【寄稿】第一線病院での医療の安全・質向上活動 第3回 オープンデータの精神に学ぶ 電子カルテの構造化記載法

医療の質を測り、高められるようにするため、患者データの記録・保存媒体としての電子カルテの利活用方法を紹介する。

診療記録の記載書式を構造化することで、
データの「器」としての価値を高められる

医療法人輝栄会
福岡輝栄会病院
医療情報部長/形成外科部長
山野辺 裕二
1986年長崎大学医学部卒業。形成外科の勤務医として九州、四国の病院に勤務後、99年長崎大学病院医療情報部門へ転籍。2003‐04年米国マウントサイナイメディカルセンター 臨床情報学 客員研究員。その後、国立成育医療センター(当時) 医療情報室長、独立行政法人 国立成育医療研究センター(当時) 情報管理部 情報解析室長、社会医療法人財団董仙会 恵寿総合病院本部情報部長/医療安全管理部長/形成外科科長等を経て現在に至る。
■日本インターネット医療協議会 理事、ささえあい医療人権センターCOML 正会員、日本医学ジャーナリスト協会 正会員、日本診療情報管理士会 正会員等。
■2007年〜2014年マイクロソフト社の医療IT専門家コミュニティ「CHART」の座長なども経験

山野辺 裕二氏 写真

昨今の新型コロナウイルス流行に伴い、医師が保健所や自治体に行う届け出に未だFAXが使われている事実が報道され、医療IT化の遅れを象徴する事例として世間に広く知られることとなった。その一方で「新型コロナウイルス対策ダッシュボード」(1)など、自治体や医療機関などが提供するオープンデータを素早く集計して表示するWebサイトも登場した。

オープンデータとは、組織が保有するデータを誰もが利活用できるように公開する取り組みのことである(図表1)。その正反対の事例として、かつて製薬企業が公開した「医師への寄付金や謝礼のリスト」が問題となった。それらは画像や(印刷・検索禁止の)PDFファイルなど、できる限りデータ化しにくい形で提供されていた(2)。

医療機関で使われている電子カルテシステムも、記録内容をデータとして利活用するにはさまざまな障壁があり、解消への歩みは遅々として進んでいない。さらに外科系学会が行う手術症例登録(NCD)を代表として、多くのシステムが診療記録からWebサイトに手入力転記を強いてきた。

このような負担を少しでも軽減するため、日常使っている電子カルテの記録を、オープンデータ流に「二次利用可能なルールが適用」され、「機械判読に適した」ものに近づける工夫を紹介する。

XML形式を簡略化した
「簡易タグ」で記載を構造化する

われわれが日常的に見ているWebページの表現に使われているHTML(HyperText Markup Language)という言語では、文字列を〈〉記号で囲まれた「タグ」で区切ることで、さまざまな書式や機能といった属性を表現している。より汎用性の高いXML(eXtensible Markup Language)でも、このようなタグで文字列を区切ることで、さまざまな意味を持たせることが可能になっている。いくつかのデータ交換標準で用いられており(図表2)、電子カルテの多くも内部ではこの形式を使っている。

カルテの記録画面においても、このような構造を持った記載をしておくことで、文字列に意味などの属性を持たせることができる。手術記録を例に簡易タグによる「構造化記述」を考えると、以下のような形で表現できる。

《手術記録》
 〈実施日〉 2020/9/5
 〈術者〉 三浦
 〈助手1〉 中村
 〈助手2〉 松井
 〈麻酔〉 全身麻酔

この際、二次利用や機械判読を容易にするため、タグを表わす記号として普段あまり使われない括弧記号を用いるようにすることが望ましい(図表3)。さらには院内で簡易タグの書式を定め、それ以外の目的には利用しないように取り決めておくと良い。

