Special Interview 医師+αの資格が拓く新たな可能性 ダブルライセンスで活躍する医師

医師の資格を取得し、医療現場や研究機関で自己研鑽を続けてキャリアを積む。それだけでも負担は大きいはずだが、さらに+αの資格を取得して活躍する医師もいる。「医師+弁護士」の資格を生かし、医療現場で頻発する法律問題の解決を支援する長谷部圭司氏。「医師+歯科医師」の資格をもとに、医療過疎が深刻化する都心部で地域医療の再構築を目指す松本朋弘氏。この2人の事例から、ダブルライセンスがもたらす医師の新たな可能性を紹介する。

  • 医師×弁護士

医療の最前線で働きつつ、全国の医療機関を
法律問題の悩みから救う弁護士になった

長谷部圭司氏 写真

弁護士法人 北浜法律事務所
スペシャルカウンセル
長谷部圭司
1999年大阪大学医学部卒業後、同大学泌尿器科に入局し、同大学医学部附属病院、住友病院、大阪警察病院の泌尿器科で診療。2005年に退職し、法科大学院で学びながら、透析治療や救急医療にも携わる。司法試験合格後、司法修習を経て、2012年1月に北浜法律事務所入所。並行して透析専門病院での診療、地域中核病院の救急医療に従事。
長谷部氏のダブルライセンスへの道のり
1999年3月 大阪大学医学部卒業
医師国家試験合格
泌尿器科医として臨床に従事
2005年4月 大阪大学大学院高等司法研究科進学
2009年9月 司法試験合格
2010年11月 最高裁判所司法研修所入所(新第64期)
2011年12月 司法修習修了、弁護士登録(大阪弁護士会)
2012年1月 北浜法律事務所入所

泌尿器科の診療経験を経て
医療と法律を融合する道へ

長谷部圭司氏は大阪市のビジネス街、中央区北浜を拠点とする北浜法律事務所に勤務。医療機関を対象に、患者の意思決定や認知症患者の権利といった医療現場で起こる法律問題の解決策をアドバイスするほか、医療訴訟では病院側代理人も務める。

こうした弁護士業務に加え、今も総合診療や救急医療の現場に週5日以上従事する長谷部氏は、「現役医師だからわかる現状と専門知識をもとに、本当に医療従事者に役立つ弁護士を目指しました」と話す。

「医療機関に長く勤めていると、院内でさまざまな法律問題が日常的に起きていることがわかります。私はそれらを適切に解決したくて弁護士になりました。もちろん医師の仕事は大好きですし、医療の最新情報を常にキャッチするためにも、医師と弁護士の両立が前提でした」

高校時代は文学や哲学が好きで、テレビドラマの影響で一時は弁護士も考えたと言う長谷部氏。しかし圧倒的に理系科目の成績が良く、親しい友人が医師志望だったことや両親も医師を勧めてくれたことなどから、最終的に医学部に進学した。

「大学時代に興味を持ったのは腎臓内科だったのですが、外科手術も捨てがたく、その両方をカバーする泌尿器科に入局。関西地域の泌尿器科は後腹膜外科ともいえる役割で、腎臓・膀胱・尿管全般の診療、透析など対象の幅広さが魅力でした」

実践のなかでその魅力を実感する一方、病院の先輩医師が行う繊細で鮮やかな手術を見て、努力では追いつけない芸術的なセンスが必要な領域があることも理解したと言う。

「そして自分なりのスペシャリティが重要だと感じていた頃、法科大学院が開設されるという話を聞き、弁護士資格の取得を考え始めました」

医療現場の法律問題に対し
メールで解決策を回答する

法科大学院は法曹人口の増加と実践的な人材の育成を目標に、2004年に設置された専門職大学院で、修了者は司法試験の受験資格(5年間)が得られる。長谷部氏は自らのキャリアの節目となる日本泌尿器科学会泌尿器科専門医を取得後、病院を退職して法科大学院に入学した。

平日は大学院で法曹界を志望して必死に学ぶ同級生と机を並べ、夜間・土日は透析専門病院での診療、総合病院での救急当直に従事。そして司法試験に合格した長谷部氏は、2012年から医師と弁護士のダブルライセンスで仕事を続けている。

