救急出動要請は年々増加する一方で、二次救急病院や救急告示病院は減少。救急車の出動から病院着までの平均時間は延び続けている。しかし、救急搬送する患者の多くは中等症や軽症だ。本当に救急搬送が必要な患者に医療を提供するためには、新たな仕組み作りが必要なようだ。すでに病院単位で独自の取り組みが始まっている。

深刻な高齢者救急問題の救世主となるか、
「病院救急車」の新たな試み

全救急患者を消防が搬送するいまの仕組みには限界がある

「これからの時代は、“高齢者救急”が大変な社会問題になります」医療法人社団永生会南多摩病院(東京都/170床)院長の益子邦洋氏は険しい表情で語る。

東京都救急医療対策協議会の報告書によると、都内の救急告示病院数は人口10万人当たり2・5件で、全国41位。しかも、全救急搬送数に占める高齢者の割合は右肩上がりで、2011年に45%を突破。同院のある八王子市の統計では、市内の高齢者施設からの救急要請が12年~13年で5%も増えた。

益子氏が総務省消防庁のデータ(11年)を分析したところ、救急搬送された高齢者のうち、重症例は15%。中等症が47%、軽症が38%だった。重症は少ないが、病院に受け入れられにくい事情がある。「高齢救急患者はさまざまな基礎疾患を持っています。例えば、認知症の患者の肺炎や骨折、糖尿病患者の尿路感染症など、症状が複雑に絡んでおり、二次救急病院では対応困難なことがある。救急隊がやむなく救命救急センターに打診しても、本当の重症患者の対応でいっぱいなため、断られることも多いのです」

その結果、消防救急が119番通報を受けてから病院到着までの時間はどんどん延び、全国平均39分に対し、東京都は55分でワースト1位だ(総務省消防庁調べ)。「すでに大勢の“さまよえる高齢救急患者”が発生しています。全ての救急患者を救急病院だけで受け入れる体制を改め、早く新しい仕組みを作らねばなりません」

益子 邦洋
医療法人社団永生会 南多摩病院 院長
1973年日本医科大学医学部卒業。同大学附属病院救命救急センターを経て、米国ミネソタ州ロチェスター市メイヨークリニックへ留学。日本医科大学千葉北総病院救命救急センター長、副院長を歴任。14年より現職。

益子 邦洋氏

関 裕
医療法人社団永生会 南多摩病院 救急科部長
1997年聖マリアンナ医科大学卒業。国立国際医療研究センター、国立病院機構災害医療センター、東京西徳洲会病院、東京医科歯科大学医学部附属病院などを経て、12年南多摩病院入職。14年から現職。

関 裕氏

精神・慢性期病院などとのネットワークを生かした搬送

益子氏は、日本の救急医療にドクターヘリを広めた実績を持つ。その経験を生かして、今、取り組んでいるのが、病院救急車の普及だ。

14年12月より、南多摩病院の救急車を利用し、八王子市医師会が事務局を務める『八王子市在宅療養患者救急搬送システム』と南多摩病院独自のシステムと併用で運用している。「当院には地域の精神・慢性期病院とのネットワークがあります。それら全てで高齢者救急を支えるのです」

病院救急車利用の流れはこうだ。

まず、医師会の事業では在宅で療養中の高齢患者に利用登録をしてもらい、南多摩病院独自のシステムでは、精神・慢性期病院や老人ホームなどに施設登録をしてもらう。かかりつけ医が救急搬送の必要があると判断した時、南多摩病院の救急外来に出動要請をする。病院救急車に看護師と救急救命士が乗り込んで現地に向かい、かかりつけ医に指定された病院に患者を搬送する。

ここで誤解してほしくないのが、決して経営母体の永生会内で患者を回しているわけではないことだ。「もともと搬送先が決まっていることが基本ですが、決まっていない場合には当院で初療を行い、急性期での治療が必要でない場合には、市内の慢性期病院等へ搬送するようにしています」(益子氏)

実際に救急要請を受ける救急科部長の関裕氏は次のように語る。「搬送先の病院には、救急車が出動する時点で連絡をしておきます。要請元が介護施設など、電話で医学的な情報を聞けない場合は、まず救急車に乗った看護師が現地で情報を得て、搬送先に連絡しています」

地域と患者への使命感で行われているこの取り組み、開始から8カ月の時点で、出動数は72件。当分は平日の日中のみの運用だが、将来的には24時間体制を目指す。「まずは実績を積んでモデルとなり、普及させていきたいですね」(関氏)

看護師と救急救命士が交替制で乗務。車体の側面に描かれているのは、同院のマスコットキャラクター「みなみちゃん」。写真は右から鈴木敬子看護師長、大橋聖子救急救命士、光永敏哉救急担当医師、関裕救急科部長、金子翔太郎救急救命士。

救急車専用入り口に隣接した手術室。患者が搬送されてきた時、迅速に対応できる。感染症対策に強い陰圧設計。

八王子市内における高齢者施設等の救急出場件数

南多摩病院提供

高齢者救急搬送数と割合の推移~東京都~

南多摩病院提供

救急告示病院数と救急出動件数の推移

南多摩病院提供

妊産婦の緊急事態に対応する病院救急車。
患者を救済し、病院の信頼性を高める

年間の分娩取扱は約2500件救急車出動回数は500回以上

妊産婦が危険な状態に陥った時、大学などへスムーズに救急搬送できる体制を整えた病院がある。医療法人産育会堀病院(神奈川県/77床)は、全国でも珍しく妊産婦と新生児専用の病院救急車を持っている。

