「医学と医療の革新を目指して―健康社会を共に生きるきずなの構築―」をテーマに、第29回日本医学会総会2015関西が開催された。最新技術の報告や、健康社会に向けた提言には、医師のキャリアを考えるヒントも垣間見えた。

メイン会場となった国立京都国際会館。
社員は、特別講演や大規模なセッションが行われたメインホール。

メイン会場となった国立京都国際会館。社員は、特別講演や大規模なセッションが行われたメインホール。

井村裕夫

井村裕夫会頭
京都大学名誉教授、元京都大学総長

皇太子殿下

皇太子殿下

山中伸弥

山中伸弥
京都大学iPS細胞研究所 所長

国内最大規模の学術総会である「第29回日本医学会総会2015関西」が4月11日~13日にかけて開催された。メイン会場の国立京都国際会館に訪れた医療者は、3日間でのべ3万人にのぼる(主催者発表)。
開会式では、皇太子殿下の臨席のもと、会頭の井村裕夫氏(元京都大学総長)が「日本の未来のために、いま医学・医療は何をなすべきか」と題してあいさつに立った。また、山中伸弥氏(京都大学iPS細胞研究所所長)による特別講演「iPS細胞研究の現状と医療応用に向けた取り組み」も行われた。
その後の学術講演は、100以上のセッションが行われた。セッションは、リハビリテーションや先制医療、医療・介護制度、死生学など20の柱に分けられた。
各専門家が発表する最新技術や研究成果の中には、今後、医師に求められる課題を示唆するものもあった。編集部では、医師が自身のキャリアや、今後の医療を考える上で覚えておきたいセッションに注目。講演の様子を編集部の観点からレポートする。また、講演前後に取材した座長・演者の声も報告する。いずれも、超高齢化・少子化社会の中で、今後どのように医療を充実、継続させるかが通底したテーマである。
なお、最終日の閉会式では、「治療から予防へのパラダイム・シフト」や「個の医療の推進」などを盛り込んだ「健康社会宣言2015関西」が提言された。今後の医療界が目指す道筋が示されたと言える。

  • REPORT 注目のセッション1

リハビリテーションは進化する:「守る」から「攻める」へ

健康寿命を延ばすべく、多領域で早期の積極的リハを実践

従来の「守り」のリハビリから、「攻め」のリハビリへ。大転換を報告するセッションが行われた。
吉備高原医療リハビリテーションセンターの古澤一成氏は、「脊髄損傷者における『攻めるリハビリ』の重要性」と題して講演をした。
脊髄損傷者は運動量の低下などによってメタボリック症候群になりやすい点を指摘。「骨格筋は内分泌器官。運動によってサイトカインが分泌する」とした上で、骨格筋の筋細胞から分泌される「マイオカイン」に着目。運動の効果を測定した。
帖佐悦男氏(宮崎大学)は、「運動器リハビリテーション―過去・現在・未来―」と題して講演。運動器のリハビリは、従来からの運動療法に加え、物理療法が注目され、「電気刺激療法で筋肉を効率よく増強できる」と説明した。また、懸垂などの動作を解析し、筋力が少なくても運動できる方法を検証していることや、今後はロボットがリハビリに広く用いられることになると報告した。
宮崎大学では、ロコモティブ症候群の予防に力を入れている。対象には子どもも含まれ、県内の小中学生約4万6000人を調査した。結果、20%に運動器障害があり、特に「痛くもないのにしゃがめない(運動器機能不全)子どもが約10%いること」を指摘した。運動器検診によって、運動器疾患の早期発見・早期治療につなげたい考えを述べた。
和歌山県立医科大学の田島文博氏の演題は「急性期における徹底的なリハビリテーションと慢性期での新たな取り組み」。治療早期から高負荷リハビリを徹底していると報告した。ICUやHCUの人工呼吸器装着患者でも、リハビリ科の医師の責任で発症早期に座位、立位、運動負荷をし、身体機能の回復を図る。
要介護5で寝たきりの患者が装具歩行訓練や1日3000回のスクワットで歩けるようになり、退院した例もある。「患者にとって最もリスキーなのは安静と臥床。すぐに悪影響は生じないが、確実に体をむしばむ。運動はある意味、万能薬で細胞を活性化し、機能改善する」と語る。