「医療と法律=医療訴訟と連想しますが、1人の医師がかかわる医療訴訟はわずか。それより日々の診療や病院運営で日常的に起こるトラブルに、法律的にも合理的な解決を導くことができず悩んでいる医療機関が多数あり、こちらを解決するほうが必要とされていると感じています」

例えば医療従事者に暴言・暴力を加える患者にどう対応するか?長谷部氏は、応召義務は国と医師との契約であり、患者とは信頼関係にもとづく診療が基本だと言い、「法律上は信頼関係が保てない相手なら診療を拒否できます。厚生労働省も同様の見解です」と解説。法律の観点から医療機関を守り、本来の業務に集中できる環境を整える支援は、医療の質の向上にもつながっている。

長谷部氏の弁護士業務は、契約した医療機関から日常の法律問題・トラブル対応に関する質問をメールで受け付け、弁護士の観点からメールで回答を戻す顧問サービスが中心。顧客は些細なことも気軽に相談でき、返事はメールで残るため、後で見直すのにも便利と好評だ。また長谷部氏は「全国の顧客からの多数の相談をもとに膨大な事例が蓄積できたため、短時間で返信できる」と話す。

「法律に書かれているのはあくまで原理原則。実際には医療現場の現状に即してどう解釈するかが必要で、それには医療と法律の両方をよく知る私のような存在が欠かせません」

さらにダブルライセンスの相乗効果を生かして活躍する人がもっと増えてほしいと後進にエールを送る。

「私は自らの経験から、医療機関の法律問題の解決という仕事を見いだしましたが、ほかにも新たな可能性を持つ分野はきっとあるはずです」

長谷部氏が月2回、24時間の救急当直を行っている病院で、緊急手術を終えた後の一コマ/長谷部氏提供写真
  • 医師×歯科医師

医科・歯科を含む多職種による
密接な連携で、医療資源不足に悩む
地域の健康寿命延伸へ寄与したい

長谷部圭司氏 写真

練馬光が丘病院
松本朋弘
2006年神奈川歯科大学歯学部卒業後、鶴見大学歯学部口腔外科に入局。東邦大学医療センター大森病院などでの研修後、鶴見大学大学院口腔外科学専攻に進学。産業技術総合研究所で再生医療研究等に従事した後、東海大学医学部に入学。症候学勉強会の立ち上げ、海外の大学への短期留学などを経て、練馬光が丘病院で研修医となる。
松本氏のダブルライセンスへの道のり
2006年3月 神奈川歯科大学歯学部卒業
歯科医師国家試験合格
4月 鶴見大学歯学部口腔外科入局
2007年4月 同大学大学院口腔外科学専攻進学
2010年4月 同大学大学院口腔外科学専攻修了
2016年3月 東海大学医学部卒業
医師国家試験合格
4月 練馬光が丘病院初期研修医
2018年4月 同院総合診療科後期研修医

口腔外科、再生医療研究、
医科歯科連携と興味が移行

松本朋弘氏は、都内有数の規模を持つ光が丘ニュータウンで、急性期を担う練馬光が丘病院の総合診療科に在籍。外来診療のほか、地域のなかで医科と歯科の連携を進め、高齢者の健康寿命の延伸に努めている。

練馬区は23区内で人口当たりの病床数が最も少なく、人口74万人に対し300床以上の病院は3カ所のみ。このため隣接する板橋区、交通の便の良い新宿区などの大規模病院を受診する患者も珍しくない。しかし松本氏は、「体が動くうちはまだよくても、高齢者は区外への通院が難しくなるため、都内にいながら医療過疎に直面する」と指摘する。

「当院の肺炎入院患者の平均年齢も85歳を超え、いずれ退院後の回復期リハビリテーション、訪問診療などが十分提供できない可能性も考えられます。そうした状況を防ぐ方策の一つとして、医科・歯科を含む多職種連携で口腔機能の維持・向上させる取り組みを続けています」

松本氏は歯学部卒業後、口腔外科の医局に入局。研修中に摂食嚥下障害の治療に取り組む歯科医師(口腔外科医)の指導を受けたことで、健康維持における口腔機能の重要性に気づいたと言う。「とはいえ、その後すぐに口腔機能を専門にしたのではなく、大学院に進学し、産業技術総合研究所で再生医療研究と発生生物学研究に携わったことで、生命科学分野に興味が出てきました」

