パワハラ、セクハラ・・・うっかり加害者にならないための医師のハラスメント対策

全国医師ユニオンの調査(2017年)によるとパワーハラスメント(パワハラ)を受けたことのある医師は約3人に1人。セクシュアルハラスメント(セクハラ)を受けたことのある女性医師は約4人に1人の高水準だった。医師の世界は師弟的な関係性があり、ハラスメントが生じやすいと言われる。発言の影響力が強い医師は、意図せずパワハラ加害者になることもある。今年6月からの対策強化を前に、加害者にならないための方策を検討した。

  • 最新事情

6月から「ハラスメント規制法」が施行
病院でもパワハラ、セクハラの相談が増加

株式会社フォーブレーン
代表取締役
稲好智子
特定社会保険労務士、産業カウンセラー、キャリアコンサルタント、国の研究機関や国立大学法人の法人化支援業務、企業の人事労務に関するコンサルティング業務をへて、2005年に(株)フォーブレーンを設立。人事制度整備や労務問題のコンサルティングのほか、カウンセリング、講演、各種研修講師など幅広く活動している。顧客からのリピート率が高い。

稲好智子氏 写真

20年前は無問題だった行為も
今はハラスメントになる

今年6月から、職場のハラスメント対策が大きく変わる。いわゆる「ハラスメント規制法」が施行され、大規模病院を含む大企業では、パワハラ防止対策が初めて義務化。すでに義務化されていたセクハラ、マタニティハラスメント(マタハラ)の対策も強化される。

その背景にはハラスメント被害の深刻化がある。全国の労働局などに寄せられた労働紛争相談のうち「いじめ・嫌がらせ」は8万2797件で過去最高に達した(18年度)。医療機関などを対象にハラスメント研修などを実施する(株)フォーブレーンの稲好智子氏はこう話す。

「病院内でハラスメントが増えているという相談はよく聞きます。誤解を恐れずに言えば、10年前、20年前は平然と行われていたことも、今ではハラスメントと思われるようになっていると感じます(図表1)」

ハラスメントは、被害者はもちろん勤務先の病院にも打撃を与える。そして、加害者になった場合の代償も大きい。懲戒処分のほか、酷い場合は民事上の損害賠償責任や刑事罰も検討され得る(図表2)。本誌読者アンケートでは、医師個人による対策が寄せられた(コラム参照)。

「誰もがハラスメントの加害者・被害者になりかねない時代です。一人ひとりがハラスメント防止の意識を持つことが大切だと思います」

* 中小企業は令和4年4月から

図表1● 最近のハラスメント問題の特徴
図表2● ハラスメントの破壊力

読者のハラスメント対策

「いつも冷静に理路整然と話す、録音しておく」(麻酔科・50代前半・男性)、「信頼関係を築くためにできるだけ声掛けをする」(消化器内科・40代前半・男性)、「必要以上にプライベートに立ち入らない」(消化器内科・50代後半・男性)、「一定の距離をとる」(形成外科・20代後半・女性)、「丁寧な言葉遣い。怒らない。いつでも笑顔」(一般外科・40代前半・男性)、「急がない時はほどほどに指示」(内分泌内科・40代後半・男性)。

  • パワハラの傾向と対策

医師は立場上、パワハラ加害者になりやすい
丁寧なコミュニケーションで誤解を回避

傾向

「精神的な攻撃」の解釈が
拡大してきている

今回の法施行にあたり、厚生労働省はパワハラの定義を図表3のように示した。①優越的な関係、②業務上必要かつ相当な範囲を超える、③労働者の就業環境が害される、ことが要件となっている。稲好氏によると、医師は意図せずパワハラ加害者になりやすい立場と言えるようだ。

「医療機関では医師を頂点とした職種間のヒエラルキーが歴然としています。多くの医師は優越的な立場にあり、何気なく言った言葉が相手に強制力を持たせてしまったり、ノーと言えない状況をつくったりしやすいのです。医師同士であっても年齢や役職などの序列があり、立場が上の医師ほどパワハラ加害者になるリスクが高いと言えるでしょう」