二次利用システムを活用し、
データベース化が可能に

わが国で電子カルテシステムが実用化されて以来、記録を規格化・構造化して二次利用を容易にする目的で「テンプレート」などの機能が存在してきた。しかし多くの医療機関では、何かアイデアを思い立ったらすぐにテンプレートを作成・運用できるという環境には恵まれていない。残念なことに、電子カルテシステムの基本機能は過去15年ほどの間ほとんど進歩が見られておらず、テンプレートの作成手順は複雑なままである。それを使ってテンプレートを作ることができる人材も院内では限られてくる。

その一方で、機器の性能は確実に向上してきたので、診療記録の中から「《手術記録》」という文字列を含んだ記載部分を患者横断的に検索・抽出する機能を備えた、データウェアハウスなどの二次利用システムが普及しつつある。前述した簡易タグによる記述ルールは、職員の誰もが容易に考案、作成、修正ができるため、テンプレートに頼らないデータの保管・活用が可能になる。

以下、二次利用システムから抽出された構造化記述からデータを抽出する方法を紹介する。図表4の例では、表計算ソフトExcelの文字列操作関数を使うことで、左欄に一連の抽出文字列を貼り付けると、右欄には項目ごとの1行のデータとして展開することができる。図の下半分に提示してある計算式は、その列の先頭行(黄色部分)に記載してある項目名と一致する簡易タグを検索し、そのタグの次に記載されている項目の内容を抽出表示する関数である。この1つの数式をデータ行(黄緑色部分)の左上のセルに記入し、そのセルを右方向と下方向にコピーする 「フィル」 という操作を行なうだけで、多数の項目列とデータ行からなる表を作成することができる。こうすることで、電子カルテから抽出された何百何千という症例の記述であっても容易に一覧表にできる。

このように、診療記録の中に簡易タグによる構造化記述が記載されていれば、それを集積することでデータベースが構築できるようになる。

入力側にExcelを使い、
カルテ記録欄をデータの「器」に

ここまではカルテ記載をデータ化する手法を述べたが、逆に別のツールで入力されたデータを診療記録欄に貼り付けて運用することもできる(図表5)。カルテ記載画面で 《》 や 〈〉 を使った記載をルールどおりに手入力するのは骨が折れる作業である。入力ツールとしてExcelのようなソフトを使えば、プルダウンリストからの選択入力や、数値計算もまじえた自由な入力画面が設計できる。この画面で入力した結果を構造化記述に変換して、患者のカルテ画面に貼り付けておく。こうすることで、入力データの紛失や散逸を防ぎながら、将来のデータ集積・再利用に役立てることができる。ただし手動によるコピー&ペーストを伴うため、患者取り違えなどのリスクには注意する必要がある。

この手法の別の利点は、人間による見読性に優れるということである。電子カルテシステムでは様々なワークシートや報告書などがシステムの奥深くに存在し、眼にするまで数多くのマウスクリックを要することも少なくない。それらの内容をカルテ記載欄にも貼り付けておき、適切な分類をしておくことで、深い階層まで探しに行くことなく内容が確認できる。

現在電子カルテシステムはいたずらに多機能化しているが、今回のように敢えて単なるデータの器として使い、医療の質向上に役立てることもできる。

図表1● オープンデータの定義
  • ① 営利目的、非営利目的を問わず 二次利用可能なルールが適用されたもの
  • ② 機械判読に適したもの
  • ③ 無償で利用できるもの
図表2● XMLタグを用いた住所表現例
(HL7 診療情報提供書規格)
図表3● 簡易タグに適した括弧記号の例
  • 〈 〉山括弧
  • 《 》二重山括弧
  • 〔 〕亀甲括弧
  • { } 波括弧
図表4● Excelによる項目タグ間の文字列抽出
(一つの計算式を縦横にコピーするだけ)
図表5● Excelでの入力を、簡易タグつきテキストにしてカルテ画面に貼り付ける

参考文献
(1)COVID-19 Japan 新型コロナウイルス対策ダッシュボード https://www.stopcovid19.jp/
(2)日本製薬工業協会:企業活動と医療機関等の関係の透明性ガイドラインについて(解説) http://www.jpma.or.jp/tomeisei/aboutguide/pdf/181018_01.pdf