同研究所の研究チームのリーダー、スタッフの多くは医師で、生命科学の最前線では医科も歯科も区別はない。しかし臨床では切り離されることに矛盾を感じ、大学院修了後は生命科学の基礎研究のため理学部への進学も考えたと話す松本氏。

「ただ、研究所の先輩に『松本君は研究中も歯科診療を続けてきたし、基礎研究だけの世界では、松本君の経験と知見は生かされない。臨床現場にもいつつ研究を続けるべきだ』とアドバイスを受け、自分でも確かにそうだと納得。基礎研究と歯科で得た知識と経験を医科の診療で活用し、医科と歯科をつなぐ仕事に就こうと将来像も明確になり、医学部進学を決めました」

ちょうど誤嚥性肺炎が話題になり始めた時期で、松本氏は「これは医師と歯科医師が協力して診るべき病気だ」と確信。また歯科医師として患者を診てきたなかで、口腔機能の低下がフレイルを生む一因になるなど、健康寿命に大きく関わることを改めて感じ、医科と歯科の連携が今後重要になると考えたと言う。

医科と歯科の合同回診など
両分野横断の教育にも尽力

医学部2年次に学士入学した松本氏は、通常の医学部教育だけでは物足りず、より実践的・包括的な学習環境を求めて勉強会を立ち上げ、学生同士で症例検討も多数行った。上級生になってからは総合内科の研修医向け症例検討勉強会にも毎週参加。さらに海外の大学への短期留学など多様な経験を積んだ。

「そのうえで、適切な治療には鑑別診断を行う症候学が欠かせないと判断。この分野を重視することが多い総合診療科を専門に選びました」

なかでも練馬光が丘病院の総合診療科は、診断戦略の著書で知られる医師や、米国帰りの総合内科医や留学を目指す総合内科医と総合診療医が在籍する隠れたメッカだった。地域医療振興協会の運営で、地域医療の充実という目標の実現にも適していたと松本氏は振り返る。

「研修医になったとき、当院では誤嚥性肺炎が多発していましたが、NPO法人の勉強会で得た『口から食べて口腔機能の低下を防ぐ』という知識から、安易な絶食や胃ろうを避ける対処により大幅に改善。医科歯科連携の大切さを実感しました」

また、歯周病や加齢で口腔機能が低下すると軟らかい食事を好むため、菓子パンなど甘いものが主食になりがちだ。これは糖尿病の進行と歯周病の悪化という悪循環を招く。

「そうした場合、医師が甘い物を食べないよう助言するだけでは駄目で、歯科で口腔機能を高めるケアを行うなど統合的な対処が必要です」

しかし同じ患者の担当でも、医師と歯科医師が同時に診療したり、話し合ったりする機会はない。そこで松本氏は、同院の総合診療医と練馬区営の歯科診療所の歯科医師(摂食嚥下)と合同回診を行うなど、両分野に詳しい医師・歯科医師を育てる教育に尽力している。

「地域との連携では、当院、近隣の回復期リハビリテーション病院、在宅医療を担う医院が参加して練馬区摂食嚥下研究会を作り、摂食嚥下を勉強する機会を設けています。PT、OT、ST、栄養士も参加し、フレイル予防から在宅復帰まで多職種連携でのサポートも重視しています」

だが練馬区で在宅医療に携わる医師は十分ではなく、歯科領域への目配りまでは難しいと松本氏。そこで歯科医師に高齢者のフレイル予防に役立つ医科の知識を学んでもらい、地域医療のハブとしての役割を持たせることも検討していると言う。

「医科と歯科のダブルライセンスを持つ私なら、医師や看護師に歯科の視点を持つ大切さが伝えられます。両分野の協力により、医療資源不足の練馬区でも健康寿命の延伸を可能にすることが今後の目標です」

へき地医療支援で今年3月には神津島診療所で診療に携わった。/松本氏提供写真
多職種の新人研修では口腔ケアやせん妄対策についてレクチャー/松本氏提供写真