帖佐悦男

帖佐悦男
宮崎大学医学部 整形外科 リハビリテーション部

古澤一成

古澤一成
(独)労働者健康福祉機構 吉備高原医療 リハビリテーションセンター

佐浦隆一

佐浦隆一座長
大阪医科大学 総合医学講座 リハビリテーション医学教室

水間正澄

水間正澄座長
昭和大学医学部 リハビリテーション医学講座

内部疾患のリハビリも広がってきている

続いて、東北大学大学院の黒澤一氏は「呼吸リハビリテーションの進化と方向性」と題して講演した。慢性呼吸器疾患の呼吸リハビリは、呼吸困難を緩和し、低下した運動能力を向上させる。また、COPDでは、身体活動性が高い患者は生命予後が良好である。一方、呼吸器疾患患者は、呼吸困難のため非活動的であり、日課としての運動の維持が難しい。いかにして身体活動性を高めて保つか?黒澤氏は仙台市と共に「呼吸健康教室」を行っている。歩数計による身体活動管理、フライングディスクなどのスポーツを通し、多数の患者の活動性獲得を支援する。「身体活動を生活習慣とすること、患者教育および地域と連携した環境整備が今後は大切」と述べた。
国立循環器病研究センターの後藤葉一氏は「エビデンスに基づく心血管治療としての心臓リハビリテーション:最新の動向」と題して講演した。
心筋梗塞は治療技術の進歩によって、早期退院、早期社会復帰が実現している。しかし、東京女子医科大学の関連病院の調査によると、心筋梗塞で生存退院した2700人のうち、4年半の間に3分の1の患者が心疾患で死亡または再入院していた。「急性期治療は非常に進歩したが、その後のケアに未解決の課題がある」と後藤氏は指摘。一方で、心臓リハビリを行った群は、行わない群と比べ総死亡が20%低下、心死亡が26%低下していた。「心臓リハビリは多面的効果を有する全身的治療、あるいは予防法に変わっている」と後藤氏は語る。多領域において、次々に「攻め」のリハビリの成果が上がっている。

田島文博

田島文博
和歌山県立医科大学 リハビリテーション医学講座

黒澤 一

黒澤 一
東北大学大学院 医学系研究科産業医学分野 東北大学環境・安全推進センター

後藤葉一

後藤葉一
国立循環器病研究センター 心臓血管内科/循環器病 リハビリテーション部
  • 特別

座長&演者 座談会

臓器別医療では対応しきれない時代。
他領域の医師も「攻め」のリハビリの意識を!

医学会総会の20本の柱の一つにリハビリが含まれたことを、どうお感じでしょうか?

【水間】一番の背景は超高齢社会です。高齢者が増加する過程で、国も国民も「リハビリは絶対に必要だ」と認識してきたのではないでしょうか。また、医療で早期のリハビリがきちんと行われないために、不要な障害を持った人が多いという問題も、10年ほど前から言われてきました。高齢者医療において、急性期のリハビリをしっかりしなければ在宅復帰は難しい。地域包括ケアの中でもリハビリが大切だと言われるはずです。

【佐浦】私は、「リハビリでもしましょうか?」「リハビリしかありませんね」といった“でもしかリハ”の状況をなんとか変えたいと思っています。リハビリは治療法であって、マッサージなどとは違います。私たちは、医学的な知識と技術を使って、患者を治そうとしています。

