コロナ禍で前倒しの可能性も!「2040年問題」に向け、勤務医が今から身につけるべきスキルとは?

日本の高齢者数がピークとなる一方、医療・介護の担い手が急減する「2040年問題」。この局面に対応すべく、厚生労働省からは「多様な就労・社会参加」「健康寿命の延伸」「医療・福祉サービス改革」という政策課題が示されている。しかし、新型コロナウイルスの影響などで医療機関の経営悪化、専門職の人材不足がさらに加速する恐れもあり、2040年に向けた大きな変化はすでに始まっていると認識すべきだろう。そうした状況の中で、医師が今から身につけるべきスキルについて各分野の専門家に聞いた。

医師1人当たりの患者数は増加
多くの医師は総合診療の力が必要に

公益社団法人
地域医療振興協会
シニアアドバイザー
北村 聖
1978年東京大学医学部卒業後、同大学第三内科入局。1984年米国スタンフォード大学留学。帰国後、東京大学第三内科学講座助手、講師を経て、臨床検査医学講座助教授および同大学医学部附属病院検査部副部長。2002年東京大学医学教育国際協力研究センター教授。同大学医学部附属病院総合研修センターセンター長、総センター長を併任。国際医療福祉大学大学院教授、医学部長を歴任。2019年から現職。日本専門医機構理事。

北村 聖氏 写真

就業者数は減少するものの
医療福祉従事者数は増加

日本の人口が2008年を境に減少を続ける中で、65歳以上の高齢者は現在も増え続け、2040年頃がそのピークと考えられている。

全体の就業者数も今後は次第に減少すると予測され、高齢者に対する医療・福祉ニーズが高まる一方で深刻な担い手不足が見込まれる。

平成30年間と2040年の医療福祉従事者数の変化を『令和2年版 厚生労働白書』(厚生労働省)をもとに比較すると、以下の通り4倍近くに急増している(図表1参照)。

  • ●1989年頃 221万人
  • ●2019年 843万人

さらに2040年は就業者数の減少にもかかわらず、医療福祉従事者は1070万人が必要とされる。

しかし、医療社会学などに詳しい北村聖氏は、「これから医師数の大幅な増加は考えにくい」と注意を促す。

「今後、医師の需給を考えて、地域枠を中心に増えていた臨時定員分が徐々に減らされ、多くの医学部は恒常定員に戻るのではないでしょうか。2040年には、病院や診療所での診療のみならず、訪問診療や高齢者施設での診療など診療内容も多岐にわたるでしょう。加えて高齢者は複数の疾患があるため、すべての医師には総合診療の能力が欠かせなくなると思います」

スタッフの能力を生かして
積極的な役割分担を

今回のコロナ禍を踏まえて発行された同白書には、2040年を見据えた社会保障制度改革の視点(図表2参照)にポスト・コロナ社会、新しいつながりといった概念が加わり、オンライン診療をはじめ医療福祉分野のデジタルトランスフォーメーションも重視されている。北村氏も「担い手不足への対応に、医療ICTの導入、タスクシフティングをより推進することが重要です」と言う。

「オンライン診療、オンラインとAIを組み合わせた遠隔画像診断などは、地方の医師不足をカバーする方法の一つといえます。またECMOのような医療機器の高度化に伴い、臨床工学技士へのタスクシフティングにも私は着目しています」

加えて、特定看護師も医師からのタスクシフティングを後押しするものだが、アメリカのナース・プラクティショナーと同様に、診療を総合的にサポートできる看護師も将来は必要だろうと北村氏は予測する。

「適切なタスクシフティングを行うために、医師と各専門職が話し合って業務を分担する必要があります。その際には、スタッフの能力をうまく生かそうといった前向きな意識で取り組んでほしいですね」

変化を恐れずに
必要なスキルを身につける

本誌11月号で読者に「2040年に向けて医師が身につけておきたいスキルは何か?」というアンケートを行ったが、回答は「専門性・専門医」「全人医療」が多く、「コミュニケーション力・人間性」を加えると全体の半数を占める(図表3参照)。

「医師の役割が専門性と総合診療に二分されるのはアメリカも同様ですが、患者さんが専門医より総合診療医を重視する点は日本とは異なるでしょう。日本の医療界はようやく医療者中心から患者中心に意識が切り替わったところで、今後は総合診療を担う医師が患者さんから重視される時代が来ると期待しています」

次項から「かかりつけ医」「地域医療」「医療ICT」「マネジメント」をテーマに紹介を進めるが、北村氏は「必要に応じてそうしたスキルを習得できる、変化に対応する力が2040年に向けた生き残りのカギです」とアドバイスしてくれた。

図表1● 平成30年間の変化と今後の見通し(主なもの)
出典:『令和2年版 厚生労働白書』(厚生労働省)
(*1)1988年の推計値(事務職等を含まず) (*2)2017年の数値
図表2● 令和時代の社会保障制度改革を考える5つの視点
出典:『令和2年版 厚生労働白書』(厚生労働省)
図表3● 読者アンケート

2040年に向けて医師が身につけておきたいスキルはなんだと思われますか?

