医療福祉大学教授の高橋泰氏はこう説明する。「2030年くらいまでの人口を平均すると、75歳以下の若い人が年100万人ずつ減少し、75歳以上の後期高齢者が年50万人のペースで増加します。両者が医療費に与える影響は拮抗していて、差し引きすると医療費は少し増える程度です。医療費総額というより、医療提供体制が変わっていく必要があります」

高橋氏は、主に若年層を対象にした濃密な治療を「従来型急性期」と表現する。これからも従来型急性期が医療の基本をなすことは変わらないが、若年層の人口に連動して、需要は減少すると見ている。「従来型急性期を行う7対1病床は、14年までの診療報酬改定で9万床の転換を目指しました。しかし、実際には2万床しか転換されておらず、次回の改定ではさらにハードルが高くなるでしょう」

従来型急性期と入れ替わりで需要が増えると予測されるのは、「生活支援型急性期」だ。後期高齢者の肺炎や骨折などを治療し、リハビリテーションを行って在宅医療に移行させる医療である。受け皿である地域包括ケア病棟を増やすために、診療報酬による誘導が拡大しそうだ。「今は地域包括ケア病棟の性格がはっきりしておらず、ポストアキュートの役割、実質的には内科的疾患の患者も含めた回復期病棟としての色合いが強い。しかし、本来は地域の駆け込み寺としてのサブアキュート機能も必要です。これまでの診療報酬では、小手術をしようにも採算が取れませんでしたが、何らかの手当がなされるのではないでしょうか」

高橋 泰
国際医療福祉大学大学院 医療経営管理分野教授・医学博士
1986年金沢大学医学部卒業。東京大学病院研修医、同大学大学院(医学博士)、米国スタンフォード大学アジア太平洋研究所客員研究員、ハーバード大学公衆衛生校武見フェローを経て、97年より国際医療福祉大学教授、2004年医療経営管理学科長、09年より現職。

高橋 泰氏

2010年~2040年の年齢階級別人口推移

高橋氏提供・総務省統計より

2040年までの人口の変化を示す。30年以降は後期高齢者の増加が止まり、若年層が減少。50年には人口1億人を割る。

予測アウトライン

医療提供体制の大きな動き

病院・病床の機能分化→7対1病床のさらなる移行

財源面の大きな動き

調剤報酬の見直し→多剤調剤、門前薬局の報酬引き下げ。後発医薬品、かかりつけ薬局の促進等

地域医療体制面の大きな動き

地域包括ケアシステムの構築→地域医療連携、退院調整の強化

在宅での看取りに手厚い点数がつく可能性

調剤報酬も大幅変更の見込みだ。後発医薬品の普及拡大や、かかりつけ薬局の薬学管理料などが評価される一方、深く切り込まれる部分も。「現在の調剤報酬は、約20年前の薬局のイメージで作られているため、多剤調剤に高い点数がついています。しかし、最近ではピッキングマシーンによる自動化が進み、調剤の手間は大幅に軽減しています。また、門前薬局は大病院の処方箋だけで高報酬になる。そうしたところに関しては、前回の改定で『同一建物同一日』訪問診療費が4分の1に削減されたのと同じくらいショッキングな数字が出る可能性があります」

もう一つ、今回の診療報酬改定で柱となるのは、地域包括ケアシステムとの連携だ。「これまでの診療報酬改定と同様に、地域医療連携や退院調整を強化する方向になるでしょう。在宅での看取りにも手厚く点数がつくかもしれません」

14年までの改定では、急性期の振り分けが重点的に行われてきた。今後は、療養病床や15対1病床の医療提供体制も変更せざるを得ないと、高橋氏は考えている。後期高齢者の増加に合わせて、医療と介護がより近接していく方向だ。「強化型介護療養病床は、医療療養病床と統合されるかもしれません。また、介護療養型病床と、15対1病棟は17年末までに廃止されることが決まっていますが、その後は介護保険の老人保健施設へと転換される道筋があります。もう一つ、将来的には新たに『病院内施設』が設けられ、こちらへの転換という道もあり得ると思います」