まさしく「攻め」のリハビリとして発展しているのですね。講演の中で「寝たきりの患者が1日3000回のスクワットをした」というエピソードは非常に衝撃的でした。

【田島】僕は300回を勧めたのですが、患者さんが自分で3000回するようになったのです。

【水間】イスからの立ち上がり動作を1日に500回位してもらっている施設もあると聞きました。

【佐浦】立ち上がり訓練をすると下肢筋力、体力の改善だけでなく、同時に嚥下機能も改善したという論文も出ています。

実際に成果が出ていることが、攻めのリハビリの面白さでしょうか。

【田島】あとは費用対効果ですよね。

【後藤】そうですね。リハビリが一番安上がりで、しかも効果が大きい。アメリカでは心筋梗塞などの心臓疾患がこの数十年で減少していますが、治療の進歩によるものは半分程度。あとの半分は禁煙や運動などによるものです。ステントやバルーンで血管を広げるだけの治療では、思ったほどよくならないことが認識されてきました。一方で心臓リハビリは標準治療薬に匹敵するほどの効果があります。内部疾患のリハビリはまだ歴史が浅いのですが、最近、少しずつ広がってきました。

【黒澤】呼吸器科の治療で気管支を拡げるのは薬の役割ですが、それだけでは限界があり、運動などを加えることでさらに呼吸が楽になります。

【佐浦】最近は腎臓リハビリ学会も立ち上がりました。透析中に自転車をこぐことで、透析の効率がよくなったり、回復力が高まったりします。

内部障害のリハビリがさらに広がるには、何が必要でしょうか。

【黒澤】もっと保険点数が付いて、リハビリができる医師を増やすことですね。ただ、興味を持つ医師はまだまだ少ないのが現状です。

【後藤】医学部教育で内部障害のリハビリを教えていないのですよ。まずは、リハビリによって再入院が減るとか、寝たきり介護が減るといったエビデンスを出していくことですね。

リハによる改善例をスタッフに見せることが大切

リハビリを盛り上げていく上では、看護師やリハビリスタッフの協力も不可欠です。スタッフのモチベーションを高めるには、どのようにしたらよいのでしょうか。

【安保】患者がよくなるところを見せることですね。「2週間でこんなに変わった」など、本当のリハビリの実力を見せることが一番大事です。

【古澤】当院は慢性期以降を担当する病院ですが、看護師さんたちには、常に「あなたたちは社会にどれだけ役に立っているか」を言っています。日頃から、どんどん成功体験をしてもらうことが大切だと思います。

【帖佐】リハビリが診療に大いに貢献していることや、リハビリの重要性を理解し、医師や病院側が業務を行いやすい環境に改善することだと思います。

【佐浦】リハビリの医師は指揮者なんですよ。オーケストラの指揮者は自分で楽器を演奏しませんが、各奏者の順番を決めて音の強弱をつけ、一曲に仕上げますね。医師も同じで、個々のリハビリはしませんが「こんなリハビリができるはずだ」というものをPTやOT、STに求めて、一人ひとりの患者さんに合った治療をするのです。

臓器別の医療とは、また違うやりがいがあるのですね。

【後藤】今はもう単一の臓器の病気を持った患者は減ってきています。循環器の患者でも、半分以上は糖尿病、7~8割は高血圧です。心臓が悪い人はだいたい腎臓も悪いし、呼吸器も悪かったりもします。1人を診るにも、横断的に治療せざるをえません。そういう意味でリハビリは全人的な治療ですから、社会のニーズが高くなってきています。他の領域のドクターであっても、やはりリハビリの認識を持ってもらうことが大事だと思います。

先生方が非常に前向きで、リハビリの領域の熱気が伝わりました。

【佐浦】前向きじゃなくて“前のめり”なんですよ。

どんどん発展していくのですね。本日はありがとうございました。

後藤葉一

後藤葉一
国立循環器病研究センター 心臓血管内科/循環器病 リハビリテーション部

セッション終了直後の熱気さめやらぬ時間に座談会を開催。2日後に「反復性経頭蓋磁気刺激と集中的リハ併用治療による麻痺改善のメカニズム」の演題で講演した安保雅博氏(東京慈恵会医科大学)にも参加していただいた。