  • 「専門性をもとに、プライマリ医療のスキル」(50代・女性/麻酔科)
  • 「医療の中でもAIに代替できる部分はかなりなされていると思うので、人間ならではの医療・人間力を高めていきたいと思う」(40代・男性/泌尿器科)
  • 「勤め先により求められるものは違うと思いますが、先端的な分野であれば遺伝子等の生化学・生物学は最低限、それに加え地域医療への貢献も加味してAIや遠隔医療等の情報学の知識。地域ではコミュニケーションスキルや終末期医療に加え、企業と提携した医療・診察スタイルなど」(30代・男性/循環器内科)
  • 「特定のスキルというよりは、どれだけ選り好みせずに新しい分野に挑戦できるか、1人でどれくらいより多くの仕事をこなせるかという、フットワークの軽さだと思います。私の勤め先も医師を募集していますが、診察人数・勤務時間帯の制限、特殊健診やドック面談は不可など、できる仕事が限られている先生は採用に至りません」(30代・女性/一般内科)
  • 労務環境改善の交渉力、病院の経営に貢献するアイディアやその実行力、地域医療のネットワーク作り」(50代・男性/脳神経外科)
  • 「高齢化がさらに進行し、1人が抱える疾患は多岐にわたるはずなので、専門知識だけでなく広い知識を持って、専門医へ紹介すべきタイミングが分かること」(40代・男性/循環器内科)
出典:『リクルートドクターズキャリア』2020年11月号 読者アンケート
  • 事例1

健康寿命の延伸を支える「かかりつけ医」は
地域に積極的に参加する社会的機能も重要

日本医師会
常任理事
江澤和彦
1988年日本医科大学医学部卒業後、岡山大学医学部第三内科に入局し、救急医療に従事。1997年岡山大学大学院医学研究科(現 医歯薬学総合研究科)修了。現在は医療法人和香会、医療法人博愛会、社会福祉法人優和会の理事長を併任し、地域に医療・介護サービスを提供。尊厳の保障を生涯のテーマに、日本介護医療院協会の発足にも尽力。

江澤和彦氏 写真

85歳以上の高齢者が増加
医師は積極的に要介護予防を

2040年に高齢化率35%超を見込む日本で、特に増えるのが85歳以上の人口だ。2019年の592万人が2040年には1024万人に増加する(前出『厚生労働白書』)。

深刻化する担い手不足の中、高齢者の健康寿命の延伸は喫緊の課題であり、そのためには「かかりつけ医による地域の健康増進がさらに重要になる」と、日本医師会常任理事の江澤和彦氏は話す。同氏は自らも高齢者の医療・介護に注力する。

「かかりつけ医の機能には、全人的な医療を行う『医療的機能』、保健・介護・福祉関係者と連携して健康増進を図る『社会的機能』があり、就業形態・診療科を問わず地域医療に従事する医師は両方の役割を担うことが期待されています」(図表4参照)

そのために専門性を活かしたプライマリ・ケアのスキルを養い、医療の各専門職、地域の介護スタッフとの連携のためにコミュニケーション能力も磨いてほしいと江澤氏。

また、高齢者が要介護になる原因疾患の半数は脳卒中、認知症、フレイルであり、これらの予防には高血圧、糖尿病、脂質異常症といった生活習慣病の医学管理が欠かせない。

「コロナ禍で生活習慣病に起因する基礎疾患のリスクが改めて注目されましたが、日常的な医学管理こそ、かかりつけ医が力を発揮する分野。ただし診療所や病院で患者さんを診るだけではなく、介護施設で医学管理を行ったり、保健・福祉関係者と協力して健康講座を開催するなど、健康に過ごせる地域づくりへの積極的な参加も今後は求められます」