加えて、医療機関ならではの職場環境もパワハラを誘発しかねない。

「医療機関は一つのミスが人命に影響することもあり、常に高い緊張感を求められます。また、他の産業と業務上の関わりが多くはないために閉鎖的です。その上、医師は勤務時間が長く、責任も重い。非常にストレスがたまりやすい環境であるため、思い通りに行動しない部下などに対し、つい強く当たりがちなのです」

部下への指導は、医師の業務の一環である。何をもってパワハラの要件である「業務上必要かつ相当な範囲を超える」と判断するか知りたいところだが、線引きが難しい。そのため、厚生労働省は通称 「パワハラ指針」においてハラスメントに該当する例、しない例を例示している(図表4)。このうち「2.精神的な攻撃」は、かつてと少し変化している部分があるようだ。

「例えば、他の職員の面前で叱ることについて、昭和時代は『周りの人にも自覚を促す』という理由で容認される風潮があったように思います。しかし、今はほぼ確実にパワハラと見なされます。特に患者の前では絶対に避けるべきです」

07年に、研修医が上司からのパワハラと過重労働で自死に追い込まれた事件が起きている。報道によると、その上司は看護師や患者の前で、研修医に執拗な説教をし、人格を否定するような暴言を繰り返していたとされる。この件では16年に、病院に対し1億円余りの賠償を命じる判決が確定している。

この事例は過激なケースと思うかもしれない。だが、日常の何気ない言動がパワハラになる可能性もある。

「例えば、急用ではないのに、休日や夜間に上司が部下にメールをする。上司は単に連絡を忘れないためにしたことでも、受け取った側は即時対応を求められている心情になり、パワハラと受け取られることがあり得ます」

* 「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」

対策

「パワハラの芽」を摘み
被害の拡大を防止する

パワハラ対策が強化されることで、職員に業務を指示しにくい、部下への指導が難しいと感じる医師もいるかもしれない。意図せず自分が加害者にならないために、何を意識したらいいのだろうか。

「まず、部下に指導をする時は、他の人がいないところで個別に話をすることです。密室だと、あとから『言った、言わない』のトラブルになることを懸念するかもしれませんが、相手に録音されても差し支えないように話すようにしましょう」

日頃の接し方や、指導のあり方についても、一度、立ち止まって考えたほうがよさそうだ。

「パワハラの加害者の多くは『嫌がらせではなく指導だった』と思っています。しかし、相手にはそう伝わらず、パワハラと受け取られてしまうことがある。そのギャップに気づくことが第一歩です(図表5)」

つまり「何を伝えるか」ではなく、「どう伝わったか」を意識することが重要なのだ。その上で、丁寧なコミュニケーションに努めることが求められる。

「例えば、部下に自分で考えてほしいことを『自分でやってみて』と言ったとします。部下は困ってしまい『指導放棄だ、ハラスメントだ』と思いかねません。こうした時は、なぜヒントすら教えないのかという背景を全て説明することが大事です。パワハラ加害者にならないためには『余計なことを言わない』ではなく、むしろより積極的なコミュニケーションが必要だと思います」

パワハラは、ちょっとしたコミュニケーション不全がきっかけとなることもある。図表6にあるようなため息、舌打ち、あいさつを返さないなどは、疲れていると悪意なく行いがちだ。しかし、部下側は「自分に対してイライラしている」と受け取ることがある。

「そうしたことが続くと、バケツに水が溜まるように被害感情が積もり、やがてあふれ出して『ハラスメントだ!』と言われ、問題が顕在化するケースが散見されます。優越的な立場の医師は“ハラスメントの芽”になる行為をしていないか省みること。部下の立場の医師は、そうした行為に悪意がない場合もあることを知っておいたほうがいいでしょう」

実際にパワハラ被害を受けたり、そのつもりはないのにパワハラ加害者にされた場合、医療機関は、内部で相談しにくいという問題がある。

「パワハラ相談窓口があったとしても担当者が専門知識を持っていない場合が非常に多いのです。大規模病院などは、弊社のような相談サービスを導入したりもしていますが、そうでない医療機関もあります。その場合は労働局など公的機関に直接相談することになるようです」

なお、自分がパワハラ行為をしてしまうことに人知れず悩んでいる医師もいるかもしれない。そうした場合は、加害者向けのカウンセリングや、行動変容プログラムなどを実施している民間の相談機関にアプローチする方法がある。