セッション終了直後の熱気さめやらぬ時間に座談会を開催。
2日後に「反復性経頭蓋磁気刺激と集中的リハ併用治療による麻痺改善のメカニズム」
の演題で講演した安保雅博氏(東京慈恵会医科大学)にも参加していただいた。

  • REPORT 注目のセッション2

未来の健康を創造する:先制医療入門

万人が対象の予防ではなく「個」に介入する医療。
医学システムの考え方が大きく変革

先制医療というコンセプトは、2011年に科学技術振興機構研究開発戦略センターの臨床医学ユニットがまとめた政策提言「超高齢社会における先制医療の推進」から始まったと言う。同センターの辻真博氏からその概要が語られた。
従来の予防は、禁煙や腹八分目など万人に共通するような一般的な危険因子の回避であるのに対し、先制医療は遺伝素因やバイオマーカーを用いてハイリスク群を絞り込み、個人のリスクに応じた介入を医薬品や生活習慣の改善で行うこと、と言う。
その他にも先制医療の概要を述べた上で、辻氏は昨今注目されている「DOHaD仮説」について言及した。
次に、山本精一郎氏(国立がん研究センター がん予防・検診研究センター)が「がんと栄養疫学」と題して講演をした。同センター等で行ったコホート研究では、食事や生活習慣ががんの罹患率に影響するという結果が出ている。
こうした研究を予防に用いるには、RCTで証明することが必須だ。例えば肺がんのリスクを下げると言われるβカロテンについては、4つのRCTが行われたが、フィンランドで男性喫煙者を対象として調査した結果、なんと逆に肺がんの罹患率が上昇したと言う。アメリカの調査でもやはり上昇していた。「現在では、栄養サプリメンテーションによる予防はあまり行われなくなった」と山本氏は言う。
また、多くの人ががん予防に禁煙や適度な飲酒が有効だと知っているが、実施しているのは2~3割程度の現状を指摘。 「行動変容をどうさせるか、行動科学的なアプローチも必要」と付け加えた。

認知症や糖尿病における先制医療の可能性とは?

続いて、山田正仁氏(金沢大学大学院)が「運動や食品等のライフスタイル関連因子への介入による認知症予防」と題して講演した。
まず、アルツハイマー型認知症(AD)は、その前のMCIの段階で診断・治療することが重要な課題とした。AD発症前には、脳内にアミロイドとタウが蓄積され、最後には神経細胞が障害されると言う。抗アミロイド薬による介入試験が開始されているそうだ。ただし「長期投与すると副作用や費用が高額になる問題点がある」ため、ライフスタイルに対する介入がテーマになる。
最近の研究では、運動量の多い人はアミロイド沈着が少ない。あるいは高齢者でもアクティブな人ではアミロイドの陽性率が少ないなどの結果があるそうだ。また、食品に関しては、石川県七尾市の研究成果を報告した。認知機能が正常な人を約5年間追跡調査した結果、毎日緑茶を飲む人は認知機能低下のリスクが約3分の1だった。茶カテキンなどがADに有効か、研究を続けている。
田嶼尚子氏(東京慈恵会医科大学)は「糖尿病の一次予防、薬剤による介入は有効か」と題して講演した。
薬剤による介入の研究をいくつか紹介した上で、糖尿病発症予防に使う経口剤の要件を述べた。エビデンスがあり、低血糖のリスクがなく、体重増加もない。長期的な安全性があって、耐糖能異常(IGT)に対する薬価収載があり、また、薬価が安いことなどである。
しかし、大部分の薬剤が対象とするのは、インスリン抵抗性を主たる病態とするIGTであり、日本人に多いインスリン分泌不全を主たる病態とするIGTに対する薬剤を考えなくてはいけないとした。
栄養、ライフスタイル、薬剤と、多様な角度から先制医療が追究されている。