高齢者の意思決定を
かかりつけ医が適切に支援

また、高齢者の増加により死亡数も年々増え、2040年には年間約168万人、1日当たり約4600人となる見込みだ。その一人ひとりが最期まで尊厳を持って生きられるよう、「本人が望む医療・ケアを提供するための意思決定の支援もかかりつけ医の役割」と江澤氏は言う。

「医師の独断ではなく、医療・ケアチーム全体で患者さんやご家族と話し合い、合意形成に至ることが大切です。場合によっては医学的な改善より、ご本人の価値観に沿った選択が優先されるかもしれません。普段から患者さんと接しているかかりつけ医には、そうした心の面も踏まえたサポートが期待されています」

日本医師会では2016年から、かかりつけ医の機能の維持・向上を目的に、全人的な医療に必要な幅広い知識を3年間のプログラムで再確認する「日医かかりつけ医機能研修制度」を実施している。「病院の医師も患者さんを長期間診るケースは増え、多くの方がかかりつけ医の機能を充実させることが望ましいと考えます」と江澤氏は受講を勧めている。

図表4● 日本医師会による「かかりつけ医」の機能の定義

かかりつけ医は、就業形態や診療科を問わず、
「医療的機能」及び「社会的機能」の両方を有する。

医療的機能
  • 患者の生活背景を把握し、自己の専門性に基づき、医療の継続性を重視した適切な診療を行う
  • 自己の範疇を超える分野では、地域連携によって的確な医療機関への紹介(病診連携・診診連携)を行う
  • 患者の保健、医療、福祉の諸問題に、なんでも相談できる医師として全人的視点から対応する
社会的機能
  • 健康相談、健診・がん検診、母子保健、学校保健、産業保健、地域保健等、地域医療を取り巻く社会的活動、行政活動に積極的に参加する
  • 保健・介護・福祉関係者と連携して地域の健康を維持・増進する
  • 高齢者が少しでも長く地域で生活できるよう在宅医療に理解を示す
出典:江澤氏提供資料から作成
  • 事例2

介護・福祉職も含む多職種と連携
医師はケアの質を高めるリーダーに

筑波大学医学医療系地域医療教育学
教授
前野哲博
1991年筑波大学医学専門学群(現 医学群医学類)卒業。河北総合病院研修医、筑波大学附属病院総合医コースレジデント、筑波メディカルセンター病院総合診療科を経て、2000年筑波大学臨床医学系講師。2003年同助教授、2009年から地域医療教育学教授。筑波大学附属病院副病院長、総合診療科長も務める。

前野哲博氏 写真

地域医療が活躍の場になり
総合診療の力が求められる

厚生労働省では、2040年に向けた地域社会の社会保障のあり方として、地域住民同士の共助を軸とした「地域共生社会」を提言している。地域医療、総合診療などが専門の前野哲博氏は、「これは新たな概念というより、地域包括ケアシステムの進化形とも考えられる」と指摘。

「対象者別・機能別の支援だった地域包括ケアから、病気になる前の不調に早期に対処するなど、支援対象を地域で課題を抱える人全体に拡大し、支援する側を地域住民に広げたものが地域共生社会と言えます」

こうした社会では、医師も地域に出て、高齢者とその家族が持つ課題にトータルに関わり、解決には医療に限らず地域のさまざまな社会資源を活用することが求められる。

「これは総合診療の力そのもの。おそらく2040年に向けて急性期医療はごく少数の中核病院に集約されていきます。そうなると、多くの医師は総合診療の力が必要な地域医療が活躍の場となります」

医師ごとの強みは残し
不足しているスキルを養う

総合診療は19番目の基本領域として専門医の養成も行われている。しかし、その数は年間約200人にとどまっている。地域医療の担い手を確保するには、すでに一定の専門分野を持つ若手・中堅医師が、これまでの経験を活かしながら守備範囲を広げ、総合診療能力を習得することが重要だと前野氏は言う。

「近年は各団体で総合医養成に動いており、私が所属する日本プライマリ・ケア連合学会と全日本病院協会では2018年に『全日病総合医育成プログラム』を開始しています」

同プログラムは、総合的な診療を行うためのスキルを、外来、救急、病棟、在宅の4つの場と、ノンテクニカルスキルに分け、受講する医師の不足部分を底上げするもの。プログラム習得前はスキルの強み・弱みが顕著であっても(図表5上)、習得後は強みを残しながら弱みが十分にカバーされることを目指す(図表5下)。

4つの場は総合診療専門医の研修目標と同様で、プライマリ・ケアで一般的な疾患・病態の対応力を習得する。一方、ノンテクニカルスキルは地域医療でリーダーとなる力の養成が目標だ。