図表3● パワーハラスメントの判断基準
職場におけるパワーハラスメントは、
以下からまでの要素を全て満たすものを言う。
  • .優越的な関係を背景とした言動
  • .業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの
  • .労働者の就業環境が害されるもの
なお、客観的にみて、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導については、職場におけるパワーハラスメントには該当しない。
図表4● パワーハラスメントに該当する例・しない例
該当すると考えられる例 該当しないと考えられる例
1. 身体的な攻撃
(暴行・傷害)
① 殴打、足蹴りを行うこと。 ① 誤ってぶつかること。
② 相手に物を投げつけること。
2. 精神的な攻撃
(脅迫・名誉棄損・侮辱・ひどい暴言)
① 人格を否定するような言動を行うこと。相手の性的指向・性自認に関する侮辱的な言動を行うことを含む。 ① 遅刻など社会的ルールを欠いた言動が見られ、再三注意してもそれが改善されない労働者に対して一定程度強く注意をすること。
② その企業の業務の内容や性質等に照らして重大な問題行動を行った労働者に対して、一定程度強く注意をすること。
② 業務の遂行に関する必要以上に長時間にわたる厳しい叱責を繰り返し行うこと。
③ 他の労働者の面前における大声での威圧的な叱責を繰り返し行うこと。
④ 相手の能力を否定し、罵倒するような内容の電子メール等を当該相手を含む複数の労働者宛てに送信すること。
3. 人間関係からの切り離し
(隔離・仲間外し・無視)
① 自身の意に沿わない労働者に対して、仕事を外し、長期間にわたり、別室に隔離したり、自宅研修させたりすること。 ① 新規に採用した労働者を育成するために短期間集中的に別室で研修等の教育を実施すること。
② 懲戒規定に基づき処分を受けた労働者に対し、通常の業務に復帰させるために、その前に、一時的に別室で必要な研修を受けさせること。
② 一人の労働者に対して同僚が集団で無視をし、職場で孤立させること。
4. 過大な要求
(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制・仕事の妨害)
① 長期間にわたる、肉体的苦痛を伴う過酷な環境下での勤務に直接関係のない作業を命ずること。 ① 労働者を育成するために現状よりも少し高いレベルの業務を任せること。
② 業務の繁忙期に、業務上の必要性から、当該業務の担当者に通常時よりも一定程度多い業務の処理を任せること。
② 新卒採用者に対し、必要な教育を行わないまま到底対応できないレベルの業績目標を課し、達成できなかったことに対し厳しく叱責すること。
③ 労働者に業務とは関係のない私的な雑用の処理を強制的に行わせること。
5. 過小な要求
(業務上の合理性なく能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと)
① 管理職である労働者を退職させるため、誰でも遂行可能な業務を行わせること。 ① 労働者の能力に応じて、一定程度業務内容や業務量を軽減すること。
② 気にいらない労働者に対して嫌がらせのために仕事を与えないこと。
6. 個の侵害
(私的なことに過度に立ち入ること)
① 労働者を職場外でも継続的に監視したり、私物の写真撮影をしたりすること。 ① 労働者への配慮を目的として、労働者の家族の状況等についてヒアリングを行うこと。
② 労働者の了解を得て、当該労働者の性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、必要な範囲で人事労務部門の担当者に伝達し、配慮を促すこと。
② 労働者の性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、当該労働者の了解を得ずに他の労働者に暴露すること。
図表3、4出典:厚生労働省「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和2年1月15日)より抜粋
図表5● 最近のハラスメント問題の特徴
図表6● ハラスメントの“芽”
相手の何気ないしぐさや態度に“負”のイメージを抱き、
日に日に増幅され、相手が何を言っても、何をしても、
自身に対する”ハラスメント”としか受け止められないようになってしまうことも
  • セクハラの傾向と対策

性的少数者や、不妊治療への否定的な言動なども
セクハラ・マタハラとして規制される

傾向

性的な接触や発言は減るも
社会的性役割の強要は課題

セクハラ対策は99年から企業に義務づけられている。今年6月からは、取引先など業務上の関係者もセクハラ対策の対象となった。職場での性的な身体接触はもちろん、性的な言動、社会的な性役割の強要も含まれる。たとえ相手がはっきり拒絶しなくても、セクハラに該当することが十分にある(図表7)。