  • 特別

座長インタビュー

医療ニーズを抑制する、超高齢化社会への有効策。
将来は多分野の医師に実践が求められる

髙橋良輔

髙橋良輔座長
京都大学大学院医学研究科 脳病態生理学講座 臨床神経学(神経内科)
先制医療が注目されるようになった経緯を教えてください。

【髙橋】超高齢化・少子社会を迎えて、医療ニーズは加速度的に増えてきています。医療費がかさみ、今までと同じ医療では、この難局を乗り切れないだろうと言われています。その中で、先制医療は一つの目玉になっています。個人の体質に合わせて病気を予防して、医療ニーズそのものを抑制しようという考え方です。

病気のなりやすさなどが、分かるようになったそうですね。

【髙橋】個人のDNAを解析することで、かなり正確に予測できます。1人のDNA解析に要する期間は2週間程度。費用は10万円以下で可能になりました。例えば、遺伝子の違いで喫煙によってがんになりやすいか、なりにくいかが正確に分かるようになれば、禁煙の指導もより効果的になります。個人レベルで「喫煙を続けた場合、あなたが肺がんになる確率は70%あります」と言われたら、大きなインパクトがありますよね。最近では、DNA以外に、画像や生理学的な検査技術も開発されています。

現段階で、臨床医への影響はあるのでしょうか。

【髙橋】まだ先制医療そのものを実用化するところまではいっていません。病気のなりやすさが分かっても、対応策が確立されていない病気が多いからです。多くの人が最も予防したいアルツハイマーは、発症する前の診断が可能です。ある時点から、脳にベータアミロイドタンパクが蓄積されるのです。しかし、発症を遅らせる方法はあっても、完全に防ぐことはできません。発症予測と対応策がセットにならなければ、いたずらに不安を増やすだけです。

市販されている遺伝子検査キットなども、先制医療の一部ですか?

【高橋】先制医療ビジネスのようなものですね。アメリカでは、一般の人が自分で遺伝子検査をする「21 and Me」という商品が市販されていたことがありました。ある病気になりやすい遺伝子変異を診断できるものです。しかし、現在は販売中止になったようです。やはり対応策が整っていないからではないでしょうか。従って、現時点でそうしたものはあまりお勧めできません。それでも、将来的には、遺伝子診断技術が新しい医療産業の育成につながっていくと思います。

対応策の開発が待ち遠しいですね。

【高橋】女優のアンジェリーナ・ジョリーさんは乳がんになりやすい遺伝子を持っていたことから、乳房を切除したことが話題になりましたね。あれが一つの例です。がんの手術を含め、あらゆる疾患への対応策が追究されています。

遺伝子診断をしても治らない病気には倫理的問題が残る

遺伝子の問題に関しては、1人が知ると、他の家族にも関係する疾患があると聞きます。

【高橋】そうですね。先制医療は発症前診断のような面もありますので、治らない病気に関しては非常に難しいところがあると思います。倫理的な整備がまずは大事です。ただ、対応策がある病気ならば、それほど大きな問題にはならないでしょう。例えば、血圧が高いことに関しては、皆さん、隠しませんよね。降圧剤を飲むなどの対応策がありますから。

今後、疾患予測と対応策の開発が進むことが期待されます。他に、現状での課題はあるのでしょうか。

【高橋】先制医療でもう一つ大事な点として、診断や治療にあまり費用がかかってはいけない、ということもあります。もともと医療費が上がりすぎるために必要とされた医療です。高額な技術では、本来の先制医療の目的を達成できません。例えば、アルツハイマーは発症前に画像診断ができますが、1人あたり10万円ほどかかります。全国民に受けてもらうわけにいきません。技術の進歩と、安価でできる治療法の開発が今後、一番必要になってくると思います。

  • REPORT 注目のセッション3

地域包括ケアと医師の使命

やがて医療と介護は一体化する。生活的医療を担う医師が求められる

医師として地域包括ケアにどう関わるかは、超高齢化社会において外せないテーマだ。特別企画では、全国在宅療養支援診療所連絡会会長の新田國夫氏(医療法人社団つくし会)が「病院の世紀から在宅の世紀へ」と題する講演をした。
新田氏は、複数疾患を持ちながら地域で暮らす人が増加している今、急性期医療中心に構築されてきたヘルスケアシステムを転換しなければならないと指摘。医師の役割は専門医療だけでなく、地域住民が生まれてから死に至るまでのさまざまな問題をカバーし、生活機能の向上をマネジメントすることになるとした。
その上で「医師には多機能が求められる」と述べ、通院困難だから在宅医療ではなく、積極的に在宅を考えることが大事だと強調した。

