地域医療のニーズますます増加。現状やキャリアパスはどうか?いまこそ考える「総合診療医」というキャリア

少子高齢化がもたらす医療ニーズの変化により、従来型の臓器別ではなく、一人の患者を包括的かつ継続的に診ることのできる総合診療医の存在が強く求められている。2018年度からは日本専門医機構による『総合診療専門医』の養成も始まり、需要に応える動きも本格化している。そこで現在、総合診療の現場の第一線に立つと同時に、その未来を育む立場にあるお二人に、総合診療医というキャリアの実態や魅力、将来性についてお話しいただいた。

質の高い専門医を育成し、キャリアプランを
明確かつ多彩に示して、〝総合診療医の未来〟をつくる

一般社団法人 日本プライマリ・ケア連合学会
理事長
草場鉄周
1999年京都大学医学部卒、日鋼記念病院にて初期臨床研修修了後、北海道家庭医療学センター・家庭医療学専門コースを修了。2003年より北海道家庭医療学センター勤務、06年同センター所長兼本輪西サテライトクリニック所長。08年医療法人北海道家庭医療学センターを設立し、同法人理事長ならびに本輪西ファミリークリニック院長に就任。12年より一般社団法人日本プライマリ・ケア連合学会副理事長、19年から同理事長を務め、現在に至る。

草場鉄周氏 写真

総合診療科が専門領域の一つに加わり、
人材育成が本格化

高齢化が進展し、複数疾患を併せ持つ患者が増えると、高度に細分化された臓器別診療は、診療科や病医院の掛け持ち受診やポリファーマシーなどの弊害を生む。問題解決には、幅広い疾患に対応できて、生活環境や家族背景なども含めて包括的かつ継続的に診ることのできる総合診療医が必要とされる。日本専門医機構の新専門医制度でも、19番目の基本領域として『総合診療科』が位置づけられ、2018年度より専門医養成がスタートした。遅まきながら、総合診療が一つの専門性として認められ、国がその育成に乗り出した。

日本プライマリ・ケア連合学会理事長で医療法人北海道家庭医療学センター理事長の草場鉄周氏は、「総合診療医をめぐる議論においては、専門医制度の確立以前から家庭医や病院総合医として活躍している世代と、いま現在あるいはこれから専門研修を受ける(おおむね30歳以下の)世代とでは分けて考える必要があります」としたうえで、現時点の状況を次のように説明する。

同学会の会員数は約1万2千名、学会が独自に育成してきた家庭医療専門医は約千名を数える。今後その任は『総合診療専門医』に引き継がれるが、現在、年間9千名強の医師が誕生するなかで、総合診療の専攻医は2百名前後と、期待される数には遠く及ばない。

「そのおもな理由として、身近なロールモデルがいないこと、専門医取得後のキャリア展開が見えにくいこと、総合診療のニーズを実感できないことなどが挙げられます」(草場氏)

一方、こうした状況のなかでへき地・郡部の医師不足を解決するために、レベルを下げてでも総合診療専門医を早期に多く養成すべきという意見もあるという。

「仮に人材が足りなくても安易に専門医を増やす考えには反対です。将来、地域の総合診療のリーダーとなるべき総合診療専門医は、時間をかけて丁寧に育てる必要があり、また、へき地・郡部の医師不足は30万人の医師全員で解決すべき課題だからです」(草場氏)

総合診療医の役割は
地域や環境により自在に変化する

総合診療医のあり方は地域や環境によって異なり、その“柔軟性”こそが総合診療医の強みでもある。

「たとえば、診療所の総合診療医に必要なのは地域包括ケアと在宅医療という視点です。あらゆる年代、さまざまな疾患を総合的に診ること、看取りまで責任を持つということです」(草場氏)

北海道家庭医療学センターではグループ診療体制を敷いており、西胆振地区の2つのクリニックでは5名の医師が、外来診療、在宅・訪問診療、看取りまでを担う。さらに周辺の開業医とも連携し在宅・訪問診療、往診の需要にも応じているという。