院長の堀裕雅氏によると、同氏の父の前院長が50年以上前の開業当初から妊産婦の迎えを実施していた。「当時は自宅出産から病院出産に移る過渡期でした。しかし今ほど車が普及しておらず、出産が近づいてもすぐに病院に行けない人が大勢いました。そこで前院長夫妻が自家用車で患者を迎えに行っていたのが始まりです。やがて患者が増えるにつれ病院で運転手を雇って迎えに行っていましたが、一般家庭に車が普及すると渋滞が増え、病院の車の中で出産が始まってしまうこともありました。消防の救急車がすぐに到着しないことも多い。そのため、病院で救急車を持つことにしたのです。」

14年度の出動回数は500回以上。多くは正常分娩の妊婦の迎えである。運転手のほか看護師か助産師が同乗し、適切な処置を行う。だが、本領を発揮するのは、妊婦や新生児が切迫した状況の時だ。お産を扱っている以上、いつでも一分一秒を争う産科救急とは背中合わせである。「例えば分娩後の妊産婦が大量出血した場合。だいたいは院内で対応可能ですが、弛緩出血や前置胎盤などでUAE(子宮動脈塞栓術)やその他の緊急処置が必要な時は、大学病院などの三次救急病院へ転院させなければなりません。当院では、病院救急車の中で医師が同乗して輸血をしながらすぐに搬送しています。」

ほかに、予期せず自宅で産まれた新生児を自院へ搬送する時や、生後具合が悪くなった新生児をNICUのある病院へより早く搬送するためにも、病院救急車は役に立つ。

もちろん、どんな時でも病院救急車にこだわるわけではない。「母体の心臓マッサージが必要な時などは、マンパワーを考慮して消防の救急車にお願いします。神奈川県は周産期救急医療システムが整備されており、救急医療中央情報センターが受け入れ可能な医療機関を紹介する仕組みです。」

なお、救急車の維持費や運転手の人件費は病院の持ち出しだが、評判を聞いて同院を選ぶ妊婦は増えている。病院救急車は、緊急時に頼りになるだけではなく、病院の信頼性向上にも寄与している。

妊産婦や新生児を搬送する病院救急車。

出産後、退院する際に母親と新生児、その家族を送り届けるサービスも実施し、好評を得ている。ベンツ2台で対応しているナンバーは「1103」(イイオサン)。

堀 裕雅
医療法人産育会 堀病院 院長
1984年東京慈恵会医科大学卒業。95年医療法人産育会堀病院副院長。07年医療法人産育会堀病院院長就任。

堀 裕雅氏

離島はヘリ、市街地はドクターカー。
2つの使い分けで救急体制を強化

医師が直接現地に急行するプレホスピタルの意義

浦添総合病院(沖縄県)では、2008年にドクターヘリ、12年にはドクターカーも導入して、救急医療体制を強化している。同院救命救急センター長の八木正晴氏は、ドクターカーを導入した背景をこう語る。「まずはドクターヘリの補完です。ただ、浦添市や南の那覇市はヘリが着陸しにくい市街地が広がっており、ドクターカーが適しています。ドクターカーの要請回数は年間約470件で、ヘリを上回ります。沖縄には有人離島が多いため、ヘリは離島に出動することが多い。年間約450件のうち300件以上は離島です。」

ドクターヘリ、ドクターカーのどちらも、消防からの要請で出動する。医師が直接現地に急行するプレホスピタルの意義は大きい。「先天性心疾患のある小学生が、学校で授業中に失神したと、ドクターヘリとドクターカーを要請されたことがあります。心室細動で心肺停止状態でした。救急隊は、除細動はできても薬剤投与は認められていませんから。当院の医師が除細動と薬剤投与をし、すぐに小児病院に搬送しました。その後は、後遺症は残らず学校に復帰したと聞いています」

また、同院では人工心肺を用いた心肺蘇生(ECPR)を行っているが、プレホスピタルは救命率の向上につながりそうだ。「現地に駆け付けた医師が病院に連絡しておけば、搬送中に院内の準備が整います。ECPR開始までの時間が約10分も早くなるという院内データもあります」

市街地で起きた交通事故などで頭部外傷が生じた際には、特にドクターカーが頼りになる。「例えば、街中で頭部を打って口の中で大量出血が生じた時、救急隊は気管挿管ができません。医師が現場に急行して挿管することで、血液の誤嚥などを防ぎ、窒息することを防ぐことができます」

 ドクターカーにはほかにもメリットがある。ドクターヘリの基地は病院から30㎞ほど離れた場所にあり、若手がプレホスピタルを学ぼうにもそこまで行かなくてはならない。その点、ドクターカーは病院から出動するため、情報共有も容易だ。また、運行時間の面でも優位である。「夜間飛行できないドクターヘリの補完のためにも、ドクターカーの夜間運行を今後予定しています」

最後に、八木氏にこれからの救急医療の課題を聞いた。「限られた医療資源で患者を救うためには、救急の集約化が必要です。特定の病院に患者を集めるためにも、ヘリやドクターカーは有効です」

今後の新たな展開に期待したい。

乗用車型ドクターカー(ラピットレスポンスカー)。現在は365日9時~17時までの運用だが、さらに夜間対応も検討している。

八木 正晴
社会医療法人仁愛会 浦添総合病院 救命救急センター長
1971年昭和大学医学部卒業。国立病院東京医療センター、北九州総合病院救命救急センター、昭和大学病院救命救急センター、河北総合病院、日本赤十字社医療センターを経て、2009年から浦添総合病院救命救急センターに勤務。

堀 裕雅氏