豊かな老後を送るために必要な「三種の神器」

また、福井県医師会の池端幸彦氏は「地域包括ケアと医師の使命―慢性期医療の立場から―」と題する講演を行った。
池端氏は、慢性期病院の医師として積極的に在宅医療に携わっている。これからは医療と介護の一体的提供が求められ、いずれは融合していくと考えていると言う。「医療と介護は車の両輪。医療なき介護はない。介護なき医療もない。もちろん高度急性期は大事だが、癒やしのある生活的医療が必要」と語った。
さらに、来る超高齢化社会で豊かな老後を送るために必要な「三種の神器」として、かかりつけ医、ケアマネジャー、地域包括支援センターを挙げた。これらは高度急性期病院にとっても重要であると言う。「急性期はどんどん平均在院日数を短くしないといけない。その時に三種の神器を使って流れができるのではないか」とした。医師の専門性を問わず、地域医療は人ごとではない。
特別企画では、他に迫井正深氏(厚生労働省老健局)、櫃本真聿氏(愛媛大学医学部附属病院)、松井道宣氏(京都府医師会)の講演も行われ、来場者は熱心に耳を傾けていた。

  • REPORT 注目のセッション4

震災後の東北地方の医療再建

震災国ニッポンの医療現場が知っておきたい
「地域医療再建の必要要件」

学術講演の20の柱の一つには、「震災に学ぶ」というテーマもあった。
宮城県医師会の嘉数研二氏は「東日本大震災からの復興:これまでと未来に向けて」と題する講演で、貴重な調査結果を報告した。2011年の震災初期に、宮城県内の医療機関1492施設にアンケートを実施したところ93%が回答。被災時、最も困ったことは、電気や水道などのライフラインの確保に次いで、医療データの安全確保が挙げられた。
また、被害甚大な医療機関の3年半後の実態を調べるため、14年には県内177施設にアンケートを実施(回答率75%)。震災前と同程度の診療体制に戻っていないとする医療機関は53%だった。その理由として患者数の減少、看護師数の減少、その他のスタッフ減少、診療時間の短縮などが挙げられた。
被害が甚大だった南三陸町の公立志津川病院は、東北大学から循環型医師支援が行われ、高台に南三陸診療所が設置された。しかし、常勤医師と派遣医師の医療専門格差が発生。専門外領域の画像読影、コンサルト等の支援体制の必要性が生じた。「遠隔カンファレンスやテレビ会議などICTの活用が求められる」と嘉数氏は説明した。

将来的には、創薬や医療情報産業の拠点に

続いて、山本雅之氏(東北メディカル・メガバンク機構、東北大学大学院医学系研究科)が「東北メディカル・メガバンク計画の目標と進捗状況」と題して講演をした。
12年に東北大学(宮城県)内に設置された同バンクは、大規模ゲノムコホート複合バイオバンクや、個別化予防の基盤整備などを行っている。「ゲノムが分かる医師を育てること」を目指している。将来的には、創薬や医療情報産業の拠点として、地元の雇用を創出し、東北地方の再生・復興に役立てたい考えだ。
同セッションでは、他に嘉山孝正氏(山形大学)、石川広己氏(日本医師会)も講演し、東日本大震災の被害の大きさを改めて共有した。