病院内施設は、日本慢性期医療協会が創設を求めているものだ。各都道府県が計画的に病床を減らし、空室になったところを高齢者施設とする案である。

現在、日本の人口は大きく変動している。病院が変化に対応するには「国による"減反政策"しかない」と高橋氏は語る。多すぎる病床を国が買い上げ、適正な病床数に保つ方策だ。これまで地域に貢献した病床への、病院側になるべくダメージを与えない方向での変革が求められる。

医療界再編の流れは、まだ始まったばかりだ。今後の流れを慎重に見守ることは、医師のキャリア構築において重要性を増すはずだ。

一般病棟入院基本料7対1の届出病院賞の割合と推移

厚生労働省資料より

※増加率は平成18年を1としている

※平成26年、27年の病床数はその時点での数を各地方厚生局の有する情報をとりまとめて集計したもの

診療報酬の点数が高い7対1病床は、行政の予測を超えて大幅に増加。削減を図るも、その効果は芳しくない。

  • 地域医療連携推進法人制度

「競争」から「協調」へ。
地域医療構想を後押しする新制度の創設

機能分化や業務連携を進め医療体制をより高質で効率的に

2015年9月に医療法が一部改正され、「地域医療連携推進法人制度」が創設された。もともと「非営利ホールディングカンパニー型法人」の仮称で議論されていた制度だが、目的に合わせ現名称となった。

これは都道府県認可の一般社団法人で、医療法人や介護事業を手がける非営利法人等が参加法人となることが必須。非営利性確保のため営利法人は役員・社員になれず、余剰金の配当なども禁止。ただし医薬品の共同購入や清掃などの関連事業に限って、株式会社を持つことはできる。

制度は2年以内に施行される予定で、16年からはそれに向けた動きが始まる。厚生労働省医政局医療経営支援課の水野忠幸氏は、同法人の目的についてこう説明する。 「各都道府県が策定している『地域医療構想』(ビジョン)を進めるための一手段です。地域医療構想区域(原則、二次医療圏)内で競争状態になっていた医療機関同士がグループ化し、統一的な連携推進方針に基づいて、医療機能の分化や、業務連携を協調的に進めることが目的です」

これまで個別に行われてきた地域医療連携の強化が期待できる。 「例えば院長同士の人間関係からスタートした連携は、代替わりをすると結びつきが薄れることもあるでしょう。グループ化することで、永続的に繋がる体制が可能になります」

地域医療連携推進法人設立の効果・メリット(イメージ)

厚生労働省資料より

水野 忠幸
厚生労働省 医政局医療経営支援課・課長補佐

法人内での医師の再配置や病床機能変更もあり得る

仮に、勤務先が地域医療連携推進法人に参加した場合、現場の医師にどう影響するか? 厚労省の資料によると、同法人の事業として患者情報の一元化や人材教育、医療機器の共同利用、救急患者の円滑な受け入れなどが想定されている。 「専門外の診療を他院の医師に頼んだり、大規模病院の研修に他病院の医師が参加したりする関係が作りやすくなります。電子カルテを統一することになれば、患者の情報共有がスムーズになり、余分な検査をせずに済むメリットもあると思います」

事業内容には医師の再配置も含まれている。少なからず医師のキャリア形成に関わりそうだ。 「例えば、自分の患者が在宅に移ったあと、週1回は在宅診療を行う診療所に行って様子を見る、ということが可能です。あるいは、診療所の医師の紹介で手術をする際、術前の問診は診療所の医師のところで済ませてもらうなど、円滑な診療連携もとれるようになるでしょう」

かつての医局制度のように半ば強制的に人事異動があるのかと懸念されるが、「そうした想定はしていない」と水野氏は言う。また、法人内の医療機能分化によって、病床が削減されたり、病床機能が変更されたりすることも予想されるが、こちらも各法人の経営方針による。 「あくまで任意の社団法人ですから、重要事項は社員総会・理事会で話し合って決定されます。議決権は1社員につき1票が原則で、どうしても折り合わなければ脱退もできます。また、透明性を担保するための評議会を設け、地域の医師会や行政担当者、住民代表などが参加できます。評議会の委員は、法人の事業について意見を言うことができます」

