住民に身近な病院として、重要な役割を担う中小病院。しかし、国の施策によって大規模病院と在宅医療に重点が置かれるなか、経営難に陥る中小病院も少なくない。今後も住民に求められ、存続していくには、何が必要なのだろうか?また、中小病院で働く医師にとってのやりがいとは何か?慢性期、急性期それぞれの領域で健闘している病院の事例を元に、これからの時代にふさわしい中小病院の姿を探った。

都道府県の地域医療構想を
便利な“経営ツール”として使い
徹底的に地域のニーズに応じる

病院経営にも多職種の視点が必要になった

いわゆる2025年問題に対応すべく、医療機関の病床再編が着々と進められている。厚生労働省は、14年の診療報酬改定で急性期病床(看護配置7対1)を絞り込むと同時に、在宅医療を推進した。どちらにも該当しにくい中小病院(200床以下)はもともと減少していたが、さらに追い打ちをかけられそうだ。

14年に始まった病床機能報告制度で各医療機関の診療内容がガラス張りになり、都道府県はその情報で、地域医療構想を策定している。これは、地域のニーズを満たす医療提供体制の土台だ。ニーズに合わない医療機関は、病床機能の検討を求められる可能性がある。

池端病院(福井県/30床)院長で、中央社会保険医療協議会「入院医療等の調査・評価分科会」や、厚労省3局合同の「療養病床等の在り方検討会」の委員を務める池端幸彦氏は、こう話す。

「私も福井県の地域医療構想の策定に関わっていますが、実に細かいデータが集まっています。どこの病院が手術を何件行っているか、どういう加算を算定しているかまでわかるのです。これまで急性期病院だと思われていた中小病院が、実態は患者の8割方が慢性期になっていた、という例もあります」

池端氏によると、かつての中小病院は、院長が望む医療をしているだけで経営が成り立っていたそうだ。しかし、すでに状況は変わった。「いくら自分たちで『こういう医療が必要だ』といっても、データがないと聞き入れてもらえません。地域医療構想を経営ツールとして使い、地域における自院の立ち位置をしっかりと考えることが必要です」

地域ニーズに合った医療を提供するには、多職種スタッフの声を経営に反映させることも大切だという。「看護やリハビリテーション、栄養、介護。それぞれの強みが地域のニーズに合っているかを考えるのです。合っているなら伸ばせばいいですし、そうでなければダウンサイズすべきかもしれない。いずれにしろ院長の判断だけで完結できません。各専門職が自分たちの特長を理解し、一緒に経営を考える時代に入っています」

池端病院
所在地/
福井県越前市
創立/
1959年
診療科目/
内科、外科、皮膚科、小児科、整形外科、消化器外科、リハビリテーション科
病床数/
30床

池端 幸彦
医療法人池慶会 池端病院 理事長・院長
1980年慶應義塾大学医学部卒業、同大学医学部外科学教室入局。浜松赤十字病院、国立霞ヶ浦病院、などを経て86年池端病院副院長。89年同院院長。97年医療法人池慶会理事長。08年社会福祉法人雛岳園理事長。

池端 幸彦氏

医療ニーズが高く、介護施設で受け入れ困難な患者を診る

翻って、池端病院では地域での立ち位置をどう捉えているのか。同院の近隣には200床クラスの一般急性期病院が2つ、車で30分圏内に高度急性期医療病院が4つある。「当院は、急性期病院を退院した患者の在宅を支える役割を担っています。在宅療養中、ちょっと困った時に入院して治療し、治ったらまた帰るのです。加えて、急性期から退院したものの、すぐには家に帰れない患者の受け皿としての機能もあります。少し体調を整え不安がない状態になってから家に帰します」

つまり地域包括ケア病棟のような機能である。では、なぜ地域包括ケア病棟にしないのか?「もともと20対1の療養病床なので、地域包括ケアの看護配置基準13対1を達成することが厳しかったのです。また、60日以内に退院させるルールを30床の全病床で実施するのも難しい。地域包括ケア病棟のある病院の多くは、自院の急性期病棟から患者を受けています。当院はそれができないため、今後、病床単位で申請する予定です。ほかは在宅復帰強化型の医療療養病床にし、一部ショートステイも受け入れます」

池端氏は、今後、医療と介護はどんどん近接すると見ている。「高齢者が希望通りの最期を迎えるには、医療と介護が一緒に動かなくてはなりません。介護の人に医療知識を持ってもらう代わりに、医療側も介護の視点を持つ。そこから、本当の地域包括ケアができると思います。医療なき介護もないし、介護なき医療もない。両者は、連携から統合へと移る時期に来ています」