「地域共生社会で、医師が連携するのは介護や福祉の専門職、あるいは地域住民です。そうしたチームの中では、医療の力は相対的に小さく、優れたリーダーの力が医療・ケアの質を向上させると考えています」

図表5● 現役医師が地域医療に必要な総合的な診療能力を習得
  • 経験豊富で、自分の専門領域に関しては高い能力を持っている
  • 診療領域の中で、総合的な診療を提供する基本的な診療能力(例:当直での初期対応など)に足りない部分がある
  • 在宅ケアや地域連携等の知識や理解が足りない部分がある
  • 組織人としてチームを作り、人を育て、リーダーシップを発揮して、効果的にタスクをマネジメントするスキル(ノンテクニカルスキル)は経験的に体得しているが、体系化された教育を受けていない
  • 経験豊富で、自分の専門領域に関しては高い能力を持っている
  • 診療領域の中で、総合的な診療を提供する基本的な診療能力(例:当直での初期対応など)を広い範囲で身につける
  • 在宅ケアや地域連携等の知識や理解が十分ある
  • 組織人としてチームを作り、人を育て、リーダーシップを発揮して、効果的にタスクをマネジメントするスキル(ノンテクニカルスキル)は経験的に体得しているに加えて、体系的なスキルを身につけている
出典:前野氏提供資料から作成
  • 事例3

モバイルヘルス機器等で得られる情報は膨大
それに振り回されず患者を診る意識を養う

鳥取大学医学部附属病院
医療情報部
教授
近藤博史
1981年大阪大学医学部卒業後、同大学病院内科、放射線科で研修し、放射線科に勤務。大阪労災病院画像診断部、徳島大学病院医療情報部副部長を経て、2001年から現職。各病院で診断画像システム、電子カルテシステムなど医療情報化を進め、2010年から鳥取県医療連携ネットワーク(おしどりネット)事業を推進。日本遠隔医療学会会長。

近藤博史氏 写真

高齢者の疾患ごとに
専門医がオンラインで対応

前出の『厚生労働白書』にもあるように、2040年問題への対応に医療DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進は欠かせない。

早くから病院の医療情報化に取り組み、日本遠隔医療学会の会長も務める近藤博史氏は、オンライン診療の進化、AI診断の広範な活用、モバイルヘルス機器や治療アプリの普及などが一体となり、「いつでも、どこにいても適切な診断・治療が受けられる時代も望める」と言う。

「近くに医師がいなくても、オンライン診療なら複数の疾患を持つ高齢者に対し、専門医が疾患別に診ることも可能です。通信環境の向上やモバイルヘルス機器の発達・普及で、医師が対面診療で患者さんから得る情報をオンラインでも補完できるなら、対面診療とさほど変わりない成果が期待できます」(図表6参照)

もちろん対面診療でもAIの診断サポートを受け、モバイルヘルス機器で患者の情報を得ることで、診断・治療の精度は高まるだろう。

「そうなると医師が受け取る情報は各段に増える上に、患者さんも専門医やAIから得た内容をもとに主治医に相談してくるでしょう。膨大な情報を制御して適切に取捨選択するには、自らも幅広い知識を身につけ、常に更新する必要があります」

ただし、医師は情報を見るのでなく患者を診るのであり、自分もセンサーを働かせ、患者と十分にコミュニケーションしながら診療してほしいと近藤氏はアドバイスする。

情報通信やセキュリティの
基本的な知識は必須

高齢化や生活環境の変化で、医療の対象は生活習慣病をはじめとした慢性疾患が中心となる。こうした疾患は発症前の適切な介入が望ましく、生体情報を計測し、得られたデータを送信するモバイルヘルス機器は、その強力なツールとなるだろう。

「現在も運動量、睡眠の時間と質、脈拍、血中酸素飽和度などは自動計測でき、デジタル聴診器といった専用機器では詳細な情報も得られます。治療アプリの発達も見込まれ、継続的なモニタリングと適切なタイミングでの介入が可能になります」

一方で、オンライン診療も含む医療情報をネットでやり取りをする際は情報漏えいリスクも高まるため、情報通信やセキュリティの基本的な知識は習得しておく必要がある。

「サイバー攻撃の高度化で強固に防御したネットワークの内側も安全でなくなり、端末ごとに安全を担保する『ゼロトラスト』の考えが出てきたなど、セキュリティ分野のトレンドは知っておくといいですね」