現時点では、診療報酬によるインセンティブはない。水野氏は「想いを共有できる社員を集める」ことが法人化への第一歩だと言う。新しい制度が地域医療をどう変えるか、引き続き注目していきたい。

  • ヘルスケアイノベーション

2016年には国内でもシリコンバレー式の
「ニーズプル」型イノベーションが始動か

アメリカでは医療費抑制や遠隔医療に貢献する開発が続々

スタンフォード大学の池野文昭氏は、ヘルスケアイノベーションの先進国アメリカのシリコンバレーで、200社を超える医療機器ベンチャーの起業や研究開発に携わってきた。 「例えば、在宅患者をモニターし、症状が悪化しそうになったら医師がアドバイスするなどの遠隔医療の技術が、次々に開発されています。それらを買うのは、保険会社や病院です。アメリカでは2010年にオバマケアが成立し、全国民に民間保険への加入が義務づけられました。保険会社は保険金の支払いを抑えるために、病院は保険会社と有利な契約をするために、遠隔技術を用いた予防医学に注目しているのです」

近年では、アメリカ国内だけでなく、新興国における医療機器開発も盛んだ。象徴的な例が、GEヘルスケアがインドで開発したポータブル超音波診断装置「Vscan」である。往診による診療が多いインドでは、超音波診断装置はポータブルでなくてはならない。電気のない個人宅もあることから、バッテリー駆動であることも必須だ。その上で、コストは最低限に抑えなくてはならない。 「Vscanは、ミニマム機能と低コストを実現しました。GEがアメリカに逆輸入したところ大ヒットし、救急現場や病棟、クリニックなどで使われています。この展開を『リバースイノベーション』と言います」

遠隔医療もVscanも、医療機器が潜在的ニーズを引き出している。それが、シリコンバレー方式だ。 「技術先行の『テクノロジープッシュ』型は、製品を作ったものの実は必要なかった、ということになりがちです。ヘルスケアイノベーションは、ニーズそのものを見つける『ニーズプル』型の発想が重要です」

池野 文昭
スタンフォード大学 循環器科 主任研究員
1992年自治医科大学医学部卒業。静岡県内の公立病院勤務、僻地医療の経験を経て2001年からスタンフォード大学へ留学。04年から同大学循環器科主任研究員として、医療機器ベンチャーの起業や医療機器開発プロジェクトに携わる。14年から同大学バイオデザイン講座で講師を務める。

池野 文昭氏

AppleやGEが日本で研究着手「バイオデザイン」教育も始まる

 池野氏は、日本にも大きな潜在的ニーズがあると見ている。 「日本の医療費は40兆円を超えました。原因は医療技術の進歩と高齢化で、どちらも止められません。いかに医療の質を保ちつつ、医療費を抑えるかがテーマです。医療が在宅化された今、介護者中心の在宅医療を実現するテクノロジーも必要です」

すでにAppleやGEはそのニーズを見込んで、日本での研究開発センター設置に着手している。 「日本で開発したものを、アメリカに逆輸入しようとしているのです。高齢化のニーズは、日本で収束しても中国、ヨーロッパと続きますから」

スタンフォード大学の「バイオデザイン」講座では、医療機器分野においてイノベーションを起こすことができるリーダーを養成している。15年10月からは日本でも、東京大学ほか3校がスタンフォード大学と提携し、「ジャパン・バイオデザインプログラム」を開始した。16年は、日本国内でもシリコンバレー方式のヘルスケアイノベーションが始動しそうだ。 「日本の臨床医は非常に多忙ですが、現場のニーズを発掘してほしい。医師が病院以外の社会にも目を向け、未来の医療のニーズを提案する時代になってきています」

スタンフォード大学の「バイオデザイン」講座の日本語版教科書。医療機器開発のエキスパートを育成するためのプログラム。東京大学、大阪大学、東北大学で開講されている。

GEヘルスケアが開発したポータブル超音波診断装置「Vscan」。価格は100万円程度。日本の在宅医療などでも導入されている。