中小病院の医師のやりがいは時代とともに変わっていく

時代の変化は、中小病院で働く医師のキャリアにも影響する。医師不足に悩む中小病院ではこれまで、入職する医師の希望に合わせて医療機器を導入したり、専門外来を開設したりするケースも散見された。しかし、今後はそれも変わりそうだ。「希望として多いのは、急性期に携わっていた医師が専門性を発揮したいというケース。しかし、今は病院自体が、地域のニーズに合わなければ方向転換するしかありません。医師も同じです」

実は、池端氏自身、過去にそうした経験を持っている。86年、大学卒業後7年目だった池端氏は、父の病院を継ぐために池端病院に戻った。本当は、大学で外科の経験を積みたかった。家業を継承する条件として、手術室を用意してもらい、しばらくは、転身前と同じように手術をしていた。ところが10年、20年と経つうちに、地域のニーズが変わった。
「がんを発見し手術の話をしても、数日後に『先生を信頼してないわけではないけれど、大きな病院を紹介してほしい』となるわけです。その時に気付かされました。ちょうど介護保険が始まる頃で、ある保健師が『病院でデイケアをやってください。絶対にニーズがあります』と言ってきたのも印象的でした。実際その通りで、結果として当院は、慢性期医療を担うに至ったのです」

自身のやりたい医療に固執せず、地域のニーズに応じたことで、今の池端病院がある。向こう2~3年で、同様の流れをたどる医師が大勢現れるのでは、と池端氏は予測する。「超高齢者社会では、慢性期医療に圧倒的なニーズがあります。治すだけの医療ではなく、患者に寄り添い支える医療です。中小病院で働く医師は、そこに喜びや生きがいを見出すことが大切ではないでしょうか」

99床以下の小規模病院数の減少が大きい

病院全体では、平成11年以降の11年間に616病院の減少。減少した病院のうち98%を占めるのが、99床以下の病院である。医師や看護師などの人員不足、患者数の減少などによる経営不振が原因といわれる。出典:厚労省「近年行われた病院の合併・再編成等に係る調査研究」(2011年度)

病床規模別病院数の推移(年次推移)

地域に近い急性期医療を支える
「生活支援型医療」を展開し
地域での存在価値を高める

急性期の中小病院では、プラスαの知識や経験が身につく

東京都調布市は高齢者人口が増えながらも、若者や子どもも多い地域だ。しかし大病院がなく、人口10万人当たりのベッド数は約200床と少ない。そのため、調布東山病院(83床)は7対1の看護配置で急性期医療を担っている。患者の多くは高齢者だ。院長の小川聡子氏によると、従来型の急性期医療とは、異なる面があるそうだ。 「65歳以下の患者は、治療後は病院との関係も終わり社会に戻る。いわば従来型の『治す医療』です。一方、少子高齢化が進み疾病構造が変化している社会では、治らない複数疾患を抱えながら生きる患者を『支える』視点が必要です。地域包括ケアの一環としての『生活支援型医療』です」

「ユマニチュード」の考案者であるイブ・ジネスト氏を招いた研修会。

地域に根ざした中小病院の医師は、大病院では得がたい経験ができる。「高齢者の慢性疾患を治療することに加え、いざ体調を崩した時にとことん治療を行うか、年齢や患者背景などを考慮したオーダーメイドの治療を行うか、という判断もします。地域の開業医や訪問看護ステーションと協力しながら継続的に患者を支えているからこそ可能なことです。地域の医療資源から遠い大病院には難しいことだと思います」

前職で大学病院の循環器科に勤めていた小川氏は、転身してから医師として提供できる医療の幅が広がる実感を得たという。「患者に寄り添う医療には質の高い医療技術が前提で、退院支援、臨床倫理、ナラティブ、地域指向性など、プラスαの知識や技術が必要。決してキャリアダウンにはなりません」

地域のニーズに応えることを大切にしている同院では、院内外で積極的な取り組みを展開している。その一つが、フランスで考案された認知症ケアメソッド「ユマニチュード」の研修実施と実践だ。 「考案者のイブ・ジネスト氏を招き、当院で研修会を行いました。見る・話し掛ける・触れる・立つ、の4つを柱にしたコミュニケーション技術で、一つ一つの動作に科学的な裏付けがあるそうです。看護師らが研修を受け実践したところ、2年以上話をしないと言われて入院した患者が、看護師の話しかけに答えてくれた、などの効果がいくつもありました」

認知症看護がうまく回れば、医師が行う急性期の治療も円滑になる。一方、院外の取り組みでは、地域連携に力を入れている。今年6月、調布市の医療施設や介護施設に声を掛け、勉強会を開いた。70人以上もの参加者が集まり、多職種連携や地域包括ケアに関する意見交換をした。 「地域包括ケアは、地域に近い急性期の病院が後方支援としてバックアップしないと成り立たないと思います。高齢者の急性増悪の時に誰が診るかが連携作りのネックになるからです。地域のファシリテーターとして、調布市に合った医療・介護の提供体制を作りたいですね」