また、オンライン診療で使うリアルタイムビデオは、通信状態が悪ければ映像・音声データの圧縮・カットを行うため、話したことが十分に伝わらないこともあり、こうした通信特性の知識も医師に求められる。

「医療情報化やセキュリティに関連する学会や厚生労働省が出したガイドラインは、どんな点に目を配るべきかの参考資料になると思います」

図表6● 今後のオンライン診療の可能性

対面診療で医師が感覚から得る情報を、
オンライン診療では技術で補完する

出典:近藤氏提供資料から作成
  • 事例4

傾聴と承認のコミュニケーション力と
シフト先に業務を任せきる覚悟を持つ

Basical Health 産業医事務所
代表
佐藤文彦
1998年順天堂大学医学部卒業後、順天堂大学医学部内科・代謝内分泌学講座入局。日本赤十字社医療センター第一内科、順天堂大学医学部附属順天堂東京江東高齢者医療センターなどを経て、2012年順天堂大学医学部附属静岡病院糖尿病・内分泌内科科長に就任。2016年に日本IBM株式会社専属産業医となり、2018年から現職。

佐藤文彦氏 写真

医師の業務のシフト先が
多忙にならないよう調整を

勤務医の時間外労働時間の上限規制が適用されるのは2024年。今ここで業務の効率化、労働時間の短縮に真剣に取り組まなければ、その先には医療福祉の担い手不足というさらに厳しい状況が待っている。

大学病院分院の糖尿病・内分泌内科科長時代に、医局員全員の残業時間をほぼゼロにした佐藤文彦氏は、「この無駄を省けば仕事がもっと早く進むなど、業務改善の答えは医師やスタッフが持っていた」と、リーダーが現場の声を聞き、得た改善策を実行する大切さを強調する。

「話を引き出すには上意下達の接し方ではなく、相手をリスペクトし、批評や反論を挟まず、ありのままに受け止めること。コーチングスキルでは『承認』と呼ばれています」

当時の佐藤氏は医局員へのヒアリングを重ね、時間外労働時間の多さが診療科の大きな課題だと再認識。改善に向けて以下の取り組みを進めた。

  • ①夜間の低血糖を起こしにくい薬への変更、インスリン治療への切り替えにより、糖尿病患者の高血糖・低血糖による夜間救急外来の受診を削減
  • ②開業医の紹介による患者の糖尿病支援入院などで予防の意識を向上
  • ③タスクシフティングを中心に医師や各専門職の業務を改善する

タスクシフティングで医師の業務の一部を各専門職に移行する場合、専門職の業務をさらに別のスタッフにシフトしていく必要がある。佐藤氏は「医師からの業務の移行を考える前に診療科の全スタッフにヒアリングし、診療科全体の業務の棚卸しを行うべき」とアドバイスする。

「特定の職種や人に業務が集中しないよう考えた上で、医師から各専門職に業務をシフトする際は、『これで任せられる』と思えるまで教えきる覚悟が大切です。『これくらいでいいか』と中途半端に教えた程度では、医師の忙しさは減らず、引き受けた側もやりがいが感じられず、タスクシフティングはうまくいきません」

医師の働き方改革は
地域貢献につながっていく

医師が傾聴や承認を主体とするコミュニケーション力、他の職種へのタスクシフティングへの覚悟などを養うと同時に、病院側は「働き方改革」のため救急外来の見直しなども進めてほしいと佐藤氏は言う。

「担い手不足で悩む地方の病院で救急患者を多く引き受けていたら、原則960時間の時間外労働時間規制は守れないでしょう。それより地域の医療・福祉サービス、行政と協力して生活習慣病の予防に努めるなど、救急患者を減らしてホワイトな労働環境を目指すべきだと思います」

働きやすい環境なら研修医や勤務医が集まり、医療機関の経営は安定する。地元出身者が多い専門職やスタッフが安心して働けると感じれば、地域での評価も高まる。一方で患者や家族の経済的・身体的負担、行政および保険組合の経済的負担は減ると佐藤氏は考察する(図表7参照)。

「充実した医療体制を求めて移住する方が増えれば、さらなる地域の活性化も見込めます。2040年に向けて、働き方改革は診療科や病院だけの問題ではなく、地域への貢献につながることを意識するときです」

図表7● 「医師の働き方改革」は医療機関、患者とその家族、行政に好影響をもたらし、「地域貢献」につながる
出典:佐藤氏提供資料から作成