迫り来る超高齢化社会に対応するには、チーム医療の充実が欠かせない。そのための一手として、特定行為に係る看護師の研修制度がスタートした。医療職全体の能力を底上げし、チームの力を強化する制度として期待されている。制度設立の目的をおさらいしつつ、制度開始によって医療現場はどう変わるか、看護師に指示を出す際に医師が知っておくべき事柄は何かを取材した。

  • 全体の視点

増える高齢者などへの対応が必要な今、
可能な限り職種間で業務を移譲し、
“総力戦”で医療を行うべきだ

今年10月から、あらかじめ定めた手順書に基づいて看護師が特定の医行為(特定行為)を行えるようになった。「特定行為に係る看護師の研修制度」は、看護師が特定行為を実施するにあたって、必要な知識やスキルを身につける研修制度。看護師が患者を診て、手順書で定められた範囲内か否かを判断し、範囲内なら特定行為を実行できるようになるのだ。だが、制度発足の目的は看護師の業務拡大だけではなく、その先にあるチーム医療の充実だ。厚生労働省「チーム医療推進のための看護業務検討ワーキンググループ」の座長を務めた、昭和大学病院長の有賀徹氏はこう語る。
「全ての医療職・介護職が、増える高齢者対応を迫られている今、医療は、“総力戦”で行わなくてはなりません。さまざまな職種が互いに職能を移譲し、職種間で相互乗り入れする必要があります。これまでも看護師が医行為を行うことはありました。例えば、外科医が手術に入っている間に、人工呼吸器からのウイニングをしてもらうようなケースです。しかしこれは医師の裁量の範囲で、指示を出さない医師もいる。今回の制度は、職種間の相互乗り入れを社会的な仕組みにしようというものです」

医療費が増え続ける中、財源の観点からも、職種間の相互乗り入れは強く求められている。 「限られた財源の中では、それぞれの職種でできることを増やそうというのは、経済学的な考えからいっても当たり前です」 

 今回、まず看護師の制度がスタートしたのは、看護師がチーム医療のキーパーソンだからと考えられる。 「看護師の仕事は『療養上の世話』と『診療の補助』の2本で成り立っています。このうち療養上の世話は、患者の生活を看ることであり、看護学の極意です。治療と生活を両立させるためには、さまざまな医療職を上手に組み入れなくてはなりません。そういう意味で看護師はチーム医療のキーパーソンなのです」

有賀 徹
昭和大学病院 病院長
1976年東京大学医学部卒業。同大学医学部附属病院脳神経外科、同救急部、公立昭和病院脳神経外科主任医長および救急部長を経て94年昭和大学医学部救急医学教授、2000年より昭和大学病院副院長。11年4月より現職。厚生労働省「チーム医療推進のための看護業務検討ワーキンググループ」の座長を務めた。

有賀 徹氏

チーム医療の神髄は
他職種とのディスカッションで
個人とチームの力が高まること

近年、看護師以外の職種においても、職能の移譲が進んでいる。今年4月からは放射線技師がCTやMRI検査時の造影剤の血管内投与、投与後の抜針・止血、下部消化管検査時のカテーテル挿入などを行えるようになった。またすでに、救急救命士にも心肺停止前の患者に点滴やブドウ糖の投与が可能になっていた。12年には介護職員による痰の吸引が認められた。職種間の相互乗り入れは、着々と進んでいるが、まだまだ改善の余地は大きいようだ。
「今でも介護職員は患者の爪切りや耳かきができません。自分の子どもの爪を切ったことがあるならできるはずなのに、です。管理栄養士にしても、入院中の喫食状況の確認や食事箋の提案は、彼らに任せてもいいわけです。社会の仕組みとしてはまだ不完全です。これから先、進化していく必要があります」

なお、ここで留意したいのは、職種間の相互乗り入れによる“総力戦”の医療が、チーム医療の本質と同一ではないことだ。有賀氏によると、多職種間のディスカッションによって、個人とチームの力が向上することこそがチーム医療の神髄だと言う。 「例えば、私は薬剤師と一緒に回診する時、『腎機能不全がある人がこの薬を飲むと、どのぐらい体内にとどまっているだろうか』などと、彼らに質問します。そこで『この方だったら1日1回で十分です』といった返答をするには、薬剤師が勉強しなくてはなりません。また、薬剤師が別の職種に質問すれば聞かれた側も勉強し、勉強した人たちが大勢集まります。それが個人とチームの力を高めるのです」

有賀氏の知る、ある院長は「病棟に1人、特定看護師がいれば医療安全の面で質が向上する」と言っていたそうだ。特定行為の研修を受けた看護師を介して、看護師全体の底上げが図られることが期待されている。 「おそらく在宅でもそうだと思います。在宅療養中、健康状態が優れない患者がいた場合、危険な状態になる5分前になってから医師を呼ぶか、50分前の時点で呼ぶかによって全く違ってくるでしょう。50分前に気づける看護師がいれば、その人を介して全体のレベルが上がる」

 チーム医療の充実は、患者にとっての利益も大きい。 「人生の最期に、十分に医療ができる職員に囲まれて『いやもう結構です』と言って看取ってもらうのと、できない人に囲まれて『本当はもっとやってほしかったんだけど』と思いながら亡くなるのと、どちらがいいか。言うまでもなく前者です。そういう患者の心の問題まで考えても、チーム医療は大事なのです」

制度の対象となる場合の診療の補助行為実施の流れ

厚生労働省資料より抜粋