  • REPORT 注目のセッション5

わが国の脳死臓器移植のあゆみと今後の展望

法改正後も依然、希望者とドナーが大幅かい離。医療機関の啓発が課題

2010年の脳死臓器移植法改正により、大きく変わった臓器移植。日本臓器移植ネットワークの芦刈淳太郎氏は「脳死下臓器提供の現状と課題」と題して講演をした。
改正前の脳死臓器提供は年平均で7例程度だったが、法改正後、同ネットワークの調査では年間50例近くに増加した。法改正によって小児の脳死臓器移植も可能になり、少ないながらも実施されていると言う。また、中小規模の施設でも、体制整備がされつつあるそうだ。
だが、移植希望登録者数は、現在の提供数と大幅にかい離している。世論調査によると、提供したい人は43%と決して少なくないため、一般の普及啓発や、医療者の研修を両輪とした事業を展開すると言う。
一方で、心停止後の臓器提供は減少している。芦刈氏は「提供したい意思が十分にくみ取られていない可能性がある」と問題提起した。
続いて、国際医療福祉大学熱海病院の寺岡慧氏が「わが国における臓器移植の課題と展望」と題して講演をした。寺岡氏は、元日本救急医学会代表理事の有賀徹氏が実施したアンケートを解説した。脳死判定を行わない施設に、その理由を尋ねたところ、「家族の申し出がない」が圧倒的に多かった。寺岡氏は「家族の申し出がなくても、何らかの形で施設の医師から選択肢の提示ができないか」と述べた。

脳死判定をしたくない理由は院内体制の未整備と煩雑さ

また、同アンケートにおいて「脳死判定をしたくない」と回答した理由に「院内体制が未整備」「手続きが煩雑」が挙っていることを紹介した。あわせて、10年に日本脳神経外科学会が実施したアンケートで、92%の施設が脳死判定を「大変な負担」としている事実も報告した。
その他、阿萬哲也氏(厚生労働省健康局)、佐藤良明氏(読売新聞)、野津有司氏(筑波大学)、上本伸二氏(京都大学)が講演をした。
参加者は大きくうなずきながら、脳死臓器移植の現状を再認識した。

TOPICS
  1. 最新テクノロジーを集めた学術展示

    HALR介護支援用(腰タイプ)
    HALR介護支援用(腰タイプ)

    会場の国立京都国際会館では、最新のテクノロジーを集めた学術展示も催された。「医療の未来を拓く4つのテーマ」として、「①きずなと見守りの刷新―近未来のかかりつけ医」「②ITがもたらす情報化社会の新たな医療環境」「③ロボットテクノロジーによる機能再生医療の最先端」「④iPS細胞で臨床現場はこう変わる」が展示された。
    ①は、タブレットを用いたアンケート診断や、2030~40年の地域医療を予測した統計的根拠の解説など。②は情報通信技術によって、診療に訪れる・連れて行くことなくして実現する医療サービスなどを解説していた。
    ③は、機能再生医療におけるロボットテクノロジーの最先端技術や未来像が展示された。なかでも目を引いたのは、CYBERDYNE(茨城県つくば市)が開発したロボットスーツHALRである。体を動かす時に脳から筋肉に伝わる微弱電気信号を皮膚に貼ったセンサーが読み取り、意思に従ってHALRを動かす仕組みで、HALR欧州モデルは、脊髄損傷、脳卒中、神経筋難病等の患者の機能改善を促進するロボット治療を実現する。多くの改善事例や臨床評価を経て、欧州全域で医療機器認証を取得し、ドイツでは機能改善治療に対する公的労災保険が適用されている。
    同社のブースでは、他に介護支援用として腰に装着するタイプのHALR、手のひらサイズの心電・動脈硬化計のプロトタイプなども展示された。
    また、④では顕微鏡による生のiPS細胞の間接体験や、シミュレーションアプリによるiPS細胞発見体験が催された。いずれのブースでも、医療を取り巻くテクノロジーの激変を感じさせられた。

    • 身体機能を改善・補助・拡張するサイボーグ型ロボットHALR
      身体機能を改善・補助・拡張するサイボーグ型ロボットHALR
    • iPS細胞をシミュレーションできるブースも。
      iPS細胞をシミュレーションできるブースも。
    • 会場の京都に合わせた舞妓さんの演出。
      会場の京都に合わせた舞妓さんの演出。