「地域医療は一人で背負い込まないことが大切です。総合診療専門医が地域のなかでより深い総合診療を担い、たくさんの開業医の先生方としっかり連携をとりながら“面として”総合診療を広めていく――そうしたモデルが全国で展開されることを期待しています」(草場氏)

一方、都市部の大病院や大学病院では違った役割が求められる。たとえば、複数疾患を併発して入院中の高齢者の診療は総合診療医が適任であるし、地域に戻すことを想定して治療を進め、タイミングを逃さず家に帰すことは、事前調整や多職種、在宅医との連携が必要で、家庭医の視点を持つ総合診療医が得意な役回りの一つだ。

「高度医療が集約化される一方で、病院と診療所の総合診療医が連携体制を築くことで、地域全体に質の高い総合診療を行き渡らせることができると考えています」(草場氏、図表1

知的好奇心が満たされ、
包括的・個別的医療が可能に

草場氏が総合診療の魅力の一つに挙げるのが“医師としての知的好奇心が満たされる”点だ。

「“未分化”で曖昧な訴えから、病歴聴取、診察、検査を経て的確に診断をつけていく過程は知的な刺激も大きく、ときに難解な症例を診断に結びつけて感謝されることもあって、大きな喜びとやりがいを感じます。治療法もつねにアップデートが必要で、生涯学び続けることができます。加えて、非常に幅広い年代の方にお会いでき、患者・家族と極めて近い立ち位置でコミュニケーションがとれ、我々もそこから学ぶことができます。何世代にもわたり、家族ぐるみでかかわり“寄り添う”ことで患者さんの健康問題を多面的に捉え、柔軟かつオーダーメイドな医療が提供できることにも面白さを感じています」(草場氏)

新型コロナ拡大により在宅医療への流れが強まり、外来患者の数が減少したが、「総合診療に求められるものはコロナ禍後も変わりません。慢性疾患に対して質の高い診療を提供し、長期的な関係性を築くことで、“ずっと診てもらいたい”と思われる医師であり続けることです」と、総合診療医としての草場氏の基本姿勢は揺るがない。

専門医取得後にも
多様なキャリアパスが広がる

総合診療専門研修後にも多様なキャリアパスが用意されている。一つは、学会がサブスペシャルティとして創設した『新・家庭医療専門医』制度。総合診療専門医に要求される資質・能力を“より深く、より広く”追求したもので、世界家庭医機構(WONCA)の研修プログラム認証を受けており、国際標準の総合診療医である証にもなる。ほかに病院総合診療専門医、在宅医療や緩和医療など領域横断的な専門医という選択肢もある。

一方、ベテラン世代にも、全日本病院協会の『全日病総合医育成プログラム』や学会が設ける『プライマリ・ケア認定医制度』などが準備されている。草場氏はそれらを活用して、国民に“質の高い総合診療が受けられる場所”を明示する必要があると感じている。

「地域が何を求めているかを考えることも大事で、若手には総合診療専門医、さらには新・家庭医療専門医を取得して、地域の総合診療のリーダーとなっていただきたいし、ベテラン世代にも総合診療の専門性を学ぶ道が開かれていることを知っていただきたいと思います」(草場氏、図表2

図表1● 総合診療医による医療連携体制
図表2● これからの医師のキャリアパス
図表1・2出典:草場氏提供資料
  • 現場から

患者・家族に近い場所で、その人生に伴走し、
見届ける――人の生活を支える医療を実践する

長野医療生活協同組合 長野中央病院
内科
池田 徹
長野県長野市生まれ。2014年3月に京都府立医科大学を卒業後、長野中央病院で初期臨床研修を行なう。17年4月より京都協立病院にて京都家庭医療学センター家庭医療後期研修プログラムを履修し、20年3月に修了。同年4月より長野中央病院に総合診療科医として赴任し、現在に至る。総合診療に従事する傍ら、同院の総合診療病棟において、研修医の指導にあたる。所属学会は日本プライマリ・ケア連合学会等。