地域における役割を見定め、リーダーシップを発揮することで、病院の存在価値をいっそう高めている。

小川 聡子
医療法人社団東山会 理事長 調布東山病院 院長
1993年東京慈恵会医科大学卒業。同大学附属病院循環器内科入職後、神奈川県立厚木病院(現厚木市立病院)循環器内科出向などを経て、2003年医療法人社団東山会入職。09年理事長就任。13年から現職。

小川 聡子氏

調布東山病院
所在地/
東京都調布市
創立/
1982年
診療科目/
内科、消化器内科、糖尿病・内分泌内科、血液内科、循環器内科、腎臓内科(人工透析)、外科、消化器外科、大腸・肛門外科、整形外科、リハビリテーション科、その他専門外来
病床数/
一般83床・透析66床

調布東山病院

エリアの状況を調査し、
救急・地域医療・予防の
3本柱で地域に貢献する

〝究極のホームドクター〟をめざして診療体制を構築

板倉病院院長の梶原崇弘氏は、家業だった同院を2012年に継承した。14年には病院を建て替え、55床だった病床は91床に増床。経営のあり方を根本的に見直した。 「病院を引き継ぐ前に、エリアの状況を調査しました。人口12万人の船橋市南部地域は、二次救急病院が当院しかありません。また、2025年より少し早めに超高齢化の波が来きます。関東大震災で疎開してきた世代が、歳をとるからです」

これらから同院に求められているニーズを分析し、3つの柱を決定。「救急」「地域医療」「予防」だ。 「在宅療養中の高齢者が夜間に具合が悪くなるなどの場合、やはり救急医療が必要です。かつての当院は救急の常勤医がおらず、救急車を受け入れられないことも多かった。“救急を断る病院”のイメージもあったため、まずは私が全ての救急車に対応し、文字通り絶対に断らない救急を実践しました。また、地域の消防やクリニックを回って挨拶をし、信頼関係を築きました」

同時に、救急の専門医を招聘し、独立した救急部を設けた。時には、梶原氏自身がバックアップに入る。「医師を増員しましたが、なかには子育て中の医師もいます。家庭を大事にしてほしいと思っていますから、子どもの送迎などで出勤時間を遅くしたり、逆に早く帰らなければならない時は、私が代わって対応します。院長がクッション役を担うと、院内の不満も減ります」

2つ目の柱、「地域医療」に関しては“究極のホームドクター”をコンセプトに掲げる。 「高齢者にとってのかかりつけ医は、小学生にとっての学校と同じで、家から5~10分のところにあるクリニックが望ましい。我々の病院はその役割とは違いますが、普段は近くのホームドクターに相談してもらい、肺炎になった時や、検査をする時、あるいはレスパイト入院が必要な時は、我々が一緒に支える。自分たちもホームドクターのつもりでしっかり連携をとり、地域全体で『透明の屋根の下にある総合病院』の役割を果たす気概で診療にあたっています」

3つ目の診療の柱である「予防」は、地域住民の病気をあまねく早期発見・早期治療するためだ。 「健診棟は健康な人でも足を運びやすいように、明るい内装にしました」

こうして新たな方針に転換して以降、板倉病院の経営状態は上向いている。医師同士も仲が良く、信頼しあっている様子だ。 「大病院とは違って、診療科ごとの垣根が低く、困った時はすぐに相談できます。また、当院のような病院は自分の専門分野だけでなく、幅広い層の患者を診ます。それが楽しいと思える医師が大勢います」

梶原氏に、元気のいい中小病院の条件を尋ねると、こう返ってきた。 「一番は、本当に地域に必要であること。医療も社会インフラの一つですから、水道をひねって水が出るのと同様に、地域のニーズがある病院は存続すると思います。その上で、周りに安心感を与える努力をする病院が、求められ続けるのでしょう」

職員用のカフェテリア。定期的にイベントも開催し、よりよい労働環境づくりにも注力している。

健診棟の内視鏡室。鎮静剤を用いて、無痛で内視鏡検査を受けられる。

板倉病院
所在地/
千葉県船橋市
創立/
1941年
診療科目/
内科、循環器科、胃腸科、消化器内科、腎臓内科、外科、消化器外科、肛門科、整形外科、リウマチ科、リハビリテーション科、麻酔科、脳神経外科、心療内科、乳腺外科、呼吸器外科、皮膚科
病床数/
91床

板倉病院

梶原 崇弘
医療法人弘仁会 板倉病院 院長
2000年日本大学医学部卒業。同大学医学部附属板橋病院消化器外科、埼玉県東松山市立市民病院外科、国立がん研究センター中央病院、板橋医師会病院外科などを経て、12年から現職。日本病院会認定の病院経営管理士でもある。

梶原 崇弘氏