「あからさまに性的な身体接触や発言は、だいぶ減ってきました。しかし、セレモニーで花束を贈呈する係が必ず女性だったり、『あなたは草食系男子だね』と言ったりするなど、社会的な性役割に基づいた不適切な言動は根強いところがあります」

16年に厚生労働省が改正したセクハラ対策の指針には「性的指向または性自認にかかわらず(中略)本指針の対象となる」と記載されている。性的少数者への配慮を怠ることもセクハラの一環となり得る。医師の事例ではないが、性同一性障害で男性から女性に性別変更をした看護助手が、勤務先の病院側に慰謝料を求める訴訟を起こした例がある(19年)。報道によると、性別変更をした事実を本人の同意なく上司が周囲に伝え、職場で差別的な扱いを受けたという。

また、マタハラ対策は17年から企業に義務づけられている。今年6月からは妊娠、出産に関連した嫌がらせなどに加え、不妊治療に対する否定的な言動もマタハラとなる。

「不妊治療に関する情報を勝手に漏らしたり、『もう諦めたら?』など心無い発言をしたりすることもマタハラです。女性医師の場合は、妊娠中に必要な休憩を取れず、通常どおりの業務を余儀なくされているマタハラ被害が多いようです。本来、妊婦が産婦人科医から『勤務時間中の休憩が必要』と言われた場合、職場はそれに従わなければなりません。しかし、人員が足りない医療の現場では、女性医師が言い出しにくかったり、言っても認められなかったりするのではないでしょうか」

対策

妊娠中の職員の業務調整は
本人の意思確認が重要

意図せずセクハラやマタハラをしないためにどうしたらいいか。まず、図表8のチェックリストで、自身の言動を振り返ってみてはいかがだろうか。稲好氏は、こう注意を促す。

「セクハラは不快か否かの判断に個人差があります。『この人に言われても気にならないが、この人に言われると不快』など、相手によって判断が変わることを認識しましょう」

今回、読者アンケートでは「女性医師に指導する時は絶対に触らない」(40代前半・男性・消化器外科)という声が寄せられた。身体接触をゼロにすることはすぐに始められる対策の一つ。加えて、性的指向や性自認には多様性であることを理解し、相手が同性であっても性的な言動は控えることを意識したい。

マタハラについては、妊娠・出産に関する否定的な言動をしないことが大前提だ。しかし、妊娠中の職員のサポートは、他の職員にしわ寄せが及びやすく、難しい面がある。厚生労働省の「ハラスメント対策マニュアル」には“妊娠中の定期検診などある程度調整可能な休業等の時期をずらせるか本人に相談することまではハラスメントに該当しない”という趣旨が書かれている。妊娠中の職員本人の体調などを確認しながら、他の職員の負担が増えすぎないよう配慮することが重要と言える。

図表7● セクハラ判断の目安
注意
  • 不快か否かの判断には個人差がある。
  • 性的なことに係る事項は、コミュニケーションツールとしては不適切。容姿や交際の有無等。
  • 身体接触(髪の毛を含む)は、いかなる場合であっても、しないに越したことはない。病気の際などやむを得ない場合であっても、なるべく専門家に任せる。
  • ボディタッチやハグという表現をすれば容認されるとは限らない。
  • 相手が「応じて」いても、相手の「意に反する不快な」言動であれば、セクハラと判断されてしまうことになり得る。「一緒にお酒を飲んだんだからOK」「誘いに応じたんだから何をしても大丈夫」ではない。
  • はっきり断らなかったからといって「同意」とは限らない。
図表8● セクハラ・マタハラ言動チェック
  • お酒のお酌や隣の席に座ることを強要する。
  • 職場で部下の性的な事を話題にしてからかったことがある。
  • 独身男性の部下の心配をして「どうして結婚しないのか」としつこく聞いたことがある。
  • 子どもが小さいうちは母親は家庭で育児に専念すべきだと、妊娠している人に言った。
  • 妊娠中の業務内容への配慮を相談されたが、「妊娠は病気ではないのだから、甘えてはいけない」と説教した。
  • 一人目までは仕方ないが、二人目、三人目の産休、育児休業は、正直迷惑なので、「図々しい」と嫌味を言った。
出典:厚生労働省「あかるい職場応援団」WEBサイトより抜粋