池田 徹氏 写真

『病棟』で、患者の生活を意識した
診療のできる医師を育成

長野市街地の中心部に位置する長野医療生活協同組合 長野中央病院は、病床数322、25の診療科を擁する急性期病院。高度な専門性を備える一方で、急性期から慢性期まで幅広い患者の治療に携わる“かかりつけ医機能”も果たしており、その理念に共感する医療者の育成にも力を注いでいる。

総合診療医として診療を行なう傍ら、後進の指導にもあたる池田徹氏。「当院は各種専門科が設けられ、該当疾患の診療を各科の医師が担当しますが、長年診ている患者さんについては、他領域の疾患を併発したとしても、適宜、専門家のコンサルを受けながら、可能な限り自身が主治医として治療にあたることがほとんどです」と施設特性をそう説明する。

42床の『総合診療病棟』が設置されている点も同院の特徴の一つだ。複数の疾患を抱える患者や、食思不振や不明熱といった原因がわからない患者の入院病棟で、総合診療的視点が強く求められる。同院では、内科イコール総合診療という考え方に基づき、研修医の内科研修はおもにこの総合診療病棟で行なわれる(写真)。

1年目は池田氏ら指導医が診察に立ち会い、診断や治療方針をディスカッションしながら進めていくが、2年目以降はある程度研修医に任せて、必要な時だけ相談に応じる形をとる。

「高齢化が進めば、将来、どの診療科に進むにしても、マルチプロブレムの患者さんを診る機会は増えますし、“病気さえ治せば退院後のことは知らない”では済みません。患者さんの生活まで意識できる医師になってもらいたいので、研修医の指導にはやりがいを感じています」(池田氏)

現在、池田氏はおもに初期研修医の指導と小児科外来の診療を担当するほか、通院が困難になった患者の訪問診療に携わっている。

何でも相談できる場を提供し
医療と生活を結ぶハブになる

「総合診療医に求められるのは、相談されたら何であれ断らずに考える姿勢です」(池田氏)

子どものこと、うつや婦人科関連の不定愁訴、高齢者に多い皮膚科や整形外科領域のトラブルなど、どのような訴えや相談にもまずは耳を傾け、対応を考えるか、“すぐにお答えできませんが、次までに調べておきます”と言えること。“何でも相談できる場”を提供できれば、少なくとも複数の医療機関のはしご受診は防げる。

また、病院・診療所を問わず総合診療医に求められるのは、診療科同士、さらには医療と生活をつなぐハブ的存在であることだと池田氏は考える。自身が幅広く診療できるだけでなく、専門家に委ねるべきときは適切なタイミングで適切な場所につなぐ。必要な社会資源など、目の前の患者をどこにつなげばより良くなるのか、多方面にアンテナを張って、適切な人材や情報につなぐことのできる存在を目指す。

そう語る池田氏だが、医師になることを決めたのは物理学を学ぶために進んだ大学で脳性麻痺の人の介護ボランティアに参加し、“人の生活を支える仕事をしたい”と思ったのがきっかけだ。ちょうどその頃、家庭医という言葉を耳にし、“自分がやりたいのはこれだ”と感じ、臨床実習を経てその思いを確信に変えていったという。

いずれはマンパワーを確保して体制を整え、『総合診療科』を立ち上げ、“一般内科や救急は総合診療科で診ます”と言えるようになるのが目標だ。そして、その先の夢は――

「診療所のお医者さんになることです。今も週に2〜3単位、診療所で勤務していますが、病院に比べて患者さんとの距離が近いように感じます。診療所で、長い付き合いの患者さんと“子どもが生まれた”とか、そんな話をしながら、その人生を見守り、伴走する。世代を超えて家族みんなを、生まれてから、最後は往診に行って看取るまで、その人生を見届ける、そんな仕事がしたいと思っています」(池田氏)

理想の実現までにはまだ間があるが、「総合診療医の道を選んだことに悔いはありません」と言い切る池田氏の表情には一片の迷いもない。

総合診療病棟では毎日カンファレンスが実施され、研修医が相互に学び合う